桜ノ森

糸の塊゚

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2.5章:血濡れのstudent clothes.

別離

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 ───俺が悠仁の病室の窓から帰っていく葉九を見つけて、そのまま飛び降りて、驚くそいつを呼び止めた後、俺と葉九は病院の中庭にあるベンチに座って話をしていた。

 「それにしてもびっくりしたんだからね。急に空から君が落ちてくるんだもん」
 「普通に追いかけるだけじゃあ間に合わないだろ。お前足速いし、すぐ消えるし」

 俺の言葉に葉九は「そっか」と苦笑いする。
 葉九の手には相変わらずバニラシェイクが握られていて、半ば呆れ気味にそれを見つめていると葉九は飲む?とストローを向けてきた。

 「要らない」
 「えぇ、遠慮しなくていいよ?これまだ口付けてないし。この病院凄いよね、売店にバニラシェイク売ってるんだよ」
 「多分そのバニラシェイクを買ってるのはお前だけじゃないか?」

 と言うより最早毎度葉九がバニラシェイクを持って病院に来るから売られるようになったんじゃ、と考えていると葉九は「やっぱそうだよねえ」と間延びした返事をしながら一口バニラシェイクを口に含んだ。

 「……ボクにとってバニラシェイクは思い出の味なんだ」
 「思い出?」
 「うん。学園の期末テストで勉強が苦手なボクに悠仁が放課後に勉強を教えてくれて。で、期末テストが終わって、頑張ったボクにって買ってくれたんだよね」

 悠仁からはどこまで聞いた?と尋ねてきた葉九に素直に悠仁から聞いた話は全部、と俺は答える。

 「そっか。じゃあ全部聞いちゃったのかな」
 「あくまでも悠仁から見た話だけだよ。お前目線の話は知らない」
 「誰の目線でも変わらないよ。あの日、あの学園でボクは確かにクラスメイト達をボクの手で殺したんだ」



────────────



 ───ボクはね、産まれた時から両親二人と、その親族達に似ない白髪だったんだよね。
 お医者さんが言うには髪と肌や瞳の色素が薄い病気らしいんだけど、それのせいで実の母親に嫌われちゃって。
 お父さんは優しくボクに接してくれたけど仕事が忙しくてあまり帰ってこれず、帰ってきたらボクに付きっきりだから尚更お母さんに嫌われての悪循環。何度お母さんに「あんたなんか産まなければ良かった」って言われたか分からない。

 お母さんは多分、お父さんを自分に引き止める為にボクを産んだんだと思う。なのにお父さんはボクばかりに構うから憎しみが募っていっちゃったんだろうね。
 そんな訳でお母さんはボクが家に居ると不機嫌になっちゃうし、ボクもお父さんが居ない家に帰るのが苦痛になってきた頃、何故か他人にボクの存在を認識されずらくなって、最後にはお父さん以外、誰も気づかなくなっちゃった頃には行っても誰もボクのことを見てはくれないし、サボってもバレないし、バレても誰にも怒られないから学校にはあまり行かずに一人で一日を公園で過ごすことが多かった。

 そんなボクに高校に擂乃神学園を勧めてくれたのはお父さんだった。擂乃神学園はその頃から魔法に対する研究をしていたから、ボクの体質を案じていた事と、理事長がお父さんの昔からの知り合いらしく、理事長がお父さんに勧めてくれたみたい。

 それで擂乃神学園に入学したはいいものの、相変わらずボクは誰にも認識されなくて。そんな時に遅れて入学してきた悠仁がボクの存在に気づいてくれた時、驚いたけどとても嬉しかったんだ。
 そこからボクは悠仁と仲良くなって。学園生活を悠仁と共に過ごして。とても充実した毎日だったと思う。

 そんなある日、配達のバイトが終わって家に帰ったら両親が言い争いをしてたんだ。きっかけは分からないけれど、お父さんがボクの名前を出してたから、多分ボクが原因だと思う。
 言い争いはどんどんヒートアップしていって、遂にはお母さんが台所から包丁を持ってきたんだ。

 「貴方が私だけを見ていてくれないなら貴方を殺して私も死んでやる!」

 そう言ってお母さんはお父さんを刺そうとした所でボクは慌ててお母さんから包丁を取り上げようとして揉み合った。お父さんも一緒になってお母さんを抑えようとしてくれたのが原因で、揉み合いの末にボクはお父さんをお母さんから取り上げた包丁で刺してしまった。
 赤く染まっていく床と力が抜けていくお父さんの身体に呆然としていると、お母さんが狂ったように笑い始めた。

 「貴方を産んでよかったなんて思うの、これが初めてよ」

 呆然とするボクにお母さんがそう言いながら、未だ包丁を握っていたままのボクの手を握って、強く引っ張った。鈍い音と手に伝わる何かを刺した感触は未だに忘れられない。
 お母さんはそのまま力無く倒れて、ボクはどうすればいいのか分からなくて、しばらくそのままで冷たくなっていく両親の傍で座り込んでいた。

 ふと、来客を知らせるチャイムが鳴って、そこで漸く我に返ったボクは周りを見渡して、窓から朝日が入ってきているのに気がついた。
 とりあえず誰が来たのか確かめる為に、扉を開けたんだ。どうすればいいのかボクだけじゃ分からなくて、誰でもいいから助けて欲しかった。緊急通報の仕方なんて、誰も教えてくれたこと無かったから。
 扉を開けたら入学前に少しだけ会った事のある学園の理事長先生が立ってたんだ。

 理事長先生は混乱して上手く話せないボクの話を最後まで落ち着いて聞いてくれて、とりあえず落ち着ける場所に、と制服に着替えたボクを車に乗せてくれて。静かに動く車の中で睡魔に襲われて、理事長先生に言われるまま、睡魔に身を委ねて。

 ───そして、次に目が覚めた時にはボクは悠仁の首をいつの間にか手に持っていたナイフで切りつけていた。

 訳が分からなかった。なんで目の前で悠仁が赤く染まっていて、ボクの手も真っ赤に染まっているのか。どうしてボクは学園の教室に来ていて、クラスメイト達は赤黒く染まって倒れているのか。
 未だ首から血を流す悠仁がついに気を失って少しした後、悠仁を追いかけてきたのか、警察の人がぞろぞろと教室の中に入り込んで来た。
 教室内の惨状に呆気にとられている警察の人達に、ボクは静かに「ボクが全部やりました」と言う事しか出来なかった。

 そのままボクは警察署に連れていかれて、ありのままを話した。本当にありのままを話したから、真剣に聞いていた警察の人達は当たり前だけど困った顔をしていたよ。
 何も覚えていないボクの証言を警察の人はクラスメイト達が目の前で死んだショックで混乱を起こしたものと決まりそうだった、そんな時にね、あの人はやってきた。

 白髪交じりの黒い髪に琥珀色の瞳。そしてふわりとした優しい笑顔はどう見ても悠仁の血縁者であることは間違いなかった。
 その人は悠仁の父親を名乗った後すぐ、こう言った。

 「今回の事件を、君の罪を全て無くしてあげよう。その代わり、金輪際悠仁には関わらないでもらいたい」

 突然こんな事言われたら誰だって混乱すると思う。ボクだってそれは例外じゃなかった。
 悠仁に関わるなと言われたことは理解できる。理由も納得できる。問題はボクの罪。それは間違いなく学園でクラスメイト達全員を殺めてしまった事と、両親の事だろうけれど、あんな凄惨な事件を、おそらく世間でも話題になっているであろう事件を無かったことにする、と目の前の悠仁の父親を名乗った男は言ったんだ。

 「えっと、どうしてそんな事……」
 「理由なんて必要かね?君だってまだ年若いのだし殺人の罪なんて無い方が良いだろう?」

 さも当然のように、今回の事件で亡くなった人をどうでもいいかのように扱う男にボクは正直に言えば恐怖を覚えていたんだと思う。それと同時に悠仁が親の話をしたがらない理由もなんとなく理解できちゃって、ボクは震える声でお断りします、と返した。

 「勿論悠仁には関わるつもりはありません。……ただ、ボクの罪を無くしてもらう、というのはお断りしたい……です」

 震える声でなんとかそう言う事が出来てボクは内心安堵を覚えた。これだけの事件だ。断れば間違いなく死刑は免れない。だからって自分の罪から逃げる事なんて、探偵をしていた悠仁を裏切るも同然だったから。
 悠仁を裏切りたくない、その一心でそう告げたボクに男は少し黙ると、大きなため息を吐いた。

 「これだからまともに教育の受けていないガキは困るんだ。誰がお前のためだと言った?この事件が公になれば私が困るのだよ。最初から貴様なんぞに選択権など無い」

 悠仁の父親はそう一方的にまくし立てて、直ぐに席を立って取調室から出ていくのをボクは止めることも出来ず、警察の人が声をかけてくれるまで、その場でぼうっと留まることしかできなくて。



─────────────



 「───それで、どうなったんだ?」
 「どうもこうも……ありえない事に本当にあの事件の事なんて無かったことになって、その日の内に釈放されたよ」

 そう苦く笑う葉九に俺は何も言うことなんて出来ず、ふっと目を逸らす。

 「それからはまぁ、何故かボクの体質が改善……と言うより操れるようになって、普通に生活出来るようになってたから、インターネットカフェで寝泊まりしながらその日限りのバイトで食いつないでさ。偶然バイトに入ったカフェの店長さんに気に入られて、その人が経営してるアパートを貸してくれる事になって。……で、二年前、バイトの帰り道で倒れていた君を拾ったんだよね。流石に記憶が無い事には驚いたけどね」

 二年前、目を覚ました俺の視界に最初に入った葉九の心配そうな、それでいて安堵したような顔を今でも覚えている。
 名前を除いた一切を忘れてしまった俺をアパートの大家さんに頭を下げながら病院に連れて行ってもらったり、警察で捜索願いが出ていないか確認したものの、情報なんて一切出てこなくて、途方に暮れた俺に、「良かったら一緒に暮らさないかな?」と声をかけてくれたのだ。

 「今考えても軽率な行動だよ。素性のしれない人間をひとつ屋根の下に住まわせるなんて。もし俺が……」

 記憶が無いと嘘をついて、葉九に危害を加えようとしていたらどうするんだ、と言おうとして口を閉じると、俺が言おうとすることが伝わったのか、葉九はまた苦笑いをして答える。

 「そうだね。ボクはきっとそれでも……君に殺されて全部を奪われたって良かったんだ。あの事件からボクはボクの生きる意味も理由も見いだせなくて、だからといって自殺するのは怖くて仕方ないから、誰かにこの命を終わらせて欲しかったんだ。……勿論倒れていた君を放っておけなかったっていうのも本心だよ?」

 慌てて弁明する葉九に俺はため息を一つ吐くと、葉九はムッとした顔をして続けた。

 「さては信じて無いね?本当だよ。だって君あの日、血塗れの状態で倒れていたんだから。一体何があればあんなに血塗れになるんだか」

 「その癖君には傷一つ無いんだもの」と言う葉九の言葉に俺は何があったんだっけ、と無い記憶を思い出そうとして。
 ───大きな雨音とそれと同時に鳴り響く雷鳴。過ぎるほどの憎悪と殺意が胸中に渦巻いて仕方なくて、同時に左腕が疼いて仕方なくて、それを右手で左腕を抑えようとした時。

 「間乃尋」

 そう静かに葉九に名前を呼ばれて俺は顔を上げる。すると葉九は心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでいて、俺と目が合うと安心したように笑った。

 「確かに何があったのかは気になるけど、無理に思い出さなくたって良いんだよ。……もしもの話だけどあの学園を卒業してもまだ記憶を思い出せなくて、帰る場所が無いならまた一緒にあのアパートで暮らそうよ。……ココアも喜んでくれるよ」

 そう言いながら葉九は俺の頭を撫でるのを俺は手で払う。ココアと言うのは俺が一緒に暮らすようになって直ぐに葉九が大家さんから譲られて飼っている猫の名前だった。

 「猫が喜ぶなんて分からないだろ。そもそも俺はあの子に嫌われていた筈だけど」
 「ツンデレさんだからねぇ我が家の姫は。君が居なくなってからは寂しそうに鳴いて仕方なかったんだから。勿論ボクもね」
 「…………」

 ───そう言うなら、何であの学園に行ってから葉九は俺との連絡の一切を絶ったんだ。そう聞こうとして俺は口を閉じる。

 あの学園で過ごし始めて少し経った頃、一度だけ葉九と暮らしていたあのアパートに一人で行ってみた事がある。けれどアパートの呼び鈴を鳴らしてもそこに住んでいる葉九は出てこなくて、偶然買い物から帰ってきたらしい大家が「しばらく留守にするって言ってココアちゃんを預けに来たよ」と教えてくれたのだ。
 そもそもあの学園に入る事になったのも急な話で、ある日突然擂乃神学園の研究者を名乗る人間がアパートにやって来て、俺を学園に入れないかと葉九に話に来たのだ。
 そこら辺の話はどうでもよくて別室で猫と戯れていると、いつの間にか寝てしまっていたらしく、目が覚めた時には研究者は帰っていた。

 「───君を、擂乃神学園に任せようと思う」

 その日の夕飯の時に沈んだ表情でそう言った葉九に俺は一言「そうか」とだけ返したのを覚えている。理由は言われなかったし、聞かなかった。そうして一週間もしない内に研究者が俺を迎えに来て、学園に入学して勇樹達と知り合って、俺の弟を名乗る尋希にも出会い、今に至っている。

 別に、どうして葉九が俺を学園に入れることにしたのかなんてどうでもいいのだ。ただ、どうして学園に入ってから俺を突き放すように連絡を絶ったのかが知りたくて俺は勇樹達と街に出る度、白い髪とあの香莢蘭バニラの香りを自然と探していて。

 「……本当にごめんね。君の事が嫌で君を突き放した訳じゃなくて、単純にボクの気持ちの問題だったんだよ」
 「気持ちの問題?」
 「うん。君を拾ってすぐはもしかしたら殺してくれるかも、という希望を持っていたけれど、後々ボクみたいな人殺しの家に匿われるなんて今は知らなくてもそのうち知られたら、君はきっとボクを軽蔑すると思って。君に軽蔑されるくらいならその前に離れてしまえばいいと思ってね」

 君の態度を見る限りどうやら杞憂だったみたいだけど。と笑う葉九に俺はため息を一つ吐くと、葉九はまた謝りながら俺の頭を優しく撫でてきた。
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