桜ノ森

糸の塊゚

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2.5章:血濡れのstudent clothes.

残酷な程に優しい微笑み

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 ───それから暫く二人で他愛のない会話をしていた時、ふと背後からなにやら気配を感じて、後ろを振り向くとそこには影で作られた人の様な何かが俺と葉九に腕を伸ばして来ていた。
 俺より先に反応した葉九が魔法で出現させたナイフで間髪入れず影を切りつける。が、ナイフの切っ先は影に呑み込まれて消えた。
 戸惑う葉九に続いて俺もいつもの大鎌ではなく、桜を模した紅色のナイフを出して影を切りつければ今度は切っ先を呑み込む事なく、影は霧散していった。

 「なんだったんだろう今の」
 「……影人形……」
 「知ってるの?」
 「わからないけど……多分見た事があるんだと思う」

 初めて見たはずなのに、俺の中に芽生えた既視感はあのゆらゆらと蠢く影を前にも俺は見た事があると示している。葉九の魔法が効かないということは、葉九以上の魔力の持ち主か、能力で創られたものなのだろう。

 「なんにせよ、あんなものが自然に突然出てくるわけ無い、よね」

 そう言う葉九と俺は目を合わせると、直ぐにその場から駆け出した。


────────────


 葉九の透明化能力を駆使しながら俺達は病院の正面玄関からロビーの様子を伺ってみると、そこには病院関係者や見舞客、そして患者までもが一箇所にまとめられて座らされており、その中には尋希達の姿もあった。
 そんな中、たった一人だけ、白衣を着た背の低い男が捕らえられた人達を見渡しながら何かを叫んでいる。
 内容からすると、目当ては悠仁のようで、悠仁は名指しされたその瞬間に名乗り出ていた。
 すぐにでも駆け出そうとする葉九の手首を軽く掴んで止めながらロビーを見ていれば奥の方から見知らぬ男が歩いて来る。
 男の姿を見た葉九が小さく「えっ」と声を上げた。

 「どうした?」
 「あの男の人、確か悠仁の親父さん……なんだよね」

 悠仁の親父。と言うことは勇樹の祖父でもあるのか、と思いながら引き続き中を伺っていると、悠仁の父親は怒りに任せて叫びながら悠仁に拳銃を向けた。

 「悠仁っ」

 思わず駆け出そうとする葉九を今度は止めなかった。
 葉九は勢いよくロビーの中に駆け込むと、そのままの勢いで悠仁と悠仁の父親の間に入り込み、発砲された銃弾をナイフで弾いた。

 「怪我は無い?悠仁」

 そう言いながら葉九は悠仁に振り返る。悠仁は呆然としながら葉九の方を見ていて、葉九は悠仁に怪我が無いことを目視すると、安心したように笑って、悠仁の父親にナイフを向ける。

 「誰だ、貴様は」
 「ボクの事をお忘れですか?まぁ、悠仁に関わるな、と脅した相手の事も忘れるなんて余程ボクの事がどうでも良かったんでしょうね。……まぁ、あんな事件を起こしたボクの事を覚えていたって仕方ないのでしょうけど」

 葉九のその言葉に悠仁の父親は忌々しそうに舌打ちをして、今度は葉九に向けて発砲するが、葉九はその弾を難なくナイフで弾く。
 その隙に俺は捕まっている尋希達の傍に駆け寄って、声をかける。

 「大丈夫か?」
 「兄さん!」
 「いつの間に……というかそんな堂々としていて大丈夫なんですか?」
 「葉九の能力であっちには俺の事なんて見えていないよ。……最もあっちは悠仁しか見えていないみたいだけど」

 あの白衣の男はどうなのか分からないから念の為だけど、と言うと尋希と奏は頷いた。その白衣の男はというと、悠仁の父親と葉九のやり取りを退屈そうに欠伸をしながら眺めていた。

 「ところで、勇樹は大丈夫なのか?」

 顔を青くしている勇樹を見てそう尋ねると、勇樹は力無く「大丈夫だよ」と発した。

 「確かにちょっとアイツの声を聞いただけで情けねぇ事に身体が震えちまったけど、直季や尋希と奏が近くに居てくれるだけで、なんとか助かってる」
 「そうだねぇ。それに尋希くんと奏くんが前に出て勇樹くんを隠してくれてるからねぇ、あの人には勇樹くんの存在は気づかれていないみたいだよねぇ」
 「念の為、尋希に言われて俺の能力を使っているので、銃弾がこちらに向いてもその弾が通る事は無い、と思います」
 「と、言うわけですので案外こっちは大丈夫ですよ。なので兄さんは急いでここから───」

 「葉九ッ!」

 尋希が何かを言いかけると同時にその場に響いた悠仁の切羽詰まった声に思わず振り向くと、一発撃たれたのか、葉九はナイフを持っていた右の肩を抑えてしゃがみこんでおり、その右肩からは血が流れていた。
 いつの間にか右腕に絡みついていた影がしゅるり、と解かれて葉九の影の中に戻っていくのを見て、悠仁の父親が口を開いた。

 「良くやったぞイノセンスプラムの小僧」
 「礼なんか要らねぇよ。オレはさっさと帰って寝たいからさっさと終わらせたかったんだ」
 「葉九っ!大丈夫!?ねぇ、」
 「落ち着いて、大丈夫だよ。少し痛いだけで、こんなの直ぐに治るから」

 悠仁の父親とイノセンスプラムと呼ばれた白衣の男がそう会話するのを横目に顔を青くしながら葉九を支え、必死に声をかける悠仁に葉九がそう言いながら笑うのと同時に、葉九の肩から流れていた血液が小さな、青い色をした花に変化し、傷口が塞がっていった。
 葉九が「ほらね」と笑いながら悠仁に塞がった傷口を見せると、その様子を見ていた悠仁の父親が心底可笑しそうに笑い始めた。

 「そうか、そうか!お前、あの化け物共の血筋か!」

 違う。葉九は化け物なんかじゃない。本当の化け物は───
 俺はなんでかそう思いながら葉九の肩から流れる血液を見た時から激しくなる動悸を抑えるように心臓の辺りを服の上からぎゅっと握りしめる。心臓が痛くて苦しいはずなのに、どこか高揚感を覚えていた。
 すぐにでも大鎌を手に駆け出して、この場の命全てを刈り取ってしまいたい。今まで感じていたものより一段と大きなその欲求を抑えないと。おさえないと、いけないのに。俺の中に眠るその本能がそれを許してはくれない。

 「兄さん?」

 その感覚に呑み込まれそうになった時に届いた心配そうな尋希の声に俺はハッと我に戻って、その思考を掻き消すために右手に握ったナイフを勢いのまま左腕に刺すと、先程まで感じていた高揚感も呑み込まれそうだったあの感覚も痛みで無くなっていく。

 「ごめん、もう大丈夫だよ」
 「にい、さん……」
 「───目には目を、化け物には化け物だろう。イノセンスプラムの小僧、私の邪魔をするアイツを殺せ!」

 尋希がそう何か言おうとした声はそう叫んだ悠仁の父親に掻き消されて消える。
 殺せ、と命令を受けた白衣の男は心底面倒そうな素振りを隠しもせず、舌打ちをして口を開いた。

 「あのなぁ。お前がうちにした依頼は"この病院に入院している花咲悠仁という男への人質として病院内を制圧すること"だろうが。殺しは依頼内に入ってねぇよ」
 「うるさい!金は払ってやってるんだ!黙って私の言うことだけを聞いていれば良い!」
 「うるせぇのはどっちだよって……うちは先払い制だし勝手な事をして怒られるのはオレなんだけど」
 「人殺しでしか金を稼げない蛆集団が私に意見するか!良いだろう。金ならいくらでも払ってやるからさっさとあのガキを殺せ!!」

 そう怒鳴った悠仁の父親に白衣の男は舌打ちを一つ漏らすと、男の影が揺らめいで獣のような形になり葉九に向かって伸びた。

 「悪いな。恨むならこのクソジジイとクソジジイの邪魔をした自分自身を恨めよ」

 白衣の男がそう言うと同時に影の獣は葉九を喰らおうと大きくなった、その時。

 「───もう、やめてよっ!」

 悠仁がそう叫ぶと同時にぐわん、と空気が揺れた気がした。
 そして、今まさに葉九を喰らおうとした影の獣は霧散して消えていって、それに白衣の男は「は?」と呆気にとられた顔をする。驚いているのは葉九や悠仁までも同じで、一体どういう事なのかと考えていると、「能力、ですよ」と小さく呟くように尋希が言った。

 「…多分、悠仁さんは能力使いの能力を封じる、アンチ能力者です。その証拠に、学生時代能力を操れなくて、誰にも認識されなかった葉九さんを唯一認識することが出来ていたでしょう?」

 最も悠仁さんにも自覚は無いみたいですけど、と尋希は締めくくる。……なんにせよ、白衣の男が呆気にとられている今がチャンスだろう。

 「勇樹達の事は頼んだよ、尋希」

 そう言って俺は大鎌を手に握ってその場から駆け出す。……どうやら悠仁が封じたのはあの白衣の男の影を操る能力のみだったみたいで、尋希達以外には俺の姿は相変わらず見えていないようだ。

 「何をしている!さっさと邪魔者を消してしまえ!」
 「うるっせぇよ!さっきから偉そうに上から命令ばかりしてくるんじゃねぇよ!」

 能力封じはあの一瞬だけだったのか、白衣の男は悠仁の父親と言い合いをしながら再び影を操ろうとする。影がまた葉九に襲いかかるその前に影の獣を大鎌で斬り裂き、そのまま勢いを殺さず大鎌の柄で思いっきり白衣の男の胴体を殴り飛ばした。
 白衣の男は勢いよく壁まで飛ばされて倒れ込み、起き上がろうとする前に止めを刺そうと大鎌を振り被ろうとすると、振り上げた腕が影によって捕らえられて阻まれる。

 「今度は一体なに───」

 白衣の男がそう言いながら顔を上げて、俺の顔を見た瞬間目を見開いて、不自然に言葉を詰まらせた。

 「───まのひろ?」
 「……俺を、」
 「何をしている!さっさとそんなガキ、トドメを刺してしまえ!どいつもこいつも私の邪魔ばかりしおって……!」

 俺を知っているのか、と呆然としながら影の拘束を解いて俺の名前を呼んだ白衣の男に続けようとした言葉は悠仁の父親による怒号に掻き消された。が、白衣の男には聞こえていないのか、チラリと未だに血が流れている俺の左腕を見て、困ったように笑う。その刹那俺の脳裏にとある光景が過ぎる。

 『───そんな顔しなくても、オレは怒りも責めもしねぇよ』

 白くて、清潔感に溢れていた部屋だった。多分どこかの学校の保健室、かもしれない。そんな消毒液の匂いが染み付いた部屋の椅子に俺は座るように言われたからその通りにしていて、その向かい側に座っていた少年は俺の左腕に包帯を巻きながら、確かにそう言ったのだ。

 「兄さんっ!!」
 「間乃尋!」

 そんな尋希と葉九の切羽詰まった声で俺は我に返る。それと同時にカチャリ、と音を立てながら後頭部に冷たい感覚を覚えた。
 その冷たいものはきっと拳銃だろう。いつの間にか悠仁が父親が俺の背後に立っていて、拳銃の銃口を真っ直ぐ俺の後頭部に向けていた。
 尋希と葉九が慌てていた理由はこれか、と他人事の様に思っていると悠仁の父親は口を開いた。

 「こんななよなよしたガキ一人殺せんとは役立ずめ。イノセンスプラムがこの程度とはな。まぁいい、お前が動かないなら私が手を下すまでよ」

 そう言いながら悠仁の父親は引き金に力を込めて弾を放とうとするその直前に。
 俺は手に持っていた大鎌を消し去って、勢いよく後ろに振り向きながら拳銃を睨みつける。すると、拳銃はなんの前触れもなく粉々に破裂し、その痛みに悶える悠仁の父親に向けて、振り返る勢いのまま、魔力を込めた左腕を振りかざそうとしたその時。

 「───駄目だよ、間乃尋」

 確かにそう小さく声が聞こえて、同時に右腕を強く、かなり強く引かれて俺は引っ張られた方へ倒れ込みそうな所を誰かに支えられる。
 消毒液のような匂いに顔をあげると、白衣の男が酷く優しい微笑みを俺に向けて、俺が起き上がらないようにか強く腰を抑えていて。

 ──────そして、一息置いたその瞬間、突然人質にされていた人達の悲鳴がその場に響き渡り、それに併せたかのように錆びた鉄のような臭いが鼻についた。
 思わず強く白衣の男を押しのけてその臭いの方へ振り向けば、目に入ってきたのは剣山のような形をの影に貫かれて大量の血液を流している、つい先程までは確かに生きていたはずの悠仁の父親が居た。

 「は、」

 一体何が、と思ってそのまま悠仁の父親をじっと見つめていると、突然視界が何かで塞がれた。

 「あんまり見るもんじゃねぇよ、特にお前は」

 優しい声でそう言ったのは多分白衣の男だった。白衣の男は掌で俺の視界を塞いだまま、「ちょっと服に着いちまったかな、悪い」と優しく言葉を掛けてくるその様子はとてもじゃないがたった今一人の人間の命を奪ったとは思えなかった。

 「と、うさん……」

 そう呆然とした様に呟いたのは悠仁だろう。凡そ人を人だと思っていない態度で接してきていた人間だったが、流石に実の父親のその凄惨な死に様には言葉も出ないのだろうか。きっと、そんな悠仁を支えながら葉九も同じように言葉を無くしているのかもしれない。

 「間に合って良かったよ。お前が───」

 漸く目を塞ぐのを止めた白衣の男がまた微笑みながら何かを言おうとすると、何かの着信音がその場に鳴り響いた。
 白衣の男は舌打ちをしながらポケットから端末を取り出して、何か相手に言われた後再び大きな舌打ちをして、また俺に笑いかけた。

 「色々話したい事はあるけど、生憎時間みてぇだ。オレはそろそろ帰るよ。……また、ゆっくり話そうぜ」

 そう言いながら白衣の男は俺の頬を優しく撫でたかと思えば、直後にドロリ、と白衣の男の身体が溶け始めてそのまま影の中に入りこんで消えていった。

 そのまま暫く誰も動けないまま呆然と座り込んでいると、誰かが通報したのか、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきていた。
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