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2.5章:血濡れのstudent clothes.
激情
しおりを挟む───あの後。突入してきた警察によって人質は解放された。勿論あの悠仁の父親の遺体やここで起きた事についての事情聴取などはあったが、警察に話しかけられた事でハッと意識を取り戻した悠仁が俺達の代わりに殆どを説明してくれた。……結果、今回の事は悠仁の父親はイノセンスプラムと仲間割れをし、その末殺された事になるらしい。
事情聴取を終えた頃には学園の門限なんてとうに過ぎており、夜遅いという事で悠仁が学園まで送り届ける事になった。
「別にオレら子どもって訳じゃねぇし、親父の付き添いなんて要らなかったんだけど」
そう言う勇樹は内心きっと、あんな事があった悠仁を気遣って居るのだろう。勿論悠仁にはそんな勇樹の心遣いは伝わっているみたいで、「僕がそうしたいんだよ」と優しく微笑んだ。
「そんな事よりも間乃尋君、その子ちゃんと捕まえててね」
勇樹に向けた優しい微笑みとは一転してどこか圧がある笑みで悠仁は俺にそう言う。俺はと言うと事情聴取が終わった後、しれっと一人で帰ろうとした所を俺に捕まり、そのまま悠仁に言われるまま葉九のパーカーのフードをしっかりと強く握りしめて未だ逃げようとする葉九を引きずって歩いていた。
「ねぇ!!いい加減離してよ!!!」
「嫌だ」
「間乃尋の鬼!悪魔!そんな子に育てた覚えはありません!!」
「俺もお前に育てられた覚えは一切無いよ。そもそも離したらお前逃げるだろ」
「逃げない、ボク逃げないからさぁ!やくそく、約束するから!」
必死にそう叫ぶ葉九を見兼ねて俺はチラリと悠仁の様子を伺うと、悠仁はあっさりと「まぁ離しても良いよ」と言った。
「首が締まっちゃうもんね、その体勢」
「良いのか?」
「良いよ。逃げないって約束してくれるんだもんね?葉九は僕に嘘つかないもんね?」
「ひぇっ……」
悠仁がそう言うので葉九を解放してやると、元々白い顔色を更に青く染めた葉九が震えながら俺の服を掴んでくる。
「ま、間乃尋……ボク今日が命日かもしれない……」
「心外だなぁ。殺したりなんかしないよ。ただちょっと葉九とお話したいだけだよ」
俺は無言で俺の服を掴んでくる葉九の手を振り払うと、葉九は「間乃尋の人でなし!」と抗議してくるのを俺はまた無視をして足を進めた。
「間乃尋が冷たい……これが反抗期って奴かな……」
「そ、それにしても俺達は勇樹先輩の付き添いで悠仁さんのお見舞いに行っただけだったのに色々な事がありましたよね……」
俺達のそのやり取りを苦笑いしながら見ていた奏がそう口を開いた。……そういえば、そうだった気がする。
「僕、少し気になってたんですけど、悠仁さんの話を聞く限り、例の事件って学園が関与してるかもしれないんですよね?」
「学園自体、というより僕が疑っているのは学園の理事長個人……かな」
「理事長?」
そういえば、葉九から聞いた話だと、両親を刺してしまった葉九の元に何故か学園の理事長がやって来ていたんだっけ、と考えていると、葉九も同じ事を考えたのか悠仁に続けた。
「そう言えば、あの日の早朝になんか理事長がボクの家に来たんだよね。で、学園に向かってたんだけどうっかり理事長の車の中で寝ちゃって、目が覚めたらあんな事になってて……」
「それ本当かねぇ?それが本当ならきな臭い所じゃない気がするんだよねぇ」
「というか僕らそんな疑わしい人が運営している学園に帰ってるんですよね?大丈夫ですか?僕ら無事で居られます?」
「なんとも言えないかなぁ……少なくとも理事長に怪しまれる行動は避けた方がいいと思うよ。あの人、僕がいくら調べても学園の理事長という身分と名前くらいしか分からなかったから」
「んー、まぁオレも学園で魔法の研究をしてるっつー事位しか分かんねぇな。会ったのも数回だけだし」
「僕なんて名前すら知りませんよ。見た事も無いです」
「あれ?尋希くんもかい?」
そう何故か目を丸くして尋ねる直季に、尋希は「えぇ、まぁ」と返して続けた。
「僕が擂乃神学園に入学したのって去年ですからねぇ、たった一年ぽっちじゃ会わないのも不思議ではないでしょう?」
「いや俺の時は入学手続きする時にわざわざ挨拶しに来たけど」
「オレの時もそうだぜ」
「ボクの時もそうだったよねぇ」
「はぁー!?僕だけハブられてるんですかぁ!?なんでですか嫌われてるんですか僕!……ってあれ、でも直季先輩のさっきの口ぶりじゃあ他にも会ったことがない人がいるんですよね?」
「うん。確か間乃尋くんも会ったことがないんだよねぇ?」
直季にその話をした事あったっけ、と思いながら聞かれるまま俺は頷くと、尋希は不満そうな顔をした。
「えーなんですかそれー。僕ら兄弟だけハブってんですか?酷くないですかー!?ねぇ兄さん」
「……少なくとも自分が通っている学園の理事長の名前くらいは知っていたい、気がする」
俺がそう言うとそれまで微笑ましそうな顔をしながら俺達のやり取りを見ていた悠仁が「確かにそうかもね」と言って続ける。
「君たちの通う学園……擂乃神学園の理事長は菖蒲創栄って名前の人だよ」
─────────菖蒲、創栄。
「菖蒲?それってどこかで……」
「間乃尋?」
不自然に足を止めた俺に葉九が心配そうに声をかけて来るのが聞こえた。けれど、俺にはそれに反応する余裕なんて残されていなくて。
───赦さない。絶対に赦すもんか。お前らのせいで××××は×んだんだ。膝を着いて、口の中が土の味しかしない程謝られたって、四肢がもげる程の苦痛を味わったって、死にたくなる程の苦痛を覚えたって、赦さない。お前ら××は俺が、俺自身の手で殺し尽くさなければ。早く見るも無惨に思える程に、大鎌どころか服も髪すらも赤く染まる程に、殺して、殺して、殺してしまわないと。そうして、全てが終わったあと───。
「───間乃尋ッ!」
葉九の強く呼ぶ声で我に返る。我に返って一番最初に感じたのは痛みだった。
何事かとズキズキと痛む左腕を見てみると、いつの間にか右手であの時ナイフで刺した傷跡に爪を立てていたらしく、傷が開いて血が大量に流れ落ちていた。
そして周りを見てみると勇樹達が困惑しながら俺を見ていて、尋希なんかは顔色を悪くしていた。
「……なんか、ごめん?」
俺がそう言うと勇樹達はあからさまにホッとした表情をした。
「もー!兄さんったら、急に立ち止まったかと思えば怖い顔するから一体何事かと思いましたよ!」
「ごめんって。もう大丈夫だからさ」
「そうかい?それなら良いんだけどねぇ」
「無理はしないで下さいね」
「うん。ごめん」
俺がそう謝ると勇樹はため息一つ漏らしながら口を開いた。
「んーいやまぁお前が大丈夫なら良いけど、何があったんだよ」
勇樹にそう聞かれて俺は思い返そうとする。しかし先程まで確かにあった怒りと憎悪の源は靄がかかったかのように何も思い出せない。……理事長の名前を聞いた瞬間のあの激情はなんだったのだろう。
「───ごめん。忘れちゃったみたいだ」
────────────
───やっと。やっとだ。
アイツが居なくなった数年間、ずっとずっと探し続けて漸く今日また会えたと言うのに、この厄介な呪いは素直に感動に震えさせてはくれない。
遅れてやってきた心の臓を鷲掴みにされる様な痛みに苦し悶えながらオレは自室のベッドに倒れ込む。
あんな事をしたからには報告をしに行かないといけないのは分かってはいるけど、如何せんこの苦痛が治まるまでは動けない。まぁ、どうせ既に今回の事は伝わっているだろうし後でもいいだろう。
そう考えて暫く静かに痛みに耐えていると、数回程自室の扉が叩かれ、返事をする前に軍服の様な服を着た男が中に入ってきた。
「相変わらずだな」
顔を見るなり上からそう言ってくる男にオレは舌打ちで返事をするが、そんなオレの態度に慣れきっている男はため息を零すだけだった。
「……要件をさっさと言って消えやがれ。見ての通りオレは暇じゃねぇんだよ」
人と話すのも煩わしいという態度を全面に出してそう言えば男は「仕事の依頼だ」と言った。
「は?またかよ。最近オレばっかじゃねぇか。他の奴はどうした」
「暫く"外"での仕事を振れと貴様自身が申してきたのだろう。文句は言わせんぞ、気に食わないからと依頼人を殺しおって」
そう言われてオレは今日の依頼人を思い返す。会った時から気に食わない男だった。オレの事は勿論、自分以外の他者を悪とし、自身を絶対の善と言う性格。何に対しても上から目線で、そんな男がしてきた「入院している実の息子を殺す為に息子への人質として病院を乗っ取れ」という依頼。その依頼の途中で入った邪魔を気に食わないからと軽々と殺せと言ってきたり、挙句の果てには───。
そこまで考えてオレはまた舌打ちを零す。そんなオレの様子に軍服の男は再びため息を吐いた。
「……まぁ貴様の気持ちは分からんでもない。私とて何度あの男の首を落としてやろうと考えた事か」
「うるせぇよ、もう良いだろ。で、肝心の依頼人と依頼内容は?」
「依頼人は私だ」
「はぁ?」
軍服の男───イノセンスプラム院長直々の依頼なんて面倒に違いないと思って顔を顰めた。しかし院長は気に留める事なく続ける。
「───杜若瑠依、貴様が今日向かった病院にて、護ってもらいたいお方が居るのだ」
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