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第一部 二章 風と火の旅立ち

アランバート会議

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 アランバート城の三階に存在する謁見の間にて。
 玉座に座る赤髪の女性に、兵士団三番隊隊長であるヤコンは片膝を床につけて跪きながらエビルのことを報告している。

「――というわけでエビル君、あの少年の証言によれば魔信教の一人がやったようです。彼が生きていたのは本当に運が良かった」

 ドレスを着ている赤い長髪の女性は座りながら、その傍にいる大臣は立ちながら報告を静聴していた。しかしこのとき大臣である、口髭を横に伸ばして巻いている肥満体型の男が口を開く。

「で、魔信教の仕業というのは本当なのかねヤコン君。実際にそういった輩を現場で見たわけでもないのだろう? その少年だけ生きていたというのもおかしな話じゃないかね」

 大臣は疑惑の目をヤコンに向ける。

「確かに、くだんの村で犯人らしき人物は発見出来ませんでした。しかし実際に魔信教の仕業だった場合、今後の影響は計り知れません。また罪なき人々が襲われ、殺されることになるのは想像が容易いです。即刻領内の各地に伝達すべきかと」

「むぅ、それはそうだ。しかし今回の一件で気にかかることはまだあるぞ。その襲われた村の存在を我々が全く知らなかったということだ。つまり領内に勝手に村が作られたことになるじゃないか。これは問題なのではないかなソラ様」

 大臣は玉座に座っている赤い長髪の女性へと目を向ける。
 ソラと呼ばれた女性、アランバート王国二十代目国王は静かに開口する。

「その件については問題ありません。先代国王、父が生前言っていたことを思い出したのです。国に危険人物が現れてどうしても対処出来ない時、南の森の中にある小さな村の村長を頼れと。彼の力を最終手段とするようにと言われておりました」

 ソラは冷静に過去聞いた話を告げた。それに対して「なんですかなそれは!」と怒りを露わにする人物が一人、大臣だ。

「なぜそのような話を大臣である私が知らないのです!?」

「知る者を最小限にしておきたかったのでしょう。かの者の力は強大、ゆえに何かの策略に使われることを危惧したのだと思われます」

「心外ですな。まるで臣下である私達がクーデターでも企んでいるようではありませんか。ふん、だいたいそんな強者も報告通りなら無駄死にしたということでありましょう? まったく使えんではないですか」

 あまりに酷い言い草にヤコンの顔が顰められる。
 前から大臣の口の悪さや自分勝手さには嫌な思いをしてきたものだ。本当なら立場など無視して怒鳴ってやりたいとヤコンは思う。

「そんな言い方をするものではありませんよデュポン大臣。それに、逆に言えばそれほど魔信教の戦力が強大ということです。我が領内は被害に遭っていませんでしたが……楽観視出来ない状況に陥ったようですね」

「……すぐに領内の各町村の長にコミュバードで伝達ですな」

 そこに「ソラ様!」と乱入者が現れる。
 燃え盛る炎の刻印が胸にある軽鎧を着ている男、アランバート王国兵士団の一人は腕で青い鳥を抱えたままヤコンの隣まで走ってくる。

「大変です! 大変です!」

 乱入してきた兵士にデュポンは「なんだ騒々しい」と不快そうに眉を顰めた。

「貴様、今が大事な話をしている最中だと分からんのか!」

「そのお話し中大変申し訳ありません! しかし、遥か遠くにある軍事国家アルテマウスからコミュバードによる連絡が!」

 軍事国家アルテマウス。アスライフ大陸内ではトップレベルの軍事力を持つ国。
 一人一人の兵士の実力はアランバート最強の兵士と同レベルで強く、兵士団団長である男は常軌を逸した強さを身につけていると噂になっている。

「ふん、アルテマウスからだと。そんなもの後にしろ!」

「ただの連絡ではありません……。あのアルテマウスが……」

 血相を変えて走って来ていた兵士の顔色は今も悪い。青褪めている兵士の状態を怪訝に思ったソラは怒るデュポンを手で制する。

「手紙を拝見しましょう。コミュバードをこちらに」

 青褪めている兵士は恐る恐るといったふうにソラへ歩み寄り、腕に抱えていた小柄な青い鳥を震えながら差し出す。

 コミュバードというのは魔物の一種。危険性ゼロの可愛らしい手乗りサイズの青い鳥で、手紙を咥えて国同士を行き来する。言語を操るほどに賢い個体もおり、徒歩で十日掛かる道のりも一日掛からずに行くことが出来るので、郵便の配達や国同士のやり取りをサポートする存在である。

 ソラは震えている兵士からコミュバードを受け取り、咥えられている封筒を手に取ると開封して中の手紙を読み始めた。
 内容はシンプル。そして恐怖を煽るような絶望的文章。
 目を通したソラは僅かに目を見開き、無言で手紙を折り畳む。

「……四十日ほど前、軍事国家アルテマウスが……陥落したようです」

 簡潔な報告にいの一番に驚愕して「バカな!」と叫ぶのは大臣のデュポンだ。

「あの強さしか取り柄のない国がですか!? あそこの兵士は一人一人が物凄く強かったはず、いったい誰がそのような恐ろしい真似をしたのです!?」

「手紙には記されていませんでしたが只者ではないでしょう。おそらく魔信教か、あるいは別の何かか。まあ邪悪な存在ということは確かでしょうね」

 デュポンは魔信教という言葉に戦慄して後ろへ一歩下がった。
 驚くべき事実にヤコンも顔色が悪くなったが隙を見て報告を続ける。

「……報告の続きですが、魔信教には四罪という四人の幹部が存在しているそうです。おそらく一人一人が相当な手練れだと思われます」

「なるほど。ではデュポン大臣、魔信教についての報告を大陸の各国へ送ってください。あの組織についての情報が入っただけでも成果はありました。あなたも下がってよろしいです」

 デュポンは「かしこまりました」と告げて、ふくよかな肉体を揺らしながら小走りで謁見の間を出ていった。それに続くようにコミュバードを持って来た男兵士も出ていく。
 残されたヤコンを見つめてソラは小さな口を再度開ける。

「ヤコン。あの保護した少年についてですが、彼はレミの友達らしいですね」

「ご存じでしたか。はい、仰る通り、レミ様は彼のことを友人として認めています。彼も善良な人間であると思うので何も問題ないかと」

 ソラはそれを聞いて優しい笑みを浮かべた。

「それは良かったです。レミの周りに対等な人間はいませんでしたからね。少し様子見してもいいかもしれません。私もいつか会って話くらいしたいものです」

 女王自らの会いたいという願いにヤコンは冷や汗を流す。
 ソラとエビルが会うこと自体は別にいい。だがデュポンにそれがバレれば口うるさく何かしら指摘されることだろう。ヤコンはあまりエビルにストレスをかけたくないと思っているので、デュポンと関わらせる可能性をなるべく排したいと考えていた。

 いつか機を見計らったうえで二人を合わせようとヤコンは一人決意した。



 * * * 




 現在、エビルはレミに連れられアランバート城を見て回っていた。
 全ては笑みを浮かべて病室にやって来たレミの一言から始まる。ずっと休憩室にいても暇なのは確かだったので出掛けようという提案に従い、王城の庭から外には外出許可が下りていないため王城内を見学することにした。

 城下町の煉瓦れんがで造られている建築物とは違い王城は石で造られている。これは一度燃えると消火出来ない聖火が保管されているのと、煉瓦が作られる前の時代に建てられた城だからとレミは告げている。
 広い廊下の床にはレッドカーペットが敷かれており、壁には一定距離に松明が設置されている。今は廊下を歩いており、全身鎧を着た兵士を模した銀色の像を眺めている。

「どう? 無駄に精巧でしょ、この兵士像」

「無駄って……普通に綺麗な像でいいんじゃ……」

 今にも動き出しそうな迫力ある銀の兵士像。それとヤコンなどの兵士を頭の中で比べてみればエビルは鎧の近いに疑問を持つ。

「この兵士像、どうしてヤコンさん達の鎧と違うのかな」

「あー、昔はこんな動きづらそうな鎧だったらしいわ。でもなんか機動性が落ちるとかで今の鎧に変えたんだってさ」

 鎧にも歴史あり。エビルは感心したように「へえー」と呟く。
 兵士像から離れて再び廊下を歩いていると、王城入口を通りかかった時に立ち止まる。そして進路変更して入口の木製扉へと向かうのでエビルも付いていく。

 大きめの木製扉を両手で開けて二人は外へ出る。一応まだ王城の庭なので怒られはしないだろうとエビルが考えていると、レミは外で門番をしている兵士二人に「おつかれ!」と声を掛ける。

「おぉレミ様、外出ですか? ……後ろの彼は?」

「エビルよ、アタシの友達。あああと今日は城下町へ外出しないわ、アタシエビルの案内があるからね」

 自分の話題になったのでエビルは会釈して「どうも」と挨拶しておく。

「そうか君は……怪我はもういいのかな」

「大丈夫です。もう全力で動けると思います」

 兵士二人は「それはよかった」と告げる。ドランやヤコンだけではない、多くの人に心配をかけていたのだとエビルは自覚した。ここにいる人々は優しい人ばかりなのだとレミを見て改めて思う。

「エビル、ちなみにここから横に行けば庭園とか兵士の訓練場があるよ。どう? 今から行ってみる? 手合わせとかしてみない?」

「うーん今日はいいかな。明日にでも頼むよ、体動かさないと動きが鈍っちゃうから」

「……そうね。ごめん、体動かせば嫌なこと忘れられるかと思ってた。そう単純な話でもないよね。いいよ、気分一転して明日にしましょっか」

 レミの発言でエビルは軽く目を見開いて息を呑む。
 今まで、レミは自分に起きたことを知らないのだと勘違いしていた。故郷を襲われて家族同然の者達を皆殺しにされたことを知らないから、ああも笑ってどこかへ行こうなどと提案してきたのだと思っていた。しかしレミは全て知ったうえでレミなりに気を遣っていたのだと気付く。
 エビルは肩を軽く叩いて城内へ戻っていくレミの背を見つめる。

『村の奴らと同じで良い奴らだって? 人間何考えてるか分かったもんじゃねえぜ?』

『確かに僕は心を読めるわけじゃないけど、僕から見たら表面上のレミ達が全てなんだ。それに腹の内で何を考えているかなんて考えてたらキリがない。きっといつか人を信じられなくなる』

 ふとエビルは笑みを浮かべて置いていかれないよう小走りで後を追う。
 城内に戻った二人は見学会を続けて最上部へとやって来た。目的はアランバート王国の平和の象徴として城の頂点で燃え続けている聖火を近くで眺めるためだ。

 鋸壁きょへきにまで走って寄りかかったレミは、最上部中心にある小部屋から勢いよく噴き出ている鮮やかな紅蓮の炎を見つめる。そして傍に立つエビルに「あれあれ」と聖火を指し、弾むような声で告げる。

『おいおいこの女、故郷燃やされた奴に炎見せるとか何考えてんだ?』

『レミも僕の故郷を燃やしたお前にだけは言われたくないだろうね』

 燃え盛っている聖火は見ていると心が洗われていくように、思わず見入ってしまうくらいに美しかった。間近で眺めているからこそ抱く感想なのかもしれない。エビルはここに来て良かったなと自然にそう思えた。

「ねぇレミ、聖火って何が燃えてるのかな?」

 あれだけ大きな炎で、勢いは全く衰えないとなればいったい何が燃えているというのか。純粋にエビルはそこが気になって問いかける。

「うーん、アタシも詳しくは知らないんだよね。あの小屋っぽいところから出てるのは確かなんだけどさ。聖火の詳細は代々国王にしか伝えられないらしいよ」

「そうなんだ……でも綺麗だよね。村を燃やした炎とはえらい違いだよ」

 エビルの発言にレミは「……あ」と呟く。何を思ったのか推測出来たエビルはあまり自分を責めないように続ける。

「なんていうか聖火は違うんだ、見ていて嫌な炎じゃないんだよ。だからレミ……今日は、ここまで案内してくれてありがとう」

 優しく笑いかけてそう言うと、レミも「よかった」と呟いて笑みを浮かべた。
 それから数分の間聖火を眺め続けていると、最上部へ通じる梯子を誰かが登って来る音がエビルの耳に届く。

 視線を梯子の方へと向けてみれば登って来たのはふくよかな体の中年男性。
 口髭を横に伸ばして巻いているその男は二人に気付くと歩み寄って来て、気付いたレミは露骨に嫌そうな表情になる。

「デュポン……」

「これはこれはレミ様、いったいこのようなところで何をされているのですかな」

「レミ、この人は……?」

 あまりにも不快そうな顔なのでエビルはレミに問う。するとその瞬間にデュポンの目が睥睨するように細まった。

「デュポン・グランガン。この国の大臣よ」

「大臣……偉い人か。……ならその嫌そうな顔止めた方がいいんじゃ」

「いいのよ、アタシこいつ嫌いだもん」

「本人いるのにそんなはっきり言わなくても……」

 さすがに嫌いといっても表情に出さない方がいいだろう。といってもエビルだってシャドウが目前にいたらはっきり嫌悪感を表すだろうが。

「……君、確かエビルとかいったかね」

「えっ、あ、はい。すみません、挨拶もせず」

「いいやいいとも、君の名前も事情も全て報告を受けているからね。しかし一つ言っておくことが出来た。君、もっと身の程を弁えるべきではないかね?」

 注意されたのが自分だったことでエビルは「……へ?」と間の抜けた声を漏らす。

「大方レミ様のことを何も知らないんだろうがね、彼女は現女王ソラ様の妹君であり、世界に四人しかいない秘術使いでもある。それもこの国にピッタリな火の秘術だ。その価値がこの国にとっていったいどれ程のものか……到底君のような一介の村人が話せるような立場ではないというのに。奇跡だよ、これは奇跡。せめてレミ様や目上の立場の人間と話すときは敬語くらい使ったらどうだね?」

 ああ、そういうことかとエビルは思う。
 デュポンという人間はレミが嫌いなタイプだとすぐに理解した。
 まだ過ごした時間は短いがレミの性格はなんとなく理解しているつもりだ。対等な友人が欲しかったという願いも知る身としては、特別扱いしてくるデュポンを嫌っても仕方がないと思ってしまう。

「……すみません。でもこれは彼女からの要望でもあるんです。自分には敬語を使わないでほしいという願いを無視は出来ません」

「そうよ、アンタが指図するんじゃないわよ! アンタが……アンタが石頭でなきゃ……アタシだって今頃自由に……!」

 レミの気持ちが分かるつもりだと思っていたエビルだがまだ知らないことは多い。先程デュポンから明かされた女王の妹である情報や、今憎むような顔をして睨んでいるのはなぜかが不明だ。

「ふむ、まあこの私には使えるようですし見逃してあげましょう。ですがあまり王城内をウロチョロしないことですな。君は所詮、ただの村人なのだから」

「いちいちエビルを見下さないでよ! ああもう、気分最悪だわ。エビル! ここにいても気分悪くなるだけだから早く行きましょ!」

 レミはエビルの腕を掴んで強引に引っ張って走り出す。
 ちょっと待ってと制止する声は届かず、その日の見学会はレミの機嫌が悪くなったことで強制終了してしまった。
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