桜ノ森

糸の塊゚

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2章:望執dream truth.

背中の視線

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 目が覚めると、そこは修学旅行で決まっていた俺が宿泊していたホテルの部屋だった。部屋にはとっくに起きていたらしい勇樹と直季が「やっと起きた」と声を掛けて来たところで俺は昨日の事を思い出す。

 「えっと……いつの間に俺達は部屋に戻って来たんだ?昨日確か……」
 「昨日?なんかあったっけ」
 「……昨日、ボクは夜更かしして遊ぶ気満々だったのに、キミ達ったらすぐ寝ちゃうんだから。今日こそは付き合って貰うんだからねぇ!」
 「夜更かしして遊ぶって何をするんだよ。トランプでもする気か」

 笑って答える二人に、昨日のアレは夢だったのか考えていると、勇樹が顔洗って来る、と部屋から出ていった。
 直季はそれを笑顔で見送った後、そのまま俺に振り向いて、口を開いた。

 「間乃尋くんはさ、昨日の夜の事、どこまで覚えてる?」

 珍しく真剣な表情でそう問いかける直季に、昨日の事はやっぱり夢じゃなかったんだな、と思い直して、「死体を見つけて、知らない男の人に殴られた所まで」と答えると、直季は驚いたかのように目を丸くして、続けた。

 「……間乃尋くんが殴られて気を失った後も色々あって、勇樹くんも気を失っちゃったんだよねぇ。その直後に騒ぎを聞き付けた警察の人がやって来てねぇ」

 あの男の人たちは警察に連れていかれ、唯一意識があった直季が事情聴取を受けた、と直季は話す。

 「幸いあの男の人達があの死体の事とか全部素直にゲロったおかげでボクは開放されたんだけど……終わった頃には明け方でねぇ、全く寝れてないんだよねぇ」

 ため息混じりに話す直季の顔には確かに隈らしきものが出来ており、大丈夫か尋ねると、直季は笑って大丈夫だよねぇ、と返して続ける。

 「勇樹くんの事だけど……勇樹くんは昨日の夜の事、全く覚えていないみたいなんだよねぇ。買い物に出た事も何もかも忘れちゃってるから、先生達もボクもそれに合わせてるんだよねぇ。でもまぁ、勇樹くんってあれでいて鋭い所あるからいつバレるかもわかんないけどねぇ」

 「だから間乃尋くんも出来たら勇樹くんに話を合わせてあげてね」と笑う直季に頷くと、直季はありがと、とお礼を言った。

 「そうそう、間乃尋くんも大丈夫かい?昨日思いっきり殴られてたよねぇ?凄い音するし、動かないしで怖かったんだよねぇ」

 心配そうにそう言う直季に俺は素直に大丈夫だよ、と答えると、直季はまた目を丸くしたあと、直ぐにそっか、と笑った。

 そのまま少し直季と談笑をしていると、顔を洗って終わったらしい勇樹が戻ってきて、呆れたように笑った。

 「んだよ、お前らまだ準備終わってねーの?」
 「ごめんごめん。今日の夜何しようか、トランプゲームのルールとか間乃尋くんは分かるかとか聞いてたんだよねぇ。……あっ、勇樹くんは枕投げの方がいいかい?」
 「なんでだよしねぇよ枕投げなんか」
 「えぇっ!しないのかい!?」

 直季はそう言いながら急いで準備を進め始める。俺もそれに伴って支度を始めた。

 修学旅行の二日目は自由行動の日で、いつも通り直季と勇樹の三人の班で修学旅行のしおりとパンフレットを頼りに観光地として有名な場所を見に行き、夜には直季の宣言通りに枕投げをしたりトランプで遊んで終わり、三日目には近くの遊園地で一日中遊び倒した。
 この二日間の勇樹の様子はいつもと変わりは無く、あの夜に起きた事を思い出すような素振りも見せず、直季はどこかほっとした様な面持ちで勇樹を見ていた。

 帰りの新幹線に乗って擂乃神学園に戻り、すぐに学園の寮へ向かうと、寮の玄関前でちらほらと修学旅行へ向かった三年生を待っていたらしい在校生の姿が見え、その中には見慣れた二人も居た。
 談笑をしていたらしい二人が俺達に気がつくとすぐに駆け寄って来る。

 「兄さーん!せんぱーい!おかえりなさい、ですよ!」
 「先輩、おかえりなさい。あと、戻りました」

 尋希はともかく、奏も柔らかい笑顔で出迎えてきた事に勇樹と直季とで面食らっていると、奏はそのまま故郷からの手土産と、幼馴染と一緒に作ったというクッキーを手渡してくる。俺と直季はお礼を言って受け取ると、勇樹は「悪い」と言って続けた。

 「オレ、甘いの苦手なんだよ。だから気持ちだけ……」
 「そう言われると思ってちゃんと無糖のココアクッキーも作ってきてますよ。勇樹先輩はもっと食べないといつか倒れちゃいそうなんで、少し多めですけど」

 残したら嫌ですよ、と言いながら勇樹に半ば無理矢理クッキーの入った袋を手渡すと、勇樹は呆けた顔をしながら受け取り、小さくお礼を言った。

 「奏ったら、いらないって言ってる人に無理矢理渡すなんていけないんだー。どうせだったら僕に下さいよ、僕に!」
 「お前にはもうやったろ。一つ食うなり、僕はもう少し甘さ控えめが良いとか何とか文句ばっかり言いやがって。素直にお礼も言えないのかお前は。素直な先輩方を少しは見習え」
 「お礼は言いましたぁ~!素直な感想を伝えただけですぅ~!……別にまずいとは言ってないんですから許してくださいよ」
 「それで良いんだよ、それで」

 いつも通り奏に絡んだかと思えば奏に言い返されて、少しバツの悪そうな顔を浮かべる尋希と、言い負かせて満足そうな奏に、また俺達は三人で目を合わせる。

 「なんか……前も仲良かったけど、更に仲良くなったねぇ……?」

 俺達の内心を代表して直季が呟くと、耳ざとい尋希が「どこがですか!?」と叫び、奏は「俺は素直に思った事を言ってるだけですよ」と笑う。それにまた尋希が突っかかり、奏もそれに応戦を始める。

 「あぁ、もう!喧嘩はダメ!だよねぇ!」
 「それ以上続けんなら喧嘩両成敗で二人とも冷やすぞ。味わいたいか?氷河期」
 「勇樹先輩はすぐに魔法で訴えるのやめません!?なんですか氷河期って!味わいたいかってなんですか!?普通出ないんですよそんな言葉!つーか出来るんですか氷河期!?」
 「やって欲しいのか?やってやろうか?」 「丁重にお断りさせていただきます!」

 これみよがしに氷魔法を使う勇樹に顔を青くしながら逃げようとする尋希を見て、何故か安堵すると同時に不安を覚える。

 こうやって尋希が笑っていられるのは俺に記憶が無いからなのだろうか。もし、記憶が戻ってしまったら、こんなごく普通の日常を過ごせなくなるのだろうか。
 ────記憶を取り戻したその時、俺は俺でいられるのだろうか。

 「どうかされました?間乃尋先輩」

 静かに逃げる尋希とそれを追いかける勇樹、そして野次を飛ばす直季を一歩後ろで眺めながらそう考えていると、同じようにしていた奏が聞いてくる。

 「……そういえば、お前に聞かれたことがあったっけ」
 「はい?」
 「あの海水浴の日にさ。……俺自身は記憶を取り戻したいのか、どうかって」
 「えっ?あっ、はい。そんな事もありましたね……?」

 「今思えば先輩に対して何生意気な口きいてるんだって話ですけどね。なのでそんなに気にしなくても……」と慌てて弁解をする奏に、落ち着け、と言ってから続ける。

 「別にそんな事全く気にしてないから大丈夫だよ。ただ……」
 「ただ?」
 「あの時の答えが今、出た気がしてさ」

 俺がそう言うと、奏は少し目を丸くした後、すぐに尋希達の方を向いて、「そうですか」と笑った。
 目の前では追いかけっこを止めた尋希達が笑って、「早く寮の中入りましょーよー!」やら「置いていくぞー」「食堂で晩御飯一緒に食べよう、だよねぇ」とか叫びながら俺達を呼んでいる。

 「ごめん、今行くよ」

 俺はそう言いながら足を進める。願わくばこの何の変哲もない平和な日々が続けばいい、そう思いながら。


────────────


 ────実は、間乃尋くんには話していなかった事があった。
 あの後、警察に男達が連れていかれ、ボクも事情聴取を受けていた時。
 あの男達は本当に何もかもを話していた。ボクが蔓で締め上げた事や、勇樹くんが暴走した事。そして、致命傷を受けたはずの間乃尋くんが、何事も無かったかのように立ち上がった事も何もかも。
 魔法の存在は、桜の街の外では知られていない。だから、警察の人達はそんな話全く信じなかったし、ボクもその話が本当だって知られないように話した。
 本来ならまだまだ長引くはずだった事情聴取がすぐに終わったのは、わざわざ警察署の方まで迎えに来た学園の理事長のおかげだった。
 理事長は警察の偉い人に何かを伝えた、ただそれだけでボクは解放され、眠っている間乃尋くんと勇樹くんと共にホテルまで送ってくれた。
 最後に一言、「間乃尋には自分の事を伝えないように」とだけ言って。

 理事長と間乃尋くんにどんな関係があるのか全く検討もつかないし、割とそんなことはどうでも良かったりする。だって間乃尋くんは間乃尋くんだし。ただ、あの時、殴られて起きた時の間乃尋くんは別人の様に思えた。
 ボクがあの時止めなかったら、彼は間違いなく、躊躇も迷いも無しにあの大鎌であの男達の命を刈り取っていただろう。もしかしたら、あれが本当の間乃尋くんなのかもしれない。それに。

 『────お前らはイノセンスプラムじゃないよ』
 『────イノセンスプラムはさ、そんなもの必要ないんだ』

 間乃尋くんは、何かイノセンスプラムと関わりでもあったのだろうか。そう思える程には彼はかの謎の組織に詳しいようだった。

 「……ねぇ、尋希くん」
 「なんですかー?直季先輩。愛の告白なら受け付けませんよー。生憎僕の好みは年上のお姉さんなんで」

 寮の食堂へ向かう途中、隣を歩きながら茶化すように話す尋希くんに構わず、ボクは続ける。

 「間乃尋くんって、何かイノセンスプラムと関わりでもあったのかい?」
 「……なんですか急に」
 「いやねぇ、やけに間乃尋くんが気にしてたからさ。ただ気になっただけだよねぇ」

 尋希くんの声があからさまに低くなったのを感じて、何となくあの時の事は言わない方がいいと感じて、誤魔化すようにそう言うと尋希くんは納得したのか、「そうですか」とだけ言うと続けた。

 「兄さんとイノセンスプラムに関係はありませんよ」
 「そうかい?」

 微笑みながらそう言う尋希くんに内心ボクは安心した。もし、かの組織と間乃尋くんに関係があって、何か危害を加えようなら全力をもって守らねば、と考えていたけどその心配は無いのかもしれない。
 ……でも、そうならなんで尋希くんは"イノセンスプラムには気をつけろ"なんて言ったんだろう。

 「どうしたんですか?直季先輩」

 いつもの胡散臭い笑顔を浮かべながらそう聞いてくる尋希くんに、「大丈夫だよねぇ。ごめんねぇ」と返して、ボクは足を早めた。一歩前に出たボクの背中を無表情で見つめる視線に気が付かないまま。



 「……まぁ、それが本当なのかどうかなんて、僕にはもう分かりませんけど」

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