ハッカー女子高生は平穏に過ごしたい

古城そら

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第9話 ー黒いメールー ④

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 放課後。
 教室での作業が一段落したタイミングを見計らって、真白は恋に声をかけた。
「ちょっと、先生のところ行ってくる。メンバー表、机の上に置いてあるから」
「了解ー。戻ってきたら、クラス旗のデザイン見て意見ちょうだいね」
「そんな重要な役割、私でいいのかな……」
「美的センスはともかく、バランス感覚は信用してるから!」
 褒められているのか微妙なコメントに、小さく苦笑して教室を出る。
 廊下には、他のクラスの実行委員たちも行き来していた。どの顔も少しだけ忙しそうで、でも、どこか楽しそうだ。
 職員室のドアをノックし、担任の先生の席を探す。
「先生、今いいですか?」
「ああ、柏加。ちょうどよかった。メンバー表の件か?」
「はい。それと……昨日の共有メールのことで、少し」
 先生の表情が、ほんの少しだけ真面目になる。
「じゃあ、こっち来て」
 案内されたのは、職員室の隣にある小さな情報処理室だった。授業で使うパソコンが並んでいて、そのうちの一台だけが電源が入っている。
「共有アドレス、こっちの端末からも見られるようにしてある。昨日、迷惑メールの話してたよな」
「はい。あれから、同じ差出人から何通か来ていて……」
 真白が言い終える前に、先生は「ああ」と頷いた。
「一応、さっきヘッダーだけ確認してみた。ほら」
 画面には、メールソフトの「メッセージのソース」画面が開かれていた。
 From: から始まり、Subject:, Date:, そしてずらりと並ぶ Received: の行。
「これが、メールがたどってきた“道筋”ね。プロバイダのサーバーとか、中継サーバーとか」
 先生が、スクロールしながら説明する。
「普通の広告メールだと、だいたい同じサービスから送られてくるんだけど……これは、ちょっと変わってる」
「変わってる?」
「中継サーバーの数が多い。しかも、同じ国の中で回ってるんじゃなくて、いろんな国をうろうろしてる感じ」
 画面には、見慣れないドメイン名やIPアドレスが並んでいた。末尾の国コードも、jpやcomとは違うものがたくさん混じっている。
「……プロキシチェーン、みたいな」
 思わず口を突いて出た言葉に、先生がちらりとこちらを見る。
「そう。詳しい言い方すると長くなるけど……わざと経路をわかりにくくしてる可能性が高い」
 先生の指が、ある Received 行のところで止まる。
「で、これ。前に例の偽ログイン画面の件で、ログに残ってたサーバー群と、よく似た名前のホストが紛れ込んでる」
「……!」
 胸の奥が、きゅっと縮まる感覚が戻ってきた。
 最近続いている外部からのアクセス。前に追いかけた時に、ログの向こう側で見えた“手口”。
 真白の頭の中で、点と点が薄くつながる。
「もちろん、同じ人だって断定はできない。でも、“似た人種”である可能性はある」
 先生は慎重に言葉を選びながらも、視線は真白の目をまっすぐ捉えていた。
「……Subject は Recommendation for Your Future でした」
「うん。進路広告にしか見えないよね、ぱっと見は」
 先生は、画面を切り替えた。今度は、本文のHTMLソースが表示される。
 テーブルタグやスタイル指定が並ぶ中に、ところどころ英語の文章が埋め込まれている。
「本文を開いちゃうとあれだから、ソースだけ抜き出してある。リンク先には一切アクセスしてないから安心して」
「ありがとうございます」
 真白は、食い入るように画面を見つめた。
(……F0x……S3eK……)
 昨日見た文字列を探すと、ほどなくして目当ての場所が見つかった。
 <a href="http://~~~/F0x-path?S3eK=win">Click here</a>
 タグの中に、見覚えのあるパスとパラメータ。
「このURLね。まだアクセスはしてない。ヘッダーだけ見て遮断した状態」
 先生が言う。
「で、気になるのは、これ」
 スクロールバーが、ページの下の方で止まる。
 そこには、通常なら目に入らないような、小さな文字列が紛れ込んでいた。
 <!-- ad-track: ver2.1 -->
 <!-- client: student-target -->
 <!-- …… -->
 そして、行の途中で途切れそうなところに、もうひとつ。
 <!-- To Bya… -->
 最後まで表示されていないそのコメントに、真白の息が止まる。
「……これ」
「うん。コメントタグだから、普通のブラウザ表示では見えない。でも、わざわざ入れてあるってことは、何か意味を持たせたいんだろうね」
 先生は、さりげなくスクロールバーを調整した。
 To Bya の続きの部分が、画面の中央にくるように。
 <!-- To Byakko : Let’s play again. From “K”.-->
 英語の一文が、あまりにあからさまにそこにあった。
 To Byakko。
 真白の中で、何かが音を立てて崩れ落ちる。
「……っ」
 指先から、一気に血の気が引いていく。椅子の背もたれがなかったら、そのまま後ろに倒れていたかもしれない。
 Byakko。
 白狐。
 ネットの中だけで通じるはずだった名前。ホワイトハッカーの記録と、ログの断片と、叔父とごく限られた人たちだけが知っているはずのハンドルネーム。
 それが、あまりにもさらりとコメント欄に書かれている。
「もちろん、“Byakko”って単語自体は、誰が使ってもおかしくない。でも……」
 先生は、一度言葉を切った。
「ここまで文脈が重なると、“偶然ですね”で片付けるのは、無理がある」
「……From “K”」
 真白の喉から、その一文が漏れた。
 先生は頷きもしないし、否定もしなかった。ただ、その沈黙自体が肯定のように感じられる。
「このコメントは、実行委員共有アドレスに送る必要、ないんだよね。本来の広告としては」
「……はい」
「つまり、“メールを見て、ソースを覗くような人”に向けて書かれている可能性が高い」
 “メールを見て、ソースを覗くような人”。
 そんなことをするのは、普通の高校生じゃない。
 ログを追い、ヘッダーから経路を読み解き、URLの構造を気にするような人間。
 ――白狐。
「……“また遊ぼう”、なんて」
 英語の文を頭の中で日本語に置き換えた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
 Let’s play again.
 前回の「遊び」が、どれだけギリギリの綱渡りだったかを思い出す。あの時、少しでも判断を間違えていたら。少しでも遅れていたら。
「……先生」
「うん」
「これ、学校にとっては……どう扱うべきなんでしょう」
 “自分ごと”としてだけじゃなく、“学校のインフラ”を守る立場としての問い。
 先生はしばらく画面を見つめ、それから姿勢を正した。
「まず、このドメインと差出人は、学校として完全にブロックする。フィルタを強化して、同じ経路からのメールは全部はじくように設定する」
「……はい」
「その上で、これは“事件の前触れ”の可能性があるってことを、情報システム担当の先生にも共有する。ログのバックアップを強化してもらうし、怪しいアクセスがないかもチェックしてもらう」
 先生の声が、少しだけ硬くなる。
「そして――個人的には、これはコメントに書かれていた“K”からの挑発だと考えてる」
 真正面から、その名前が口にされた。
 K。
 アクセスのIPアドレス帯と、「また遊ぼう」なんていう内容から考えれば、前に偽ログイン画面を仕掛け、学校を足場にしようとしたクラッカーと同一人物と嫌でも考えてしまう。ログの向こう側で、挑発的なメッセージを残した相手。
 先生は、少しだけ口元を緩める。
「ここから先、どうするかは……柏加とよく相談しながら決めたい。無理をさせるつもりはない」
 その言葉に、真白は一瞬救われる。
 逃げてもいいと言われたような気がした。
 ――でも。
「……たぶん、逃げても、追いかけてきます」
 気付けば、そんな言葉が口からこぼれていた。
 Kは、明らかに「白狐」を意識している。偽ログイン画面の時もそうだった。今回だって、わざわざ「To Byakko」と書き残している。
 ここで見なかったことにしても、きっとどこか別の形で門を叩いてくる。
「だから……」
 真白は、拳を膝の上でぎゅっと握りしめた。
「先生や恋と一緒なら、ちゃんと向き合えると思います」
 震える声を押し殺すようにして、そう続ける。
 先生は、少しだけ驚いた顔をして、それから静かに頷いた。
「わかった。じゃあ、これは“遊び”じゃなくて、正式な“防御戦”ってことにしよう」
 防御戦。
 その言い方に、ほんの少しだけ救われる。
「ただし、約束してほしいことがある」
「……なんですか?」
「ひとりで深追いしないこと。何か気付いたら、必ず先生に共有すること。そして――」
 先生は、言葉を選ぶように視線を宙にさまよわせた。
「柏加の身の回りのことも、ちゃんと大事にすること」
「身の回り……?」
「学校生活とか、友だちとか。体育祭とかね」
 恋の顔が、頭に浮かぶ。
 黄昏のグラウンドを走る後ろ姿。コンビニの前でアイスを頬張る顔。ふざけて「真白観察委員」を名乗る時の、からっと明るい笑顔。
「……はい」
 それは、何よりも守りたいものだった。
「じゃあこのソース、一応テキストで書き出しておくね。実際のメールは消去するけど、証拠としては必要だから」
 先生は手早く操作をして、HTMLソースをテキストファイルとして保存する。
「コピー、欲しかったら渡すけど……どうする?」
 問われて、真白はほんの少し迷った。
 見たくない。けれど、見ておかなければ落ち着かない。
 相反する感情の間で揺れた末、答えはひとつにまとまった。
「……ください。家のパソコンで、オフラインで確認します。リンク先には絶対にアクセスしません」
「そうしてくれると助かる。何か気付いたことがあったら、すぐに連絡して」
 USBメモリに保存されたテキストファイルが、手のひらの上に乗せられる。
 見た目はただの小さなプラスチックなのに、その中にとんでもないものが詰まっている気がして、真白は思わず指先に力を込めた。

 教室に戻る途中、廊下の窓から体育館の方をのぞくと、バスケットボール部が練習しているのが見えた。ボールの音と、シューズが床を擦るキュッという音が、ガラス越しに小さく聞こえてくる。
 その日常的な音が、どこか遠い世界のもののように感じられる。
「おかえりー」
 教室のドアを開けると、恋がすぐに駆け寄ってきた。手にはマーカーが握られている。
「先生、なんか言ってた?」
「メンバー表は問題なかったって。それと……共有メールの迷惑メール、フィルタ強化してくれるって」
 嘘ではない。けれど、言っていないことの方がずっと多い。
「おお、それは助かる。大事な連絡埋もれたら困るもんね」
 恋はあっさり納得して、またポスターに向かおうとした。
 その背中を見ているうちに、喉のあたりがきゅっと締め付けられる。
(言わなくてもいい。巻き込みたくない)
 そう考える自分と。
(言わなかったら、またひとりで抱え込むことになる)
 そう囁く自分が、胸の中でぶつかり合う。
「……恋」
 思わず、名前を呼んでいた。
「ん?」
 恋が振り向く。その目は、いつものように真っ直ぐだ。
「その……さっきの迷惑メールの件なんだけど」
「うん」
「たぶん、ただの広告じゃない」
 言葉が、ぽろりと落ちた。
 恋の表情が、少しだけ真面目になる。
「ただの広告じゃないって?」
「詳しいことはまだわからないんだけど……前に先生と一緒に対応した“あの件”と、似た匂いがする」
 詳しくは話していない。でも、“あの件”と言えば、恋には伝わる。
 偽ログイン画面の事件。真白が巻き込まれて、先生と一緒に何かをしていたこと。恋も生徒への説明の場にはいたので、ある程度“何が”あったかは理解している。
「……また?」
 恋の声が、わずかに低くなった。
「うん。ただ、まだ“何か起きた”わけじゃない。挑発、みたいな」
「挑発?」
「誰かが、“ここに気付いてほしい人”に向けて、わざと変なメッセージを紛れ込ませてる感じ」
 恋は少しの間黙って、それから息を吸い込んだ。
「真白、その“気付いてほしい人”ってさ」
 言いかけた言葉を、恋は一度飲み込んだ。
 そして、少しだけ柔らかい声で続ける。
「……先生?」
 真白は、一瞬だけ答えに詰まった。
 今の時点では“先生”も、きっとその範囲の一人だ。でも、本当に狙われているのは。
「……先生の周辺にいる人、かな」
 少しだけ曖昧な表現で返す。
 恋は、その曖昧さの裏に何かを感じ取ったように、じっと真白を見つめた。
「怖い?」
 唐突な問いに、真白は苦笑した。
「……怖くないと言ったら嘘になる」
「そっか」
 恋は、ふっと笑うでもなく、眉を寄せるでもなく、ただ「そっか」と言った。
 その一言の中に、いろんな感情が混ざっている気がした。
「でもね」
 恋が、少しだけ近づいてくる。
「前にも言ったけど、真白ががんばりすぎてる時って、目が遠く見る感じになるから、すぐわかるの」
「またそれ……」
「だから、今回もちゃんと見てる。真白がどれくらい無理してるか」
 恋は、両手で大きな丸を作るみたいにして、真白の顔の前にかざした。
「で、何かあったら、ちゃんと話して。全部じゃなくてもいいから。『やばいかも』って一言だけでもいいから」
 真白は、息を呑んだ。
「……巻き込むことになるかもしれないよ」
「もう巻き込まれてるよ?」
 即答だった。
「だって、真白の友だちやってる時点で、“真白のまわりで起きること”には巻き込まれるんだもん」
 恋の理屈は、本当に、時々ずるい。
「それにね、知らないで巻き込まれる方が、私はイヤ」
「……恋」
「だから、お願い。ひとりで抱え込まないで」
 その言葉は、真白の中のどこか固く凍った部分に、じんわりと染み込んでくる。
「……わかった」
 小さく頷くと、恋は満足そうに笑った。
「よし。じゃあ、とりあえず今日のところは、クラス旗の色決めから。暗い色にしないでよ? 体育祭だし!」
「そこ、大事?」
「大事。雰囲気って、意外とメンタルに影響するからね!」
 恋がマーカーを振りながら言う。その軽口が、さっきまでの重たい空気を少しだけ軽くしてくれた。
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