新・風の勇者伝説

彼方

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第一部 二章 風と火の旅立ち

不安定な精神

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 石畳の休憩室で自然と目が覚め、エビルは白いベッドからゆっくり上体を起こす。
 今も中にシャドウが存在していると思うと嫌な気分になるがどうしようもない。追い出せるなら今すぐ追い出している。

「目が覚めたようだね、エビル君」

 ベッド脇に用意されていた椅子に座っているのは一人の青年。
 胸の辺りに燃え盛る炎の刻印がある軽鎧を身につけており、金髪で目鼻立ちのいい青年はヤコンだ。直近に見ていたからかどことなくドランと似ているなとエビルは思う。

「……ヤコンさん」

「気分はどうだい。どこか気持ち悪かったり、痛む場所はないかな」

「ええ、特には」

「さっきまでの記憶ははっきりしているかい?」

 そう問われて先程のことを思い出してハッとする。
 シャドウに乗せられて、勘違いでドランの首を絞めたこと。どう謝ればいいのか見当もつかないがずっと黙っているわけにもいかない。エビルはヤコンに対して急かすように口を動かす。

「あ、あの! ドランさんは大丈夫ですか!?」

「覚えてたか、記憶に異常はないな。大丈夫だよエビル君、弟もそうだがアランバート兵士団にあの程度でへこたれる腑抜けはいない。……ただ、何があったのか要領を掴めなかった。君と弟で何があったのか話してくれないか」

「僕が悪いんです。混乱してて、ドランさんのことがまるで襲撃犯のように見えて……。あ、あの、弟ってもしかして……」

 ヤコンはドランのことを弟と言った。つまりエビルは知り合いの弟の首を勘違いで絞めてしまったのだ。

「ドランは俺の弟さ、あんま似てないかな」

「すみません! 僕、本当に酷いことを……」

 到底許されないだろうとエビルは追い詰められた表情になる。だが当のヤコンはといえば呑気なもので怒りを露わにはしていない。

「いいっていいって、一般人を押さえられなかったあいつに非があるようなもんさ。今回は誰も傷を負っていないし、君がしたことは些細なことだよ。なんせ家族や故郷の人間を失ったんだ、混乱もするさ」

『そうそう、どうせならあのまんま殺してよかったんだぜ』

「元凶が……黙ってくれ……」

 シャドウの声が頭に響いたので咄嗟に呟いてしまった。ヤコンには聞こえないのだから奇妙なものを見る目をしている。

「……エビル君、大丈夫かい?」

 一々応対しているとキリがないし誤魔化しきれない。エビルはもうシャドウと会話を控える方向にシフトして、ヤコンに対して穏やかな笑みを浮かべる。

『ほら、こいつの首も絞めようぜ。もっと早くに助けに来てくれればどうにかなったかもしれねえんだからよお。お前の村が滅んだのは全部無能な兵士共のせいだって言ってやれよ』

「大丈夫です、ご心配おかけしてすみません」

『チッ、無視かよ。つまんねえな』

「まあ、大丈夫なら構わないんだけど……何があったかを聞くのは早いかな」

 ヤコンがここにいるのはお見舞いというのもあるだろうが、村で起きたことの事情聴取のためでもあるのだと察する。せっかく様子見に来てくれたのだから少しでも力になりたいと思い、エビルは自分の現状以外を話すことにした。

「話します。あまり話せることは多くないですけど」

「本当か? 助かるよ、無理しない程度に話してくれ」

 アランバートで焼き菓子を購入した日から二日後、村に戻ってみれば既に襲撃された後だったこと。仲の良かった村人や、師匠であったソルが殺されたこと。
 襲撃犯はシャドウという名で、魔王を信仰する宗教団体の一員だということ。
 話を全て聞いた後でヤコンは「……魔信教か」と深刻そうに呟く。

「魔信教を知っているんですか?」

「今、このアスライフ大陸で活動している宗教とは名ばかりの殺人団体。魔王を復活させるための生贄として人々を殺し回っている奴等だ。この大陸で動いているのは、かつて三百年ほど前に魔王がいた地だからだろうね。今やこの大陸に住む人間で知らない者はほとんどいない」

「そんな連中がいたなんて……。それじゃあ、風の勇者が魔王を倒した意味がないじゃないですか。平和な世界を作るために魔王は倒されたはずなのに、人間の手でまた混沌の時代に戻そうとするなんて……」

『愚かだよなあ、人間ってのは』

 お前が言うのかとエビルは内心密かに思う。
 もしここにヤコンがいなければ大声で叫んでいただろう。だがその密かな心の声は意外なことにシャドウに拾われてしまった。

『へぇ、俺が言っちゃあ悪いかよ。人間ですらねえ俺が言っちゃ悪いってか?』

(どうして声が……まさか僕が声に出さず思ったことまで伝わるのか!?)

 声に出していないのにシャドウに伝わるというのは厄介でしかない。心の声すら伝わってしまうとなれば余計なことは何も考えられないのだ。最悪な状況にいっそ呪詛を送り続けてみようかとも考えてみる。

『お前が思ったことは全部伝わってくるぜ。だから声に出さずとも俺とは会話出来る。便利だろ、同時に厄介かもしれねえけど』

『じゃあこんな風に心で語りかけても通じるってことか』

『そういうこった。俺は暇だしどんな話でも付き合ってやるぜ』

 心が読まれるのは厄介の種でしかないが直接的な害はない。暫くはこの状態に慣れるのが先決になりそうだと思いつつ、エビルは意識をヤコンへ戻す。

「魔信教には四罪っていう四人の幹部がいるみたいです。奴は自分がその一人だとも。魔信教を壊滅させるためにはそういった上の立場の人をどうにかする必要がありそうですね」

 どんな組織でも上の人間がいなければ纏まらない。既にシャドウは動きが封じられているも同然なので残りの四罪は三人だ。
 個人的にエビルは魔信教を許せない。故郷を滅ぼされたのもそうだが、人々を殺し回っているという点で怒りを抱く。いったいどれだけの人間が悲しみに暮れたのか見当もつかない。

「なるほど、そいつは新情報だな。情報感謝するよエビル君。他には何もないかな、魔信教については拠点や構成員の数なんかも一切不明なままだから、些細な情報でも嬉しいんだが」

「……残念ですけど僕が知るのはこれが全てです」

『ふぅーん、俺のことは黙ったままか。こいつは意外だ、てっきり現状をどうにかするため相談するかと思ったんだがな』

 敢えてエビルはシャドウのことを深く語らなかった。
 単純に人間ではない何かが自分の中に入っているなど話したところで、故郷を滅ぼされたことによる混乱で頭がおかしくなっていると思われるだけだと思ったからだ。あまり誰かに話すべきではなく、自分でシャドウをどうにかしなければならないと強く思う。

「なら仕方ない、辛いだろうに話してくれてありがとう」

 優しく微笑んだヤコンは椅子から立ち上がる。
 そんなヤコンが部屋を出ていくのを悟ったエビルは「あの」と呼び止める。

「怪我も平気みたいだし、もうここを出て行っても大丈夫ですか? おそらくヤコンさん達の知りたいことは全て話しましたし」

「……すまないが、最低でも三日はここに居てもらいたい。ああもちろんこの休憩室だけじゃなく、制限はかかるが王城内を好きに見て回って構わないし、日光を浴びるため庭に出てもいいさ」

 聞き捨てならないとばかりにエビルは「え!?」と食いつく。

「王城って、ここは城下町のどこかなんじゃないんですか!?」

「ああすまない説明されてなかったのか。ここはアランバート城一階にある、怪我人を運び込む休憩室の一つだ。君を町へ出せないのは精神面を考慮してのことだよ」

 まさか王城内にいるとは思っていなかったエビルは目を丸くして驚く。それと同時に疑問が出たので表情を通常に戻して問いかける。

「精神面を考えてって……やっぱりドランさんに対してのアレが原因ですか」

「いいや全然関係ない。精神面云々については過去、エビル君と同じように家族とかを失った男が治療と事情聴取のためここに来てね。その男が怪我を回復させて出て行った後が問題だった」

 事情はこういうものだ。
 妻と子を失った男が運び込まれ、自分はもう平気だと言い出て行った後。城下町内で幸せそうに歩いている子連れ夫婦を見て犯人への憎悪が爆発し、幸福そうな子連れ夫婦へ八つ当たりしてしまったという事件が起きたのである。

「もちろん君がその男と同じように人を殺すと断言しているわけじゃない。あくまで可能性として、もう悲劇を繰り返さないよう考えられた様子見の処置だよ。それだけは分かってくれ」

「はい、仕方ないことだと思います」

「それじゃあ俺は報告に行くよ。君のことは一応城中の人間に知らせているから自由にしてくれて問題ない。ゆっくり休んでくれ」

 ヤコンは休憩室から出て行ってエビルは一人残される。
 静かになった休憩室でシャドウが喋る。といってもシャドウが喋ったところで休憩室は静かなままだが。

『はっ、お前が人殺しとかありえねえだろ。天地がひっくり返っても今のお前が人を殺せると思えねえなあ』

「それでも決まりは決まり。残された三日を有効活用すればいい」

 事情があるのだから文句を言っても始まらない。まずは受け入れて、与えられた三日をどう過ごすかを考える。
 木刀を失った今では鍛錬も出来ない。かといって他にすることもない。端的に言えば物凄く暇なのである。

 過ごし方を考えていると誰かの走る音が聞こえてきた。
 タンタンタンッとリズムのいい足音が部屋の前で止まり、休憩室の木製扉がノックされる。誰か分からないが「どうぞ」とエビルは告げると木製扉が勢いよく開けられる。

「エビル! どっか行こう!」

 休憩室の扉を開けて入って来たのは満面の笑みを浮かべた少女。
 首元より上の短髪で凹凸の少ない体。首に逆向きに巻いて逆立っている黒のスカーフ。朱色の無袖上衣、太ももの中心程度までしかないミニスカート。
 ――アランバート城下町で一度出会って友達になったレミであった。
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