黎明の残滓

入江瑞溥

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 郷里を飛び出したわたしは、革新派を求めて方々ほうぼうをさすらった。
何故なぜなら、かれらについて語られている事は曖昧あいまいで、さながら雲をつかむようだったからだ。
 革新派というものがあって、活動している。そして、かれらがどのような目標を掲げているのかはうわさとして広く知られているのだが、ではどこに居て誰がそうなのかは、ようとして聞こえてこなかった。
あるいはそれは、尊君とうとぎみを快く思わぬ人々の、単なる願望の反影なのやも知れぬとも思えた。
 
 だが。
 
 これが、巡り合わせというものなのだろう。
 
 まるで導かれるように、私は革新派との接触に成功した。
 
 革新派指導者ナープムの縁者を介し遂に革新派の一員となることを認められた私は、遠きかみの世より尊君に仕え、今の世の要となっている七氏ななうじの一つ、ナープムの一族であるイェルゥロに養子として迎え入れられた。
 の多くの者と同様、名しか持たぬただのカフクであった私はイェルゥロ・カフクとなったのだ。
 

 革新派の最たる目的は無論、尊君とうとぎみしいたてまつることだが、その為にかの方についていかような些細ささいな事でも把握し、気紛きまぐれなかの方の意を測る努力を重ねることが枢要すうようとされていた。
 ゆえわたしも宮仕えを期待され、そのように養育された。言葉遣いはもちろん、振る舞いに始まる礼儀作法、教養、たしなみに至るまで。
たたき込まれるそれらはいずれも厳しくはあったが、この世を正す道行きなのだと思えばなんら苦ではなかった。むしろこれらの日々が私を一人前に近づけるのだと喜ばしくさえあった。
 
 こうして、二年。
 
 とうとう私は出仕しゅっしを認められ、それに際して家名をたまわった。
 家名を拝す。
 それはすなわち、分家をおこす権能を与えられたということ。
 私は、イェルゥロ=フェイファクラースェ・カフクとなり、これにより、木の葉の養いの身の上から、一族の中での自立した立場を許される身分となった。
 配されたのは、みやの外縁及び都の警備を司る衛門府えもんふの小官。霊言符れいげんふの才を買われてのことだった。
 御座所おましどころを遠く眺めるだけのかような身では、禁裏きんりより滅多にお出ましになられない尊君の御消息など滅多に下りてくるはずもなく。
必然、革新派としての任はほとんど無いに等しかった。
 
 これでは、まるでただの役人のようではないか。
 
 華々しい想像とえない現実との落差に、歯噛はがみする。そんな、本意でない毎日が続いた。
 無論、私のような末席の者が一足飛びに宮中の役に就くなど、著しい特別扱いとなってしまう。だからこれは、世を忍ぶ革新派としてならなおさら妥当だとうな処遇。そのような事は心得てはいたのだが。
 焦らず、静かに牙を研ぐ。
 永久とこしなえの尊君と有限の人間の、世代を超えた根競べ。
 それが、積み重ねられてきた犠牲の上に辿り着いた境地なのだと。
そう、ナープムより革新派としての心構えを賜ってもいたのだけれども。
 されど、理屈だけですんなりとに落ちきってしまえるほど————
つまるところ、私の心はまだ、大人になりきってはいなかったのだ。
 
 近くにあるようで、その実、遠く隔たって。
 三年の月日が、虚しく流れ去っていった。
 
 転機が訪れたのは、その年の恵春けいしゅんいわいのこと。
 さかのぼるその数日前。ナープムの御召しがあった時から、予感はあったのだ。
 
 ……いや。
 
 正直、ただ、何かが変わってほしいという希望だったのかもしれない。
けれども、祝を控えたどこか浮ついた雰囲気とは別に、どことなく常とは違う空気があったことは事実だ。
 ともかく、それは裏切られることはなかった。
 私は急遽きゅうきょ貴人きじん輿こしの警備を告げられた。欠番ができたゆえ、取り立てられることとなったのだ。
 本来、ナープムは衛門府の人事を差配するお立場であられない。
にもかかわらず、お手をお回しになられた。ということはすなわち、革新派としての任が秘されているということ。
 ナープムは内々の話として、此度こたびの祝に尊君のお見えになられるむねを告げられた。このような場にお現れになるのは、実に十数年ぶりのことだという。
そこで、満をして手を下し奉る——
ということではなく。
 ナープムはむしろ、堅実に布石を打つことをお考えのようであった。
 革新派にはナープムも含めて高位高官の方々も少なくはないが、禁裏にることを許された方は現在一人もおられない。何故ならば、その要件は位や身分とは全く関わりのない理屈で定められているからだ。
それは、あの方の気に入るどうか。
ただその一点のみ。
 そしてこれは、その機さえあれば尊卑老若男女の別はない。実際、過去には物乞ものごいが選ばれたこともあると聞く。全くあの方らしいなさりようだ。
 その禁裏勤めの中でも、尊君の最もおそば近くにお仕えできる役が近衛このえだ。革新派としては、ぜひとも射止めておきたい位置であった。そして私の職務柄、招致しょうちされればこの任を拝命はいめいすることはほぼ確実だ。参列できるわけではないので尊君のお目に触れるなど針穴に糸を通すがごときであるが、可能性を広げたいとお考えなのであろう。
 
 そして、祝いを経ること数日の後。
 
 私は、よもやの近衛就任を命ぜられた。
 
 ひとしおの浮き立つような喜びと共に、私は首を傾げたものだ。
拝することすら叶わなかった身であるのに、一体、いかにしてあの御方おかた御心みこころに僅かなりと印象を残し得たのだろうかと。
 思い当たるとすれば——
 そう、
 一瞬。
 お戻りに行き会った際であろうか。
より正確には、それは私の立場で取り得た精一杯の足掻あがきの結実なのだが。
 
 まさか、あの刹那せつな、大勢の一人でしかなかった自分を?
 
 ……あの方のお気は、まるで測り難い。
 しかしともかく、此度は我々にとって幸いに働いた。
私は初めて、自らの役職に感謝した。
 

 近衛このえとして禁裏きんりに上がる前日、わたしは再びナープムより招喚しょうかんを受けた。
「そなたには、平生へいぜいの任の他に今一つ役割を授けよう」
 
 私は、ナープムよりそのめいを下された。

尊君とうとぎみの意を掴み、そして——

しかるべき時に、討て」
 
 ナープムは私に、我らの宿願を決行する権限をお与え下さったのだ!

「構え過ぎず、されど、逃すな」
「しかと、うけたまわり申し上げます」
 私は深くこうべを垂れた。
 ナープムは手を差し出すよううながされると、その上にズシリとした重みを感じるものを置かれた。
「これは、じゅう……」
 霊言符れいげんふが許された範囲でこの世に満ちる尊君の御力おちからを借り受け奉るものである以上、当然の帰結として、そのような借り物の力では尊君の玉体ぎょくたいにお傷一つつけ申すこともできない。
 いかに尊君がその御力を振るわれる前に制し奉るか。
 それが、我々革新派に突きつけられてきた最大の難題であった。
 そこで、紆余曲折うよきょくせつ試行錯誤の末に産み出されたのが、この武器であった。
残念ながらそれでも届くには至らず、その上難点も多くて扱いやすいとは言い難い代物だ。しかし、霊言符を除けば最も手軽に隠し持てる間接武器として重視されてきた。作れる職人が限られているため、弾も含めて希少で貴重なものだ。
それを、下さる。
 この銃の重みの上に、その意味の重みも私は感じていた。
「そなたはこれの腕前も中々なかなかのものであったであろう。選択肢は多い方がゆえな。
上手く使えよ」
 そして、今一つ。
ナープムは悲願達成を期した縁起の品も授けて下さった。
 ナープムは背を向けられ、窓外を御覧になられながらおっしゃった。
「……そなたに何故、フェイファクラースェという家名を与えたか、分かるか?」
「…………
げん、でしょうか?
私が良き流れのしるべと成れるように、という……」  
 ナープムは微笑まれると、
「そなたなら、このゆがみ、よどんだ世に新しき息吹いぶきをもたらしてくれる。私はそんな気がするのだよ」
 それは、ただの激励でしかなかったのかもしれないが。
 ナープムをしたい申し上げている私が、どうして感極まらずにいられただろうか。
「この命に代えましても、必ずや、ご期待に沿う働きを!!」
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