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或いは夢のようなはじまり
14 財布の行方
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「へぇ。昨夜はそんなに犬とかが騒がしかったんだ?」
翌朝の教室は、同様の話題を口にする生徒が多かった。
香月も雪乃らから聞かされて、目を丸くしていた。
野良犬など見掛ける事もなくなった昨今だが、躾もきちんと出来ている筈のペットが随分と落ち着きがなかったらしい。
犬猫に限らず動物は相当に騒いでおり、籠を激しく揺らす鳥を見た者は、天変地異の前触れではないかとさえ疑ったのだともいう。
言われてみれば、犬の遠吠えについて直樹と語ったような気もするが、香月にしてみれば昨夜はそれどころではなかったのだ。
「かづちゃんは昨夜は災難だったもんねぇ。知らなくても無理は……っとと」
言いかけ、希理が慌てて口をつぐんだ。
マンション爆発事件を知っている者は動物騒乱と同様に多かったが、香月がそこに住んでいたとは、身近な友人と幾人かの教師くらいしか知らない事である。
当面の住居が確保できている身としては、被災者として注目を浴びる事は避けたい展開だ。
香月の事をあまり知らない者からは憐憫の視線を向けられ、直樹の家に転がり込んでいると知るや、露骨にいかがわしい者を見る目が向けられる事が容易に想像できるからだ。
刺激的な生活は望むところだが、晒し者になりたい訳ではない。
担任教師には報告済みの上、口外しないように念押ししている。この仲良しグループにしてみても……まぁ、信用に足るだろう。
あとは香月か直樹のどちらにか、変なストーカーがついていない事を願うばかりだ。
「服とか置いてきちゃったんでしょ。なにか買い物があるなら荷物持ちだって付き合うからさ、気軽に声を掛けてよね」
雪乃の言葉を締めとするかのように、予鈴が鳴った。
たしかに色々と入り用である事を考えると、買い物は行かねばならないだろう。
生活雑貨は新條宅にあるストックで賄えるが、衣料は少しずつでも急ぎ揃えなければならないところだ。既に明日の分の下着すら無い状態なのだ。
香月は財布の中の金額を思い起こしながら、放課後に買うべき物の優先順位を考え始めるのだが――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「あれ……あれれっ?」
放課後となり、いざ財布を開いて購入する物の確認をしようとした香月は、素っ頓狂な声を発した。
鞄に入れたと思っていた財布が姿を消している。昼休みに学食内の購買に行った時は確かに手にしていたのだが。
「そうなると、屋上かしら……」
皆で腰掛けた、屋上の花壇を思い浮かべる。
財布にしろ鞄にしろ、直樹が用意した有り合わせの物だったので、いつのまにか意識の外に置いてしまっていたのかも知れない。
とりあえずは急ごう。昼休み終了間際まで屋上には居たのだから、午後の授業をサボっていた生徒が屋上に足を向けていなければ、手付かずで残されているだろう。
「ごめん。ちょっと屋上行ってくる!」
談笑を交えながら帰り支度をする雪乃らの背に告げると、香月は大慌てで教室を飛び出した。
「どうしたのかな、あんなに慌てて」
財布の事情など知る由も無い友人らは、香月が消えた教室出入口を見ながら不思議そうに首を傾げる。
「まぁ、すぐに戻るでしょ」
雪乃とて香月の目的に気付くべくもないが、どんな用事があるにせよ、花壇以外に特に見るもののない屋上で時間のかかる用事というのも思いつかない。
10分も待って戻ってこないようであれば、こちらから出迎えに行けば良いだろう。
「……あれ、香月はいないのかな?」
雪乃が視線を手元に落とすとほぼ同時に、男の声が届いた。
半ば反射的に顔を上げると、声の主は案の定、直樹だった。どうやら絶妙のタイミングで香月と入れ違いになってしまったようだ。
個人的に直樹と話す機会など数える程しかないが、信頼に足る相手だという事は理解している。
とりわけ香月に関する事であれば、言葉を濁すような真似も必要ないだろう。
「あの子だったら――」
翌朝の教室は、同様の話題を口にする生徒が多かった。
香月も雪乃らから聞かされて、目を丸くしていた。
野良犬など見掛ける事もなくなった昨今だが、躾もきちんと出来ている筈のペットが随分と落ち着きがなかったらしい。
犬猫に限らず動物は相当に騒いでおり、籠を激しく揺らす鳥を見た者は、天変地異の前触れではないかとさえ疑ったのだともいう。
言われてみれば、犬の遠吠えについて直樹と語ったような気もするが、香月にしてみれば昨夜はそれどころではなかったのだ。
「かづちゃんは昨夜は災難だったもんねぇ。知らなくても無理は……っとと」
言いかけ、希理が慌てて口をつぐんだ。
マンション爆発事件を知っている者は動物騒乱と同様に多かったが、香月がそこに住んでいたとは、身近な友人と幾人かの教師くらいしか知らない事である。
当面の住居が確保できている身としては、被災者として注目を浴びる事は避けたい展開だ。
香月の事をあまり知らない者からは憐憫の視線を向けられ、直樹の家に転がり込んでいると知るや、露骨にいかがわしい者を見る目が向けられる事が容易に想像できるからだ。
刺激的な生活は望むところだが、晒し者になりたい訳ではない。
担任教師には報告済みの上、口外しないように念押ししている。この仲良しグループにしてみても……まぁ、信用に足るだろう。
あとは香月か直樹のどちらにか、変なストーカーがついていない事を願うばかりだ。
「服とか置いてきちゃったんでしょ。なにか買い物があるなら荷物持ちだって付き合うからさ、気軽に声を掛けてよね」
雪乃の言葉を締めとするかのように、予鈴が鳴った。
たしかに色々と入り用である事を考えると、買い物は行かねばならないだろう。
生活雑貨は新條宅にあるストックで賄えるが、衣料は少しずつでも急ぎ揃えなければならないところだ。既に明日の分の下着すら無い状態なのだ。
香月は財布の中の金額を思い起こしながら、放課後に買うべき物の優先順位を考え始めるのだが――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「あれ……あれれっ?」
放課後となり、いざ財布を開いて購入する物の確認をしようとした香月は、素っ頓狂な声を発した。
鞄に入れたと思っていた財布が姿を消している。昼休みに学食内の購買に行った時は確かに手にしていたのだが。
「そうなると、屋上かしら……」
皆で腰掛けた、屋上の花壇を思い浮かべる。
財布にしろ鞄にしろ、直樹が用意した有り合わせの物だったので、いつのまにか意識の外に置いてしまっていたのかも知れない。
とりあえずは急ごう。昼休み終了間際まで屋上には居たのだから、午後の授業をサボっていた生徒が屋上に足を向けていなければ、手付かずで残されているだろう。
「ごめん。ちょっと屋上行ってくる!」
談笑を交えながら帰り支度をする雪乃らの背に告げると、香月は大慌てで教室を飛び出した。
「どうしたのかな、あんなに慌てて」
財布の事情など知る由も無い友人らは、香月が消えた教室出入口を見ながら不思議そうに首を傾げる。
「まぁ、すぐに戻るでしょ」
雪乃とて香月の目的に気付くべくもないが、どんな用事があるにせよ、花壇以外に特に見るもののない屋上で時間のかかる用事というのも思いつかない。
10分も待って戻ってこないようであれば、こちらから出迎えに行けば良いだろう。
「……あれ、香月はいないのかな?」
雪乃が視線を手元に落とすとほぼ同時に、男の声が届いた。
半ば反射的に顔を上げると、声の主は案の定、直樹だった。どうやら絶妙のタイミングで香月と入れ違いになってしまったようだ。
個人的に直樹と話す機会など数える程しかないが、信頼に足る相手だという事は理解している。
とりわけ香月に関する事であれば、言葉を濁すような真似も必要ないだろう。
「あの子だったら――」
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