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第二部 一章 動き出す七魔将
プロローグ~七魔会談~
しおりを挟む黒と赤を基調とした禍々しい城、悪魔王城。
且つて風の勇者ビュート・クラーナが乗り込み敗北した場所。
魔信教教祖リトゥアールが闇に堕ちるきっかけとなった場所。
そしてシャドウが生まれ、長い間過ごした故郷のような場所。
「……一年、いやもっと長えか。ここに帰って来んのは」
シャドウは忌々しき記憶のオンパレードである悪魔王城へと帰って来た。
別に、嫌だったわけじゃない。シャドウにとっては唯一の故郷だ。親という定義に含まれるのか不明だが自分を生み出した悪魔王も居る。ただ、少し前まで妙に居心地がいい所に居たので少し霞む。
元々、最強の悪魔エビルの部品として生み出された存在だ。
部品だけでのうのうと生きて、扱いが良くなる訳がない。
七魔将という優れた上級悪魔のみで結成された組織に所属しているが、最強の悪魔エビルにあった期待のお零れにすぎない。悪魔王が肩入れしたせいで他のメンバーから良く思われない。この場所しか知らなかっただけで、もっと気楽に過ごせる場所があるなど以前は想像もしていなかった。
城の中へ入り、迷わず奥へと進む。
階段を下りて最下層へ向かうと一つの部屋へ辿り着く。
長机と七人分の椅子が置かれているそこは七魔将の会議場所だ。
「おやおやあ? これはこれは、お久し振りですねえシャドウ」
既に会議部屋の席には二人が座っていた。
真っ先に声を掛けて来た老人はサイデモン・キルシュタイン。
年老いているゆえシワの多い薄緑色の肌だが、毛量は多いし髭も長い。黒いスーツを着ている彼は優しい笑みを浮かべながら黄色の瞳を向けてくる。
老人だからと侮ってはいけない、彼は七魔将ナンバー2の実力者だ。
「サイデモンの爺さん、相変わらず集まるのが早いな」
「それを言うなら彼もですよ。私が到着した時には既にいましたしね」
サイデモンが視線を送ったが相手の男は反応しない。
瞑想したまま全く動かない彼の後方には大剣が壁に立てかけられている。剣身に四本のラインが彫られている独特な大剣だ。眺めただけでも妙な威圧感に襲われて、額に汗が滲む。
「そういえば、邪遠は一緒じゃないのですか? 彼も同じ任務を任されていたでしょう。……確か、魔信教とやらの壊滅でしたっけ。魔王復活を企む愚かな人間達。ちゃんと壊滅出来ましたか?」
「心配いらねえって。邪遠は……まあ、全員集まってから話すぜ」
「その方がいいですか。そろそろ他の面子も到着するでしょうし」
「噂をすれば来たみたいだな。一気に三人も」
会議室入口の扉が開かれて三人の上級悪魔が姿を見せる。
ずっと瞑想していた男も目を開けて入口を一瞥した。これで邪遠を除き、全ての七魔将が集結したことになる。一同が会すなど実に三年振りのこと。今日はそれだけ重要な話があると見ていいだろう。
「あっれえ~? 誰かと思えば出来損ないのシャドウ君じゃあねーのー」
ビン・バビン。使用魔剣、デスサイバー。
へらへら笑っている金髪碧眼の男性悪魔。
黄色のもさもさした体毛に覆われた肉体は、決して大柄ではないが発達した筋肉が凄まじい。そんな筋肉や体毛を隠すのは黒い腰巻きのみ。他に身に着けているものといえばネックレスだ、首に掛けられたそれの先に付いている短剣が彼の主要武器である。
「あらホント、帰って来たのねシャドウちゃん! アタシずっと待ってたのよ!」
ダグラス・カマントバイア。使用魔剣、糸鋼剣。
人間の女性に外見が酷似している悪魔。
ひらひらとした赤いドレスは胸元辺りが開けていて、わざと巨乳を見せびらかしている。一見女性に見えるが実は両性具有であり、本人曰く股間には立派な男性器が生えているらしい。気に入った相手は男女問わず自室に連れ帰り昼夜問わず性行為を行っている。何度かシャドウも尻を掘られかけた。
「長い間お疲れ様でしたシャドウ様」
ミーニャマ。使用魔剣、不明。
裾の長いメイド服を着用した黒髪黒目の女性悪魔。
頭には黒猫の耳、頬には三対六本の髭、メイド服の尻部分に空けられた穴から黒猫の尻尾が生えている。人間と似た外見から純粋な悪魔ではなく、とある人物の細胞から作られた人造悪魔なんて噂がある。ダグラスと非常に仲が良い彼女だが性関係の噂は一つもない。
この場に二度と来ることのない邪遠を含めた七人が七魔将だ。
一人一人が途轍もなく強い実力者。……とはいえ、七人の中で実力差がないわけではない。以前までのシャドウはこの中の最底辺であり明らかに格下だった。
「――全員揃ったようだし、七魔会談を開始する」
実力というなら組織の中で一人飛び抜けた存在がいる。
七魔将最強。癖が強い悪魔揃いの七魔将でリーダーを務める男性。
先程まで瞑想していた、黒いコートを着た灰色髪の青年――ヴァン・アルス。
まだ席に着いていなかったシャドウ達は彼の言葉で定位置へ腰を下ろす。
「さて、まず――」
「おいちょっと待てよ。邪遠の野郎が居ねえじゃんか」
当然の疑問を口に出したビンだがタイミングが悪い。
よりにもよってヴァンが話している最中に言葉を遮るなどバカのすること。ヴァンはプライドがかなり高く、己の成すことを邪魔されたりするのが一番嫌いなのだ。静かに怒りの篭った瞳を向けられた彼は「うっ」と怯む。
「それを今から話そうとしたんだ。他の者も不思議に思っているだろうが奴は今日この場に来ない。魔信教関連の話だ、同じ任務を遂行していたシャドウに説明してもらう。皆、静聴するように」
「じゃあ、魔信教を壊滅させるまでの出来事を話すぜ」
シャドウと邪遠が進めていた任務。魔信教という組織の壊滅。
二人はまず組織へ接触し、教祖と呼ばれていた女性と面識を持った。そして組織の所属人数とメンバーの実力を念入りに調査するため潜入した。本来なら早い段階で皆殺しに出来たが厄介なことに、アスライフ大陸の人間を殺しすぎると魔王が封印から解き放たれてしまう。教祖と魔王を同時に相手取れば敗北濃厚。確実に滅ぼすため、二人は協力する素振りを見せながら隙を窺った。
いつ魔王が復活するか分からない以上迂闊な真似は出来ない。
決定的な隙を待ち続けた結果、遂にその日はやって来た。
アスライフ大陸にて誕生した勇者一行が魔信教本拠地へ殴り込んだのだ。敵の敵は味方と言うし、勇者一行と協力関係を結んだ二人は教祖へ反逆。優秀な囮として機能させ、シャドウは教祖と魔王を殺害した。邪遠はその際に戦死したため二度と戻って来ない。
「……と、こんなところか」
「はあああああ? おいおいシャドウ君よお、そりゃ嘘だろ。あの邪遠が死んだのにさ、なーんでクソ雑魚のテメエが生き残れるんだよ。真っ先に死ぬのはクソ雑魚のテメエからだろ?」
「うるっせえぞビン。俺はヴァンに頼まれたから説明してやったんだ、嘘なわけあるかよ。嘘を吐いて俺にどんなメリットがあるってんだ。お前の理解力が欠損してるだけだろ単細胞が」
――嘘である。実際のところシャドウは教祖も魔王も殺していない。決着をつけたのは全く別の人物だ。平気な顔で嘘を吐いたがメリットなしで吐くわけがない。シャドウにとって重要なメリット、それは手柄。自分が殺したと言うことで任務の手柄を総取りしたかったのだ。
幸い事実を確認する方法はないし邪遠が何も出来ず死んだのは事実。
第一重要視すべきは標的の死亡。誰が殺したかなど七魔将の面子にとっては些細なことだろう。それでいい、シャドウが認めてもらいたいのは他の七魔将ではなく組織を作った悪魔王なのだから。他の者の反応は求めていない。
生まれた時から部品であり他の者から出来損ないと言われ続けた。それでも悪魔王に認めてほしい一心で生きてきた。例えどんな手を使っても彼に認めてもらうのがシャドウの目的だ。
会議部屋最奥に飾られている紫の宝玉を一瞥する。
悪魔王は今、精神体として宝玉内に生きている。創造神アストラルや神の従者との長い戦いで両陣営痛み分けとなり、彼の方は肉体を捨てざるを得なかった。追い詰められた彼は精神体でも来たる復活の時まで力を蓄え続けている。七魔会談で現在話している内容を聞いているはずだが彼から声は発されない。
「単細胞だと……ふーん、ふんふんふーん? シャドウ君さあ、暫く会わない内に俺達の実力を忘れちゃったみたいだねえ。簡単なおつかいこなした程度で調子乗ってんじゃねえぞクソ雑魚が! 俺達とテメエじゃあ格が違えんだよ!」
目を血走らせて立ち上がったビンが思いっきり長机を叩いて叫ぶ。
今の叫びで「唾飛んだ」とダグラスが呟き、ミーニャマがそっとハンカチを差し出す。いかにも出来た使用人といった所作と風貌だ。
「それくらいにしときなさいよ。せっかく帰って来たのに早々虐めたらシャドウちゃんが可哀想でしょう。ね、シャドウちゃんも馬鹿ビンなんて放っといて、今夜はアタシと過ごしましょうよ。たああっぷり可愛がってあげるからさ」
「ダグラス様、それは結局虐めています。ビンと同レベルです」
「うっるせーんだよテメエらは黙ってろや!」
一度上昇したビンの怒りのボルテージは中々下がらない。
いっそのこと、成長した自分の実験台にしてやろうかとシャドウは考える。自分が一対一でどこまで戦えるのかは帰ってからずっと気にしていたことだ。早めに実力差を把握した方が計画も練りやすい。
「格の違いとやらを是非知りてえな、単細胞」
溜め息を吐いたビンは後頭部を掻いて「二度目だぞ」と呟く。
「俺は優しいからよお、帰って来たばっかだし半殺しでいいかと思っていたんだけどよお。二度も悪口言われたら仕方ねえよなあ? 半殺し二回でぶっ殺してやんよ。死ね」
彼が首に掛けているネックレスの短剣に触れた時、濃密な殺気が放たれる。
ビンからではない、証拠に彼も驚いている。恐怖の強さはシャドウより上をいっているかもしれない。二人は殺気の出所へとぎこちない動きで目を向けた。
「――止めろ」
灰色髪の青年、ヴァンだ。有無を言わさない殺意をひしひしと感じる。
黙って硬直した二人を見てサイデモンが笑い声を上げる。
「若いのはいいものですがねえ。暴れ時を考えないと自らの身を滅ぼす要因となります。今は会議中だから争うのは後にしろと彼は言いたいのですよ」
「……チッ、冗談に決まってんだろ。話を続けようぜ」
すっかりビンが大人しくなったため実力測定のチャンスが消えた。こうなっては仕方ないのでシャドウも諦め、ここにいる本来の目的である会議に集中する。不真面目だと思われては悪魔王に認めてもらうのも難しくなってしまう。
場が静かになってから再びヴァンが会議の流れを掴む。
「さて、邪遠が死亡した経緯は皆も理解したな。……犠牲は大きいが、その分こちらが得たものも大きい。魔王という強大な敵を消滅させたのだからな。創造神アストラル、及びその従者達も傷が癒えず動けないと聞く。……つまり現状、敵と言えるのは封印の神カシェ。そして、どこかにいる四人の秘術使いのみ」
「動ける敵を捕縛、もしくは殺害で封じれば安心して悪魔王様も復活出来るというもの。カシェの方は従者共々居場所が割れている。今はどこにいるのか分からない秘術使いを優先すべき、でしょう?」
サイデモンの言葉にヴァンが黙って頷く。
上級悪魔や魔王などを殺せるのは神性エネルギーのみ。いくら強いだけの人間が生まれようと大した脅威にはなりえない。本当に恐ろしいのは、居場所を把握していない秘術使いが強かった場合だ。悪魔王の害になりえる者達は七魔将が速やかに動きを封じなければいけない。
強い秘術使いは殺し、弱ければ捕縛する方針だ。
既に組織は動き始めていて大陸ごとに調査を行っている。シャドウと邪遠の任務はそれに魔信教壊滅を加えたものだったのだ。調査を行っていたパートナーはもういないため、アスライフ大陸での情報を知るのはシャドウ一人。いくらでも偽れる状況に一人ほくそ笑む。
「ミナライフ大陸の調査担当者ダグラス、ミーニャマ。報告を」
ヴァンの言葉でメイド服の女が「はい」と口を開く。
相方であるダグラスは会議そっちのけで爪の手入れをしていた。
「あの大陸は殆ど人の手が加わっていない魔境。見つかったのは妙な遺跡や絶景スポットだけです。今のところ人間は一人も見当たりません」
「ミナライフ大陸は世界で一番広い大陸だ、地道に捜せばいい。もし人間が見つからない場合はマスライフ大陸の調査へと切り替えろ。……次、ビン」
黒い腰巻きだけ身に着けている金髪碧眼の男が「あいよ」と返事をする。
「ゼンライフ大陸はギルドがあるし情報はそこで集めてる。ただ、得られる情報の中だと怪しいのはねえし、情報欲しいなら加入しろとかうるせえから入ったら仕事任せられるしでウザい。つーか前々から思ってたんだけどよ、何で俺だけ一人なんだよおかしいだろ!」
誰も言わないし察しも悪いからビンは知らないが、彼は全員から嫌われている。
理由は横暴な態度や煩い声、無駄に高いプライドなど挙げればキリがない。嫌われる要素が多すぎるためペア決めの時は当然のように一人だ。実力がなければ即殺されている人材だし、もっと嫌われたらダグラスあたりが殺すかもしれない。
「何か言えやヴァンさんよお!」
「……俺とサイデモンが担当のオルライフ大陸も秘術使いの情報は得られない」
「報告してんじゃねえええええ!」
このように煩いから嫌われるのだ。結局、困り果てたヴァンが殺気をぶつけて強制的に黙らせた。彼はビン関連でどうしようもなくなった時、最終手段として殺気を放出している。因みにその最終手段は多用されている。
「シャドウはどうだ。魔信教壊滅任務のせいで本腰を入れての調査は難しかっただろうが、何か新たな情報を入手していないか? 些細なものでも構わないんだが」
「些細? 些細ねえ」
ついに報告する役が回って来たシャドウは思わず笑う。
「あるぜ。些細なんかじゃねえ、とびっきりのがな」
「まさか……見つけたのか?」
「クク、ああそうだ俺が見つけた。さっき話した魔信教壊滅について憶えてんだろ。現地で新しい勇者一行と協力したって話。……察しがついたか? そう、その新しい勇者様が風の秘術使いだったんだよ」
予想通り全員の顔に驚きが混じる。今まで見下していた相手が自分より成果を挙げた時の顔だ。全員の驚いた顔を見ただけでも鼻歌を歌いたいくらい気分が良くなる。これで火の秘術使いも見つけたと言えばどんな顔になるだろうか。言いたい衝動に駆られるが目的を遂行しやすくするため我慢する。
「殺したのか?」
「いいや、俺も任務で疲れちまったからな。だが、あのお人好し勇者様はオルライフ大陸のアギス港に呼び出しておいた。奴は必ず来る。安心しろ、港に来たら俺が始末してやるさ」
「おい、そいつは強いのか」
急に口を挿んできたのはビンだ。
何もかもが思惑通りでシャドウの上がった口角は戻らない。
「俺の方が強い……いや、同じくらいだ。あいつは結構やるぜ」
少し前までならシャドウはこんなことを言わなかった。
同じ顔をした勇者は出会った当初遥か格下、期待外れもいいところ。本当に最初の方は彼を絶望させてから無様を眺めて殺そうとしていたのだ。互いに憎み合うだけの関係だったのに今では奇妙な信頼が生まれている。信頼出来るからこそ利用出来る。
――だが、それだけだ。
元から邪悪の塊であるシャドウは絆されない、絆されるわけがない。
互いに影響を与え合った結果、正の感情が増幅されても関係ない。
二人の関係は憎み合っても協力出来る相手というもので完結している。最初に比べればいい進歩だ、今のように協力相手として選ぶなど以前は絶対にありえなかった。
「ならそいつは俺が殺す! 一回秘術使いと戦ってみたかったんだ。しかも過去の七魔将を全滅させた風だぜ、戦うしかねえだろ! なあいいだろヴァン! 同格のシャドウより俺の方が確実に殺せる!」
「早い者勝ちだ。シャドウがいいと言うなら構わない」
「俺は構わねえぜ。こん中じゃお前が一番適役だと思ってるからな」
「はっはっは嬉しいねえ! ようやく身の程を弁えたか、俺はテメエより遥かに強い! 勇者だろうが何だろうが粉々に斬り刻んでやるぜえ! はっはっはっは! 待ってろよ風の秘術使い、己が死の瞬間をおおおお!」
最初からほぼ計画通りに踊らされている男をシャドウは心の中で罵倒する。
風の秘術使い、正確に言うなら先代勇者だが、過去に仲間と七魔将を全滅した功績がある。その話を知っているビンは必ず自分がやると言い出す。なぜなら彼は自分の強さにかなりの自信を持っているからだ、特に勝てると確信している相手には強気で挑む。
彼は知らない。魔王を倒したのが本当は今代の勇者だということを。
彼は知らない。シャドウが以前より遥かにパワーアップしたことを。
彼は知らない。……向かう先で無様に死ぬのが自分だということを。
「ふう。さあて、人間の分際で調子に乗ってるバカを始末しに行くか」
「……ビン。人間を侮るな」
「分かってるっての。もう侮ったりしねえよ」
笑みを消して真剣な表情になったビンは会議部屋を出て行った。
作戦は始まった。もう決して後戻りは出来ない作戦が始動する。
生まれ持った邪悪な意思で、シャドウはどんな手を使ってでも認めてもらうと決めたのだ。……例え誰を殺すことになってでも。
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