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第一部 三章 死神の里

デルテ救出劇

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 宿屋で熟睡した後は爽やかな朝の目覚めだ。疲労はすっかりなくなっている。
 女将が作った朝食を食べている間、咀嚼を終えて食べ物を飲み込んだエビル達は次の目的地について話し合う。

「次に近いのは砂漠の国だっけ?」

「地図だとそうなるわね。とりあえずこの村から西に行くと荒野に繋がってて、段々砂漠になっていって砂漠の国リジャーがあるみたい」

「へえー、どんなところなんだろう」

 一言で砂漠の国と言われてもエビルには想像がつかない。精々砂がいっぱいあるんだろうな程度だ。

「リジャーっていえばやっぱあれね。――ホーシアンレース」

 聞き慣れない言葉にエビルは疑問符をつけて復唱する。

「ホーシアンってのはあの馬みたいな魔物よ。それに乗って競争するのがホーシアンレース。リジャーじゃ有名らしくてね、町から出たことのないアタシでも知ってるわ。何でも年に一度は各国のトップを集めるとかで姉様も行ったことあるらしいわよ」

「それって誰でも出られるのかな。もし出られるなら僕も一度くらい出てみたいなあ。運がよければ優勝しちゃったりして」

「いいわねそれ! アタシはエビルが優勝する姿見てみたいかも。他の奴等なんか、こう、ドーンと追い抜いてさ!」

 笑みを浮かべ、両手を使って追い抜く様を表現するレミ。

「……じゃあちょっと、本気でやってみようか」

 楽しそうな笑みを浮かべたエビルの目に闘志が宿っていく。
 まだ見ぬレースに燃えていると――茶髪の女性が一人宿屋へと入って来た。
 血相を変えて勢いよく扉を開けた女性は女将の元まで走り口を開く。

「あの、ヒイラギさん! デルテを見ませんでしたか!?」

「デルテ君かい? いや、今日は見てないけど……いったいどうしたってのさメル。まさに顔面蒼白って感じで、結婚式の翌日に結婚指輪失くしたみたいな顔してるよ」

 女将は「水でも飲んで落ち着きな」と告げて、冷水の入ったケトルでコップに水を入れようとする。だがそんな優しさお構いなしに女性、メルは叫ぶ。

「それくらい大事なんです! デルテが、デルテが朝起きたらいなくて!」

「何だって? デルテ君がいない!?」

 驚いて顔を上げたことでケトルから出た水が大幅にコップから逸れて零れる。すぐに気付いた女将はケトルを置き、軽く目を見開いて事情を訊こうとする。
 そんな時、エビルとレミは立ち上がって二人に近付いていく。

「あの、何かあったんですか?」

 メルという女性の慌てっぷりは尋常ではない。気になった二人は歩み寄りエビルが声を掛けた。

「ああ旅の方! 息子が、息子がいないんです……朝起きたらいなくなってて!? ゲホッ! ゴホッ!」

「ちょっ、大丈夫ですか!?」

 慌てているメルは喋っている途中で咳込み座り込んでしまう。
 咳込んで座り込むメルの背中をレミが擦り、エビルは女将の方を見やる。視線が飛んできた女将はすぐに意図を察して頷き、ケトルでコップに水を入れてエビルへと差し出す。

 冷水の入ったコップを受け取ったエビルは視線をメルへと戻して口を開く。

「落ち着いて、ゆっくり水を飲んでください。息子さんがいなくなって慌てる気持ちは分かりますから今は落ち着いて、息を整えて」

「ゲフッ、コフッ! は、はい……」

 メルは水を飲み、時間を使って息を整えた。
 一度あれほど慌てたからか冷静になったメルにエビルが問いかける。

「落ち着いたみたいですね。それで、そのいなくなった息子さんというのは?」

「名前はデルテ、まだ五歳でとてもいい子なんです。それなのに今日朝起きたらどこにもいなくて……。心当たりのある場所は全て捜したんですけど見つからないんです。それで段々焦ってきて、あんな状態に……ご迷惑をおかけしました」

「なるほど、じゃあ村の中を僕達で手分けして捜しましょう。レミは?」

「もちろん捜すわよ。こんなの放っとけるわけないしね」

 女将も「私も捜すよ」と告げた。人手は一気に四倍だ。
 村の中から一人の子供を捜し出すのは難しいかもしれないが、四人なら多少時間はかかるがなんとかなるだろうとエビルは思う。

「いえ、それが村の中はほとんど捜して……あ、もしかすれば」

 何かに気付いたメルは再び顔面蒼白になる。

「私は五頭ほど牛を飼育しているんです。でもその中の一頭が最近は体調が酷いので『薬が欲しい』とよく呟いていました。……もしかするとそれを聞かれたのかも」

「薬? でもこの村に薬屋はないわよね?」

 ヒマリ村は小さい村だったので武器屋や薬屋などはない。精々あるのは生活に必要な衣服や靴などをアランバートから仕入れる店くらいなものだ。

「ええ、だから自分達で作るしかないのです。材料は村にいるなら子供でも知っているので、もしかすれば材料を取りに行ったのかも」

「その材料は?」

「近くの草原に黄色く小さい花が咲いているんです……その花の名はヒマリ。この村では昔からその花が良く効く薬の材料になると言われていて、村の名前の由来もそこかららしいです。……でも草原には」

 エビルはメルが途切れさせた言葉の先の答えにすぐ辿り着く。

「草原には魔物がいる!」

 力なくメルは「……はい」と頷く。
 エビル達も通って来た岩壁に挟まれた草原だ。そこそこ広いので子供を捜すのは時間がかかるし、凶暴な魔物がいるため命も危ない。

「今すぐ行きましょう! 早くしないと危険だわ!」

「わ、私も……」

「メルさんはここにいてください。草原の方は僕とレミで捜します」

 明らかに戦える人間ではないメルを連れていくのは危険だとエビルは判断した。たとえ我が子を捜すためだとしても、命の危険がある以上連れていくわけにはいかない。

「なら、私は村の中をまた捜します。草原に行っていない可能性もあるし、仮に行っていても既に帰って来ているかもしれません」

「確かにそうですね、お願いします。じゃあレミ、僕等は行こう」

 まだ村にいる可能性も少なからずある。だがエビルは子供が外へ出た可能性が高いと判断する。メルがあれほどに息を切らせて駆け回ったのなら、もう見つかっていてもおかしくないのだから。
 一人の子供を助けるため二人は草原へと駆けて行った。


 *


 ヒマリ村の外にある草原にやって来たエビルとレミは周囲を見渡す。
 門番である警備担当の兵士が二人の様子に困惑して「どうかされたのですか?」と問いかけてきたので、エビルは事情を話して捜索に協力してもらおうとする。結果兵士は快諾したが警備の仕事を放棄するわけにもいかないので見える範囲に気を配ると約束した。

「来る途中に強い魔物はいなかったけど子供なら危険だ」

「そうね、でもこの草原は結構広いわ。間に合えばいいんだけど!」

 ――それから十分。
 二人は出没する魔物を駆除しながら駆け回ったが肝心のデルテは見つけられなかった。

「……見つからない。もしかしてメルさんの言う通り村にいたのかな」

 草原は多少斜面があってもほぼ平地のようなものだ。小物の捜索なら難航するだろうが子供の捜索はむしろしやすい場所だろう。
 メルの捜している村にまだいたのかもしれないと考え、一旦捜索を中断してヒマリ村に戻ろうかとエビルは考える。

「ねえレミ、一旦ヒマリ村に戻ってみない?」

 提案して隣を見てみれば、レミは遠方を細めた目でジッと見ていた。
 凝視する先をエビルも眺めてみるが何も見えない。ただ雑草が生えている草原と、先にあるアランバートへと通じる森、草原を挟む岩壁の景色だけが広がっている。

「……見えた!」

 何がと思いエビルも凝視を続ける。

「子供! 魔物に襲われてる!」

 瞬間、森の入口付近で砂埃が舞う。
 小さな影のシルエットが砂埃の中を抜けて二人の方へと走って来る。そのすぐ後に大きな異形の花が子供を追いかけるよう根の足で走って来た。

「……あれは、フラグサ! 捕まれば棘でズタズタにされるぞ!」

 茶髪の子供は「うわああああ!」と悲鳴を上げながら、何度も転びそうになりながらも二人の方向へと向かっている。
 根っこの足で追走するフラグサという花形の魔物は、棘だらけの黒い葉を振るっており、隙あらば花の中心にある大きな口で子供を食べようとしていることが遠目でも分かる。

 子供が誰なのかを考えるよりも先にエビルとレミは駆けた。
 しかしフラグサから逃げているのはただの子供だ。特別足が速いわけでもないので今にも追いつかれてしまいそうであった。

 互いが距離を縮めるように全力疾走しているのでぐんぐんと近付くが、このままでは間に合わないとエビルは悟る。だが諦めず「風紋!」と叫ぶと、右手の甲にある竜巻のような紋章が淡い緑の光を放つ。

疾風斬しっぷうざん!」

 あと十五メートルほどの距離をエビルは抜剣しながら二秒ほどで詰め、流水の如き動きで滑らかにフラグサを真っ二つにした。それだけで止まらずにもう一度斬ることで四等分にする。
 風紋発動による身体機能の強化は凄まじいとエビルは身を持って感じた。無我夢中で一連の流れを行ったが、風紋の力なしでは子供がとっくに殺されていただろう。

「うっそお……はっや……」
「す、すげえ……」

 レミと子供が驚いている間にフラグサの体が黒く染まり塵と化した。
 魔物が完全に死んだ証拠だ。

『ふーん、もう自分の意思で発動出来るようになったみてえだな。まあこの前やれたんだから当然か』

 風紋発動についてシャドウが声を零す。
 シャドウの話によれば一度目は無意識。二度目は自力。今回の発動は三度目であり完全にコントロール出来ている。言われた通りもういつでも発動可能だ。

『……だが、弱い』

『何だって?』

『お前が弱えっつってんだよ。今も、イレイザーの時も、俺と戦った無意識状態の一割も発揮されてねえのさ。やっぱあれはマグレだったのかね……』

 その言葉にエビルは愕然とする。
 強がりの類ではないだろう。シャドウがしょうもない嘘を吐くとは思えず、今のままでは足元にも及ばないのだと理解する。

「すごいな兄ちゃん! 兄ちゃん強えんだな!」

 子供から掛けられた声でハッと意識が引き戻される。
 剣を鞘へと戻し、振り返ってみると茶髪の子供がキラキラと目を輝かせていた。

「大丈夫だったかい? どこか怪我は?」

「してないよ! する前に兄ちゃんが助けてくれたから!」

 エビルは「そっか、よかった」と優しく笑みを浮かべる。

「いやあ、アタシの出番なかったわね。さすがじゃない」

「ううん、レミが一早くこの子を見つけてくれたから助けられたんだよ」

 実際、エビルはレミがいなければ帰ろうとしていた。彼女がいたからこそ森の方角を見つめ、窮地に陥っていた子供を発見することが出来たのだ。

「それで……君は、デルテ君かい?」

「え? どうして俺の名前知ってんの?」

「君のお母さんが心配してるんだ。僕はエビル、彼女はレミ、村にいるメルさんのところまでは僕達が送っていくから行こうか」

 笑顔で話すエビルに安心したのかデルテは手を繋ぐ。その表情は帰ることに不満そうだったが素直に歩き出す。
 エビルとレミの二人は襲ってくる魔物からデルテを守りつつ村へと帰っていった。


 * * *


 ヒマリ村まで戻って来たエビルは、村でずっと捜索を続けていたメルと合流していた。会って早々に頭を深く下げたメルがデルテに「おいで」と告げると、申し訳なさそうな顔をしているデルテが歩み寄る。

「……草原に行ってたのね」

 デルテは黙ったまま目を逸らす。

「森の方から来たってことは森に入ってたんだよね?」

「に、兄ちゃん、何で言っちゃうんだよ……」

 森に行っていたというのが事実だと分かるとメルは目をクワッと見開く。一応念のため「本当なの?」と問いかけてみればデルテは頷いて肯定する。
 草原は危険だが森はもっと危険だ。それを理解しているデルテは恐る恐るといった様子でメルの顔を見上げる。だが見上げた先にあったのは激怒の顔ではなく、メルの目からは大粒の涙が溢れていた。

「あ、えっと……母ちゃん?」

 なぜ泣いているのか理解しきれていないデルテをメルが抱きしめる。

「バカ。心配させて……無事でよかった……よかったよ……」

「……ご、ごめん。ごめん……! 勝手に外に行ってごめんなさい……!」

 デルテも涙を流して二人は抱き合う。
 その後、メルに訊かれてデルテは理由を語った。
 やはり予想通りというべきか自宅で飼育している牛の体調が悪いことを気にして、メルの呟きを聞いたことで、村の名の由来ともなった薬の原材料となる花を捜しに行っていた。しかし草原で見つからなかったことで、もしかすれば森に生えているかもと思ったデルテは森に入ってしまったという。

 二人は離れて、メルが笑みを浮かべてから再びエビルに頭を下げる。

「お二人共、この度は本当にありがとうございました。息子が五体満足で帰ってきてくれたのはお二人のおかげです」

「兄ちゃん、助けてくれてありがとう」

「い、いえいえ! 困っている人を助けるのは当然ですから!」

 エビルは照れながら感謝をありがたく受け取る。
 誰かを助けてチヤホヤされたいわけではない。こうして助けた人の笑顔が見たいから風の勇者も人助けをしていたのかもしれないとエビルは思う。

「ねえ、人間の薬って牛に効くかしら?」

 唐突にレミがそんなことを言った。そして腰の小さな収納袋から黒い球体を取り出す。
 綺麗な黒い球体は小さく、指で摘まめる程度の大きさであった。

「これ、姉様から以前貰った秘薬なんだけど。人間用なのよね……」

「そうですね……やはり人間が飲む用に作られた薬は不安ですね。その点ヒマリなら過去に動物に試して効果が出たと伝わっているので大丈夫なんですけどね。レミさん、お気持ちはありがたいですが、そのお薬はもしもの時に取っておいた方がいいと思います」

「かもね、分かったわ」

 レミは秘薬という黒い球体を腰の収納袋へしまう。

「お二人はこれからどちらへ?」

「リジャー王国です。ここから西なんですよね」

 投げられた問いにエビルが答えると、メルが「リジャー……」と呟く。
 不安げなメルの表情から何か良くないことがあるのは確かだろう。気になったエビルは何があるのか疑問をぶつける。

「どうかしたんですか?」

「いえ、その……西を見てください」

 メルに言われてエビルとレミは西を眺める。
 村に二つしかない入口のうち一つの木製門。その向こうには地図の情報通りである荒野へと段々変化して――おらず、大きな森が広がっていた。

「え、嘘!? あっちって荒野になってくんじゃないの!? なんで緑が減るどころか増えてんのよ!」

「地図が古かったのかな。これが作られてから人の手で森が作られたとか」

 メルは「いいえ」と言って首を横に振る。

「あの森は二日ほど前に突然現れたのです。あれが出現する前は草が減っていく道が広がっていましたけど、今では森です。村人は不気味に思って近寄りもしません」

「森が、現れた……?」

 現実的ではない話に嘘だと疑いたくなるがそんな嘘を吐くメリットはない。メルの告げたことが事実なのだとエビル達は理解する。

「村長はついさっきコミュバードでアランバートへ兵士団派遣を要請したようです。突然現れた森なんて不気味でしょう? もしよければこの村でゆっくりしていかれてはどうですか?」

「おっ、それがいいよ! 兄ちゃんウチで飯食ってけよ!」

 兵士団へ要請したのが今日なら到着するのには時間がかかる。メル達の申し出もエビルはありがたく思うが、現れたという謎の森に対して少しワクワクする気持ちもあった。

「すみません、ありがたいんですけど僕は先へ行きます」

「えーなんでだよー!」

「ごめんねデルテ君。……レミはいい?」

「アタシはもちろんいいわよ。いきなりできた森なんてちょっとワクワクするじゃない、でしょ?」

 気持ちが言葉にせずとも伝わっていたようでエビルは口角を上げる。
 出発すると決まれば後は突入するだけだ。二人は別れ際の言葉をかける。

「それじゃあメルさん、デルテ君、また近くに来たら村に寄ります」

「もう一人で村の外に行くんじゃないわよー」

「うぅ……分かってるよ。兄ちゃん達、絶対また来てくれよな!」

 デルテは元気よく手を振り、メルは深く頭を下げる。
 そんな二人に背を向けてエビル達は謎の森へと足を進めた。
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