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第一部 二章 風と火の旅立ち

助けられなかった者達

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 イレイザー襲撃事件の翌日。

 アランバート王国城下町に建つ一堂の教会にエビルやレミ達はいる。
 遅かれ早かれアランバート城や城下町で生を終えた人間は、その教会にて親しい者などが葬式を開く。

 現在、教会奥に多くの石製の棺が置かれていた。
 今回のイレイザー襲撃事件で命を落とした二十三人。その全員が蓋の開いた棺内に一糸まとわぬ姿で寝かされている。その中にはタイタンやデュポンの姿もあった。

 多くの兵士達が倒された中、死者数が半分もいかなかったのは幸運とも呼べる。イレイザーの気紛れで殺された者がいるので喜べはしないが。
 そんな石製棺に入る死者達へ向けて、神官の男が目を瞑りながら語りかける。

「汝ら、邪なる者へと立ち向かった勇敢な戦士達よ。その貢献により、今日の我らがあります。汝らの御魂みたまが安らかに黄泉へいけるよう祈りましょう」

 神官の男が話しているのを長椅子に座るエビルは静かに見守る。当然エビルだけではなく、隣にはレミ、他の長椅子には兵士達など城に仕える者達が静聴している。

「それでは皆様、死した者へと弔いの木棒もくぼうを」

 振り返った神官の男がそう告げると、最前列の長椅子に座る者が次々立ち上がっていく。そして神官の男の方へと歩き、片手で持てる縦長の直方体の木を受け取った。
 葬式の手順として、弔問客ちょうもんきゃくが遺体の入っている棺に木棒を入れていくものがある。事前にレミから手順を聞いていたためエビルも理解している。

「ねぇ、エビル」

 弔問客が順番に次々と、左端から全ての棺に木棒を入れていく。そんな中、誰かのすすり泣くような声だけが聞こえる空間の中、レミが小声でエビルに話しかけてきた。
 閉口したままエビルは隣を見やる。表情は暗く、いつものレミらしさはない。

「アタシ……ずっと勘違いしてた。……ずっとデュポンは、アタシのこと嫌ってると思ってた。でも違った。嫌ってたのはアタシだけだった」

「……そっか」

「嫌ってるから外出を禁止したり、嫌な特別扱いをしてくるんだと思ってた。……本当はただ過保護なだけだったんだよね」

「……そうなんだ」

「アイツ、良い奴だった。気付いたの……遅すぎたよ。ずっと……酷い態度とっちゃってた」

 目に涙を浮かべ、俯いたレミは呟く。

「もうちょっと早く分かり合えてたら……きっと、違う未来になってたよ……」

 デュポンが悪い人間ではないとエビルは薄々勘付いていた。レミの言う通り、もっと早く互いの気持ちを素直に言い合っていれば、仲良くというのは無理でもどこか妥協し合えたかもしれない。

 死ぬ前にああしていれば……そんな気持ちをエビルも村長に抱いた。結局ソルとは違い別れの言葉すら言えなかったし、村長からは旅の許可を貰えずじまいであった。もっと話し合うことが出来ていれば村長が旅を嫌悪していた理由だって分かったかもしれない。しかし人間の死とは、病死であれ他殺であれ唐突にやって来るものだ。

「本心なんて本人にしか分からないものだよ。すれ違うことなんて、人間関係にはつきものなんだと思う」

 レミとデュポンのように、他の誰かのように、すれ違いは人生で多発する。その都度、何かしらの形で終わってみれば後悔が押し寄せる。だが自分しか自分の気持ちが分からない以上、誰かと些細なことでもすれ違うことは必ずあるだろう。

「ねぇレミ、考えたんだけどさ。もし君が旅に付いてきたいというのなら僕は連れていくよ。……よく考えて結論を出してほしい」

 本当なら今言うべきことではないのはエビルも理解している。だが旅で、生きていくうえで起こりうる悲劇を経験した今だからこそエビルは旅の話をした。
 俯かせていた顔を上げたレミはエビルの方を一瞥し、目に溜まった涙を零す。

「……うん、ありがとう。本当なら行くって即答してたんだけど……ちょっと色々整理がつかないの。……ごめんね、私、あっち行ってくる」

「僕も行くよ」

 二人は神官の男の元へと歩いて行き木棒を受け取る。
 レミが先に歩き、左端から順に木棒を棺へと入れていく。もう遺体の首から下までが隠されるほど木棒が置かれているのを見れば、どれ程の人間が悲しみ弔っているのかを再確認出来た。

 後から続くエビルだが、レミがある棺の前で立ち止まったので足を止める。
 足を止めた場所はデュポンの棺だ。エビルの前にはタイタンの棺もある。

(デュポンさん……それに……) 

 横一列に並ぶ棺を左端から順に見やってエビルは悲痛な面持ちになった。

『ククッ、覚えておくんだな搾りカス。こいつらはお前が守りきれなかった奴らだ。今のお前の実力じゃ、その目に見えた人間すら守りきれないってことをよーく覚えとけ』

『……言われなくても、分かってるさ。僕はまだ、同じ力があっても風の勇者には遠く及ばない。……人助けをして新しい風の勇者になろうなんて考えていたけど、まだ精進しないと』

『風の勇者、か……。あんな奴に憧れているようじゃその程度で当然だな』

 いかにも詳しく知っているような口ぶりをエビルは不思議に思う。
 風の勇者が生きていたとされるのは三百年ほど前。到底、当時関わった者が生きている年数ではない。未だ自分との関係を教えてくれないシャドウに『お前は何を知っているんだ?』と、エビルはその秘密のことも含めて問いかけた。

『……風の勇者だって目に映る者全てを守りきれたわけじゃねえってことさ。偉大な英雄サマなんてのも所詮その程度。お前の憧れなんざ、ただガワだけを知ったものにすぎねえ』

 風の勇者のことをエビルが知っているのは物語上のみ。実話に基づいた絵本だとはいえ、多少美化している部分もあるだろう。シャドウの言う通り完璧な英雄というわけではないのかもしれない。だがたとえそうだとしてもエビルが憧れを抱いたのは物語に出てくる勇者であり、本当は不完全だと告げられたところで憧れは消えない。むしろ遠い存在が近付いたような気がして人間味を感じられるのは好ましく思う。

『それでもいいさ。誰のどんな所に憧れても本人の自由だからね。たとえ英雄が不完全だったとしても……僕が目指すべきは幻想の方だ』

『ふぅん……完全な英雄ねぇ……』

 実現が難しいことはエビルが一番分かっている。誰であろうと守れる完全な英雄など、並大抵の努力、いや誰より努力したところでなれるか分からないような空想の人物。
 しかし誰に憧れるも、何を目指すのも個人の自由。
 物語の勇者に出来るだけ近付きたいとエビルは思った。

 心の中での会話を終えてからエビルは先へ進む。
 もう隣にいたはずのレミは隣にいなかった。全ての棺へと木棒を入れ終わったエビルは奥の長椅子に戻ろうと歩き、まだレミがいないことに気付く。

(あれ……? レミがいない? いったいどこに行って……)

「それでは全員終わったようなので次に移りましょう。女王、ソラ様による聖火の投入になります。ソラ様、お願い致します」

 神官の男が葬式の進行を再び始めたのでエビルは焦る。とりあえず立っているわけにもいかないので元の長椅子に腰を下ろすことにした。

 レミの心配をしていると、教会の入口の扉が開かれる。
 中に足を踏み入れたのはアランバート王国女王であるソラ。黒いドレスを着ており、右手には木棒を持っている。その棒の先端はなぜか燃えていた。

 アランバートの葬式は火葬方式。それも国のシンボルである聖火によって遺体を焼く。聖火で火葬することで肉体を清めて弔うという、国に古くから伝わる葬式の考え方だ。
 火葬する際は毎回聖火を持った王が出向き、国民の安らかな眠りを祈る。

 聖火というのは燃え続ける炎。そんなものをどうやって持ってくるかといえば、ソラの持つ木の棒だ。それは王家に伝わる神聖な棒であり、聖火であろうと燃やし尽くすのには相当な時間を要する遅燃棒。

 ソラは遅燃棒を持ちながら、遺体と木棒の入っている石製棺に向かい歩いていく。
 奥に並べられた石製棺の列。その左端の棺桶前に立ったソラは口を開く。

「……また、尊い命が失われたことを悲しく思います。この国の女王として、今、あなた達を聖なる炎で弔いましょう。どうか、安らかにお眠りください」

 左端の石製棺に寝ている遺体、その上に多く置かれている木棒にソラは燃える遅燃棒を近付ける。遅燃棒の聖火が木棒へと一部移っていく。

 左端から順に一つずつ、棺の中身が聖なる炎で燃えていく。
 全ての棺に聖火が入ってからソラは神官の男の隣に並び立つ。

「今、全ての遺体が聖なる炎に焼かれ、天命により黄泉へと旅立つ時。さぁ、皆様もお祈りください。どうか死者達の御魂みたまが無事に黄泉へと辿り着きますように……」

 神官の男が目を瞑り、それに続いてエビル達全員も目を瞑る。
 黙祷もくとうこそがこの葬式を終了させるもの。最低十秒は祈りを捧げ、それ以降は教会から出て行ってもよし、もっと祈りを捧げるのもよしだ。

 静寂が支配した教会内で人々が祈ったのは十秒以上。段々と人々が席を立っては教会から帰っていく。エビルは黙祷を止めたものの、既に帰った者のように席を立ちはしなかった。

「エビルさん、隣いいでしょうか」

 誰かと思い視線を向ければソラであった。
 断る理由などないので「もちろんですよ」とエビルは答える。そう言って了承したことで彼女は隣に腰を下ろす。

「また、別の機会に改めてお礼は言いますが、今回の一件を解決してくれて誠にありがとうございます」

「……いえ、全て良い結果になったわけではないですから。……僕がもっと早く駆けつけていれば……もっと強ければもう少しマシな結果になったかもしれません」

「結果がどうあれ私達が助けられたのは事実です。これは女王ではなく、レミの姉のソラとしての感謝です」

 ソラが深く頭を下げた。一国の女王にそんな行為をされてエビルは軽く驚く。

「そんなっ、止めてください。ソラさんに頭を下げられるようなこと僕は……」

「謙遜しすぎも良くありません。このただのソラとしての感謝は是非受け取ってください。此度、妹の命があったのはエビルさんのおかげ。そうレミから聞いています」

 レミ視点からすれば助けに来たエビルがイレイザーを撃退したという事実がある。押されていたものの、風紋を発動してからは互角以上に戦えていた。全てを解決した英雄に見えても不思議ではない。その影響でソラに誇張して語った可能性もあるだろう。

「あの時……レミが殺されそうになった時。なんとしてもレミだけは助けなくちゃと思いました。そして――風紋が応えてくれた。結局のところ、風紋の力がなければ何も出来なかったと思います。僕はレミが思うほど凄い人間じゃない」

「……だとしても、兵士でもないあなたが勇気を振り絞って戦ったのは称賛されるべきこと。その勇姿を見て感謝する者は私以外にもいます。あなたはあなたに出来ることを精一杯やったのです」

「……なら、僕がレミを連れて行ってもいいんですか?」

 起こりうる悲劇をソラも体感しただろう。今ならエビルがレミを同行させることに反対するかもしれない。
 あと少し遅れていたらレミは死んでいた。それを助けるためズタボロになったエビルでは、共に旅をする仲間として頼りないと思っている可能性もある。

「旅は危険だと村長も反対していました。今回で僕も旅に多少の不安を持ちました。もしかしたら次は、僕じゃ守りきれないかもしれない」

「……かも、しれませんね。世界は広い。エビルさんより強い人はいくらでもいるでしょうし、今回のような危険も山ほどあるでしょう。エビルさん、あなたはおそらく正義感の強い人。どんなに力の差があっても悪を見過ごせはしないでしょう」

 悪を見過ごせない性格というのは的を射ている。
 シャドウの時も、今回も、実力以上の相手に引くことなく挑んだ。本当なら逃げるべきなのに戦うことしか選択出来ていない。

「ええ、自分でもバカだと思います。それでも僕は人助けのため、誰かのために戦い続ける。ただ、レミまで僕の信念に巻き込むわけにはいかない」

「そこはご安心ください、レミも似たようなものです。きっとどんな強い相手にもあなたと共に立ち向かっていくことでしょう。互いに一人でいるより心強いと思いますよ」

 言葉からしてソラの意見は何も変わっていないとエビルは感じた。
 旅にレミを連れ出してほしいという考えが変化していない。なのでもっと詳細を聞きたくてエビルは再度質問する。
 遠回しに自分では不安がらせるのではないかと意味を込めて。

「ソラさんは……僕に任せてもいいんですか?」

「不安はもちろんあります。……しかし、このままあの子がこの国に監禁されるのを私は看過出来ません。いずれ必ずあの子を外に出すでしょう。そんな時、一人より二人の方が心強いとは思いませんか? あなたならレミを必ず守ろうとする。それだけでも大切な妹を任せるのに足ると判断しました」

「……そうですか。僕としてはありがたい言葉です。……実はさっきレミに旅へ同行したいなら連れて行くって言っておきました。後はレミと……ソラさんの判断に任せたいと思います」

「考えは分かりました。色々本気で悩んでくれたのですね。やはり、あなたに頼んで正解だったと思います」

 エビルはソラから視線を外して前を向く。
 仮にも一国の王族であり、現女王の妹でもあるレミのことだ。一緒にいたいからといって何も考えず連れて行けるわけがない。
 しかしエビルの気持ちは固まっている。後は本人の意思次第だ。

「ああ、エビルさん。明日の十時頃から謁見の間においでください。そこでは正式に女王として感謝の言葉を贈らせてもらいます。……では、私はこれで」

 ソラは立ち上がり教会を出て行った。それから暫くしてエビルもずっと座っているのを止めて、王城へと帰っていった。
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