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2章:望執dream truth.
夢世界の崩壊
しおりを挟む────ゴウゴウと大きく音を立てながら風が吹いて、目の前のフェンスがガタガタと揺れる。
この世界に作られた学園の屋上の中央から偽物の紅い空を見上げていると、背後からキィ……と音を立てながら屋上の扉が開く。振り向くと、優しい笑顔の姉が、「もう逃げられないよ、勇樹」と言った。
「そう……だね、姉さん」
「なら、早くこっちにおいで?落ちると危ないよ」
相変わらず目に光を宿さないまま、嬉しそうに笑う姉を他所にオレは考える。この夢世界を出ていけば姉さんは消えるかもしれないし、消えなくても、もう大好きだった姉さんには二度と会えないという事実にオレは選択を迷っていた。
「誰も傷つかず、誰も居なくならない。誰も失われない、そんな理想の世界を拒むなんて、出来ないでしょ?大丈夫。ここに残ったって現実世界には影響は出ないよ」
この世界に残れば現実のオレの存在は消える。共にすごした直季達の記憶は、元々オレという人間は居なかったという事になり、残った肉体は花びらに変わり消えゆく、と死神が話していた。つまり、オレがここに残ったままでも、現実のあいつらはいつも通りに日々を過ごせるのだ。オレの存在を綺麗さっぱり忘れて。
「だって、もう二度と見たくないでしょ?お友達が血に塗れて倒れている姿、なんて」
そう言われて脳裏に浮かぶのはあの修学旅行の夜、オレを庇って倒れた間乃尋の姿で。あの時の事は今思い出しても背筋が凍った感覚がする。……あんな事、もう二度と経験したくない。
「何もかもが貴方の思い通りで、素敵なこの世界を二人で一緒にいつまでも暮らそう?」
そう言いながら姉が一歩ずつ近づいてくる。あの頃と変わらない優しい笑顔と声をして手を差し伸べてくる。
「……ねぇ、姉さん。この世界の星は綺麗なのかな」
「星?さぁ、どうなんだろうね。でも勇樹が願えば飛びっきりの綺麗な星空なんて何時でも見られるよ」
オレの問いにそう答えながら姉さんはオレを抱き締めてきて、オレはそれを抵抗せずそれを受け入れる。……もう、どうするかは決めたから。
「姉さん」
「なぁに?勇樹」
「愛してるよ」
オレはそう言いながら姉さんを抱き寄せる。姉さんはオレのその言葉にとても嬉しそうに笑いながら「私も」だなんて返してくるから、オレも同じように笑い返す。
「でも、ごめん」
オレがそう言いながら姉を抱き寄せた腕に魔力を込めるとたちまち赤い炎が上がり始める。姉は熱い!と反射的にオレを離して飛びのけたその隙にオレは屋上のフェンスに向かって走った。
「まって!どうして!?勇樹!私を、お姉ちゃんを置いていくの!?」
そう言いながら姉はオレを追おうとするけど、それは突然首筋に向けられた大きな刃物に阻まれる。オレは姉の背後に立つ死神とその手に握られた紅の大鎌を見て思わず笑ってしまった。
「なんのつもり?死神さん。どうして今回に限ってこんなにも邪魔してくるの?」
「……なんでだろう。あぁ、あれかもしれない。お前の弟には貸しがあるからさ。……最も貸した覚えのない貸しだろうけど」
死神の言葉にもオレはまた笑う。その隙にオレは屋上のフェンスの前に立った。
「姉さん、ごめん」
そう言いながらオレはフェンスを背にして姉に向き直る。……思い出すのはあの修学旅行の夜にした約束。
「どんなに綺麗な夜空を創ったとしても」
────『今度一緒に見に行こうよねぇ。おすすめの場所があるんだよねぇ』
本当に綺麗なんだよ、といつもとは違い儚げに笑う直季の顔を今はちゃんとオレは思い出せる。
「────帰らないと、直季が綺麗だって思った星空は二度と見られないから」
だから、ごめん。そう言いながらオレは背後にあるフェンスを強い風魔法を使って吹き飛ばしながらこの屋上に来る前……逃げ込んだ教室の中で死神とした会話をオレは思い返す。
『世界を心の底から否定する?』
『ただ思うだけじゃ、心の中で否定するだけじゃあこの世界からは出られないよ』
『んじゃどうしろってんだよ』
『少し考えれば簡単さ。……世界を心の底から否定する方法なんて、結局一つしか無いんだ』
────まったく、これのどこが簡単なんだ。フェンスが無くなった所から下を見下ろしてるだけだって言うのに、恐怖で足がガタガタと震える感覚がする。
それでも、約束したから。
「……それに、オレは言いたいことだけ言って逃げたから、あの人の話なんて何一つ聞かなかったから」
許せるかは分からない。でもここに来て思い出した、幼い頃にあの暗い書庫の中で泣きながらオレを抱きしめてくれたあの人の、学園で会った濃い隈を作ったあの人の話を聞いてみたかった。
「だから、ごめんね、姉さん」
さようなら。そう言ってオレは意を決して壊れたフェンスの向こうへと飛び降りる。開放されたらしい姉の泣き叫ぶ声が聞こえた。……中学の屋上から飛び降りた姉さんも、この感覚を味わったのだろうか。そんな事を落下していく浮遊感を感じながら考える。これから死ぬっていうのに我ながら呑気なものだ。
────そう。世界を心から否定する方法なんて、自ら死を選ぶしかない。
落ちていく。駆け寄ってきた姉がこっちに手を伸ばして来るのが見える。
落ちていく。泣き叫ぶ姉の背後に黒い影が立った。そいつはずっと被っていたフードを脱いだ。ふわりとした柔らかい銀髪のくせっ毛に、水色の瞳。いつも見ているより幾分か幼く見えるそいつは相変わらず感情の籠っていない笑みを浮かべると、何かを言った。
「────ははっ」
思わずまた笑ってしまった。わざわざ礼まで言うなんて、変な所で律儀な奴だ。あんな物、この世界が勝手に創り出しただけで、礼を言われるほどのものでもないのに。
世界が壊れていくのを感じる。赤い空はガラスのようにヒビが入って、砕け落ちていく。きっと、もうそろそろ地面にぶつかるのだろう。だから、壊れる前にオレは死神に返す。
「────どういたしまして」
────────────
閉じていた目を開けると、真っ先に新緑が写った。
「勇樹くん!目が覚めたのかい!?良かったぁ、尋希くんからもう二度と目が覚めないまま存在が消えちゃうかもって聞いた時はどうなるかと思ったよねぇ」
あっ、起きたらナースコールしてって言われてたんだった、と目が覚めるなり慌ただしい様子の直季に、戻ってきたんだ、とひっそりと安堵する。
「直季、オレどんくらい寝てた?」
「そんなに意識がなかった訳では無いよねぇ。勇樹くんが事故にあってからまだ朝も来てないからねぇ。いやぎりぎり来てるかな?」
そう言いながら直季は病室の窓を見やる。オレも釣られて見てみると、丁度太陽が昇ってきていた。
そのまましばらく二人で無言で朝焼けを眺めていると、突如廊下の方からバタバタバタッと凄い足音が聞こえてきた。その音が丁度この病室の前で止まったと思ったら凄い勢いで扉が開かれた。
「勇樹がっ、目が覚めたって……!」
かなり急いで来たのか、行きも絶え絶えになりながらそう言ったのは、あの時オレが酷いことを言って、突き放した実の父親……花咲悠仁だった。
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