新・風の勇者伝説

彼方

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第二部 四章 各々の想い

ギャンクラブ討伐

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 無人島にてギャンクラブという魔物を捜すエビル達。
 怪我が完治した男神官達は、アズライ含めた女神官三人が砂浜まで運んだ。目覚めない彼等を放置すれば魔物に殺されるかもしれないため女神官達が護衛に回る。他のエビル達六名は二人一組に分かれてギャンクラブ捜索に取り組んでいた。

 小さめの無人島なのですぐに見つかると思いきや中々見つからない。
 一度会えれば気配の風を感じて居場所を特定出来るのだが、出来ないことを考えても仕方ないだろう。他に魔物がいなければ特定も可能だが残念ながら小さな魔物が多い。討伐しておいた方がいいので倒しながら歩き、目的の魔物を捜し回る。

 しばらく経ち、全く見つからないので一度砂浜に戻ることにした。
 砂浜にて集合したエビル達は全員浮かない顔だ。

「みんな、見つけられなかったみたいだね」

「ああ、島はかなり見て回ったんだがどこにも見当たらない」

「おっかしいわねー、ギャンクラブって体大きいんでしょ? みんなで手分けして捜したのに誰も見つけられないなんて……」

「不可解」

 かなり珍しいが魔物の中には特殊な能力を使う者もいる。
 上級悪魔が扱う魔術のようなものだ。考えられるとすれば、ギャンクラブが透明化などの力を使えるケース。姿を消す能力があったらエビル以外が発見するのは難しい。可能性としては低いが、これほど見つからないとなるとありえる話だ。

「……おいアズライ、お前何かストロウから聞いてねえか?」

 ウィレインに問いかけられた女神官アズライは頬を掻く。

「うーん……あ、そういえばストロウ君言ってましたねー。ギャンクラブはどこからともなく現れ、僅かでも視界から外れたら消えてしまうとか。ストロウ君は最初、後ろから奇襲を受けたらしいです」

「何だそりゃあ? どうすりゃいいってんだ」

 後ろから奇襲でも何でも周囲に来てくれるなら何でもいい。
 四方八方どこから来ようとエビルには秘術で感知出来る。

 警戒して周囲を見渡していると、奇妙な風が下から吹いた。まるで膨大なエネルギーが小さな穴から少しずつ漏れ出すような、今まで感じたことのない風の吹き方。戸惑いつつ下を確認しても砂があるだけで変わったことはない。

 下から吹く風は移動して海へ近付き、次第に感じられなくなる。
 何かがおかしいと思うエビルは違和感を深く考える。
 大きな体の魔物。姿の見えない敵。地面から吹く風。
 あらゆる可能性を思考した結果、導き出した結論は一つ。

「下に……地面の下に、何かがいる!」

「下? まさか、ギャンクラブが?」

 クレイアが意識を地面に向けてから「何か、移動中」と呟く。
 山の秘術使いである彼女が言うなら疑いようがない。
 ギャンクラブかは不明だが砂中を何かが移動しているのは確かだ。

 砂中を海の方向へと進む何かが勢いよく地上へと出た。
 砂が巻き上がり視界が悪くなる。
 何が出て来たのか視界には砂ばかりで映らない。

「ぬおおっ、何だああああ!?」
「ウィレイン様は前に出ないで! 後ろに下がって!」
「くっ、砂煙で目が開けられん……!」
「あうっ、砂が目に……!」
「何なのよおお!」

「大丈夫、今風で晴らす!」

 エビルが強風を起こして広がった砂塵を吹き飛ばす。
 普段通りの視界に戻ったため、砂中から出て来た者の姿が明らかになる。

 体長十五メートル超えの巨体。赤黒い甲羅から出た二本の腕と六本の脚。ハサミのように先が分かれている腕。ギョロギョロと気持ち悪く動く眼球。事前にされた説明と照らし合わせると捜していた魔物の可能性が高い。

「こいつは、間違いない! ギャンクラブ!」

「やっぱりこの魔物がギャンクラブなのか。すぐ倒さなきゃまた地面に潜られるかも」

 再び地中に潜られても対処自体は出来る。
 既に地中に潜む敵からの風の吹き方は覚えたが、慣れていないため一度や二度は逃してしまうかもしれない。全てにおいて反応が遅れると危機に繋がる。可能なら地中に潜られる前に倒したい。

「潜らせやしねえよ、すぐ仕留めてやる!」

 戦斧を持っているウィレインが高く跳ぶ。
 ギャンクラブの真上に跳んだ彼女は戦斧を甲羅に振り下ろした。
 赤黒い甲羅には傷一つ付かず、逆に戦斧の刃が砕ける。

「硬い……! 想像以上の硬さ……!」

「うそっ、斧が砕けちゃいましたけど!?」

 海に着水したウィレインは舌打ちして、一連の流れを見ていたアズライが驚く。
 確かにギャンクラブの甲羅は硬い。戦斧の刃が砕けたのはウィレインの筋力が強かったからだ。並の筋力なら刃は砕けず、欠ける程度で済んだだろう。彼女の攻撃で判明したのは単純な筋力任せでは攻撃が通じないことだ。

「どんなに硬かろうが関係ないわ。中身を蒸し焼きにしてやるっての」

 一歩前に出たレミをロイズが手で制する。

「いや、待ってくれレミ。どうやらクレイアが試したい技があるそうだ」

 クレイアが前方に手を翳すと、ギャンクラブを中心に周囲の砂が動き出す。
 砂が集まり下へ沈んでいく。ゆっくりとギャンクラブも沈み、脱出しようと暴れるが沈む速度が上がる。脱出不可能である砂の渦が飲み込んでいく様はまるで蟻地獄。暴れ続けるギャンクラブは体の半分程が砂の渦に埋まった。

「――変換」

 ギャンクラブが埋まっている周囲の砂だけが――岩に変化した。
 砂像を石像に変えたのと同じ技術。砂同士を結合、圧縮して大きな塊に戻す。
 周囲が岩に変化したためギャンクラブは抜け出せない。
 岩は〈メイオラ闘法〉で硬度が強化されているので攻撃されても壊れない。
 まさに簡易版の牢獄。完璧に相手の動きを封じている。

「あれはあの時の……」
「うん、あの技術を使いこなしているね」
「す、凄いですクレイアちゃん」
「へえ、やるじゃない」

 ウィレインや神官達も異常な光景に驚いている。
 岩でギャンクラブの動きを封じたため、後は討伐するだけだ。

「じゃ、後はアタシに任せてよね」

 レミがそう告げて聖火でギャンクラブを包む。
 聖火の高火力で甲羅は焦げ、中身は溶ける。最期は黒い塵となって消えた。
 何とも呆気ないが容易く討伐出来る程エビル達が強くなったのだろう。

 魔物との相性もあるが基本的にどの魔物も今のエビル達の相手にならない。例外は七魔将クラスの魔物だがそこまで強い魔物はほぼいない。それ以外の魔物が束になって襲ってきたところで、レミ一人で十分殲滅可能である。

「……呆気ねえな。勇者サマご一行にかかりゃギャンクラブもこんなもんか」

「引くほどあっさり倒しちゃいましたねー。敵には絶対回したくないなあ」

 アズライの発言に女神官二人もうんうんと頷く。

「物理攻撃に強い魔物相手だったからレミと相性が良かっただけですよ。目的は果たしましたけど、これからどうしますか?」

「はっ、決まってんだろ勇者サマ。まだ海で遊ぶし、帰ったら宴だ!」

 一時的に良い気分は削がれたが元凶はもういない。
 魔物討伐も果たした今、エビル達は心ゆくまで海で遊べる。
 男神官達も直に目を覚まして遊びに加わり、エビル達は全員が無人島で楽しく過ごせた。

 昼は海で遊び、夜はウォルバドに帰還して魔物討伐を祝う宴を開始。
 各々が楽しんだ一日はエビル達にとっていい息抜きとなった。


 * * *


 ギルド本部から少し離れたフォリア山脈の一部が爆発した。
 噴火でもしたように大地の破片が宙を舞う。
 山の山頂付近から岩が転がって山道が封鎖される。

 この異常事態を引き起こしたのはたった二人の戦闘。
 二人はメイド服を着用した黒髪黒目の女性。頭には猫耳、頬には三対六本の髭、メイド服の尻部分に空けられた穴から猫の尻尾が生えている。まさに生き写しと言える二人の違いは、メイド服の裾が短いか長いかしかない。

 裾の長いメイド服姿の女性、ミーニャマが岩で塞がった山道を見る。

「……いいのですか? 山を破壊して」

 裾の短いメイド服姿の女性、ミヤマは楽し気な笑みを浮かべたまま答えを返す。

「気にしないでいいにゃん。後でどうとでもなるし」

「……分かりませんね。あなたは、なぜ勇者の味方をするのですか? 私は知っている。あなたは中立、誰の味方もせず敵にもならない存在。……なのに、今は勇者の味方をしている。正義感に目覚めたわけでもないでしょう。いったいなぜ……!」

「勘違いしてもらっちゃ困るにゃん。私は戦いの場に出ないだけで、特定の誰かの味方をすることはあるよ。因みにエビル君の味方をしているのは特例中の特例。理由はね、君と敵対しているからだにゃん。こんなんでも私は責任をちゃーんと取る女だから」

 再び二人の戦闘が始まる。
 ミーニャマの猛攻にミヤマは余裕で対応する。
 肘打ちには肘打ちを、蹴りには蹴りを、拳には拳を放ち相殺。
 二人は汗一つ掻かずに攻防を繰り広げながら話し合う。

「私がいたから、私が生み出されたから、ダグラス様が殺されたとでも!?」

「そうは言っていないにゃん。私はエビル君が最悪の未来を進まないように調整してあげただけ。私が干渉しなくてもダグラスの死亡率は高かったにゃん。君が傍にいたとしても結果は変わらなかったかもしれない」

 未来の調整といっても大したことではない。
 例えば七魔将のビンに情報を隠したり、山の秘術使いを知っている人間にエビルが接触するよう仕向けたり、特訓と称して強くなる最善の道のりに誘導したりなどだ。あくまでも本来ありえる可能性の範囲で調整しただけである。

「くっ、勇者は今どこにいるのです!?」

「失敗作は不便だねえ。私には全部視えているにゃん」

「……私は! 好きであなたの力を得たわけじゃない!」

 激怒したミーニャマの猛攻は止まらない。
 二人の攻防は山をさらに削る。

「苛々してるねえ。私も怒ってんだよ。やっと面倒な奴を始末出来たのに、また面倒な奴が出て来てさ」

 拳と拳の衝突で空気が震える。

「だからさ、私は君も利用する」

 一瞬でミーニャマの至近距離に移動したミヤマが耳打ちする。
 二人しかいない山道にミーニャマの「なぜ」という声が広がる。
 戦闘は終わりミヤマは……エビルが驚く顔を想像しながら笑った。
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