善行をつんで地獄にいきます

碧井永

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始まりの話 自由の邪魔者には魅力があるのです(1/3)

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椎葉しいば、こっち!」
 通りの向こうから朗らかに声をかけられた。
 顔を振り向ければ、見知った男が軽く手を振っている。
 声をかけられたのは女――椎葉ひいろで、男と女は大学のゼミが同じであった。といっても、大学を卒業してすでに10年は経っている。
 爽やかな秋晴れが続くこの頃。
 この日、男女が再会するのは卒業以来のことだった。

 諸事情あって早急に家賃対策をしなければならず、ヒイロは先頃引っ越していた。
 ヒイロが住むのは人口1300万都市、この島国の首都である。その首都の中でも北西部に位置する、家屋や商店が密集した街だ。都内とはいえ、人口流出に歯止めがかからないようで、そろそろ消滅可能性都市の仲間入りをするのではないかというくらい街はさびれている。はっきりいって住人にはご老人が多く、存続が困難になると自治体も予測しているらしい。
 衰退している街だからマンションにも空き部屋が目立ってきていて、その影響で家賃相場は年々下がっている。安い家賃にヒイロは飛びついたわけだ。
 生活費の中で家賃の占める割合は大きい。
 なにしろ支払いは毎月のことなので低賃料は重要である。
 そういう意味で一人暮らしの家計には優しいが、出歩くにはかなり不便だった。これまで住んでいた都心のようにおしゃれなカフェなどないので、人と待ち合わせするのには都合が悪いのだ。
 本日の待ち合わせ相手には「店があっても毎日シャッターが閉まっていたりするんですよ、見るものもないしなんにも楽しくないですよ」としっかり説明したのだが。
「なら、椎葉の住むところから二つ先の駅前で待ち合わせしないか。マップで見るかぎり、しゃれてなくても茶を飲める店はありそうだし」
 と、爽やかに提案された。
「俺はべつに立ち話でもいいし」
「……え、それはちょっと」
 困ります、とメールで返信してしまうところだった。
 困惑のせいで文字を打つタイミングが微妙に遅れたからだろう。手にしたスマートフォンの向こう側で相手が小さく笑った気配が伝わってきた。
「ええっと。待ち合わせの場所でしたよね、すみません」
「いいよ。椎葉はかわらないんだなって、ちょっと思っただけ」
 返事をフリック入力しようとしていた指が止まる。
(かわらない、か)
 相手に伝わるはずもないのだが、ヒイロは注意しながらスマホの画面に吐息を落とした。
 メールというのは不思議なもので、相手の顔が見えていなくても二者の間に発生したちょっとしたが、双方の想いを運んでいってしまうのだ。
 しかも。
 かなりの確率で本質を衝いている。
 身体からだまとう空気まで知られてしまいそうだから、ヒイロはメールというものが苦手なのかもしれなかった。
 二つ先の駅といっても歩いて20分もかからない。大通りに沿って都心方面へ20分歩いたところで街が栄えるはずもなく、待ち合わせには不向きだろうと思ったものの。近場の待ち合わせであれば電車賃もかからないし、なにかと節約しなければならないヒイロには助かるというもの。
 まあ、仕方がないと思った。
 面倒だけれどしようがないことだと。
 会って、話を聞いて、帰ってくればいいのだから。




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