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第4話 ー文化祭サイトの呪いー ③
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昼休み、食堂のざわめきも、いつもより微妙にトーンが高かった。
「聞いた? 文化祭サイトの呪いのメッセージ」「あれ、マジでやばくない?」「警察とか来たりして」
そんな会話があちこちで聞こえる。
恋と真白はいつものように並んでトレイを持ち、窓際の席に座った。外は相変わらず雨で、グラウンドには大きな水たまりがいくつもできている。
「噂って、ほんと一瞬で広がるよね」
恋がため息混じりに言う。
「あたし、さっき別のクラスの子に“C組の文化祭サイト担当だよね? なんか知ってる?”って聞かれたよ」
「え、なんて答えたの?」
「“知らない。知ってても言わない。言ったら呪われる”って」
「広げてどうするの……」
半分あきれながらも、真白は箸を動かす。
(でも、情報が一人歩きする前にきちんとした説明があるといいんだけど)
そう思っていると、ちょうどそのタイミングで、クラスSNSの通知が鳴った。担任からの一斉連絡だ。
『文化祭サイトの件。現時点では、外部からの不正アクセスの可能性は低く、関係者による誤操作または悪ふざけと考えられています。文化祭準備は予定通り進めてください。詳細が分かり次第、再度連絡します。』
「……誤操作?」
真白は小さくつぶやいた。
「え、なになに? “外部からの不正アクセスの可能性は低い”って書いてあるじゃん。じゃあ、やっぱり中の人?」
恋が身を乗り出して画面を覗き込む。
「でも、誤操作であんな文章になるかな。“この学校は呪われている”って」
「それはたしかに……」
誤操作で、そんなフレーズが偶然入力されるとは思えない。誰かが意図的に打ち込んだとしか考えられない文面だ。
(“外部からの不正アクセスの可能性は低い”って……本当にそうかな)
ログを見ていない段階で、そんなふうに言い切ってしまっていいのか。真白はそこが引っかかった。
もちろん、慎重に言葉を選んだ結果かもしれない。「外部からの攻撃です」と一言でも書けば、それだけで別の騒ぎを呼ぶだろうから。
(でも、なんとなく……“これ以上大事にはしたくない”っていう気配のほうが強い)
真白はスマホを伏せる。
「どうしたの、真白。そんなに難しい顔して」
「……ううん。まだ何もわからないのに、決めつけるのは嫌だなって思っただけ」
「決めつけ?」
「“外部じゃない”“身内のいたずらだ”って。そう思ったほうが気が楽なのは分かるんだけど」
そこまで言って、真白は言葉を飲み込んだ。
(もし本当に外からの攻撃だったのに、それを“身内のいたずら”で片付けちゃったら……)
そのほうが、ずっと怖い。
見えないところから手を伸ばしてくる存在に、誰も気づこうとしない。気づいても、見なかったことにする。
少し前にあった「亡霊アカウント」の事件を思い出し、真白は箸を持つ手に少し力を込めた。
「真白」
恋が優しく声をかける。
「もし、真白が“ちょっと変だな”って思うことあったらさ。あたしにも教えてね」
「恋に?」
「うん。“何も起こらないほうがいい”っていうのは同感だけど、起きちゃったときにちゃんと向き合うためには、真白一人じゃ足りないでしょ」
恋はそう言って、からっと笑った。
「情報収集とか、噂の火消しとか、そういうのは得意なほうだし。真白が“これは変だ”って感じたことを、周りにうまく伝える役なら、たぶんできるから」
その言葉に、胸の奥のざわめきがほんの少しだけ軽くなる。
「……うん。ありがとう」
「よろしい。じゃ、今はとりあえずご飯食べよ。コロッケは熱いうちに食べよ!」
「そんな格言ないよ……」
そんなやり取りをしながら、ふたりは昼食を再開した。
放課後、文化祭準備の時間が始まるころには、雨脚は朝よりも強くなっていた。
窓の外を叩く雨の音をBGMに、二年C組の教室は段ボールとペンキとガムテープの匂いで満たされる。
「入口の看板、どんな文字にする? “ようこそ”だと普通すぎるよね」
「“戻れなくなっても知りません”とかどう?」
「やだそれ、マジで戻れなさそう」
お化け屋敷の準備は、相変わらず賑やかだった。
真白はその喧騒から少し離れた窓際で、ノートPCを開いていた。文化祭特設サイトは、一般公開を止めているはずだが、学内のネットワークからならアクセスできると聞いている。
(……ログインは、できる)
ブラウザを立ち上げ、クラス用のIDとパスワードを入力する。レスポンスは、昨日よりさらにわずかに重く感じられた。
ダッシュボードのトップには、「現在、一般公開を一時停止しています」というメッセージが追加されている。それ以外は、見た目上は大きな変化はない。
(“お知らせ”のところに、何か書いてないかな)
真白はメニューから「お知らせ」を選ぶ。内部向けのメモのようなものは、特に追加されていないようだった。
代わりに、ページの下部にある「システム情報」の欄に目が止まる。
『CMSバージョン:1.3.2』
「……」
その数字に、微かな違和感を覚えた。
(昨日見たときも、“1.3.2”だった? ──ううん、バージョン番号を意識して見た記憶はない)
ただ、頭のどこかで、「このCMSは今、2.x系まで出ているはず」という情報が引っかかっている。もし記憶が正しければ、このサイトは少なくとも一世代以上前のバージョンで動いていることになる。
「真白ー!」
背後から恋の声が飛んできて、真白は反射的に画面を伏せた。
「びっくりした……」
「ごめんごめん。そんなにびっくりするってことは、何か“いかがわしいサイト”でも見てたのかなー?」
「見てないから」
恋のからかいに淡々と返しつつ、ノートPCの画面を再び開く。
「文化祭サイト、見てたの?」
「うん。内部のシステム情報とか、ちょっとだけ」
「システム情報……」
恋はきょとんとした顔をしてから、「あ」と手を打った。
「そういえばさ、先生がさっき言ってたよ。“文化祭サイトの件、情報科主任の先生がすごい勢いで何か調べてた”って。ログ? とかいうやつ」
「ログ……」
その単語を聞いた瞬間、真白の意識が一点に集中する。
(ログを見てるなら、接続元のIPとか、不審なアクセスの有無とかも分かるはず)
「でね、先生は“ほとんど内部からのアクセスだから、外からやられた線は薄いんじゃないかって話してた”って」
恋が「えへへ、情報収集班」と胸を張る。
「内部から……」
(それって、“学校のネットワークからしかアクセスされてない”って意味だろうか。それとも、“管理画面へのログインが全部校内から”って意味?)
どちらなのかで、印象は大きく変わる。真白は眉を寄せた。
「真白、どう思う?」
「……“内部からだから安全”とは限らないと思う」
「だよねぇ」
恋は納得したようにうなずく。
「何か変だと思ったら、ちゃんと先生に言うんだよ?」
「それ、さっきお昼にも言ってた」
「大事なことは二回言うタイプだから」
恋は笑いながら、持ってきた段ボールを机の上に置いた。
「じゃ、あたしはこの段ボールに窓穴あける作業に戻るね。真白は引き続き“見張り役”お願い」
「見張り役?」
「文化祭サイトの。何か変化あったら、すぐ教えて」
そう言い残して、恋はまたクラスメイトたちの輪に戻っていく。
真白は、残されたノートPCの画面を見つめた。
(見張り役、か……)
嫌いな言葉ではなかった。
誰かが楽しむための場を、見えないところから守る役目。派手さはないけれど、確かに必要な役割だ。
(だったら、ちゃんと見ておかないと)
真白は、一度ログアウトしてから、今度はスマホで文化祭サイトにアクセスしてみる。校内Wi-Fiからの接続と、外部の回線からの接続で表示がどう違うのか、確かめてみたかった。
「……あれ?」
外部回線、つまり自分のスマホの回線からアクセスすると、トップページは「メンテナンス中」の簡素な表示に切り替わった。これは想定の範囲内だ。
問題は、その下に小さく表示されていた一文だった。
『※一部のページは、メンテナンスのため一時的に閲覧できない状態になっています。』
「一部……?」
トップページが完全に閉じられているなら、「サイト全体を停止しています」と書かれそうなものだ。「一部」とわざわざ書いてあるということは、まだどこかは公開されているのだろうか。
(一般公開を止めてるって言ってたけど……全部じゃない?)
ふと、不意に背筋が冷たくなった。
「真白? どうかした?」
いつの間にか戻ってきていた恋が、心配そうに覗き込む。
「……今、“一部のページは閲覧できない状態”って表示されてた」
「え、それって、逆に言えば“他のページは見える”ってことだよね?」
「かもしれない」
真白はスマホを握る手に力を込める。
「恋。ちょっとだけ、一緒に確認してくれる?」
「もちろん!」
ふたりは教室の隅に移動し、スマホの画面を並べた。
「クラス企画一覧のページは……やっぱりメンテナンス中か」
「“部活発表”は?」
「同じくメンテナンス中。まさか“アクセス”ページだけ見える、とか……」
冗談めかして言いながらタップすると、それもやはりメンテナンス画面に飛ばされた。
少しだけ安堵しかけた、その時だった。
「ちょ、ちょっと待って……」
真白の声が震える。
「どうしたの?」
「クラス企画の一覧ページ、URLの末尾に“?class=2C”って付けてみたら……」
画面には、簡素なテキストだけのページが表示されていた。レイアウトは崩れ、スタイルシートも適用されていない。だが、そこに書かれている文字ははっきりと読めた。
『二年C組 廃屋風お化け屋敷』
というタイトルの下に。
『ここから逃げられると思うな。真実は、影の中にある。』
という一文が、黒い背景の上に白い文字で浮かび上がっていた。
「……」
「なにこれ……」
恋の声から、いつもの余裕が消える。
「これって……C組だけ?」
「わからない。他のクラスも、同じようにパラメータを変えたら──」
真白は指先を震わせながら、URLの末尾を“2A”、“2B”と変えていく。
『二年A組 喫茶店』
『二年B組 演劇』
タイトルはそれぞれ違うが、その下に並んでいるのは、どれも似たような文章だった。
『ここも呪われている。光の下に立つ者ほど、深い影を踏む。』
『笑顔の裏側を、誰も見ようとしない。影は静かに膨らんでいく。』
「全部……?」
息が詰まりそうになる。
「これ、さっき先生が見せてくれた“トップページの呪いのメッセージ”だけじゃない。クラス企画のページも、いつの間にか書き換えられてる」
「でも、メンテナンス中って……」
「普通にリンクを辿れば見えない。でも、直接URLを指定すれば、まだアクセスできる」
その事実が、何よりも不気味だった。
(これは、本当に“誤操作”なんかじゃない)
ページごとに違う文章が配置され、それぞれが微妙に意味ありげな文言を含んでいる。明らかに意図された「メッセージ」だ。
しかも、それが「完全に消される」のではなく、「見ようとする人にだけ見える場所」に隠されている。
「真白」
恋が、珍しく震えた声で呼びかける。
「あたし、こういうのは、もう“悪ふざけ”って笑えないかも」
「うん」
真白は、ぎゅっとスマホを握りしめた。
(これは……ちゃんと、言わなきゃ)
担任でも、他の情報科の先生でもいい。誰か、大人に。
自分の中でふつふつと沸き上がる感情があるのを、真白は自覚していた。
恐怖と、不安と、そして──怒り。
(文化祭を楽しみにしてる人たちを、こんなふうに利用するなんて)
それは、以前の「亡霊アカウント」のときにも感じた種類の感情だった。ただ、今度はもっと身近で、もっと直接的に自分たちの場所が汚されたような感覚がある。
「恋」
「なに?」
「放課後の準備がひと段落したら……先生のところに行こう」
真白は静かに言った。
「何を見たのか。どこまでが“いたずら”で、どこからが“攻撃”なのか。ちゃんと一緒に確認してもらう」
「うん、行こ」
恋は強くうなずいた。その顔には、もうさっきまでの怯えた色はない。
「“見張り役”だけじゃなくて、“伝える役”もしなきゃね」
「そうだね」
雨音が一段と強くなった気がした。
教室の隅で、ふたりはスマホの画面を見つめ続ける。
モニタの中で、無機質な文字たちが静かに口を開けたまま、彼女たちを見返していた。
この時点でようやく、真白ははっきりと認めざるを得なかった。
(これは、ただの悪ふざけじゃない)
そしてそれは、彼女が「白狐」としての自分を、もう一度引きずり出さざるを得なくなる始まりでもあった。
「聞いた? 文化祭サイトの呪いのメッセージ」「あれ、マジでやばくない?」「警察とか来たりして」
そんな会話があちこちで聞こえる。
恋と真白はいつものように並んでトレイを持ち、窓際の席に座った。外は相変わらず雨で、グラウンドには大きな水たまりがいくつもできている。
「噂って、ほんと一瞬で広がるよね」
恋がため息混じりに言う。
「あたし、さっき別のクラスの子に“C組の文化祭サイト担当だよね? なんか知ってる?”って聞かれたよ」
「え、なんて答えたの?」
「“知らない。知ってても言わない。言ったら呪われる”って」
「広げてどうするの……」
半分あきれながらも、真白は箸を動かす。
(でも、情報が一人歩きする前にきちんとした説明があるといいんだけど)
そう思っていると、ちょうどそのタイミングで、クラスSNSの通知が鳴った。担任からの一斉連絡だ。
『文化祭サイトの件。現時点では、外部からの不正アクセスの可能性は低く、関係者による誤操作または悪ふざけと考えられています。文化祭準備は予定通り進めてください。詳細が分かり次第、再度連絡します。』
「……誤操作?」
真白は小さくつぶやいた。
「え、なになに? “外部からの不正アクセスの可能性は低い”って書いてあるじゃん。じゃあ、やっぱり中の人?」
恋が身を乗り出して画面を覗き込む。
「でも、誤操作であんな文章になるかな。“この学校は呪われている”って」
「それはたしかに……」
誤操作で、そんなフレーズが偶然入力されるとは思えない。誰かが意図的に打ち込んだとしか考えられない文面だ。
(“外部からの不正アクセスの可能性は低い”って……本当にそうかな)
ログを見ていない段階で、そんなふうに言い切ってしまっていいのか。真白はそこが引っかかった。
もちろん、慎重に言葉を選んだ結果かもしれない。「外部からの攻撃です」と一言でも書けば、それだけで別の騒ぎを呼ぶだろうから。
(でも、なんとなく……“これ以上大事にはしたくない”っていう気配のほうが強い)
真白はスマホを伏せる。
「どうしたの、真白。そんなに難しい顔して」
「……ううん。まだ何もわからないのに、決めつけるのは嫌だなって思っただけ」
「決めつけ?」
「“外部じゃない”“身内のいたずらだ”って。そう思ったほうが気が楽なのは分かるんだけど」
そこまで言って、真白は言葉を飲み込んだ。
(もし本当に外からの攻撃だったのに、それを“身内のいたずら”で片付けちゃったら……)
そのほうが、ずっと怖い。
見えないところから手を伸ばしてくる存在に、誰も気づこうとしない。気づいても、見なかったことにする。
少し前にあった「亡霊アカウント」の事件を思い出し、真白は箸を持つ手に少し力を込めた。
「真白」
恋が優しく声をかける。
「もし、真白が“ちょっと変だな”って思うことあったらさ。あたしにも教えてね」
「恋に?」
「うん。“何も起こらないほうがいい”っていうのは同感だけど、起きちゃったときにちゃんと向き合うためには、真白一人じゃ足りないでしょ」
恋はそう言って、からっと笑った。
「情報収集とか、噂の火消しとか、そういうのは得意なほうだし。真白が“これは変だ”って感じたことを、周りにうまく伝える役なら、たぶんできるから」
その言葉に、胸の奥のざわめきがほんの少しだけ軽くなる。
「……うん。ありがとう」
「よろしい。じゃ、今はとりあえずご飯食べよ。コロッケは熱いうちに食べよ!」
「そんな格言ないよ……」
そんなやり取りをしながら、ふたりは昼食を再開した。
放課後、文化祭準備の時間が始まるころには、雨脚は朝よりも強くなっていた。
窓の外を叩く雨の音をBGMに、二年C組の教室は段ボールとペンキとガムテープの匂いで満たされる。
「入口の看板、どんな文字にする? “ようこそ”だと普通すぎるよね」
「“戻れなくなっても知りません”とかどう?」
「やだそれ、マジで戻れなさそう」
お化け屋敷の準備は、相変わらず賑やかだった。
真白はその喧騒から少し離れた窓際で、ノートPCを開いていた。文化祭特設サイトは、一般公開を止めているはずだが、学内のネットワークからならアクセスできると聞いている。
(……ログインは、できる)
ブラウザを立ち上げ、クラス用のIDとパスワードを入力する。レスポンスは、昨日よりさらにわずかに重く感じられた。
ダッシュボードのトップには、「現在、一般公開を一時停止しています」というメッセージが追加されている。それ以外は、見た目上は大きな変化はない。
(“お知らせ”のところに、何か書いてないかな)
真白はメニューから「お知らせ」を選ぶ。内部向けのメモのようなものは、特に追加されていないようだった。
代わりに、ページの下部にある「システム情報」の欄に目が止まる。
『CMSバージョン:1.3.2』
「……」
その数字に、微かな違和感を覚えた。
(昨日見たときも、“1.3.2”だった? ──ううん、バージョン番号を意識して見た記憶はない)
ただ、頭のどこかで、「このCMSは今、2.x系まで出ているはず」という情報が引っかかっている。もし記憶が正しければ、このサイトは少なくとも一世代以上前のバージョンで動いていることになる。
「真白ー!」
背後から恋の声が飛んできて、真白は反射的に画面を伏せた。
「びっくりした……」
「ごめんごめん。そんなにびっくりするってことは、何か“いかがわしいサイト”でも見てたのかなー?」
「見てないから」
恋のからかいに淡々と返しつつ、ノートPCの画面を再び開く。
「文化祭サイト、見てたの?」
「うん。内部のシステム情報とか、ちょっとだけ」
「システム情報……」
恋はきょとんとした顔をしてから、「あ」と手を打った。
「そういえばさ、先生がさっき言ってたよ。“文化祭サイトの件、情報科主任の先生がすごい勢いで何か調べてた”って。ログ? とかいうやつ」
「ログ……」
その単語を聞いた瞬間、真白の意識が一点に集中する。
(ログを見てるなら、接続元のIPとか、不審なアクセスの有無とかも分かるはず)
「でね、先生は“ほとんど内部からのアクセスだから、外からやられた線は薄いんじゃないかって話してた”って」
恋が「えへへ、情報収集班」と胸を張る。
「内部から……」
(それって、“学校のネットワークからしかアクセスされてない”って意味だろうか。それとも、“管理画面へのログインが全部校内から”って意味?)
どちらなのかで、印象は大きく変わる。真白は眉を寄せた。
「真白、どう思う?」
「……“内部からだから安全”とは限らないと思う」
「だよねぇ」
恋は納得したようにうなずく。
「何か変だと思ったら、ちゃんと先生に言うんだよ?」
「それ、さっきお昼にも言ってた」
「大事なことは二回言うタイプだから」
恋は笑いながら、持ってきた段ボールを机の上に置いた。
「じゃ、あたしはこの段ボールに窓穴あける作業に戻るね。真白は引き続き“見張り役”お願い」
「見張り役?」
「文化祭サイトの。何か変化あったら、すぐ教えて」
そう言い残して、恋はまたクラスメイトたちの輪に戻っていく。
真白は、残されたノートPCの画面を見つめた。
(見張り役、か……)
嫌いな言葉ではなかった。
誰かが楽しむための場を、見えないところから守る役目。派手さはないけれど、確かに必要な役割だ。
(だったら、ちゃんと見ておかないと)
真白は、一度ログアウトしてから、今度はスマホで文化祭サイトにアクセスしてみる。校内Wi-Fiからの接続と、外部の回線からの接続で表示がどう違うのか、確かめてみたかった。
「……あれ?」
外部回線、つまり自分のスマホの回線からアクセスすると、トップページは「メンテナンス中」の簡素な表示に切り替わった。これは想定の範囲内だ。
問題は、その下に小さく表示されていた一文だった。
『※一部のページは、メンテナンスのため一時的に閲覧できない状態になっています。』
「一部……?」
トップページが完全に閉じられているなら、「サイト全体を停止しています」と書かれそうなものだ。「一部」とわざわざ書いてあるということは、まだどこかは公開されているのだろうか。
(一般公開を止めてるって言ってたけど……全部じゃない?)
ふと、不意に背筋が冷たくなった。
「真白? どうかした?」
いつの間にか戻ってきていた恋が、心配そうに覗き込む。
「……今、“一部のページは閲覧できない状態”って表示されてた」
「え、それって、逆に言えば“他のページは見える”ってことだよね?」
「かもしれない」
真白はスマホを握る手に力を込める。
「恋。ちょっとだけ、一緒に確認してくれる?」
「もちろん!」
ふたりは教室の隅に移動し、スマホの画面を並べた。
「クラス企画一覧のページは……やっぱりメンテナンス中か」
「“部活発表”は?」
「同じくメンテナンス中。まさか“アクセス”ページだけ見える、とか……」
冗談めかして言いながらタップすると、それもやはりメンテナンス画面に飛ばされた。
少しだけ安堵しかけた、その時だった。
「ちょ、ちょっと待って……」
真白の声が震える。
「どうしたの?」
「クラス企画の一覧ページ、URLの末尾に“?class=2C”って付けてみたら……」
画面には、簡素なテキストだけのページが表示されていた。レイアウトは崩れ、スタイルシートも適用されていない。だが、そこに書かれている文字ははっきりと読めた。
『二年C組 廃屋風お化け屋敷』
というタイトルの下に。
『ここから逃げられると思うな。真実は、影の中にある。』
という一文が、黒い背景の上に白い文字で浮かび上がっていた。
「……」
「なにこれ……」
恋の声から、いつもの余裕が消える。
「これって……C組だけ?」
「わからない。他のクラスも、同じようにパラメータを変えたら──」
真白は指先を震わせながら、URLの末尾を“2A”、“2B”と変えていく。
『二年A組 喫茶店』
『二年B組 演劇』
タイトルはそれぞれ違うが、その下に並んでいるのは、どれも似たような文章だった。
『ここも呪われている。光の下に立つ者ほど、深い影を踏む。』
『笑顔の裏側を、誰も見ようとしない。影は静かに膨らんでいく。』
「全部……?」
息が詰まりそうになる。
「これ、さっき先生が見せてくれた“トップページの呪いのメッセージ”だけじゃない。クラス企画のページも、いつの間にか書き換えられてる」
「でも、メンテナンス中って……」
「普通にリンクを辿れば見えない。でも、直接URLを指定すれば、まだアクセスできる」
その事実が、何よりも不気味だった。
(これは、本当に“誤操作”なんかじゃない)
ページごとに違う文章が配置され、それぞれが微妙に意味ありげな文言を含んでいる。明らかに意図された「メッセージ」だ。
しかも、それが「完全に消される」のではなく、「見ようとする人にだけ見える場所」に隠されている。
「真白」
恋が、珍しく震えた声で呼びかける。
「あたし、こういうのは、もう“悪ふざけ”って笑えないかも」
「うん」
真白は、ぎゅっとスマホを握りしめた。
(これは……ちゃんと、言わなきゃ)
担任でも、他の情報科の先生でもいい。誰か、大人に。
自分の中でふつふつと沸き上がる感情があるのを、真白は自覚していた。
恐怖と、不安と、そして──怒り。
(文化祭を楽しみにしてる人たちを、こんなふうに利用するなんて)
それは、以前の「亡霊アカウント」のときにも感じた種類の感情だった。ただ、今度はもっと身近で、もっと直接的に自分たちの場所が汚されたような感覚がある。
「恋」
「なに?」
「放課後の準備がひと段落したら……先生のところに行こう」
真白は静かに言った。
「何を見たのか。どこまでが“いたずら”で、どこからが“攻撃”なのか。ちゃんと一緒に確認してもらう」
「うん、行こ」
恋は強くうなずいた。その顔には、もうさっきまでの怯えた色はない。
「“見張り役”だけじゃなくて、“伝える役”もしなきゃね」
「そうだね」
雨音が一段と強くなった気がした。
教室の隅で、ふたりはスマホの画面を見つめ続ける。
モニタの中で、無機質な文字たちが静かに口を開けたまま、彼女たちを見返していた。
この時点でようやく、真白ははっきりと認めざるを得なかった。
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