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第一部 五章 秘めたる邪悪な灯火
姉妹の結末
しおりを挟む三人の女が敵となった者を見つめ――戦闘が始まった。
まず最初に動いたのはサトリだ。深く息を吐いた彼女が力強い踏み込みで一気にサリーとの距離を詰めて錫杖を振るう。それを難なくバッグステップで躱したサリーは、ステップを踏んでリズムを取りながら短剣での刺突を行った。躱されるのが予想外であったサトリは軽く驚きつつ、自身の胸に伸びてきた短剣を錫杖で防ぐ。
力での押し合いになるがサリーはすぐに気付く。
右手のみで持っている短剣と、両手で持てる錫杖では力の入り具合が全く違う。大神官という立場であるサトリの身体能力は非常に高いためサリーは力で勝てない。唯一の救いは疲労でサトリの動きが鈍ったりしていることだがそんな状態でも力負けする。
どんどん押されていくサリーは後方へと跳んで体勢を立て直した。
しかしそこでサトリには及ばないものの素早い動きで駆けて来たレミが殴りかかる。今まで一人に集中していたせいで全く気付かなかったサリーには突然湧いて出たかのようで、驚愕で目を見開く彼女は動揺しながらも迫る拳を避けた。
レミの攻撃は止まらない。素早い動きで何度も何度も殴りかかる。
なんとか回避し続けるサリーも負けじと短剣で斬り上げ、それを躱すために攻撃を止めた瞬間にバッグステップで距離を取る。――しかしレミは遠距離からの攻撃手段を持つ。
「アタシはしたことないけどさ、火傷って痕残るから女の敵よね」
彼女の両手から火の玉が生まれて放出される。
直径一メートルほどの火球に目が釘付けになったサリーは、なんとしても躱さなければと思って右にステップを踏んで躱した。
あれほどの火球が直撃すれば多少の火傷では済まない。下手すれば一発で戦闘不能になるか、継続が困難な手傷を負い敗北が確定するだろう。そんな危険な火球を避けられて安堵したサリーの背中を強力な衝撃が襲う。
「かはっ……!」
背中を強打されたことでサリーは前へ転んでしまった。
しかし後ろにいたとすればエビルかセイムだろうが二人は邪遠が押さえているはず。それならばいったい誰が攻撃したのかと疑問に思いながら起き上がったサリーは、振り返って真相に気付く。
背後からの衝撃の正体は――サトリが振るった錫杖であった。
(姉さん!? そうか、あの火球は囮! 視線をそちらへ誘導した隙に後ろへ回り込んだというわけですか。即席タッグの癖に随分とコンビネーションが取れていますね)
「強くなりましたねサリー。ですが二人を相手するには少々実力が足りないようです。これでは諦める以外の選択肢などないのでは?」
(でも甘いですよ姉さん、レミさん。その強さには嫉妬するくらい憧れたけど、殺意なき攻撃に怯むなどありえない。その甘さは命取りになりますよ……!)
サリーが短剣を構えながらレミへと駆け出す。
厄介なのは火力の高いレミであり、彼女から戦闘不能にする方がいい。そんな思いから距離を詰めていくサリーは持っていた短剣を投擲する。
(投げた!?)
唯一の武器を投げつけるなど勝負を捨てたも同じ。体術の勝負になれば有利なのは秘術も使えるレミなのだ。それを理解していたからこそ短剣を投げるなど彼女は思わなかったし、動揺したことで動きが鈍る。
投擲された短剣を最低限の動きで避けたレミは拳を構える。
刃物がない戦いなら寧ろ彼女の得意分野だ。安心して戦える、そう思っていた矢先――サリーが短剣を突き出して来た。
(ナイフ!? まだあったの!?)
突如出現した短剣。再び虚を突かれたレミは避けきれずに右頬を浅く切り裂かれた。だが攻撃は止まらず、続けて薙ぎ払うように振るわれたのを上体を後ろへ反らすことで回避。そして次に来た左足での蹴りを脇腹へと、遂に初めてもろに喰らってしまい蹴り飛ばされる。
体重移動が見事だったためか想像以上に重い蹴りであった。
蹴り飛ばされて転がって、体勢を立て直そうと止まれば――飛来した短剣が左肩に突き刺さった。
「痛っ……! うぐっ、アンタ、手品師になった方がいいんじゃない?」
「役目を終えたらそれも考えておきましょう。それよりレミさんが考えるべきなのは自分のことなんじゃありませんか?」
疾走して来たサトリに向かって「おっと」と短剣を投擲してから再びレミへと向き直る。
攻撃が向かったサトリは錫杖で防いだものの足は止まってしまう。険しい表情は妹ではなく敵に向けるようなものであった。
「私が使っているのは暗器。まだこの法衣の中に二十本以上のナイフがあります、しかも毒を塗ってある危ないものがです」
「毒……? じゃあ、アタシは……」
「当然毒で死に絶えますよ。でも、レミさんが悪いんです。もう我慢せずにやりたいことをやれるっていうのに、姉さんもレミさんも邪魔しようとするんですから。……すぐに死ぬわけじゃありませんよ? 体が痺れて動かなくなった後でゆっくりと死へ向かっていくらしいです。私も貰い物なので詳しくないですが」
「これで一対一に持ち込んだと、そういうわけですか」
体が痺れて動かなくなったレミは戦力にならない。つまりついに姉妹だけの戦闘になってしまった。
エビルは動けない。加勢しようと動こうものならその瞬間に邪遠に殺されるという確信がある。セイムも悔しさで歯を食いしばっているだけだ。
「さあ、後は姉さんだけですねえ」
「……サリー、あなたは私を殺す気ですか?」
「姉さんのことは好きですよ。でも姉さんは私を縛って、だから憎くて、神官だから殺さなくちゃいけなくて……でも……」
「迷いが見えます。自分が負ける時くらい自分を見つめ直しなさい」
「……は? 負ける、この私がですか? 一対一なら私だって姉さんに――」
油断していたサリーの脇腹に――レミの右ストレートがめり込んだ。
もう動けないと思っていたため眼中になかったせいで、真横からの接近に気付かなかったのである。悲鳴を上げながら殴り倒されたサリーは脇腹を押さえつつ、苦痛に顔を歪めながら上体を起こす。
「ぐ、うあっ……な、なぜ……動けて……」
毒で動けなかったはずのレミはぶらぶらと右手を振りながら答える。
「前にすっごい強力な毒を喰らったことがあってねー。あんまり強くない毒は効かなくなっちゃったみたい。まあ、弱い毒なら燃やせるから元から効かないんだけど。……そんでさ」
「まだやりますか?」
サトリがサリーの首元に錫杖を突きつける。
勝負は着いた。もう抵抗する意思はサリーから消えている。俯いた彼女は消えそうなくらい小さな声を出す。
「……私は、もう戻れない、よ」
「いいえ、偉大なる創造神アストラル様はお許しになられるでしょう。あなたがちゃんと反省して、償いながら今後を生きていくと誓うなら」
「……ほんと、立派な神官になったね姉さん。……今からでも、姉さんの助けになれるかなあ」
「なれますよ。人は諦めなければ何にだってなれるのです」
「そっか……。私も、なれるか……」
敵意は消え失せているためサトリは錫杖を突きつけるのを止めた。
錫杖を持ち直す間も彼女は妹から目を離さない。まだ戦おうとしているからではなく、愛する妹がこれからどうするのかを見るために。
立ち上がったサリーの口元に笑みが浮かぶ。まるで悩みが消えたかのような穏やかな笑みだった。次第に涙まで流れ始めたし、鼻水も啜り出す。
「私、やっぱり姉さんの力になりたいよ。……今日はごめんなさい。取り返しのつかないことをしちゃって……本当に……ごめん、なさい」
「そうですね、あなたは罪を犯した。だからこれから悩める人々に尽くすのがあなたの仕事です。お悩み相談だって立派な仕事ですし……あなたなら闇側に寄った心も理解出来るでしょう。……私も謝りましょう。……あなたの闇にもっと早く気付いていれば、もっと早く対処出来ていればこんなことにはならなかったのに」
何にせよ姉妹のすれ違いはここで解決した。
互いの気持ちを把握しきれていなかったことが今回の原因。妹の意見を素直に聞いていれば、姉の気持ちを全て理解出来ていれば、そんなイフがあれば姉妹の戦闘は勃発しなかっただろう。
「――そういう結末になったか。ならば」
そんなイフがあれば、命を落とすこともなかっただろう。
「これは返してもらうぞ」
――いつの間にか移動していた邪遠の右手がサリーの胸部を貫通した。
その右手は心臓の位置を貫いているが掴まれているのは赤い球体。彼が右腕を引き抜けば腕に付着していた血液が飛び散り、サリーの胸の空洞から大量の血液が零れ落ちていく。
「……ごめん……なさい」
サリーの体が後ろへ音を立てて倒れる。
事態を呑みこめないサトリは「さ……りー……?」と妹の名前を呆然と呟いた。
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