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第一部 二章 風と火の旅立ち

エビルVSイレイザー

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 王城一階入口前。
 石床に倒れているヤコン、ドラン、タイタン含めた数十人の兵士達。胸に風穴が空いているデュポン。そして酷いダメージを負って横になっているレミ。その全員を倒してみせたのが一人の男。黒ローブを着用し、緋色の髪をした細目の男だ。

 レミがL字型の奇妙な道具から放出された光線に貫かれようとしている時、なんとか駆けて間に合ったエビルは襲撃者であるその男、イレイザーを睨みつける。

『ククッ、おいおいお前、こいつが来るとは運がないにも程があるなあ』

『どういう意味だ。もしかしてお前はあの男のことを知っているのか?』

 シャドウの呟きにエビルは反応する。

『ああもちろん、一応は同じ魔信教に所属しているからな。イレイザーっていう雑魚だ。……がそれだけじゃ俺が覚える理由はねえ。奴を覚えているのは俺と同じ四罪しざいの一人だからさ』

 エビルは心の中で目前のイレイザーが四罪であることに驚愕する。
 四罪といえばシャドウが属する魔信教幹部の名称。つまりシャドウに匹敵するくらいの実力者が目前にいるということで、それならば一階の惨状も納得がいく状況だ。

『おいおいあんなのと俺を一緒にすんなよ。四罪つってもピンキリなんだ。奴は最弱の雑魚、俺は奴より圧倒的に強い。覆せねえ差ってもんがあるんだよ。……まあ、今のお前が勝てない相手なのは確かだけどな』

 シャドウが言うのなら本当なのだろう。そう思えるほどにエビルは彼の言葉を信じている。
 本人を信頼しているわけではなく言葉だけを信じている。嘘は吐かない男だとエビルの直感が言っているのだ。

「なあ、テメエ誰だア? 次から次へとやって来やがってよオ、いい加減飽きてきたぜテメエらの駆除作業はア」

 黙視していたイレイザーが口を開く。
 敵が話したことでエビルは意識をイレイザーに向ける。 

「僕の名前はエビル・アグレム。君は魔信教でいいのかな」

「勘がいい野郎だなテメエ。そうとも、俺の名はイレイザー。魔信教の幹部、四罪を担当させてもらってる男だ。冥途の土産に覚えておきなア」

 イレイザーが光線銃の発射トリガーを指で押す。
 直感的にエビルは見たことのないL字型の奇妙な道具が危険な代物だと感じた。元から警戒していたおかげか、射出された光線による被害を白髪に掠る程度に抑えられた。

「光線銃を避けただとオ? ははっ、テメエ面白いなア。ぶっ殺していいかア?」

「よくないね、それは……」

 現状、エビルはイレイザーに勝ち目がない。シャドウが告げていた実力差以前の問題で、今は真剣どころか木刀すら所持していないのだ。武器がない以上エビル本来の実力は出せないといっていい。落ちている真剣を拾おうにも、拾おうとした瞬間が隙となり光線銃で撃たれるだろう。かといって徒手空拳で挑んだところで無手が主力でないため敗北は免れない。

 どうしようもないので素手で特攻しようかと足に力を入れたその時、状況を的確に理解しているシャドウがエビルに語りかける。

『ククッ、剣なら貸してやろうか?』

『……どういう風の吹き回しだ。お前の仲間が窮地に追いやる提案をするなんて、仲間がどうなってもいいのか』

『俺に仲間なんざ一人もいねえっての。そんなことより、今お前に死なれると困るんだよ。俺とお前は今深く繋がっているから死も直結だ。影から出てもいいが傷はあんま治ってねえ』

 睨み合いが続いてイレイザーも動かない。この隙にエビルは会話を進める。

『……一つ、勘違いしてほしくないんだけど。僕はお前のことが嫌いだ。はっきり言ってあまり協力というのもしたくない。それでもこんな事態でなりふり構っていられないのも事実。……剣、貸してくれ』

『俺は最初からお前が嫌いだ、そこだけは気が合うじゃねえか。剣なら一本貸してやるよ。ただし俺の剣は特殊で、お前の手から離れるとすぐ崩れ去っちまう。それには注意してありがたく使えよ』

 頷いたエビルの右手に目掛け、影から黒剣が飛んでいく。右手に柄がぴったりと収まるのを感じて握りしめる。
 黒剣を手に取ったエビルはその瞬間に駆け出した。

 イレイザーは突如武器を出現させたことに目を楕円にし、接近したエビルの一振りを横へと逸れて躱す。続けて何度か黒剣を振るうがイレイザーは全ての斬撃を余裕そうに躱してみせた。
 四罪という幹部なだけはあり強い。エビルは思わず「速いな」と呟く。

「……あア? テメエ舐めてんの?」

 その呟きに怪訝な表情を浮かべたのが敵であるイレイザーだった。
 当然エビルに舐めた態度をとったつもりはない。速いというのも敵に向けての褒め言葉のようなものである。だから意味が分からないので「どういう意味かな」と問う。

「ふーん、自覚がねえのかア。そうかそうか、テメエもいいな」

「ごめん。悪いけど、君に付き合っている暇はないんだ。みんなの手当てをしなきゃいけない。早々に決着をつけさせてもらうよ」

「クヒャヒャッ、テメエに出来るかなア?」

 右手に持つ光線銃から白いエネルギー光線が放たれる。
 トリガーを押すタイミング、銃口の向き、その二つを観察すれば自ずとどこへ攻撃するのか分かるものだ。エビルはそれらをよく見て黒剣の腹で光線を防いだ。

「チイッ、攻撃はダメダメなくせに防御は完璧じゃねえかア」

「それはどうも。でもダメダメっていうのは酷い、なっ!」

 二発目を撃たれる前に急接近したエビルは黒剣を振るう。
 何度も何度も振るい続けるが全てを躱され、埒が明かないと考えたエビルはパターンを変えて重心を下げる。黒剣をイレイザーに対し垂直になるよう構え、右手を引く。

「疾風迅雷!」

 一気に踏み込んで黒剣をイレイザーの胸目掛けて突き出す。
 足腰の柔らかさ、力強い踏み込みと突き。それらが重要となる必殺の突き技。エビルの持つ唯一の必殺技といってもいいそれは肩を掠る程度に留まった。

「危ねえ危ねえ、スレスレだったぜ……!」

 黒ローブの肩部分が僅かに裂けたのを見てからイレイザーは叫ぶ。

「どうしてこの俺に攻撃が当たらないのか、自覚なしのテメエに教えてやろうかア。テメエは怖がってんだよオ! 人を殺すことを恐怖してんだよテメエはア!」

『あーあ、バレちまった。いや最初からバレてたか』

 殺すことを怖がっていると言われたエビルは目を丸くする。
 自分の中では殺すつもりで攻撃を仕掛けていたのだ。一切手加減などしているつもりはない、恐怖しているつもりもない。だが以前シャドウも同じことを告げていたし、今も同意していることから心の奥底では思っているのかもしれない。

(僕は……怖がっているのか? 人間を殺す気になれていないのか?)

 イレイザーが拳を振りかぶる。疾風迅雷は躱されることを想定していない必殺の突き技ゆえに、対処が遅れて顔面を殴られて数歩分一気に下げられた。
 殴打の直後、イレイザーが光線銃で攻撃してきたので、それだけは死ぬ気で先程と同様に黒剣の腹で防ぐ。

 防がれたというのに「クッヒャー!」と奇声を上げたイレイザーが跳び、殴りかかってくるのを右に逸れて躱す。しかしその直後、イレイザーが左足でエビルの右腕を蹴り上げ、強い衝撃で黒剣を手放してしまう。

「しまっ――」
「チェックメイトだア!」

 黒剣はシャドウの忠告通り、エビルの手から離れて短時間で塵と化して消えてしまう。もう武器を失ったエビルに光線銃を防御する手立てはなく、焦るエビルの額に向けて、姿勢を正したイレイザーの光線銃が向けられた。

『シャドウ! 次の剣を早く!』

『無理だねぇ。今の俺のエネルギーじゃ一本が限度なもんで』

 トリガーが指で押される瞬間、エビルは屈んで光線を回避する。
 屈んですぐ足を左拳に力を込めてイレイザーの顎目掛けてアッパーを放つ。だがそれは紙一重で躱されてしまい、イレイザーは後方に跳ぶ。

 距離を取ったイレイザーが光線銃を構え直し、それを撃たせる暇を与えずにエビルが距離を詰め直す。素手の現状では光線銃を撃たれると不利なことを理解しているからこそ、相手が左腕を使えないのを計算に入れ、距離をなるべく詰めて有利になる接近戦に持ち込む。

 二人は何度かフェイントを交ぜながら殴り合う。一度だけイレイザーが大火傷しているはずの左手で攻撃してきたり、虚を突かれたことは何度もあったがエビルは負けじと対抗する。

 何度か殴り合った後。イレイザーが右手を引いたのでエビルは光線銃を警戒する。
 そしてイレイザーは光線銃を――手放した。

(自分から離した!? なぜ!?)

 重力に従って石床に落ちていく光線銃に釘付けになり、そちらに気を取られている間に握り直したイレイザーの右拳がエビルの左頬にめり込む。
 数歩分後ろに下げられたエビルの脇腹に追撃の蹴りが入った。蹴撃により吹き飛んで壁に叩きつけられ、肺の空気を吐き出すと同時に「かはっ!?」と悲鳴を上げる。

「ひゃっはああああ、クリーンヒットオ! ……さ・て・とオ?」

 イレイザーは首と体を傾け、奇天烈な歩行でレミの元へ歩み寄る。
 壁に背中を強打したことで体が痺れているエビルは、立ち上がろうとしても前のめりに倒れてしまった。すぐに起き上がれないエビルは悔しさで顔を顰める。

「エ、エビル……」

 レミは顔を横にして、ひんやりとする石床で仰向けになっている。未だ回復しておらずそこから動こうとしていない。

「秘術使いィ……次はテメエだ待たせたなア? 逃げないで待っててくれるなんていい奴だなテメエ……それとも今から尻尾まいて逃げてみるかア!? そのちっさい胸とケツ振ってよオ!」

「……誰、が、逃げるかっての」

 このままではどうなるか想像は容易い。エビルはなんとか助けようと、起き上がれないため這ってゆっくりとだが進み出す。

「あー、なんっつうかなア、なんとなく掴めたんだよオ。エビルウゥ! テメエの恐怖がどうやって引き出されるのかア、俺はよーく分かったぜエ」

 這ったまま進み続けるエビルだがその速度は低速。悠長に喋っているイレイザーまでかなりの距離がある。その間に光線銃がレミに向けられる。

「テメエみてえなタイプは痛めつけられても恐怖しねエ。だが自分じゃなくて他人を害されるのが、守れないのが嫌なタイプだろ。誰かが殺されることオ……それがテメエの恐怖だエビルウゥ!」

 イレイザーはエビルの方をにやけながら見下ろして叫んだ。
 まだ痺れのとれない肉体はエビルの言うことをきかない。光線銃がいつ発射されてもおかしくない状況で、自分の無力さがほとほと思い知らされる。

「止めろおおおおおおおおおおおお!」

 距離がある。間に合わない。友達が殺される。レミが殺される。そう何度も自分の中で焦燥に駆られて呟くも頭だけ動かしたところで状況は一向に好転しない。
 もし、本気で殺す気になれたなら状況は変わっていたのか。もう答えはエビルに出せない。こんな非常時に相手を、敵を殺せないなど戦場で足手纏いになるだけだ。典型的な精神的弱者。実力があっても発揮出来なければ意味がない。

『見えるんだよ、お前の殺したくないって心の腹がよお。全くバカな奴だ。敵を殺さなきゃ殺されるのは自分なのに、ここまでされてなお人殺しを是としないなんてよ』

 村で戦った、というより一方的にやられた時の台詞が蘇る。

『まるで自分に言い聞かせてるみたいだぜ、臆病者。もうちょっと戦場の殺し合いってのを理解してから剣を持つべきだったな』

 シャドウの言う通りであった。今のエビルはバカで、臆病者だ。
 敵を殺すのを怖がって自分が殺されるのなら世話がない。自分だけならともかく、それで大切な人間も殺されるようでは本当にどうしようもない愚者だ。

『おい、今のお前が奴に勝てる方法が二つあるぜ。俺に体の支配権を預けろ、そうすりゃあんな奴瞬殺してやるよ。力を抜いて俺と替わりたいと思えばすぐにでも選手交代だ』

 これは今、シャドウ本人が語りかけているのだと理解する。
 まさに悪魔の契約だ。確かに尋常ではない強さを持つシャドウが戦えば、エビルだって勝てると断言出来る。しかし仮に体を一度預けるなんてことをしてしまえば自分はどうなるのか、それにその後シャドウが何をするのか分かったものではない。

『断る……! どうせその後でレミを殺す気だろう!』

『大ッ正ッ解! でも俺は間違っちゃいねえよ。知ってるか? 悪魔との契約ってのには何かしらの対価がないとダメらしいぜ。対価ってのはもちろん……分かるよな? 俺としちゃあ、お前が絶望に塗れて死にゆくなら他はどうでもいい』

『ふっ、何を言われても答えは変わらないよ。どうせ死ぬならこのまま道連れにするだけだ。お前は今、僕と深いところで繋がっているんだろう?』

『お前が死ぬ前に抜け出すがな。まあいいんじゃねえの? どうっせお前はただの雑魚なんだから、風紋なんて持っても宝の持ち腐れなんだから、このままあの女と一緒に殺されちまえよ。どうせもうどうにもならねえ。覚悟くらいしとくんだな』

 シャドウの言う通り、奇跡でも起きない限りどうにもならない状況だ。
 もうじき光線銃が発射されてしまう。レミは死んでしまうし、その後は自分だ。今のエビルがどう足掻いたところで覆せる状況ではない。

『君が憧れた風の勇者はどんな時でも諦めないよ』

 ふと、シャドウではない誰かの声がエビルの頭に聞こえてくる。
 聞こえたのはその一言のみ。しかしどこか崩れそうな心を補強してくれて、絶大な安心感を抱かせてくれるような声であった。

(風の勇者は諦めない……僕も、諦めたくない……)

 エビルは視線を自分の右手の甲へと落とす。
 竜巻のような紋章は痣のようになっていて、この非常時に全く反応していない。

(頼む……頼む、風紋! 君に秘められた力を今、見せてくれ……!)

 そう自分で言っていて何かが違うと思う。風の属性紋、通称風紋は過去に風の勇者に宿っていたとされているが、現在宿っているのはエビル・アグレムだ。言わば自分の力となっているそれに見せてくれなど、まるで誰かを当てにしているかのようである。

(……違う、この風紋は誰かに懇願して使えるような力じゃない。自分に宿っている力ならそれはおかしい。今まで風の勇者の力だと思って特別視しすぎていたんだ。この力は今は僕の力だ。……この紋章がなぜ僕に宿ったのかは分からない。憧れの人のように戦えるかも分からない。けど、だけど……風の勇者のように誰かを助けたい! 最期まで人々を助けただろう彼の意思を継ぐんだ! そうだ、僕が!)

 竜巻のような紋章が淡く緑色に光り出す。同時に体が軽くなり、羽でも生えたかのような感覚のエビルは音もなく立ち上がる。

「――新たな風の勇者になる!」

 イレイザーが撃つ寸前、エビルは全速力で駆け右腕を蹴り上げた。
 しっかり握られていたはずの光線銃は宙を舞い、理解が追いついていないイレイザーは「はア?」と間抜けな声を零す。それをいいことに畳みかけ、エビルは上げた右足を強く石床に戻すと、その勢いを利用して右頬を殴り飛ばす。

 容赦ない一撃にイレイザーは横回転しながら吹き飛び、石床に靴を押し付けるように踏ん張って回転の勢いを弱めていく。完全に止まった頃に状況を把握し――エビルの額への殴打をギリギリで躱す。

「あっぶねえなア! いきなり殴り飛ばすなんざアなんて野郎だア! お返しに蹴り飛ばしてやるぜエ!」

 イレイザーは右足で横から蹴ろうとする。だがエビルは大きく回り込んで左側へと素早く移動した。そのうえ蹴った足の太ももを右手で強く掴む。

「おいおいマジかよ」
『おいおいマジかよ』

 イレイザーとシャドウの声が一度被った。

「テメエ、それ、そ、れ、はア! 風の属性紋、風紋じゃあねえかよオ! 火に続いて風のダブルコンボオオオォ! どっちも殺せるなんて俺ってば超ラッキイイイイイィ!」

『この土壇場で、自力で発動しやがった。前回のマグレとは違って今回は自分の意思で。いやそれよりもあの声……! まさかあの野郎、ここにいるのか……!』

 歓喜するイレイザーをエビルは静かに睨みつける。

「いつまで掴んでんだア!? ひょっとして俺のこと好きなのかなア!?」

「安心しなよ。今離す」

 エビルはイレイザーを投擲する。右太ももを掴んでいたので、投げ飛ばすと派手に縦回転して石床を転がる。
 何度か転がってから起き上がったイレイザーに反撃の隙を与えない。起き上がった直後にエビルはその顔面を殴り飛ばす。

 殴られたイレイザーはその勢いを利用して逃走する。唐突に逃げの姿勢になったことにエビルは軽く驚くが、すぐに追走してあっという間に追いついて蹴り飛ばす。
 蹴り飛ばされたイレイザーは石床を転がり、よろめきながらも起き上がった彼の口には凶悪な笑み。彼が笑顔で右手をエビルに向けると、そこには落としたはずの光線銃を握られていた。

「光線銃……!」

 撃たれるまで時間はない。一瞬で周囲を見渡すと足元に倒れている兵士が目に入った。その兵士の傍に転がっていた鋼の剣を咄嗟に拾い上げる。

「死ねよエビルウウウウ!」

 光線が放たれたが、エビルは拾った剣を盾にして防ぐ。
 防御した剣は光線の熱により剣身が融解していく。

「ンなっ!? だが二度目は――」

 イレイザーが「ねえ!」と叫びながら撃ち出した光線。それが放たれる直前にエビルは融解した剣を捨て、倒れていた他の兵士の傍にある剣まで駆ける。先程と同様に剣を拾い上げては光線の盾にした。

「なんだとオ!? だがそんなンはなア、いつか詰むんだよオ!」

 三発目、四発目。と連続して放たれる光線に対し、エビルがやることは変わらない。
 倒れている兵士の元へと駆け、剣を拾い上げ、盾とすることで光線を防ぐ。さらに同時進行でイレイザーとの距離を縮めていく。

 石床にいる兵士の数はおよそ八十人以上。広い廊下にはかなりの人数が倒れている。しかし位置関係を考慮すると全員の剣を盾として使用することは出来ない。
 十発目、十五発目。躊躇なくガンガン撃つイレイザーとはまだ攻撃が届く距離にまで近付けてはいない。決して諦めないエビルは疾走して、石床に転がっている剣に手を伸ばす。

(剣を取るのが間に合わない……!)

 二十発目にもなった時、光線が到達するよりも早く手が剣へ届かないと悟る。
 このまま剣を取ろうとしても腕が貫かれるだけだ。そう考えたエビルはイレイザーの方面へ大きく跳ぶ。

「空中じゃあ逃げ場はねえよオ!? 風穴空く覚悟しろやア!」

 確かに空中では身動きが制限される。しかしイレイザーは知らない。
 エビルは風の秘術使いだ。秘術というものはその用途が何の記録にも残っていない。だが火の秘術なら火を操るように、風の秘術は風に関係している。もちろん目覚めて日が浅い者が使いこなせる代物ではないが、エビルは無意識に――突風を吹かせて空中で横に移動した。

「なにイっ!?」

 光線の軌道から逸れて躱し、着地すると「エビル君!」という声が届く。
 視線をイレイザーの奥にやってみれば、倒れていたヤコンが震えている足で立ち上がり、持っていた剣を回転させながら投擲した。

「受け取ってくれ!」

 回転する剣は真っ直ぐにエビルの方へと向かう。
 武器を失っているエビルにとってまさに渡りの船。縦に回転をかけて投擲された剣の柄をエビルは掴み、まだ驚愕しているイレイザーへと疾走する。

 目を見開いているイレイザーに向けてエビルは躊躇せず剣を振り下ろした。
 左腕が肩から石床に落ちる。大量の血液が噴出する。絶叫が響き渡る。
 躊躇しなかったもののエビルが斬りにいったのはイレイザーの左腕であった。ここで確実に殺しておかなかったのはまだまだ甘い証拠でもある。

「グアアアアアアアアア! エビルウウウウウウゥ!」

 絶叫しているイレイザーが左肩をエビルに向け、噴き出す大量の血液を浴びせてきた。ダメージを喰らうことはなくても目に入ると厄介だ。追撃したい気持ちを抑えて顔面を両腕で防御する。
 対処として間違っている気はしなかったものの本当は行動を間違えたのかもしれない。血液の噴射が止んだのを感じて両腕を顔からどけると――そこにイレイザーはいなかった。

「逃げたのか……」

 廊下を見渡してみるがどこにもいない。エビル以外にいるのは石床に倒れている兵士やレミなど倒された者だけだ。ヤコンも一度は立ち上がっていたものの既に倒れ伏している。
 イレイザーが逃げただろう入口方面を一瞥し、エビルは一先ず怪我人の応急処置などを追跡より優先することにする。それを終えた後は避難通路を走り抜けて、敵を撃退したことをソラへ報告しに行った。
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