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2.5章:血濡れのstudent clothes.
桜と紅の種族
しおりを挟む間乃尋が窓から飛び降りてすぐ、オレらが居る病室内は間乃尋の唐突な行動とその前の親父の話の影響で静まり返った重い空気の中、真っ先に口を開いたのは奏だった。
「あの、少し思ったんですけど、先程の話を聞く限り葉九さんって悠仁さんと同い年……なんですよね?」
「うん。それがどうかしたかい?」
「その……大した事じゃないんですけど、悠仁さんが確か四十代前半で、悠仁さんもですが先程会った葉九さんってかなり若々しいイメージだったなと。見た目だけなら俺達とそう変わらない感じだったんで」
「確かにねぇ。それもあってなんだか間乃尋くんと兄弟っぽく見えたのかもねぇ」
「ちょっとぉ!?兄さんの兄弟は僕だけですってー!僕の兄さんなんですけどぉー!」
不満そうに言う尋希を横目にオレは考える。確かにそうだ。親父もそうだが先程出会った葉九さんも確かにオレらと同世代と思われる外見だった。服装とかで若作りしているというレベルではない。本当にそのままの意味で外見が老けていないのだ。
親父だけならたまたまそんな血筋なのかとは納得は思えるが、血の繋がりの無い他人である葉九さんまでもがそうだなんて、そんな偶然があるのだろうか。
親父もその話を聞いて驚いたかのように目を丸くする。
「それは……なんだかおかしい、よね。僕だけならそういう体質なのかなって思ってたけど葉九もだなんて……偶然なのかな」
親父はそう言うと、何故だろうか、と考え始める。オレも不思議な偶然もあるもんだ、とぼんやりと思っていると尋希がぽつりと「多分、偶然じゃないですよ」と口を開いた。
「あぁいえ、悠仁さんと葉九さんがそうなのは偶然だとは思うんですけど、老け無くなったのは偶然では無い、という意味でしてね?なんか訳わかんなくなってきたな……」
「おーけー、尋希くん。落ち着こうかねぇ。まず何が"そう"なのかねぇ?」
「端的に言えば血筋、ですよ。前、勇樹先輩が車に轢かれて目を覚まさなかった時に聞いたと思うんですけど……」
「僕の直系尊属に赤い目の人がいないかどうかって話かな?」
親父のその答えに尋希は頷いて、「聞いたことありません?」と言いながら続けた。
「この街の桜の森、その奥は異世界に繋がっていて、その世界には不老不死の種族が暮らしている、という話。確か先輩方と奏には始業式の日に話したと思うんですけど」
「ん?あぁ、なんか話してたよな。でもそれってただの都市伝説だし実在なんて……」
「実在しますよ」
実在なんてしないだろ、と続く言葉は尋希によって遮られる。
「その種族は、夜闇に桜の木の下で、血のように朱い瞳を光らせ、紅の武器を携えてその場の生命全てを殺戮し尽くす様からこう呼ばれています」
───桜紅族、と。
尋希はそう言いながら赤い目を弓なりに歪ませ、笑う。
「桜紅族は殺戮を本能とする不老不死の種族なんです。と言っても理性はありますし本能のままに殺しを続ける奴なんて今はそう居ないし、不老不死っていうのは身体が成体になった時点でそれ以上成長も退化もしなくなり、普通の人間に比べて治癒能力がバカ高いだけなんですよね。大半は普通に人間のように暮らしてますよ。都市伝説で言う異世界から出てこの世界で人間と結ばれて子供作ったりしてますし。……で、その桜紅族の血を引く人間なら、悠仁さんや葉九さんのように老け無くなるのも不思議じゃないでしょう?」
なので多分葉九さんも悠仁さんも半分桜紅族の血を引いてるんですよ、となんてことの無いように語る尋希こそがきっとその桜紅族って奴なのだろう。……そして、尋希がそうなら、間乃尋も。
思えばあの魔法大会の日、尋希と間乃尋は紅色の武器を使っていた。確か間乃尋はアレを魔法とは違うって言っていたっけ、と考えていると尋希はまだ続けた。
「半分桜紅族の血を引いた人間と、普通の人間の区別はつきやすいですよ。桜紅族の血を引いている人間……めんどいんで混血って呼びますけど、混血は純血のように魔力を使用しない、能力を使用できるんです。ほら、奏みたいに」
そう言われてあの夏の魔法大会を思い出す。そういえば奏は能力使いだったっけ。薄い、半透明の壁はオレの魔法をも通さない、それ。
そもそも奏は尋希曰く幻覚を見せる魔法を使うはずだから、それと違うあの力はやはり能力だったのだろう。……そして、そんな奏と同じように属性魔法とは違う、全てを記憶する力を持ったオレも。
「つまり、能力が使える俺と勇樹先輩もその、桜紅族の血を引いているって事か?」
「えぇ、まぁそうなりますね。勿論勇樹先輩の実父である悠仁さんもそのはずです。……直系にかの種族が居なければ能力使いにはなれないので」
尋希にそう言われてオレは自分の母親を少ない記憶から思い返すが、確かに赤い目では無かったはずだ。祖母には会った事が無いので、もしあるとしたらそっちがそうなのだろう。
「ちょっと待ってね。僕と葉九がもしその種族の血を引いてるなら、僕達も能力が使えるって事だよね?でも、僕は能力なんて使った事なんて無いし、葉九だって……」
「混血の場合、自分が能力使いだって事を自覚しにくいんですよね。ある条件を満たさない限り、自分で操って使用する事なんてできないし、それまでは無自覚に能力を使ってしまうので、目に見えないものは特に自覚できないでしょう」
そう言った尋希にオレは内心同意する。確かにあの夢世界で死神を名乗ったあいつに言われるまでオレは自分の能力に気づいていなかったのだ。ただ、時々異様な記憶力を発揮する……そう感じていたはずだ。
「なら親父も葉九さんも無自覚に能力を使ってたのかよ」
「確実にそうですね。悠仁さんならきっと、葉九さんの方には心当たりがあるのでは?話を聞いてた僕でも何となく分かったくらいなので」
尋希のその言葉で思い当たるのは一つだけあった。同時に親父も分かったみたいで「まさか」と呟いた。
「……葉九の異様なまでの存在感の薄さ……というよりその場で声を出しても周りの人に葉九の存在を気づかれない、あの体質こそが能力、なのかな」
「間違いなくですね。そしてただ一人そんな葉九さんの存在を認知し、友情を築き上げることが出来た悠仁さんの能力は多分───」
尋希がそう言いかけたその時。突如病室の外から悲鳴が上がった。一体何事かと病室内にいるオレら全員が困惑する中、外の様子を見ようと扉に一番近かった奏が扉に手をかける寸前に勝手に扉が勢いよく開かれ、何かが中に入ってきた。
「えっ?」
中に入ってきたそれ───人の形はしているが、関節が無いかのように腕や脚がグネグネと曲がり、顔どころか全身全てが黒く、影のような闇のような姿をしたそれが扉の前に居た奏に腕らしきものを伸ばした。
「奏!下がれ!」
オレはそう言いながら咄嗟に強い魔力を込めて氷の槍を放つも、氷の槍は影に呑み込まれて消えていく。それと同時にそれは奏を捉えられる。
「奏っ!」
咄嗟に奏を助けようとした尋希が手を伸ばすも、続けて中に入ってきた影に同じく捉えられ。後輩二人を人質に取られたような形になってしまった残ったオレと直季、それから親父も中に入ってきた影に抵抗すること無く捕まる。
影は捉えたオレ達を病院のロビーに連れて来る。ロビーにはオレらより先に捕まっていたらしい病院関係者や診察しに来ていた人や入院中の患者、その見舞い客までもが集められ、受付のカウンター前の床に後ろ手に座らされていた。
影はオレらもカウンター前に座らせると、両手首を後ろ手になる様に掴んだかと思えば、影はぐにゃりと変形し、手錠のような形でオレの両手首と足首を縛った。
捉えられた人達が不安そうにざわめくのを横目に、顔色を青くし、低い背丈をそのままの体制で必死に伸ばしながら周囲を見渡す直季に、「お袋さん、居たか?」と声をかける。
「……今のところは、居いないや。どこかに逃げていれば良いんだけど」
「……そうだな」
いつものだよねぇ口調を取っ払う程動揺しているらしい直季に気休めにしかならないであろう同意をすると同時に一人の男がロビーにやってきた。
入ってきた男は直季程ではないものの小柄で、両手を着ている白衣のポケットの中に突っ込みながらロビーの中央に立った。
歳は外見から推測すればオレと同世代っぽいが、血のような瞳の色からして、尋希から聞いた桜紅族の血縁かもしれない。そうなれば実際の年齢なんて分からない。
「は?」
白衣の男の姿を見た尋希が驚愕に目を見開きながらそう漏らしたのにオレはどうかしたか、と声をかけようとした所で男が口を開いた。
「たった今、院内はイノセンスプラムが乗っ取らせて頂いた。てめぇらの手首足首に付いてるそれは魔力を感知したら肉ごと喰らうようになってる。命が惜しけりゃ大人しくしてるんだな」
そうロビー内で響くように叫びながら男はその場で大量に影を創り出した。
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