桜ノ森

糸の塊゚

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1章:深悔marine blue.

"人形"と大鎌

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 とっくに合図は出されているのに、モニターに映る間乃尋とその対戦相手はその場から動くことなく、お互いに様子見を行っている様だった。
 暫くすれば、間乃尋の背後に何やら影が見えた。影はゆっくりと間乃尋に悟られない様に間乃尋の左腕に巻かれたリボンに手を伸ばす。

 「間乃尋くん!後ろ、後ろ!」

 画面越しの間乃尋には聞こえないのに、慌てたように控え室で叫ぶ直季と共にハラハラとオレは試合を見守る。
 あと少しで影がリボンに触れる、その瞬間。
 間乃尋は大きく腕を振り上げながら、背後を振り返った。すると、ザン、と風の様な音が聞こえると同時に、間乃尋に迫っていた影の何かがゴトン、と音を立てて地面に転がった。
 よく見てみればそれはとても精巧な人形の頭部で、隣の直季は小さく悲鳴をあげ、尋希の方も少し顔をしかめた。
 相手は、人形の頭を魔法で切り落とした間乃尋に、何故か嬉しそうに『あれれ、気づいちゃった?凄いね』と手を叩いた。

 『……これ、人形じゃない、よな』

 無表情でそう言った間乃尋に、対戦相手は少し驚いたかのように目を丸くして、直ぐに楽しそうににっこり、と笑って答える。

 『へぇ、分かっちゃうんだ。そうだよ。君が切り落としたものはただの人形の頭じゃない。……本物の人間の死体の頭だよ。ぼくの魔法は死体を操る魔法────つまりはネクロマンサーって事さ。あぁ、安心して欲しいんだけど、ぼくがこの人達を殺した訳じゃなくて、学園が魔法の研究の為に死刑囚となった死体とか、研究途中の事故で死んじゃった身寄りのない死体をぼくに提供してくれてるんだ。そして、君の魔法は風の斬撃を飛ばす魔法……つまり鎌鼬魔法かまいたちまほうってとこかな』

 相手のその問いに間乃尋は何も答えることなく、相手の出方を伺っている。そんな間乃尋に相手はつまらなさそうに『ふーん、何も言わないんだ』と呟いた。

 『まぁ、ぼくの"お人形さん"はこれだけじゃないんだよね。ぼくのお人形さんが全部君に切られてぼくが敗北するか、君の魔力が尽きて、数多もののお人形さんに囲まれて、抵抗もできずに君が敗北するか……はたしてどっちなんだろうね。そうそう、ぼく  の魔力切れを狙っても無駄だと思うよ。さっきの魔力封じが効かない子ほどじゃないけど、魔力量は多いと思うから』

 そう言って相手はまた二、三体の"人形"を召喚し、間乃尋の方へ向かって、それを間乃尋は相変わらずの無表情で魔法を使って首を切り落としていく。

 ────これは、まずいことになった。
 オレはこの魔法大会が開催される前日のことを思い出した。
 あれは、確かオレと間乃尋と直季が出ることになって、お互いの魔法について説明しあっていた時だ。
 オレは色んな属性を見せてみたり、直季はそこら辺にある植物の成長を早めてみたりと魔法がどういうものなのか、というのを間乃尋に説明していた。
 出会った時は使えるか使えないか分からないのかと思っていたが、そんな事はなく。幸いにも間乃尋は魔法の使い方は分かっていたらしく、試しに使わせてみた所、先程相手が言っていた様に風の刃が、直季が成長させた植物の茎をすっぱりと切り落としていた。
 問題はその後、間乃尋の大体の魔力量を知りたくて、空に向けて何発か魔法を使ってもらった。
 すると、ほんの四、五発程度で間乃尋の元から悪い顔色が更に悪くなり、息切れを起こしながら間乃尋は口を開く。

 『ゆ、勇樹……もういいか?なんか、凄く疲れてきた……』

 魔力量が少なくなると、疲労感が出てくる。それでもなお使い続ければ高熱を出し、最悪の場合には死に至ることもあるという。間乃尋のそれはまさに魔力切れの初期症状そのものであった。

 ────つまりは、間乃尋はたった四、五発で魔力切れを起こす程、魔力量が少ないということで、今現在間乃尋に強いられている相手の手札が尽きるか、間乃尋の魔力が尽きるかの耐久レースは間乃尋の方が圧倒的に不利、ということで、それを知っている直季も不安気な顔でモニターを見ている。
 対して間乃尋の"自称弟"を名乗る尋希は不安そうでもなく、だからと言って信頼していると言えるようでもなく、全くの無表情でモニターを眺めていた。
 奏の方は相変わらずで、モニター内の間乃尋の方はもう三体程"人形"を切り落としていたが、相手の"人形"はまだまだ数があるらしく、多くの"人形"が間乃尋を取り囲んでいた。
 魔法を使わず逃げる一方の間乃尋に、相手も魔力切れが近い事を悟っているらしく、どんどん続けて"人形"を召喚していって、数多くの"人形"達は間乃尋を取り囲んでいく。
 すると、間乃尋は不意にその場に立ち止まる。その隙を逃さない様と言ったかのように、相手は少し多くの注いだのか"人形"達はより速く間乃尋の元に向かう。
"人形"達と間乃尋の距離はもう二メートルもないだろう。……間乃尋は動かない。
 "人形"達は間乃尋のリボンを奪おうと手を伸ばし始める。……間乃尋は動かない。
 相手は勝ちを確信したようににやりと笑っている。……それでも間乃尋は動かない。
 そして、"人形"達の手が間乃尋のリボンに触れる。

「……馬鹿な奴。あの人がただ諦めて立っているだけの訳が無いのに」

 いつもの胡散臭い笑みを消して無表情で小さくそう呟いたそいつに、どういう意味だよと聞こうとしたその瞬間。

 ────しゃりん。

 そんな金切り音の様な音がモニターから聞こえて思わず目をそちらに向けると、無数の数ほどいた"人形"だったものは、一つ残らず全て上半身と下半身が真っ二つに綺麗に斬られていた。

『な……っ』

 相手の呆気にとられたような声を聞きながら間乃尋を見る。

『……もしかして胴体を斬るだけじゃまだ操れたりするのか?』

 いつもと同じような無表情で、いつも聞いているような凛とした声で相手にそう尋ねる間乃尋の手元には何かが握られている。
 それは全体的に紅色くれないいろが目立ち、桜のような花の装飾があり、その先には大きな刃が続いていて。それの長い柄を握っている間乃尋の紅い眼と相まってまるで魂を刈り取りにやってきた死神だ。
 ────間乃尋が握っているそれは、紛れもない大鎌そのものだった。
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