桜ノ森

糸の塊゚

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2章:望執dream truth.

星空の約束

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 数時間ほど新幹線に揺られた後、バスに乗って本日宿泊するホテルに到着した。
 少しだけ教師からの話を聞き、案内された俺達の部屋に荷物を置いてまたクラスで集合して、バスに乗って桜の花びらが舞わない、見慣れない街にどこか違和感を覚えながら観光をした。

 自由時間で尋希達にお土産を買ってホテルに戻れば直ぐに夕食の時間だった。

 「んやぁ、なんか変な気分だよなぁ。これが普通なのは分かってっけど、何処にも桜の花びらが落ちてないんだぜ」
 「だよねぇ。何か胸の奥がざわざわする気持ちだよねぇ。もしかしてこれが続いたら魔法が使えなくなったりするのかねぇ」
 「……そういえば桜の街を出たら魔法が使えなくなっていくんだっけ」
 「そうそう。直ぐに、じゃなくて何週間もすればの話だけどねぇ」
 「修学旅行程度じゃあ使えなくなるって事はねぇから安心しろよ」

 勇樹はそう言いながら直季にまだ手をつけていない夕食を、「こんなにも食えねぇからやる」と直季の器に移し替えていた。
 その量が凡そ半分以上を超えたあたりで、そういえば勇樹は昼食を食べていなかったな、と思って勇樹、と俺は声をかけた。

 「足りるのか?そんなにあげて」
 「ん?まだ多いくらいだぜ。なんだよ間乃尋も欲しいのか?んじゃ器よこせ」

 そう言いながら俺の器にも夕食を移し替えようとする勇樹を止めようとしていると、直季が「大丈夫だよねぇ」と言って続けた。

 「勇樹くん、昔からこうだからねぇ。と言うよりもこれでも昔よりは食べるようになったんだよねぇ。昔なんか、二、三日に一度食べたら良い方だったんだからねぇ」

 「むしろ食べすぎたら体調悪くなっちゃうみたいだから良かったら貰ってあげて、だよねぇ」と言う直季の言葉で俺も大人しく勇樹から渡される食事を受け取る。
 
 考えてみれば、学園に入学してだいぶ経つけど勇樹が食事をしている姿は見たこと無かったな、と思い直す。
 朝は一緒に居ないし、昼休憩の時はいつもコーヒーを飲んでいるだけで終わらせているのを思い出し、そういうものなのかな、と俺は思う。

 「なんつーか、慣れねぇんだよなぁ」

 そう言いながら漸く自分の食事に手をつける勇樹はそう呟いているのを横目に俺は大分量が増えた夕食を食べ始めた。

 夕食が終われば次は入浴の時間で、自分達の番が来て、脱衣所で俺は服を脱いで、いつも巻いてある左腕の包帯を解く。

 「どうしたんだよ、その腕」

 同じく服を脱いでいた勇樹にそう声をかけられて、振り向く。そこには怪訝そうな顔をした勇樹と、心配そうな顔をした直季がすぐ側に立っていた。

 「大した事じゃないから大丈夫だよ。湯船にはつけないし」

 それだけ言うと納得はしたのか、「ふぅん」とだけ言うと、先入ってるぞと言いながら勇樹は浴室に入っていった。直季もすぐ跡を追いかけて行ったのを見て、俺も急いで準備を整えた。
 ……何となく、勇樹の身体中にある傷跡と、直季の身体半分以上の大きさがある火傷跡には触れない方がいいのかもしれない、と思いながら。

 入浴を終えて、入浴前に解いていた包帯を自分で巻き直そうとするも、苦戦していると、それを見かねた勇樹が「やってやるからその包帯貸せ」と言うので大人しく包帯を手渡すと、勇樹は不慣れそうながら俺よりは大分綺麗に巻いていく。

 「風呂の前はすげえ綺麗に巻かれてたけど今までどうやってたんだよ」

 「今更だけど消毒とかしなくて良かったか?」と呟く勇樹に、大丈夫だよ、と返して俺は続けた。

 「……今までは朝になったら勝手に綺麗になってたんだよ」
 「あ?んだそれ。夜な夜な勝手に誰か部屋に入って来てんのかよ」
 「誰か……というか、心当たりはあるんだ」

 俺がそう言うと、何となく勇樹も誰なのか分かったのか、「そうかよ」とだけ言うと、巻き直した包帯を留めると、ほらよ、と余りの包帯を手渡してくる。
 俺はそれを受け取って「ありがとう」と言うと、勇樹は笑って「おう」と返した。
 ……きっと、夜な夜な俺の部屋に忍び込んで、包帯を巻き直しているであろう人物にこうやって、お礼を言っても素直に受け取ってくれはしないのだろう。むしろ、お礼を言おうものなら「お礼を言うくらいなら、こんな事止めてくださいよ」と泣かれてしまいそうだ。あいつは昔から泣き虫だから。
 そこまで考えて、俺はふと思う。泣き虫ってなんだろう、と。……俺は、あいつの笑顔は見た事あっても泣き顔なんて見た事が無い筈なのに。

 そんな事を考えながら就寝の準備をしていると、脱衣所で「歯磨きセット持ってくるの忘れちゃってたよねぇ!ちょっとホテルのフロントの方で売ってないか見てくるねぇ!」と行ったきりだった直季がバタバタと足音を立てて戻ってきた。

 「いやぁ、参ったよねぇ。フロントに行ったらもう売り切れちゃっててさぁ。……という訳で先生達に内緒でコンビニでも行かない?」

 戻ってくるなりいたずらっ子のような笑顔でそう言う直季に、俺と勇樹は二人で目を合わせてから頷いた。……もちろん先生には一言伝えてからホテルの外に出た。

 「いやぁすんなり許可貰えてよかったよねぇ!」
 「まさか担任からじゃなくてその担任と電話してた理事長から許可貰えるとは思って無かったけどな」
 「だよねぇ。『これも青春のうちじゃ!』って言ってたけど、相変わらず緩いよねぇ」

 近くのコンビニで目当てのものを購入し、空いている店や月明かりで未だ明るい夜の帰り道を俺達は歩いていた。
 未だに見慣れない桜が無い景色を不思議に思いながら、そういえば学園の理事長にまだ会ったこと無かったな、と考えていると、ふと直季が口を開いた。

 「綺麗だよねぇ。場所が違うとこんなにも夜空が違って見えるなんて、新しい発見だよ」
 「あー、そういえばお前星見るのすきだったっけ」
 「うん。夜中暇な時はぼうっとしながら星空を見るのが好きなんだよねぇ。ここも綺麗だけどあの街の星空もまた格別なんだよ」

 どこかきらきらとした少年のような目で夜空を見上げる直季に、「そんなに違うのか?」と問いかけると、何故か頬を膨らませて口を開いた。

 「もう!間乃尋くんったら星空はどこで見ても同じだって思ってるでしょ!いいよそこまで言うなら今度一緒に見に行こうよねぇ。おすすめの場所があるんだよねぇ」

 もちろん勇樹くんも来るよねぇ?と尋ねる直季に、勇樹と目を合わせて頷いて、二人で「別にいいけど」と返した。
 それに対して直季は「約束、だよねぇ!」と笑った。

 ────その時だった。とある臭いが俺の鼻を掠めたのは。
 その嗅ぎ慣れた臭いに思わず立ち止まると、それに気づいた勇樹と直季が振り向いて、どうしたのか尋ねてくる。
 ……正しくは少し違うかもしれない。だって。それでも、この錆びた様な鉄の臭いは気のせいじゃなかった。

 「……血の臭いがする」

 は?とか、えっ、やらと戸惑いの声を上げる二人を他所に俺は反射的に走り出していた。
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