ハッカー女子高生は平穏に過ごしたい

古城そら

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第7話 ー生徒会アカウント乗っ取りー ②

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 夜、自分の部屋の机に向かいながら、真白はノートパソコンの画面を見つめていた。
 夏休みの宿題はすでに終わっている。今日は、単に二学期の授業の予習をするつもりでパソコンを開いただけだった。
 それなのに、指先は自然と、学校のポータルサイトにアクセスしている。
 画面の一角に、「生徒会公式アカウント」のリンクバナーが追加されていた。夕方見たポスターと同じアイコンが並んでいる。
 真白は、一度だけ深呼吸をしてから、カーソルをそこに合わせた。
 クリックして開かれた先は、ごく普通のSNSのページだった。
 プロフィール欄には、
『清能北高校生徒会公式アカウントです。
 学校行事や生徒会からのお知らせを発信します』
 と書かれている。
 タイムラインには、夏休み前までの更新が並んでいた。文化祭の写真、期末テストのお知らせ、清掃ボランティアの告知。どれも、穏やかで、真面目な「学校の日常」だ。
(……普通、だな)
 今の時点では、何の異常もない。
 フォロワー数は生徒数と教職員を合わせた数字より少し多い程度で、外部からのコメントもほとんどない。鍵アカウントからの返信なども、表面からは見えない。
 真白は、スクロールしながら、投稿の時間帯と内容のクセをざっと目で追った。
 文章の書き方から、担当しているのは数人に限られていることがわかる。丸い絵文字をよく使う人。語尾に律儀に「です」を付ける人。文末に「!」を三つ並べる人。
 夕方、生徒会長が言っていた「みんなで運営している」という言葉に、ログの揺らぎが重なる。
 ——もし、ここが「狙われる場所」になったら。
 真白の脳裏に、いくつかのパターンが並び始める。
 それは、これまでの事件から連想される、最悪のシナリオたちだ。
 頭の中の「白狐」の部分が、自動的にリスク評価を始めてしまう。
 ——やめよう。
 真白は、そっと目を閉じる。
 まだ何も起きていない。
 今、目の前にあるのは、「ただの」生徒会アカウント。普通の投稿。普通の日常。
 その日常を、必要以上に疑ってしまうのは、自分のほうが「おかしい」のかもしれない。
 ——でも。
 もし何かが起きたとき、この「普通」を守れるのは、気付いてしまう自分しかいない。
 矛盾する二つの想いが、胸の中で静かにぶつかり合う。
 机の上に置いたスマホが、小さく震えた。
 画面には、恋からのメッセージが表示される。
『二学期初日おつかれさま!』
『明日、お昼一緒に生徒会の話聞きに行かない?』
 真白は、ふっと肩の力を抜いて、小さく笑った。
 恋は、いつも通りだ。
 変わらないものがあるという事実に、こんなにも救われるなんて、少し前の自分は知らなかった。
『……うん。行く』
 短く返信を打ち込む。
 送信ボタンを押した指先の震えは、夏休みのころよりも、ほんの少しだけ小さくなっていた。
 窓の外では、ほんのりと秋を混ぜた夜風が、カーテンを揺らしている。
 二学期の始まりは、静かに、けれど確実に動き出していた。
 まだ誰も知らないところで、その静けさを破ろうとする「影」が、ゆっくりと近づいていることを——真白だけが、薄々予感しながら。

 翌日のお昼休み、二年C組の教室は、いつも通りの騒がしさに包まれていた。
 パンの袋をがさがさ鳴らしながら戻ってきた生徒たちが、机をくっつけたり離したりしつつ、夏休みの話題をぽんぽん投げ合っている。
「真白、行こ」
 恋がトレイを片手にひらひらと手を振った。紙パックのミルクティーと焼きそばパンと、やたらカロリーの高そうなチョコドーナツが乗っている。
「……それ、全部食べるの?」
「聞こえない聞こえない。生徒会長が待っておられるのです。急げ急げ」
 恋は自分の分と真白のお弁当箱をまとめて持ち上げ、そのまま廊下に出た。
 窓からの光はまだ夏の名残を強く感じさせる。けれど、風だけが少し軽くなっていて、肌をなでる感触に、秋の輪郭が薄く混じっていた。
「……本当に、行くことになったんだ」
 昨夜のメッセージを思い出しながら、真白は小さくつぶやく。
「真白、生徒会苦手?」
「苦手じゃない。ただ……情報システムの話になると、どうしても」
 そんなことを考えているうちに、生徒会室の前に着いた。
 扉のプレートには「生徒会室」と青い文字。その下に、生徒会公式アカウントの案内ポスターの縮小版が貼られている。
「失礼しまーす」
 恋がノックもそこそこに扉を開けると、中から「あ、どうぞー」と明るい声が返ってきた。
 長机を挟んで座っていたのは、生徒会長と、文化祭の受付で見た広報担当の三年生だった。
「二年C組の木下さんと柏加さん、だよね。今日は来てくれてありがとう。お昼ご飯、ここで食べちゃっていいから」
 生徒会長がにこっと笑う。机の端には、紙コップとお茶のペットボトルが並んでいた。
 簡単に自己紹介を交わし、お弁当を広げて一段落したところで、生徒会長が少し表情を引き締めた。
「で、さっそくなんだけど……先生からも聞いてると思うけど、情報トラブルが続いてるでしょう。クラス掲示板とか、文化祭サイトとか」
「はい。少しだけ、関わらせてもらいました」
 真白がそう言うと、広報担当の先輩が苦笑しながら続けた。
「こっちからすると、その“少し”がめちゃくちゃ大きくてね。正直、私たち、生徒会アカウントも“なんとなく”で運用してきちゃってたんだ。パスワードも代々引き継ぎで、二段階認証は先生と共通のアドレスにしてて……」
「先生からは、『技術的なところは外部の専門家と相談するから、生徒会はまず運用を見直して』って言われてるんだけど、何をどう変えればいいかがいまいちで」と生徒会長。
「そこで、うちの真白さんですよ」
 恋が誇らしげにうなずく。その紹介の仕方はやめてほしい、と真白は心の中でため息をついた。
「……二段階認証のコードが、その共通アドレスに届くんですよね?」
「うん。生徒会の共通メール。パソコンと、スマホ一台に設定してある」
「それって、パスワードを知ってる人なら、誰でもそのメールを読める状態、ですか?」
「まぁ……そう、だね」
 生徒会長の表情が、少し曇る。
「一応、部屋の鍵はかかってるし、アカウントのパスワードも紙で金庫に入れてあるけど。メールのほうは、引き継ぎのたびに手書きのメモで渡してて」
「紙のメモはちょっと怖いですね……」と恋が素直な感想を漏らす。「落としたら一発アウトじゃないですか」
 真白は、箸を置いて指先を組んだ。
「……本当は、アカウントごとに、持ち主も責任も分けたほうが安全です。投稿担当用と管理用を分けて、二段階認証も共有じゃなくて個人の端末にするとか」
「やっぱり、そうだよねぇ」
 広報の先輩が肩を落とす。
「大事なのは、『誰が、いつ、どの端末から使ったか』があとから確認できること、です。そこが曖昧だと、何かあった時に、原因も対策もわからなくなってしまうので」
「なるほど……」
 生徒会長は小さくうなずき、それから真白を見た。
「ねぇ柏加さん、もし良ければ、生徒会と先生たちと一緒に、その辺りの“見える化”を考えてくれない?」
「えっ……私が、ですか」
「もちろん、全部を頼るつもりはないよ。学校でも外部の人に相談してるし、最後の判断は先生たちがする。でも、“実際に使う生徒目線”で『これならやりやすい』『これは無理』って言ってくれる人がいてくれると助かるの」
 まっすぐな視線が、真白に向けられる。
 頼られることは怖い。それでも、「距離を決めて頼ろうとしてくれている」のはわかった。
「……できる範囲で、なら」
 そう答えると、生徒会長はほっとしたように笑った。
「ありがとう。本当に、無理はさせないから。何か『これは危ない』って感じたら、その時はちゃんと言ってね」
「それは、私からもお願いします。真白、がんばりすぎたら即通報だからね」
「どこに通報するの」
「私に決まってるでしょ。がんばりすぎ防止センター・木下支部です」
「そんなセンター聞いたことない」
 笑い声が、生徒会室に広がる。
 けれど真白の胸の奥では、「共通メール」「紙のメモ」という言葉が、細い棘のように残り続けていた。

 その夜。
 机の上のノートパソコンには、明日の時間割とプリントのデータ。課題も予習も終わっているのに、真白の指先は、別のタブを開いていた。
 学校のポータルサイト。そこからリンクされている、生徒会公式アカウント。
(……監視しようとしてるわけじゃない)
 心の中で言い訳をしながら、真白はページを開く。
 最新の投稿は、体育祭の種目アンケートの案内だった。
『【お知らせ】
 二学期の大イベント・体育祭に向けて、種目の希望アンケートを実施します』
 丸い絵文字が一つ添えられた、いつもの生徒会らしい文章。
 その少し前には、「生徒会室の運用見直しを進めています」という短い報告も上がっていた。昼に話したことを、すぐ形にしてくれている。
(……ちゃんと、やろうとしてる)
 画面を閉じようとしたとき、恋からメッセージが飛んできた。
『今日の生徒会長、かっこよかったね』
『真白が横にいると、なんか“公式感”すごかったよ』
『公式感って何』
 そう返すと、恋は変なスタンプを送ってきて、「また明日ー」と締めくくった。
 その「明日」が、何事もなく来てほしいと願いながら、真白はパソコンをシャットダウンした。

 ****************

 深夜三時七分。
 清能北高校のほとんどの生徒と先生が眠っている時間帯。
 どこか、学校でも自宅でもない場所で、生徒会公式アカウントの管理画面が開かれていた。
 ログイン状態のまま放置されていたセッションなのか、どこかで再発行された別の鍵なのか——画面は何も語らない。
 ただ、カーソルが静かに投稿欄の上を動く。
『タイトル:不都合な真実#1』
 キーボードの音が、暗い部屋にかすかに響く。
『清能北高校のみんなへ。
 これは、生徒会が隠してきた“裏側”の一部です』
『この学校のシステムは、外から丸見えだって知ってた?
 ちゃんと守られてるふりをして、実は鍵なんてかかっていない』
『文化祭の時も、“ちょっとしたトラブル”で済まされたけど、本当はもっと危なかったんだよ』
『先生たちは、全部知っているのに、何もしてこなかった』
『“安全です”って言葉を信じたままでいい?』
 短い文が切り刻まれるように改行されていく。句読点の打ち方も、これまでの生徒会の投稿とはまるで違っていた。
『これは始まりにすぎない』
『不都合な真実#2を知りたければ、このアカウントをフォローしたままでいて』
 最後の一行を打ち終えると、「投稿」ボタンが静かにクリックされる。

 ****************

「……え?」
 翌朝。目覚ましを止めたあと、いつもの癖でスマホを開いた真白は、タイムラインの空気が違うことにすぐ気付いた。
 「眠い」「学校行きたくない」といったぼやきの代わりに、別の単語が並んでいる。
『生徒会、何あれ』
『やばくない?』
『本当のこと? デマ?』
 胸の奥が、きゅっと冷たくなる。
 スクロールしていくと、すぐにスクリーンショットが目に入った。
 見覚えのある生徒会公式アカウントのアイコン。その下に、「不都合な真実#1」と題された黒い文字の塊。
 右上には、「3:07」と投稿時刻が表示されている。
(深夜、三時……)
 普通の高校生が、学校の公式アカウントから投稿する時間ではない。
 文章を最後まで読むうちに、真白の指先はじわりと汗ばむ。
 文体の癖は、いつもの生徒会長や広報担当のものではなかった。丁寧な挨拶も、固い文末表現もない。句読点は「、」ではなく「。」がやたらと多く、改行の位置も不自然だ。
(これは、生徒会の文章じゃない)
 直感でそう思う。
 公式アカウントのページを開き直すと、問題の投稿はすでに消えていた。
 代わりに、一番上にお詫びの文章が固定されている。
『【お詫び】
 昨夜、生徒会公式アカウントから不適切な内容の投稿が行われました。
 現在原因を確認中です。
 詳しいことがわかり次第、学校から正式にお知らせします。
 不安にさせてしまい申し訳ありません。
 清能北高校生徒会』
(“原因を確認中”……)
 その一文を見つめながら、真白は息を飲んだ。
 ——これは、アカウントの乗っ取りだ。
 そう考えるほうが自然だった。
 胸の奥で、昨日昼に聞いた「共通メール」「紙のメモ」が嫌な形で結びつく。
 スマホが震えた。恋からのメッセージだ。
『生徒会のやつ見た?』
『今はもう消えてるけど』
『スクショだけ。……登校中に話す』
 短く返信し、送信ボタンを押す。

 駅前の改札を抜けると、同じ制服の生徒たちが、あちこちでスマホを覗き込んでいた。
「マジでやばいよね」
「先生たち、隠してたってこと?」
「選挙どうなるんだろ」
「真白!」
 恋が小走りで駆け寄ってきた。目の下にうっすらクマができている。
「見た? 例の」
「うん。スクショだけ」
「リアタイでは見逃したんだけどさー、朝起きたらそれ一色でさ。もう消されてたけど」
 恋はため息をつく。
「なんかさ、“内部告発”っぽく見せてるけど、生徒会が自分であんなの書くわけないじゃん。選挙前に、自分で自分の信用落とすとか」
「……そう、だね」
「でも、全部が全部デマとも言い切れない感じが、余計タチ悪い。『文化祭の時も、本当はもっと危なかった』とかさ」
 恋の視線が、一瞬だけ真白をかすめる。
(偶然、じゃないよね)
 真白は、夏の文化祭のサーバログを思い出した。
「真白は、どう思う?」
「……生徒会の文章じゃない。文体も、時間帯も」
「だよね。私もそう思う」
 恋は少しだけ安心したように笑ったが、その笑顔もすぐに引き締まる。
「先生たち、どう説明するかな。ホームルーム、荒れそう」
 そんな会話をしているうちに、校門が見えてきた。
 昇降口の前には、生徒会の姿はなく、生活指導の先生たちが立っている。
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