3 / 9
Night.1-2
しおりを挟む苦難続きの日々。
人並みのことも頑張り通せない弱い自我。
息もできない程押し込められた満員電車も、舌打ちしながらぶつかってくるサラリーマンも、人酔いしそうな混沌とした街も、今なお耐えて頑張っている人がいるのに、自分には出来ない。心が思うよりも先に身体が拒絶する。
そんな自分の弱さにうんざりしてばかりだった。
だから。
せめて最後くらいは、苦しいのも、辛いのも感じないまま、幸せな気持ちで消えてなくなりたかった。
そうだ、今日しかない。
帰ったら風呂にお湯を張って、浸かりながら大酒飲んで、確か昔ドラッグストアで買った睡眠薬が残っていたからそれも飲んで、眠ったまま溺死しよう……。
自殺念慮を抱いているというのに、東の瞳には生き生きとした光が宿っていた。
耐震性の怪しい古びたアパートの3階302号室に、東の部屋はある。鍵を差し込み、手応えに目を瞬いた。
鍵が開いていた。
今朝閉め忘れたのだろうか。閉めた記憶も閉め忘れた記憶もない。無意識の行動の怖さだ。
そっとドアノブを捻り、中を覗いた。
明かりのついていない玄関。朝出た時のままだ。
しかし、見覚えのない赤いハイカットスニーカーが、ご丁寧に揃えて脱いであった。
「お邪魔します……」
呟いて中へ踏み出してから、滑稽さに首を傾げる。お邪魔しているのはこのスニーカーの持ち主だ。東ではない。
東は手を塞ぐビニール袋を床に置くと、玄関の壁に立て掛けた藍色の傘を両手に掴み、足音を忍ばせて進んだ。
電気がついていないせいで、余計に恐怖心が掻き立てられる。
死のうとしている人が何を恐れる、と言われそうなものだが、彼としては、できる限り苦しみを排除して自分のタイミングで死ぬのと、突然出てきた見知らぬ人間に撲殺されるのではまったく違うのだ。
玄関から数歩も進めば台所があり、その先のリビングにはミニテーブルとラグマット、小さな液晶テレビ、一番奥にシングルベッドがある。
東は台所で止まり、食器棚の影からリビングの様子を伺った。
ベッドの上に、誰かが体育座りをしている。暗い部屋の中テレビだけが点滅していて、その人物をチラチラ照らしていた。男のようだ。若い。
黒ではなさそうな薄い色の髪に、パーカー、細身のズボンを履いている。テレビからイヤホンを繋いでいた。ぎりぎり10代か、20代に入りたてか……といった容貌だ。
そのあまりに自然にくつろぐ姿は、どう見ても空き巣ではない。しかし不審者であることは間違いない。
東は意を決して足を踏み出した。
0
あなたにおすすめの小説
あなたの王子様になりたい_1
しお
BL
歌舞伎町の外れにある小さなバーで働く元ホスト・ゆみと。
平穏な夜になるはずだった店に、場違いなほど美しく、自信に満ちた大学生・直央が女性と共に現れる。
女性の好意を巧みにかわしながら、なぜかゆみとにだけ興味を示す直央。軽口と挑発を織り交ぜた距離の詰め方に、経験豊富なはずのゆみとは次第にペースを崩されていく。
甘くて危うい「王子様」との出会いが、ゆみとの退屈な夜を静かに狂わせ始めた――。
【完結】エデンの住処
社菘
BL
親の再婚で義兄弟になった弟と、ある日二人で過ちを犯した。
それ以来逃げるように実家を出た椿由利は実家や弟との接触を避けて8年が経ち、モデルとして自立した道を進んでいた。
ある雑誌の専属モデルに抜擢された由利は今をときめく若手の売れっ子カメラマン・YURIと出会い、最悪な過去が蘇る。
『彼』と出会ったことで由利の楽園は脅かされ、地獄へと変わると思ったのだが……。
「兄さん、僕のオメガになって」
由利とYURI、義兄と義弟。
重すぎる義弟の愛に振り回される由利の運命の行く末は――
執着系義弟α×不憫系義兄α
義弟の愛は、楽園にも似た俺の住処になるのだろうか?
◎表紙は装丁cafe様より︎︎𓂃⟡.·
宵にまぎれて兎は回る
宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…
僕たち、結婚することになりました
リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった!
後輩はモテモテな25歳。
俺は37歳。
笑えるBL。ラブコメディ💛
fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。
オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜
トマトふぁ之助
BL
某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。
そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。
聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
幸せな復讐
志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。
明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。
だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。
でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。
君に捨てられた僕の恋の行方は……
それぞれの新生活を意識して書きました。
よろしくお願いします。
fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
