桜ノ森

糸の塊゚

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2章:望執dream truth.

血の臭い

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 「────血の臭いがする」

 急に立ち止まりどうかしたのか尋ねると、そう言って戸惑うボクらを他所に走り出した間乃尋くんをボクと勇樹くんは必死に走って追いかけていた。

 「くっそ、あいつ……っ無駄にっ、足が速いな……っ!」

 息も絶え絶えに足を動かす勇樹くんを置いて行けず、でも先を走る間乃尋くんを見失わないように走るのはかなり苦労する。
 でもどこかボクの中で嫌な予感というものが渦巻いていて、どちらかを選ぶなんて出来なかった。
 しばらく走ると、間乃尋くんは急に立ち止まって、人気が一切無い路地裏をじっと見つめていた。
 ボクと勇樹くんも間乃尋くんに追い付いて何事かと聞く前に漂ってくるその臭い。
 先程までボクには分からなかったその強い臭いに吐き気を催しそうになっていると、間乃尋くんは躊躇せずその路地裏に足を踏み入れた。

 「あっ、おい間乃尋!」

 同じくその鉄の臭いに顔を青ざめている勇樹くんがそう言って間乃尋くんを止めようとするけど、間乃尋くんは聞く気が無いのかさっさと先を一人で進んでいく。
 ボクと勇樹くんは二人で顔を見合せると、一つ頷いて後を追いかける為に、ボクらも暗い路地裏に入った。

 そうして間乃尋くんを追いかけていると、不意に間乃尋くんが立ち止まって、それに勇樹くんがぶつかった。

 「おい、急に立ち止ま……」

 るなよ、と勇樹くんが前を向いて続ける筈だった文句が途切れる。

 「────ッ勇樹くん、見ちゃダメだ!」

 ボクはそう叫ぶけど、きっともう遅い。呆然とした彼の目にはしっかりと目の前の光景が焼き付いてしまった筈だから。
 路地裏の前で嗅いだ時よりも遥かに強い血の臭い。その源であるそれは、高い所から落ちたかのように四肢が折れ、首も折れ曲がっている。
 かつて人間だったはずのそれは、光を宿さない瞳でこちらを睨みつけている。

 「ま、間乃尋くん……!」

 漏れそうになる悲鳴を必死に抑えながら、早くここから逃げよう、と思って青ざめて動けなくなっている勇樹くんの服の裾を掴んで、間乃尋くんに声をかけるも、間乃尋くんはじっと上を見つめて、動かない。

 「どうしたの間乃尋くん!早く行こうよ!」

 そう急かすと、ずっと黙っていた間乃尋くんが、「────来る」と一言呟いた。
 一体何が来るのか、分からなくて尋ねようとしたその瞬間だった。

 ────ドサッだったか、グチャッだったか分からない。この路地裏を挟んでいるビルの片方から何か質量のあるものが落ちてきて、先程まであった人間だったものを潰していった。
 ……今度こそ悲鳴が出るかと思った。だって上から落ちてきたのは先程までと同じような人間の死体だったのだから。

 あまりの事にボクも勇樹くんも動けなくなった。ただ一人、間乃尋くんは顔色一つ変えず、それに近づいてしゃがんで、新しく落ちてきたその首に触れた。

 「な、何してるんだよ」

 震えた声で勇樹くんがそう尋ねると、間乃尋くんは相変わらずの無表情で答えた。

 「最初にあった方は分からないけど、さっき落ちてきた奴は死んでるけどまだ暖かい。……多分そんなに時間は経って無いよ」

 手が汚れたのかポケットからハンカチを取り出して、手を拭きながら間乃尋くんは立ち上がってそう言う。
 そのまま間乃尋くんは勇樹くんに、この後どうすればいいのか聞くと、冷静すぎる間乃尋くんを見て少し平静を取り戻したのか、勇樹くんは警察に通報しようとまだ少し震える手で携帯を取り出した。

 ボクはその様子をじっと見つめていた。だから気づけた。

 「勇樹くん、後ろ!」

 ボクは叫ぶと勇樹くんは後ろを振り向いた。そこには見知らぬ男が複数人いて、その中の一人が携帯を手にする勇樹くんに向かって、背後から鉄バットを振りかぶっていた。
 勇樹くんは振り下ろされる鉄バットを咄嗟に避けると、魔法を使おうと構える。しかし、その手から魔法が放たれる事は無く、勇樹くんは舌打ちを漏らした。

 「直季!魔封石!」

 叫ばれて、そういえば魔封石を持たされたんだった、と気づく。慌ててポケットから魔封石を取り出そうとする前に男の一人がもう一度鉄バットを振り落としていた。
 これから来る衝撃に耐えようとしてか勇樹くんはぎゅっと目を瞑っている。
 慌てて勇樹くんに手を伸ばそうとする前に、誰かが勇樹くんの手首を掴んで、男達とは反対側の方へ勢いよく引っ張った。……それが一体誰なのか、だなんて言うまでもなかった。

 ドゴッと鈍い殴打音がその場に鳴り響いた。男が振りかぶった鉄バットで殴打されたのは、勇樹くんじゃなかった。勇樹くんを引っ張り込んだ反動で、先程まで勇樹くんが居た場所と入れ替わるような位置になってしまった間乃尋くんが、その衝撃で地面に倒れ込んだ。
 倒れ込んで動かない間乃尋くんに目掛けて、他の男達も続けて鉄バットで殴打し続ける。間乃尋くんの頭からは大量の血が流れている。

 大量に流れる血液。動かない間乃尋くんだったもの。未だに殴り続ける男達。どれをとっても彼がまだ生きているわけなんて、なくて。

 「……──お前らぁっ!!」

 頭に一気に血が上る感覚がした。その激情のまま、ボクは手に持っていたものを投げ捨てて、目の前の男達の首をを蔓で締め上げた。
 絶対に許さない。ボクの友達を傷つけた罪は他の誰が許しても、ボクだけは絶対許しはしない。
 このまま首をへし折ってやる、という勢いで強く、もっと強く蔓で締め上げる。
 そして、気づいた。辺りの気温が段々と低くなっていってる事に。ボクは気づいた。蔓が、路地がどんどん凍りついていっている事に。……ボクは、気づいた。それは勇樹くんを中心に凍てついている事に。

 「────ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 そう、勇樹くんが小さく呟き続けている事に気づいた。

 ────魔力の暴走だ。勇樹くんが魔力の暴走を起こしている。
 その事に思い当たったボクは慌てて手に持っていたままの魔封石を見やる。しかし、魔封石は手の中には無く、落として転がって行って、未だに流れ続ける間乃尋くんの血液の海の中に落ちて、不気味に光っており、渡された時のままの綺麗な球状をしたそれは、まだ魔力を封じる役目を終えていない事を暗示していた。

 「────勇樹くん!」

 魔封石がまだ機能しているのに、魔力暴走を起こしているとなると、このままだと勇樹くんの命が危ない。いくら勇樹くんの魔力量が無尽蔵にあるとはいえ、無理に魔法を使用している状態には変わりない。それに気の所為か、魔封石の効果が体感強くなっていっている気がした。

 ボクは、蔓で締め上げていた男達を振り落として、急いで勇樹くんに駆け寄ろうとした、その時。

 ────ひらり。

 ボクの視界の隅で桜の花びらが舞った。
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