ハッカー女子高生は平穏に過ごしたい

古城そら

文字の大きさ
33 / 49

第7話 ー生徒会アカウント乗っ取りー ③

しおりを挟む
 ホームルーム。
 情報科の担任は、いつもより固い表情で教壇に立った。
「はい、おはようございます」
 返事はまばらだ。
「……まず、昨日の生徒会アカウントの件から話します」
 教室の空気が張り詰める。
「昨夜、生徒会公式アカウントから、不安を煽るような内容の投稿が行われました。今は削除されて、お詫びの文章が出ています」
 ざわ、とどよめきが走る。
「現時点でわかっているのは、『生徒会執行部が意図して投稿したものではない』ということです。これは、アカウントが不正に利用された可能性が高いと考えています」
(やっぱり……)
 真白は机の下で拳を握りしめた。
「誰が、どこから、どうやってアクセスしたのか。学校としても、外部の専門機関と連携して調査を進めています。なので、今はまだ噂話を信じないこと。根拠のない憶測を広めたり、スクリーンショットを面白がって拡散したりしないように」
「それから……もし、似たようなことを“いたずら”でやってみようなんて考えている人がいたら、全力で止めます。これはいたずらでは済みません。相手が学校でも、ちゃんと責任を取らされるレベルの話です」
「……以上が、今言えることです。質問は?」
 誰も手を挙げなかった。
 空気だけがざわざわと落ち着かないまま、ホームルームは終わった。

 先生が教室を出ていくと、すぐに小さな声があちこちで交わされ始める。
「やっぱ乗っ取りなんだ」
「専門機関って、警察とか?」
「犯人、捕まるのかな……」
 真白は席を立ち、廊下に出た。すぐ後ろから、恋の足音がついてくる。
「どこ行くの?」
「……ちょっと、廊下の空気、吸ってくる」
 本当は、生徒会長の顔を見たかった。
 廊下を曲がったところで、ちょうど向こう側から生徒会長が歩いてくるところだった。
 きちんと制服を整え、背筋も伸びている。表情もできるだけ平静を装っているが、目の下にはうっすらとクマがある。
「……柏加さん」
 目が合うと、生徒会長が足を止めた。
「あの、昨日の投稿、見た?」
「スクショだけ、ですが」
「そっか。ごめんね、不安にさせて」
 謝られる筋合いなんてないのに、と真白は思う。
「生徒会で、今朝バタバタしながらお詫び出したんだけど……。先生たちと話して、運用も見直すって決めた。昨日、柏加さんが言ってくれたことも、ちゃんと共有してる」
「そう、ですか」
「本当は、全部が片付いてから話そうと思ってた。でも……」
 生徒会長は、ほんの少しだけ声を落とした。
「今日の放課後、時間もらえないかな。先生も一緒に、生徒会室で。正式に、相談したいことがある」
 その「相談」が何を指すのか、真白にはだいたい想像がついた。
「……私で、役に立てるなら」
 口が勝手にそう答えていた。
「ありがとう。本当に、全部を背負わせるつもりはないから」
「それは、私が監視しますので」
 いつの間にか背後に来ていた恋が、ひょこっと顔を出した。
「放課後、生徒会室ですよね? 私も一緒に行っていいですか」
「もちろん。むしろいてほしい」
 生徒会長が笑う。
 その笑顔は、昨日の朝と同じ形をしていたけれど、その奥に張り詰めたものがあることを、真白は敏感に感じ取っていた。
 廊下を抜けていく風に、夏の名残と、かすかな緊張の匂いが混じる。
 放課後の生徒会室で、自分がどんな「ログ」と向き合うことになるのか。
 真白はまだ知らない。
 ただ一つ——昨夜の「不都合な真実」というタイトルが、単なる悪ふざけでは終わらないことだけは、はっきりとわかっていた。

放課後の生徒会室は、いつもの昼休みのざわざわとは違う、押し殺した静けさに包まれていた。
 窓の外では、まだ強い夕陽が校舎の壁を赤く染めている。けれど部屋の中の空気だけが、少し冷たく感じられた。
 長机の片側に、生徒会長と広報担当の三年生。反対側に、情報科の担任と、真白と恋。
 テーブルの真ん中には、生徒会室のノートパソコンが一台。その隣に、先生が持ってきた学校用のタブレットが置かれている。
「集まってくれてありがとう」
 最初に口を開いたのは、担任だった。
「朝ホームルームで話した通り、生徒会のアカウントが不正に使われた可能性が高い。学校としては、外部の専門機関に正式に調査を依頼している。それとは別に——というか、その前段階として、“何が起きたのか”を整理したい」
 先生はそう言って、生徒会室のパソコンを軽く叩く。
「ログや設定画面の見方については、俺より柏加のほうが詳しい。だけど、ここで柏加に“全責任を預ける”つもりはない。あくまで、一緒に見る。一緒に考える。それが前提だ」
 真白は、黙ってうなずいた。
 視線の先では、生徒会長がぎゅっと手を組んでいる。胸の前で組んだ指先が、かすかに震えていた。
「……ごめんなさい。私たちの管理が甘かったせいで」
「謝るのはあとでまとめてでいいよ」
 先生が首を振る。
「今、一番大事なのは、“何が起きたか”をちゃんと把握すること。それができないと、責任を取るにも、対策を打つにも、何も始まらないからな」
 その言葉に、生徒会長は小さく「はい」と答えた。
 恋が、真白の肘をつつく。
「真白。顔こわばってる」
「……緊張してるだけ」
「知ってる。でも、真白は“守る側”でここにいるからね。攻撃する人じゃない」
 恋はわざと少し大きめの声でそう言った。
 先生と生徒会長も、その言葉にうなずく。
 ——守る側。
 そう意識すると、心臓の高鳴りが、ほんの少しだけ落ち着いた気がした。

「じゃあ、まずはアカウントのログイン履歴を確認しようか」
 先生がパソコンの前に座り、ブラウザでSNSの管理画面を開く。
 画面には、「セキュリティ」や「ログインとセッション」といった項目が並んでいた。
「こういうの、正直あんまりちゃんと見たことなかったなぁ……」
 広報担当の先輩が、後ろからのぞき込みながら呟く。
「普通のユーザーは、そんなに見ないと思います」
 真白が静かに答えた。
「でも、“公式アカウントを運営する側”は、ここを確認できるようにしておいたほうがいいです。『何かあった時に、何が起きたか』の手がかりになるので」
「だよね……」
 先生が、「ログイン履歴」のタブをクリックする。
 画面に、時刻とIPアドレス、利用した端末やブラウザの情報が一覧で表示された。
「昨夜の三時七分前後を探してみて」
 真白が、少し前のめりになって言う。
 先生がスクロールバーを慎重に動かしていくと、「3:05」「3:06」「3:07」と並んだログが見つかった。
「……ここだな」
 先生が指差した行を、真白が目で追う。
 ユーザーエージェントの欄には、「APIクライアント」と書かれていた。普通のブラウザではなく、「連携アプリ」からのアクセスを表す表示だ。
「これ、ブラウザじゃないですね」
「やっぱり、アプリ経由か……」
 先生が眉をひそめる。
「それと、このIPアドレス……」
 真白は、メモ帳アプリを開いて、数字を素早く書き写した。
 頭の片隅に、別の事件のログが浮かび上がる。ミラーノ社のクラウドサービスで見た、あの海外レンタルサーバのIP帯。
(……似てる)
 嫌な汗が背中を伝った。
 完全に同じ数字の並びではない。けれど、頭の中で、ネットワークの地図が自動的に描かれていく。国やプロバイダが近い場所にあることを示す記号たち。
「先生、このIP、あとで照会してもらえますか」
「照会?」
「はい。正確な住所まではいらないので、『どこの国の、どんなプロバイダのレンタルサーバか』くらいがわかれば……。ミラーノ——じゃなくて、その、以前のトラブルの時に見たものと、同じ“場所”かどうか、気になるので」
 言いかけて、慌てて言い直す。前の事件のことを、あまり詳しく口にするわけにはいかない。
 先生はそれ以上突っ込まず、「わかった」とうなずいた。
「外部の専門機関に渡すログのリストに入れておく。とりあえず、今はこっちの画面を見ておこうか」
 先生は、画面上部の「連携しているアプリ」というリンクをクリックする。
 SNSの設定画面が切り替わり、「このアカウントにアクセスできるアプリ」の一覧が表示された。
 真白は、息をひそめて一つ一つの名前を追った。
「公式クライアント」「画像編集アプリ」「学校ポータルとの連携」——見覚えのあるサービスが並ぶ中に、一つだけ違和感のある名前が紛れ込んでいた。
「……“SCHOOL INSIGHT”?」
 恋が、それを声に出す。
「そんなアプリ、入れた覚え、ありますか」
 真白が生徒会長たちを見ると、二人とも一瞬、表情をこわばらせた。
「それ、多分……」
 先に口を開いたのは広報担当の先輩だった。
「この前、私が……。アカウントの分析ツールを探してて、フォロワー数とか反応をグラフにしてくれるって書いてあったから。無料だし、便利そうだなって」
 先輩は唇を噛む。
「『公式アカウント向け』って書いてあったんだ。だから、ちゃんとしたやつだと思って……。アカウントと連携する時に、ログイン画面が出てきて、それにIDとパスワード入れて……」
「その時、二段階認証のコードも求められましたか」
 真白の問いに、先輩は「うん」とうなずいた。
「『セキュリティのため』って書いてあって。で、共通メールにコードが届いたから、それを入力して……」
「そのメール、今も残ってますか」
「えっと……多分、どこかのフォルダーに」
「探してみましょう」
 真白は、生徒会室のパソコンのメーラーを開いてもらった。
 受信トレイには、学校や先生からの連絡が大量に並んでいる。
「件名で検索してみると、早いかも」
 先生が「二段階認証」とサービス名を入力して検索すると、関連するメールがずらりと表示された——はず、だった。
 だが、画面には「0件」とだけ出ている。
「あれ?」
 広報の先輩が首をかしげる。
「そんなはずないんだけど。確かに届いて……」
「……フィルタで、どこかに振り分けられているのかもしれません」
 真白が、小さく呟く。
「フィルタ?」
「はい。『特定の件名のメールを、自動的に別のフォルダーに入れる設定』です。過去に、誰かが整理しようとしてルールを作ったのかもしれなくて……。確認してみてもいいですか」
 先生が「設定」の中の「フィルタと振り分け」の項目を開く。
 そこには、いくつかのルールが並んでいた。
『件名に「通知」が含まれるメールを「お知らせ」フォルダーへ』
『送信元が先生のアドレスの場合、「先生」フォルダーへ』
 その中に、一つだけ、最近追加されたばかりのルールがあった。
『件名に「二段階認証コード」が含まれるメールを「システム」フォルダーへ』
「……これだ」
 先生が息を飲む。
 追加日付は、数日前。ちょうど、その分析アプリを連携したという日付と一致していた。
「こんなの、作った覚えないよ……」
 広報の先輩がかすれた声で言う。
 真白は、「システム」フォルダーを開いてもらった。
 そこには、見落とされていた二段階認証コードのメールが、ずらりと並んでいた。
 真白は、深夜三時前後のログと突き合わせるように、受信日時を見ていく。
「……ここ。二十三時過ぎにも一通。日付が変わって、二時五十分、二時五十三分、三時一分……」
 画面のスクロールバーを動かしながら、真白は指で時間を追った。
「連続してコードが発行されています。何度もログイン試行がされていて、そのたびにコードが発行されて……最後に三時ちょうどのメールで認証に成功した」
「そんな……」
 生徒会長の声が震える。
「誰も、見てないのに」
「見えないように、してあったからです」
 真白は、なるべく淡々とした声で言った。
「このフィルタは、多分、攻撃者側が作ったんだと思います。メールの管理画面にログインできれば、ここからフィルタを追加して、二段階認証のメールを別のフォルダーに隠すことができます」
「え、そんなことできるの」
 恋が目を丸くする。
「……うん。だから、本当はメールのアカウント自体も、もっと厳重にしないといけないんだけど」
 真白はそこで一度言葉を切り、息を整えた。
「大事なのは、『コードのメールが届いた時に、“すぐに気づけるようにしておくこと”』です。今の設定だと、誰も気づけない場所に隠されてしまっていた」
 先生は黙って画面を見つめていたが、やがて静かに口を開いた。
「つまり——こういうことか?」
 先生は、指で机の上にざっくりと図を描く。
「一、何者かが共通メールにアクセスできるようにする」
「二、そのメールに届く二段階認証コードを、見えにくいフォルダーに振り分ける」
「三、生徒会アカウントにログインしようとするたび、そのコードを使って突破する」
「……はい。可能性としては、高いと思います」
 真白がうなずく。
「そして、その後に『連携アプリ』をつないで、ブラウザではなくアプリ経由で投稿できるようにしている。さっき見つかった“SCHOOL INSIGHT”が、その役割を果たしている可能性があります」
 広報の先輩が、顔を青ざめさせた。
「私が、連携許可してしまったから……?」
「先輩のせいじゃないです」
 真白は、即座に首を振った。
「“便利そうに見えるツール”を使わせようとするのは、よくあるやり方です。見た目も説明もちゃんとしてるように見えたら、信じてしまうのは自然です。だから、本当は、その前に『これは安全かどうか』を確認する体制が必要で……」
 言いながら、胸の奥が痛んだ。
 ——本当は、自分がここに来る前に、誰かがそれを教えてあげられていたら。
 そんな「もしも」を考えてしまう。
 恋が、そっと真白の袖をつまんだ。
「今、わかったことだけでも、大きいよ。『何が起きたか』って、さっき先生も言ってた」
 恋の声は、真白の考えを追いかけるように優しかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友達の妹が、入浴してる。

つきのはい
恋愛
 「交換してみない?」  冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。  それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。  鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。  冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。  そんなラブコメディです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

俺が咲良で咲良が俺で

廣瀬純七
ミステリー
高校生の田中健太と隣の席の山本咲良の体が入れ替わる話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

小学生をもう一度

廣瀬純七
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

処理中です...