東遊鬼(とうゆうき)

碧井永

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第二話 野生の王国

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「お嬢さん、私と恋の花を咲かせてみませんか?」
 脈絡もへったくれもなく話しかけられて、女は振り返る。
 次いで、目をみはった。
 薄暮に霞む田んぼ道に立っていたのは、目を見開くほどに美しい男だったのだ。
 男は若い。歳は二十代後半といったところ。
 緩く波打つ茶髪はとても柔らかそうで、不揃いの毛先は肩まで伸びている。瞳の色も同じ茶褐色であり、この国の人間のようでいて、異国の人間のようにも女の目に映った。
 背の高い男は、咲き誇る花のような微笑を浮かべて右手を差し出したまま、女をじっと見下ろしている。
 差し出されたてのひらまで視線を落とし、女はしばし考えた。――この手は、ナニ?
 やがて女はハッとなる。この手をとってくれ――男はそう言っているのではないか、と。
 女に手を振り払われることなど有り得ない、といったふうに、男は手を差し出したまま。絶対に拒まれないという自信満々の態度であった。
 女は再び、考えた。
 確かにこのような美男なら、女に拒まれることはないだろう。狙った獲物おんなは百発百中で口説き落とせるのかもしれない。だからこそ、なぜ自分に話しかけてきたのか、女は腑に落ちないのだ。
 眼前に立って花を飛ばしまくる華やかな男に対し、二十歳になる女の容貌は十人並みだった。これといって特筆するところもない、目と目が合ってすれ違ったとしても、すれ違った瞬間にその存在を忘れてしまうような、ありふれた顔をしている。
 今の服装も、これといって男の目を惹くものではなかった。夕食に使う野菜を畑まで採りに行った帰りで、普段着というのも恥ずかしいような着古した服なのだ。しかも体型はぽってりとしていて、自分で言うのも悲しいがデブの部類に入る。
 美丈夫な男と凡庸な女では、夕暮れ時の空を横切っていく烏ですら「かぁ」と呆れるほどの差があった。
 どうにも男と釣り合わず、女がためらっていると、なにを思ったのか前髪を払った男はその場でくるりと回る。動きはしなやかで、身体からだの中心軸はまったくブレない。氷上に舞うアイススケーターのように優雅だった。
「さあ、お嬢さん。この花をどうぞ」
 その場で一回転した男の右手に、ポンッと花が出現した。どこから取り出したのか、女にはサッパリわからなかった。手品師かっ!? ――と女が目をぱかぱかと瞬いているうちに、男がスッと二人の距離を詰めてくる。
「遅咲きの百日紅さるすべりが咲いていたので、貴女あなたに贈るため一枝手折ってきたんです。この薄桃色をした花、ほら、やっぱりだ。艶やかな貴女の髪によく似合う」
 髪だけを褒められたことに女は多少ガックリしたものの、無造作に結った髪に花を挿してもらえれば嬉しかった。そんなことを男にされたのは生まれてはじめてだったから。
「……あの、……ありがとうございます」
「礼などいりません。いりませんから、どうか私の手をとってくれませんか?」
 驚くほど自然に髪から頬、首筋へと指を滑らせた男が、手を差し延べてくる。女の肌を滑った男の指は温かく、その掌は農機具を持ち慣れたように皮膚がかたそうだった。父親の掌に似ていることもあって、ほだされた女は遂に手をとる。
 へ連れていってほしい――それが女の願いでもあったのだ。
 話しかけられてから、女は一度も、男が怪しいなどと考えなかった。あれほど「!」と言い渡されていたにもかかわらず。
 手をとった女は知らない。
 この男の手の皮が厚いのは武器を持ち慣れた証であることを。



第二話 野生の王国

     1

 開け放たれた窓の窓枠にもたれ、腰をおろしている青年がいる。
 窓枠に片足をもち上げて、青年はゆったりと外を眺めていた。
 三十路にいくかいかないかの青年は、一代でのし上がった成金を親にもつようなおっとりとした風貌だが、そのくせどこか隙がない。生真面目さの中にも、世の中を斜めに見ているような皮肉っぽさがある。不意に厄介事に出くわしても難なく対処してしまうような、思わず頼ってしまいたくなる独特な雰囲気を身にまとっていた。
 端整な顔立ちで、切れ込んだまなじりが特徴的。この国の人間にしては珍しい青みがかった灰色の瞳をしていて、その双眸ひとみは先程から、眼前に広がる秋の景色を映していた。
 青年は、羽張はばり龍一郎りゅういちろう
 浴衣の上に茶羽織を着て、緩やかな風に湿った髪をあおられている。ほどよく筋肉の張りつめた体躯には、浴衣が似合っていた。そんな龍一郎から少し離れたところ、和室の中程にはひとつの小さな気配があった。
「なんで彼女は来なかったのかな?」
 それが訊いてくる。声は幼く舌足らずで、男とも女とも判別がつかない。
 それの言う「彼女」とは、ライターをしている各務かがみ理科りかのこと。
 なんだかんだと一年の付き合いになる理科は先日、商店街の福引で二泊三日の温泉旅行を引き当てたのだ。つまらんことに運を使ったもんだ――龍一郎はそう思ったものだが、今となっては黙っていてよかった。
 龍一郎たちは、温泉旅行の権利を理科から譲り受けたのだった。べつに理科を脅して権利を奪い取ったわけではなく、彼女が「どうぞ」とくれたのだ。そういう経緯があって、龍一郎たちは都心から電車を乗り継いで三時間ほどの温泉宿に、ご機嫌でお泊りしているのである。
「……お前、それ、理科に訊いてやるなよ。あ、……ま、お前はしゃべれないか」
 龍一郎が話しかけたのは、ピンク色に毛染めされた兎。問いを向けてきたのはこのウサギなのだ。風呂あがりのせいで龍一郎の脳がトロけて、頭がおかしくなったのではない。ここに第三者がいればびっくりして目をむくところだろうが、このウサギは人語を解してしゃべるのである。
 人前でしゃべれば、人々は大恐慌に陥るだろう。とはいえ、置いて出かけるとふてくされるので、わずらわしい騒動を引き起こさないためにもウサギは、理科を含む人前ではぬいぐるみのフリをしていた。よって、龍一郎の心配は杞憂にすぎない。
「なんで?」
 長い耳をピロンと垂れたままのウサギが訊いた。
「温泉に一緒に行こうと誘えるヤツがいなかったからに決まってるだろ。あいつは親切心で俺たちに権利を譲ったんじゃない。もちろん仕事が忙しかったんでもない。恋人なんてものと縁遠いあいつは、もて余した結果、俺たちに押し付けたんだよ。フッ、虚しいな」
「ええぇぇぇ、そうなの? なら、フッ、て笑ってないで、君が一緒に来てあげればよかったじゃない」
「……は?」
「これってペア宿泊券だったんでしょ?」
 なんでそうなる、と抗議するように、龍一郎は「む」と眉根を寄せた。
 が、すぐに気を取り直し、皮肉げな笑みを浮かべる。
「理科が一緒だったら、お前は湯に浸かれなかっただろうけどな」
「ンごっ!? それはそれでちょっと、うぅん、かなり困るかも」
 ぬいぐるみとして旅館に入ったウサギは、温泉に入れない。人のいない頃を見計らって、風呂にウサギを連れていってやるという手段もあるが、動物を入浴させてはいけない――という最低限の常識は、龍一郎ももち合わせていた。
 それで仕方なく、到着してすぐに露天風呂を愉しんだ龍一郎は、ウサギのために温泉を汲んできてやったのである。
 ウサギは今、大きめの洗面器に張った温泉に、満足そうにして浸かっているのだ。
 さっきからウサギは「ふがふが」と調子っぱずれに鼻を鳴らしている。鼻歌らしいが、あまりに気持ちよくて本人(?)ですら、なにを口ずさんでいるのかわからないらしい。
 ハズれた鼻歌を心地よく耳にしながら、龍一郎は再び外へと目を向けた。
 この旅館は山間にあり、窓からは山の紅葉を愉しむことができる。黄から紅に色づきはじめた景色は西日に照らされて、とても美しい。なだらかな崖のような場所に建っている旅館の下方には、然程流れの早くない川があって、せせらぎに心を洗われるようだった。
 古いというよりは、寂れたといったほうが相応しい館内に宿泊客は少なく、露天風呂は独り占めできた。周辺には民家も他の旅館もなく、人気のないところが龍一郎はたいへん気に入った。ご機嫌で理科に感謝するというものだ。
「お。ウサギ、見てみろ。ほら」
 ウサギの目線に合わせるようにして、龍一郎は外を指差した。
「あそこに白雀はくじゃくがいる」
「へ? 白い雀? どこ?」
 ウサギが首を伸ばした。
 近くの枝には普通の雀が何羽か羽を休めていて、その中に白いものがいる。ちょんととまる白雀を見つけたらしいウサギが、「うわぁ」と感動混じりの声をあげた。
「白い雀は色素欠乏アルビノというだけで、時々見られるものなんだけど。古来より瑞兆とされているんだ」
「へえぇ、おめでたいんだ」
「遥か昔、姓をじょ、名を仲宝ちゅうほうという、妙に金運のいい男がいてな。仲宝も白雀に導かれて大金を得ている。俺たちも白雀に導かれて、いいものを手に入れられるかもしれないな」
 ウサギに説明しながら、横目で白雀を追っていた龍一郎は突然、ドタりと窓から崩れ落ちた。畳に四つん這いになった状態で「う」と呻いている。その姿は予期せぬ出来事に遭遇して落胆しているようであり、心底億劫がっているようであった。
 珍しい龍一郎の姿に、仰天したウサギも洗面器から転がり出た。
「ちょっと君、どうしたのさっ?」
 苦悩の呻きを洩らしていた龍一郎は、四つん這いのままで「く」と喉を鳴らした。畳から顔を上げることもできずに。まとう気配は、なにかに敗北したよう。
「き……聞いてはいけないものを聞いてしまった」
 ほかほかと湯気をたてながら寄ってきたウサギが、その場で硬直する。ズンドコに落ち込んだような龍一郎の声音にびっくりしたのだ。
「……え? 聞いた、って……なにを?」
「雀が――」
「うへ? 雀?」
「――しゃべった」
「…………。…………。…………。」
 ブツ切りの龍一郎の言葉を受けて、三拍の間が空く。
 四拍目でウサギはやっと、龍一郎の言いたいことを察した。
「あ、なんだ、そっか。君、解鳥語かいちょうごを扱えるんだもんね」
 ウサギの言った「解鳥語」とは文字どおり、鳥の言葉を理解する術である。十二呂律絶対音階を基本として他の知識を駆使することにより、鳥語を聞き分けるのだ。古来よりこの術を扱える者は少なく、歴史的にみても貴重な存在だ。龍一郎は顔と頭がイイだけでなく、耳もズバ抜けていいのだった。
 枝にとまる雀たちのさえずりから、龍一郎は何事かを聞きとったのだろう。鳥たちは空を飛びながら常に地上を鳥瞰ふかんしているので、世の出来事に対し意外にも情報通だったりするのだ。
「ねえねえ、雀はなにをしゃべってるの?」
 わくわくしながらウサギは訊く。
「ねえねえねえねえ」と十回訊いたところで、龍一郎はげんなりとして反応した。顔を俯けたまま、ぷるぷると手を震わせて口を押さえる。
「そ……それは俺の口からはとても」
「ええぇぇぇ、なんでぇぇぇ」
「時間を戻せるなら戻したい。く……理科に宿泊券を返したいっ! いくら俺でも時間は戻せない、ムリだ」
 絶望に打ちひしがれたような龍一郎。
「ちょ、待、支離滅裂だよ。君、ホントにどうしちゃったの?」
 あわあわとウサギが慌てる。
 龍一郎はひたすら「く」と呻くだけ。
 そんな二人(?)のいる旅館の上を、烏が「かぁ」とバカにするように横切っていった。

     2

 というものがいる。それは、島国であるこの国のおにとは異なる存在だ。
 古くから、鬼は大陸に棲んでいる。
 鬼は、幽霊や化け物など、怪しいもの全般をいう。
 人鬼、人の霊魂。妖怪、動物が化けたもの。無生物の精や植物の精など、すべて鬼である。
 これらの鬼は、人が目に映すことはできない。見るためには見鬼けんきの能力が必要だった。この能力は生まれつきのものであり、修行したからといって習得できるものではない。鬼の姿を見る――これを見鬼術といい、見鬼術を扱える者は古来より貴重であった。
 羽張龍一郎は、見鬼の能力をもっている。
「じゃあさ、このあいだの庫官こかんはどうなの?」
 狭い山道を歩く龍一郎に、ウサギが問いかける。
 庫官は人鬼の一種で、鬼である。
 その庫官は先だって、人に姿を見せていた。
「あれはな、俺が使人しじん見鬼術けんきじゅつをかけていたからだ」
 見鬼術のひとつ上にあるのが、使人見鬼術である。
 この方術を駆使すれば、自由自在に鬼に姿を現させることができ、鬼が見えない者にも見せることができるようになる。
で鬼の制御ができなくなっていたとはいえ、かけた術までは解けきっていなかったんだろう。庫官は本来、人が目に映すことはできない鬼なんだけど、使人見鬼術がかけてあったせいで、無能の大学生も見ることができたんだ」
「へえぇ。なら、捜しているノもそう?」
 それまで分析するように話していた龍一郎が、つと顎を傾けた。わからない、というような仕種だった。膨大な知識を蓄えている龍一郎にしては珍しい。
「や、……アレにもな、使人見鬼術はかけてあるんだが。庫官とは少し違う」
 不思議がるようにしてウサギが鼻をひくひくさせているのが伝わってくる。
「変幻自在に人の姿に変じることができる鬼の中には、稀に、己の意思で姿を見せることができるものもいるんだよ」
「ずっと見せていられるの?」
「いいや、ずっとは無理だ。おそらく、なにかを為そうとするときだけだ」
 龍一郎は沈思する。
 長い時の中、龍一郎でさえも、術もなしに鬼がどうして姿を現すことができるのか、知ることはできなかったのだ。鬼とはそれほどに理解し難く、複雑な存在なのだろう。
 ただひとつ、龍一郎が気づいたこと。
 それは、より能力の高い、生命力の溢れる鬼が姿を現せるのではないか――ということだけ。
「……にしても厄介だ」
 昨日のトッ散らかった状態から自力で脱した龍一郎は、一転して不機嫌だった。隠しもせず、「面倒だ」という気持ちを顔に出す。
「なに?」
「うん? ……はな、人に変化へんげするのがうまいんだ。人になりすまし、いん紂王ちゅうおう麾下はいかとして長く戦った経験もある」
「殷て、周に負けた古代中国の王朝だよね? その戦に参加してたの?」
「そう。アレは生粋の武人でもある。だから厄介なんだよ。庫官のときのように隠形法おんぎょうほうが使えるかどうか」
 隠形法は、姿を隠してしまう方術である。身体と精神を清浄に保ち、宇宙に流れる〝気〟と一体化させて、己の姿を隠す。
 だが、この法に連なる術は、姿を透明にしてしまうだけで、完全に気配を消せるものではない。あまたの死線を越えてきた、戦いに慣れた武人であれば、微かな気配であっても勘づくだろう。
「名を呼んでアレを呪縛するためには、それなりに近づかなければならないんだけど。……さて、どうしたもんかな」
「問題ナイでしょ? 君だってさ、武人みたいなものだし」
 他人事のようにウサギが言った。
「や、……ま、そうだけどな」
 龍一郎は薄く笑う。
 武器を片手に己の命を護る時代は、とうに終わったのだ。ゆえに龍一郎は刀剣を置いた。
「なあ、ウサギよ」
「ん?」
「そろそろ降りてくれないか?」
「ダメだよ。だってさ、君とボクじゃ、足の長さの問題があるじゃない」
 ウサギの「ぷぅ」と膨れる気配がする。
「ボクが歩いたら、いつまでも山を越えられないよ」
 膨れるウサギは、今日も今日とて龍一郎の頭に乗っかっているのだった。
 前肢をぶらりと龍一郎の額に垂らし、後肢は肩にひっかけようとしている。が、短くて届かないので、龍一郎が歩を進める度にぶらぶらと揺れていた。
 龍一郎たちが歩いているのは細い山道で、周囲には秋色に染まる草木がこれでもかと生い茂っている。秋晴れの陽射しが燦々と降り注いでいるので道は暗くないものの、獣道のようなものが続けば、かなり鬱陶しかった。
 真っ直ぐな道はほとんどなく、曲がりくねっている。緩やかではあるものの起伏もあって、小石の転がった木の根がむき出しの道は歩きづらい。
 そこを龍一郎は、息を切らすことなく涼しい顔で進んでいた。
「こっちであってる?」
「と、思うけど。雀は、この山を越えるのが近道だとしゃべってたからな」
 旅館に着いて早々、不本意ながら雀たちの会話を聞いてしまった龍一郎は、悶々たる一夜を明かし、朝ご飯を食べてすぐに外出したのだった。
 ご機嫌だった温泉旅行がダイナシとなり、龍一郎はぶすぶすと不機嫌になっていく。

 ぱあっと視界が開けたのは、昼の少し前のことだった。
 山を越えるというよりは、迂回してきたらしい龍一郎たちは、四方を山に囲まれた村にたどり着いた。人口百人いるかいないかといったほどの、閑散とした村だ。
 家はまばらで、お隣に回覧板を届けるにしても、自転車か車で移動しなければならないだろう。そのくらい、家と家との距離がある。
 今ふうの小洒落た家はなく、どれも前時代的な家屋だった。
 木に隠れ村の様子を窺っていた龍一郎は、ウサギを頭から降ろした。荷物のように小脇に抱えて歩き出す。
「お前、ちゃんとぬいぐるみのフリしてろよ」
 ウサギはしっかりとわきまえているものの時々ポカをやらかすので、龍一郎は念押しした。
「ん。……でもボク、おなか空いたな」
「ああ、だな」
 ウサギを抱えているスーツの袖をまくった龍一郎は、時刻を確認する。昼は到着した村で食べる予定にしていたのだが、
「……これじゃあ、コンビニもないだろうな」
「うぅ、ボク、飢えちゃうかも」
「……お前な、山道を歩いてきた俺のほうが腹が減っているとわかってるか?」
 すがるような目をウサギから向けられて、龍一郎は嘆息した。
 ひとわたり村を眺めてみたが、民家のほかにはなにもない。
「それにしても妙だ。稲刈りを終えている時期とはいえ、畑仕事はあるはずだろ? なのに、人の姿がない」
「お昼ご飯を食べに、うちに戻ったんじゃなくて?」
 ぬいぐるみのフリをしたままで、ウサギが応じた。
「お。なかなか鋭いな。にしても、人っ子一人いないなんてコト、あるか?」
 畑には誰もいない。
 昼を食べに戻っただけなら農機具などは置いたままにするだろうに、そんな様子もないのだ。
 必要最低限の手入れをしながら、放置している。畑はそんなカンジだった。
 と、そのとき。
 龍一郎たちの背後で爆音が響いた。振り返れば、田んぼ道を軽トラックがこちらに向かって走ってくるところ。あまりに静かな村のせいで、エンジン音が山で反響し、爆音に聞こえたのだった。
「ちょうどいい。あの軽トラに、食べ物を買えるところはないか訊いてみよう」
 そう言って龍一郎は、車を停めるために道のド真ん中に立ち塞がった。愛想よく笑みを浮かべ、親しげに片手を振る。
 軽トラはどんどん近づいてくる。――停まらない。停まるどころか加速した。
「なッ」
 龍一郎は轢き殺されるすんでのところで飛びのく。
 すれ違いざまに見た運転手の顔には露骨な怒気があった。悪意をもって龍一郎を轢き殺そうとしたのだ。
「なんだ今の……。俺、殺されるようなこと、したかな?」
 視線を落として話しかければ、ウサギは飛びのいた衝撃で目をぐるぐる回していた。
「おい、大丈夫か?」
「ん……だいじょうぶ。うがっ、ボクたち、……殺されそうになったの?」
 まだ目が回るのか、ウサギが「うがうが」呻いたところで。
 ヒュンッ、という風を切る鋭い音が耳をかすめた。
 素早くその音を追った龍一郎も「う」と呻く。
 地面むき出しの田んぼ道に突き刺さっていたのは、矢だった。弓道で使う細長い矢だ。
「うわっ。俺たち、ホンキで命をとりにこられてるのかもな」
 言葉のわりに、のんびりとした口調で龍一郎は言う。言いながら、矢を射てきたであろう方角を注意深く探っていた。そこに殺意はあったが、村人がおかしくなったという感じはしなかった。よそ者を排除したい――村に渦巻いているのはそんな気配だ。
「あわわわわっ、どうしようっ」
 ウサギがだらだらと冷や汗を垂らしている。龍一郎の掌に、じんわりと伝わった。
「藪から棒になんだよ?」
「きっとボクを狙ったんだ」
「ンなわけあるか」
「今夜の食材にするつもりなんだよっ。煮て焼かれて燃やされて食われちゃうんだっ」
 焼くと燃やすは同じだろ――と龍一郎はツッこみたくなったが賢明にも黙っておく。
「落ち着けって。お前、今、ピンクだろ。しかも、ぬいぐるみのフリしてるのに」
「ピンクだからおいしそうに見えるのかもぉ」
 嘆くウサギの語尾に重なるように、今度は声が響く。
「この村から出ていけッ!」
 それは憤怒をあらわにした少女の声。
 突如現れた少女は頭上に大きな石を持ち上げていて、前触れもなく振りかぶった。
 嫌な予感のする龍一郎。片腕には、ウサギがザッと音をたてて蒼ざめる感触があった。
「お前なんか殺されて当然だッ!」
 少女の叫びには憎悪と苦悩が入り混じっている。
 その悲痛な叫びとともに、大きな石が龍一郎たちに向かって投げ放たれた。

     3

 家に戻り、こっそりおにぎりをつくっている少女は、ありふれた顔をしている。これといって特筆するところのない、目と目が合ってすれ違ったとしても、すれ違った瞬間にその存在を忘れてしまうような十人並みの顔。
 そんな少女の顔には後悔しているような相が浮かんでいた。
 おにぎりをつくり終えた少女は、消毒液と絆創膏を持ち、足音を忍ばせて家を出る。

 村がざわついたのは昼の少し前のことだった。
 そのとき、ちょうど少女は辺りを警戒しながら、昼食に使う野菜を畑まで採りに行っていた。そこで見知らぬ男を見かけたので、村がざわついたのはそのせいだろうと、すぐに察せられた。代々住み続けた土地であれば、これといった連絡がなくとも、狭い村内の異変はなんとなくわかるものなのだ。
 男は細身のスーツをきっちりと着ている、田舎には不似合いな男だった。
 これは怪しい! ――と、少女はあとをつけてみた。
 村人たちの攻撃を平然とかわした男は、飄々ひょうひょうと歩いている。時折ブツブツと独り言を洩らしながら。しかも男が大事そうに抱えているのは、ピンクのぬいぐるみ。いい歳をした大人が平日の真っ昼間からぬいぐるみを抱えてフラフラしているなんて、怪しくないわけがない。
 絶対にコイツだ! 
 ――確信した少女は低木の繁みに隠れるのをやめ、正義の鉄槌をくだすべく、憤然と立ち上がった。
 手近なところに転がっていた大きな石を振りかぶり、男へと投げつける。
 果たして石は男に命中した。
 力のない女が投げたとしても、重い分、男にダメージを与えたはずだ。
 しかし、ショックを受けたのは少女のほうだった。
 男のこめかみから、つっと滴る血を見てしまえば、ひどく嫌な気持ちがした。体内に流れる自分の血が急激に逆流するような感じがして気持ちが悪い。地面に血を吸い取られてしまったように、徐々に身体が冷えてくる。
 少女は我に返った。
「あの、すみません! 大丈夫ですかっ?」
 思わず声をかけてしまった。男が悪人かもしれないのに。
 それでも少女はかまわないと思ったのだ。カラ手で歩いていた男に、石という武器で怪我を負わせたのは自分。襲われたわけでもないのに一方的な暴力をふるって、少女は情けなくなったのだった。
 声をかけると、思いのほか元気そうに男は笑った。
「ああ、気にしないでいいよ。かすっただけみたいだから」
「……でも」
 ぽたぽたと血は垂れ続けていた。滴る血はスーツの襟元に黒い染みをつくりだす。
「傷はホントにかまわないんで。それよりも、ちょっと訊きたいことがあるんだけど――」
 男が言いかけたとき、「ぐうぅぅぅ」と腹が鳴った。緊張感の欠片もない音。
 どういうわけか、男はウサギのぬいぐるみを睨んでいる。
「どこかに食事できそうな店はないかな?」
 気をとりなおしたように笑顔を向けてくる男につられて、少女も笑う。
 少女は知らない。
 話をするために、男がわざと石をぶつけられたということを。

 山裾に乱立する木々の間に隠れるようにして座っている、一組の男女。
 男は「羽張龍一郎」と名乗った。
 とにかく傷の手当を――と消毒液を取り出した少女は、こめかみの傷を眺め、隠れてホッと息をついた。出血のわりに傷は深くない。絆創膏を貼っておけば大丈夫そうだった。
 つくってきたおにぎりとお新香を差し出すと、龍一郎は嬉しそうに笑った。膝に置かれたぬいぐるみも、気のせいか顔がほころんだようだった。
 切れ込んだ眦が特徴的で冷たい印象を受けるが、笑うと雰囲気がやわらぐ。
「ありがとう。助かったよ。ええっと、君は――」
 スーツが汚れるのもいとわずに、龍一郎は地べたに腰をおろしていた。どうやら気取らない性格らしい。
「あたしは、田井村たいむら鈴鹿すずかです」
「田井村?」
 龍一郎が器用に片眉を跳ね上げる。
 その意味を察して、鈴鹿は「ああ」と微笑した。
「田井村って、村名と同じですからね。このあたりはみんな遠い親戚みたいなもので、村民の苗字は全員、田井村なんですよ。苗字が村名になったのか、その逆か、あたしも知らないですけど」
 なるほど、というふうに龍一郎は頷いた。
「鈴鹿さんは学生さんみたいだけど。今日は学校は? 休みなの?」
「……高校は、その……」
「高校は遠いんだ?」
 言葉をにごしたせいか、龍一郎がすかさず話題をかえてくる。場の空気を読める人なのかな、と鈴鹿は親しみを覚えた。
「見てのとおり、なんにもない村ですからね。高校は遠いです。自転車で一時間かかります。服とか本とか、流行りモノを買いにいくなら、高校からバスに三十分ほど乗らないとまちには出られなくて」
「それはたいへんだな」
「まあ、慣れましたけど」
「それでもここから通うってことは、この村が好きなの?」
 尋ねられて、鈴鹿はわずかに考えた。
 過去にはこの村にも、高校に通うため、市で一人暮らしをした者がいた。うらやましいとは思うものの、心の片隅では、自分には不似合いだ、という思いのほうが強かった。
「好き、っていうわけじゃないですけど。あたしには似合ってるかな、って」
 似合う? と龍一郎が首をかしげた。
「あたし、フツーにも満たないじゃないですか」
 鏡は毎日見るのだから、自分の容姿については自分が一番知っている。
 地味な自分に相応しいよう、高校生にもなって鈴鹿は、長い髪を二つに分けて三つ編みにしているだけ。いわゆる「おさげ髪」で、洒落っ気もなにもなく、前髪もぱっつんと切り揃えていた。
 しかも体型はぽってりとしていて、ハッキリ言わなくてもデブなのだ。イマドキの服なんて、全く似合わない。それ以前にサイズがない。
 鈴鹿は無言で、自分の身体を見下ろした。龍一郎は黙したまま。それがかえって有難い。慰めの言葉は、鈴鹿にとってはさげすみの言葉でしかないのだ。
「あたしとお姉ちゃん、見た目がそっくりなんですけど。……お姉ちゃんもその見た目のせいで、この村が相応しいって思ったのか、大学進学を諦めちゃったんですよね」
「それはよくないな」
 ドきっぱりと龍一郎が言う。
 圧倒されたこともあって、鈴鹿はビクッと肩を揺らした。
「……え?」
「見た目と生き方は関係ないだろ。一度きりの人生だ、誰になにを言われようと、好き勝手したらいい。他人の生き方に口を出すヤツは、その生き方を妬んでいるだけなんだよ」
「…………」
「親であれ、友人であれ、恋人であれ、周りにいるのはみんな他人。他人の言葉にいちいち振り回されていたら、進む足が止まってしまう。その分、人生がもったいないだろ?」
「…………」
「所詮、見た目なんてものは、あとからついてくるものだ。世で才能を開花させてしまえば、見た目に関係なく人は敬ってくれる」
 目を瞬く鈴鹿。
 そんなことを言われたのは、はじめてだった。よくよく考えてみなくても、龍一郎の言葉は人の生き方として当たり前のことばかり。そんな当たり前のことを、担任教師ですら気づかせてはくれなかった。
 何気ないであろう龍一郎の発言は、高校生の鈴鹿には妙に説得力があった。ポイッと答えをくれる大人は、鈴鹿の周りにはいない。
「……そう、ですね」
「なら、お姉ちゃんにも言ってやるといい。今からだって大学受験はできるんだから」
「あ、……でも、あの」
 鈴鹿は言いよどむ。
 そうしてから、ぽつぽつと語りだした。龍一郎に話を聞いてもらいたくなったのだ。ただの通りすがりの人なら、話してもなんら問題ないだろうと思ったこともあって。
「お姉ちゃん……ここ数日、ヘンなんです」
「ヘン?」
「百日紅を髪に挿して帰ってきたことがあって。それからずっと、夢でもみてるように、ぽーっとしてて。そのお花、誰にもらったの、って訊いても憶えてないって言うんです」
 百日紅、と聞いた途端、龍一郎の眦が動いたが、鈴鹿は気づかない。
「自分が地味なのは、お姉ちゃんも充分に承知してますからね。似合わないお花を自分で髪に飾るなんて有り得ないんですよ。絶対、誰かにもらったはずなのに」
 そこで鈴鹿は口唇くちびるを引き結び、意を決したように再び口を開いた。
「実はお姉ちゃん、五日ほど行方不明だったんです」
「そうなのか?」
「無事に帰ってきて、もう一週間経つんですけど。まるでお花畑で遊んでるみたいな顔してて、話しかけても全然かみ合わないし」
「警察はなんて言ってた?」
 鈴鹿は小さく呻いた。話せば、そこを問われるのは当然ということに、ここに至って気づいたのだ。
「……警察には……届けてないんです」
「どうして?」
「……あの、ええっと」
「もしかして、さっき俺が石をぶつけられたりしたのと関係があるのかな?」
「う」
 隠し事はもうムリだと、鈴鹿は呻く。
「村の人たちって、ホントはみんなあったかくていい人ばっかなんです。いろいろとすみませんでした。……そろそろ八ヵ月になるんですけど。村に住む女が、順番に行方不明になっていて。だからみんな、すっごく警戒してるんですよ。学校を休んでるのも、村長さんがそうしろって言うから」
「女の人ばっかり? 共通点はそれだけ?」
「ああ、はい、それだけですね。行方不明になるのは二十代から四十代前半の女ばっかなんです。結婚しててもしてなくても関係なくて。……とはいっても、この村に住む人じたいが少ないですからね。いなくなったのは、お姉ちゃんを含めると六人ですけど」
 何事かを計算するような上目遣いをしてから、龍一郎はマズいことを聞いてしまったというように顔をゆがめた。しかしすぐに、視線を鈴鹿へと戻して、続きをうながす。
「最初に行方不明者が出たときには、ちゃんと警察に届けたんです。……でも、五日後にその人は怪我もなく戻ってきて。……で、しばらくしたら、その人、……お腹に赤ちゃんができちゃったってわかって」
 それ以上は言わなくていいというふうに、龍一郎が首を振った。
 要するに、行方不明者は乱暴されたのだ。攫った男によって。
 乱暴された女が警察に届けるには、かなりの勇気がいる。それだけでなく、
「行方不明になった女の人全員が、姿を消していた間のことを憶えてないんです。嘘をついている様子もなくて、本当に忘れちゃってるみたいで。……これじゃあ、警察に届けても、まともに取り合ってくれないだろうから」
 泣き寝入りするしかないのだ。
 女とは、それほどに立場の弱い存在だった。
 だから村人は殺してやりたいほど、よそ者の男を憎むのだ。
「……きっと、お姉ちゃんも」
 帰ってきて一週間しか経っていない。早く病院に行こうと勧めても、とろんとしたような目で「行きたくない」と繰り返すだけ。枯れた百日紅を大事そうに抱えて動かないのだ。
 虚ろな姉の目には今や百日紅しか映っていないのだろう。
 そんな姉と毎日顔を合わせるのが、鈴鹿にはたまらなくつらかった。
「お姉ちゃんよりも、問題は鈴鹿さんのほうだよ」
 不意に響いた龍一郎の声は、力強いものだった。
「……え? なにがですか?」
「もしかして村にはもう、二十代から四十代前半の女性はいないんじゃない?」
「そういえば、……ですね」
「なら、お歳頃の鈴鹿さんも危ない。こんなところでフラフラしてたらダメだろ」
「あたし、が……?」
 鈴鹿はきょとんとなった。
 確かに警戒してはいたが、それは自分の身の危険を案じてではなく、不審者に対してのものだった。自分が狙われるなんて、鈴鹿はこれっぽっちも考えなかったのだ。
「まさか。あたしですよ、フツー以下ですよ」
「さっきも言ったろ、見た目は関係ないって」
 わかってないな、というふうに、龍一郎は首を振った。
「確かにね、男は美人に弱い。鼻の下がうっかり伸びちゃうものだけど。最終的に男が選ぶのは、見た目のいい女性じゃないんだ」
「……はあ」
 そういう経験のない鈴鹿には正直、龍一郎の言っていることがよくわからなかった。
「それにお姉ちゃん、鈴鹿さんに似ているのに攫われたんだろ?」
「……はい」
 頷きながら、姉と自分は違うと鈴鹿は思っていた。
 姉はイマドキのものに関心があった。たぶん、大学に進学したがったのも、閉鎖的な村を出て、開放感ある若者らしい生活を望んだからなのだ。
 それを両親は反対した。――お前みたいな不細工なヤツに派手な暮らしは似合わない、と。両親でさえ、姉妹の醜さを皮肉ることが多かったのだ。
 大学なんかにいかず、野良仕事を手伝え! ――地味なお前には畑が似合っているとまで両親に言われて、反論する術をもたない姉は随分と落ちこんでいたものだった。
 そこまで思い巡らせて鈴鹿はハッとなる。
 自分が不細工で地味だから努力しなくてもいい。両親にまでなじられるくらいなら、このままの生活で満足しよう。そう思ってしまったのは、打ちひしがれた姉の姿を目の当たりにしたせいではなかっただろうか。
「……あ、……あたし」
「ごめんな、俺のために出歩かせてしまって。家まで送っていってあげたいんだけど」
 鈴鹿は笑う。他人なのに、自分よりも自分の身を案じている不思議な男を見つめて。
 今にして思えば、これほどぺらぺらとしゃべってしまったことが、鈴鹿には不思議でならない。聞き上手の一言では片づけられない独特なものを、龍一郎はかもしだしている。
 きっとモテるんだろうな、と鈴鹿は目を細めた。
「大丈夫ですよ、一人で帰れます。あたしを送っていったら、龍一郎さんのほうがキケンですからね」
「ああ、ホントにな」
「帰り道、気をつけてください。落とし穴や鳥黐とりもちがそこらじゅうに仕かけてあるんで」
「落とし穴は……ま、わかるけど。鳥黐?」
「行方不明者がでるようになったのとちょうど同じ頃から、この辺りで白い雀を見かけるようになったんです。みんな、白い雀のたたりだとか凶兆だとか騒いでて。捕まえて、お祓いしてもらうんだそうです」
 龍一郎は曖昧に笑うだけ。
 離れ難い想いに力ずくで気づかないフリをして、鈴鹿はその場をあとにした。
 ふと思ったのは、その途次。
 彼はなにをしにこの村に寄ったのだろうと――。

     4

 龍一郎と出逢った翌日の夜。
 二階の自室の窓を開け放した鈴鹿は、窓辺にもたれてぼんやりと夜空を見上げていた。
 田舎の夜は早い。
 まだ九時だというのに、外は真っ暗だ。灯りの点いている家はほとんどなくて、月と星の輝きだけが山野を照らしている。
 月明かりのせいで蒼に滲む景色を眺めていた鈴鹿は、ふとなにかを見たような気がして、家の前庭へと視線を落とした。
 そこに人の姿を見つけて、ぎょっとなる。
 暗くて顔の判別までは難しいものの、窓にもたれる鈴鹿に手を振っているのは、シルエットからして男だった。
 龍一郎さんっ!? 
 ――昨日の強烈な印象のせいか、鈴鹿の脳内を咄嗟とっさによぎったのがそれだった。道に迷って帰れなかったのではなかろうか、と慌てて鈴鹿は家を飛び出す。
「やあ、お嬢さん」
 家を出た鈴鹿に声をかけてきたのは、龍一郎ではなかった。
 声が違う。
 相手を凝視して、鈴鹿は目をみはる。
 淡い月光を浴びて立っていたのは、龍一郎と張る美形の男。
 緩く波打つ茶髪はとても柔らかそうで、不揃いの毛先は肩まで伸びている。夜の闇のせいで、はっきりとはわからないが、瞳の色も同じ茶褐色だろう。
 若い男は表現し難い、奇妙な着物をまとっていた。
 タレた目許を優しくほころばせながら、美貌の男は鈴鹿に手を差し出した。
「お迎えにきたんです、お嬢さん。私と一緒に行きましょう」
「……行くって、どこへ?」
「恋という、大輪の花を咲かせる場所まで」
 なにソレ? 
 ――と、ツッこめたかどうか。鈴鹿にはもう、思い出せない。
 男とはなにかをしゃべったような気もする。
 けれど、思い出した端から忘れていってしまう。
 記憶がどんどん消えていく。
 ああ、……お姉ちゃんもこんな気分だったの?
 鈴鹿は想った。とても幸せな気持ちなのだ。
 不安や恐怖は欠片もなく、心は甘い想いに満たされるばかり。
 女に生まれてきてよかった。女って素晴らしい!
 そうして鈴鹿は幸福なままで、男に手を引かれていく。

 手と手を取り合って、幸せそうに山道を歩いている一組の男女。
 男と女の見た目の釣り合いは全くとれていないが、男は頓着しないのだ。
 顔の美醜など関係ない。重要なのは――
 そこで男はハッとなる。
 耳を澄ませば、どこからともなく声がした。
「――――えて我を図りはかるものあらば、かえってそのわざわいを受けん。我は吉にして、彼は凶なり」
 唐突に響いた、この声。
 気が遠くなるほど長い呪言。
 しまった! ――と女から手を離して男は跳躍し、その場から飛びすさる。が、遅すぎた。
 類いまれなる身体能力をもつ男は、後方へと大きく跳んだものの、距離をとれただけにすぎない。
妖猿ようえん袁洪えんこう!」
 名を呼ばれた男――袁洪の身体がガチッと硬直した。

「我、召鬼法しょうきほうの執行者なり。劾鬼術がいきじゅつに則って我は命ずる。
 妖猿・袁洪、我の意思に従え!」
 右手を胸の高さにかかげ、人差し指と中指を立てて手刀しゅとうをつくる龍一郎は、素早く叫ぶ。
 洪は生粋の武人でもあるために、面倒なことになる前に呪縛してしまいたいのだ。
 その洪は、龍一郎を見返してニッカと笑った。
 山林の凝った闇にまぎれていようとも、もとより龍一郎は夜目がきく。相対する洪も。
 口唇が動くということは、劾鬼術が執行されて身体の硬直が解けたためであろう。
 召鬼法は、鬼に関するさまざまな方術である。その法に連なる劾鬼術は、鬼の能力を封じて邪を駆逐するもので、膨大な知識を蓄えた能力の高い龍一郎であれば、続けて鬼を使役することも可能となる。このときすでに洪は、龍一郎の役鬼やくきとなっていた。
「よ、巫祝ふしゅく。久しぶり」
 巫祝とは、摩訶不思議の方術〈呪術〉を駆使する者のことで、龍一郎の職業である。
 まるで旧友みたいに片手を振られて、こめかみに青筋を浮かべた龍一郎はドスドスと距離を詰め、洪の胸倉をつかみあげた。
「よ。じゃないんだよ! お前、とんでもないことをしてくれたなッ!!」
 洪の顔面に唾が飛ぶのも構わずに叫ぶ龍一郎。
「とんでもないこと、って失礼だな。オレは世のお嬢さんたちと遊んだだけだぜ」
「その遊び方がとんでもないんだろうがっ」
 洪は妖猿という鬼であるが、もとは猿ではない。猿に類する妖怪で、厳密にいうなら〝さる精怪せいかい〟である。
 妖猿は、若い女性を狙い誘拐する悪癖がある。
 人好きのする美丈夫に変じるという、しゃらくさいマネをするので、女性もコロッといってしまうのだ。狙われた婦女子はみな、記憶を奪われてしまい、連れ去られた間なにをされたのか憶えていない。
 しかも、子を孕ませるのが目的で連れ去るのだから始末が悪い。龍一郎はそれを「とんでもないこと」と絶叫しているのだった。
「なら、巫祝たちがとき、オレをすぐに捕まえればよかっただろう」
 龍一郎は憎々しげに「く」と喉を鳴らした。
「お前のことは……忘れてたんだよ」
「はあ? 底知れない記憶力をもつ巫祝が忘れるなんてこと、あるのかい?」
 洪の胸倉をつかんだままで、龍一郎は黙然として固まった。
 しばらくして、敗北したような渋い顔をする。
「ムカつくことは全力で忘れることにしている。だからお前のことは忘れていた」
 パッと手を放した龍一郎に、洪はよろけながら「ひでぇ」と呻いた。
「そんなことはどうでもいいんだよ」
「どーでもいいって、オレのことだろう? ホント、ひでえな。なら、いっそ、オレを自由にしてくれればいのに。オレを祓うよう巫祝に依頼したヤツなんて、とっくの大昔に死んでるだろう」
 洪に責められ、相変わらず言葉遣いが悪いなと、龍一郎は顔をゆがめる。
 ちなみに、洪がマトモな言葉をしゃべるのは女性と二人きりのときだけである。
「お前、六人の女性と関係をもっただろうが。そんなに子を産ませてどうする気だ。お前は王か? 王国でもつくるつもりかっ?」
「オレと女人の仲睦まじい関係を酒池肉林みたいに言わないでくれるかい。それになあ、巫祝だってなんだよ」
「なにがだよ?」
「龍、てーのは、天子の象徴だろう? 龍一郎って名乗ってるのはなんで?」
 このときばかりは龍一郎も「ぐ」と詰まった。が、負けてなるものかと気をとりなおす。
「お前には、俺が被った損失の補填をしてもらう」
「損失ってなに?」
「子を孕ませておいて、放っておくわけにはいかないだろうが。子を産むと決意したのであれば、それはその女性の人生だからな。そこまでは俺も責任はもてないが。お前がしでかしたことの慰謝料くらいは用意しないといけないだろう」
 おどけたように肩をすくめて洪は「はっ」と笑った。
「巫祝はお金持ちだからなあ。そのくらいの散財、痛くも痒くもないだろう?」
「痛くも痒くもないが、お前のためというのが気に入らないんだよッ。いいか、お前の能力を活かしてきっちり稼いでこい!」
「能力ねえ」
 聞いているのかいないのか、洪は左手の小指で耳をかっぽじっている。
 そういう人をナメたような態度が、龍一郎には心底ムカつくのだ。
 遥か昔から、龍一郎は洪が苦手だった。つけ加えれば、重ね着した戦袍きものの襟元をダラりと着くずしているのもムカっ腹が立つ。つまるところ、反りの合わない相手のなにもかもが不愉快なのだ。
「言っておくが、邪の能力を封じたからには子は孕ませられないからな。せいぜいその美貌を駆使して金を稼げ」
「女人に貢いでもらえ、ってことだろう。へいへい、やりますよ」
 龍一郎が「け」と顔を背けたところに、洪が言葉を継いでくる。
「それにしても、さすがだな。巫祝の気配、なかったよな? どうやったんだよ?」
 生粋の女タラシである洪は、生粋の武人でもある。ゆえに興味があるのだろう。
禹歩うほだ」
「禹歩? って、鬼神悪鬼の類いに気づかれることなく安全に旅ができるっていう歩法のことだろう? それって旅人なら誰でもやるまじないみたいなもんで、あらゆる呪法の基礎だよな。そんな単純な呪に、オレ、ひっかかったんだ。相変わらず、やるな巫祝」
 感心したように言った洪の双眸が、雷光のごとく閃いた。
 突き出した右手には風が逆巻き、一口ひとふりの大刀が出現する。優男が持つには重過ぎるだろうというほどの、大振りの刀剣だ。それを軽々と肩に担ぎ上げ、洪は大きく笑っている。
 能力の高い鬼は、己の所有物を隠し持つことができるのだった。
「オレと互角に戦ったのは、これまで数えるほどしかいない。なあ、巫祝。そのうちの一人である巫祝の剣術、オレは好きなんだぜ。久々に手合わせしてくんない?」
 こういうところが龍一郎は苦手なのだ――悪意なく相手を称讃するところ、が。
「……そのうちな」
「ええぇぇぇ」
「ええぇぇぇ、ってかわい子ぶるな、気持ちワルイ。見ればわかるだろうが、俺は今日、刀剣を持っていないんだ」
 洪はすでに龍一郎の役鬼となっているので、大刀を握っていようとも術の執行者を襲撃することはできない。手合わせをするには、龍一郎あるじの承諾が必要だった。
「ちえぇ」とつまらなそうに洪が呟いたところに、乱立する木々の間から、ひょっこりと姿を現すものがあった。ウサギだ。洪に気取られぬよう、ウサギは距離をとって龍一郎に付いてきていた。
「よお、ウサギじゃないか。久しぶり、元気にしてたか?」
「ん、元気。洪も元気そうだね」
「おお! しゃべれるようになったんだな。前に会ったときは、ふがふが言ってるだけだったのに。巫祝はすげえな、不可能はないのかよ」
 大刀を肩に担いだまま、ウサギの目線に合わせるようにして、洪はその場にしゃがみ込んだ。
「なあ、ウサギ。お前また、水盤をひっくり返してくれよ」
「ええぇぇぇ」
「それか、『女青鬼律じょせいきりつ』を食っちゃってくんない?」
「食え、ってソレ、紙を食べるのは山羊でしょ? ボクはウサギだからムリ。それに彼はあれがなくても鬼の名を全部憶えちゃってるから意味ナイよ」
 洪とウサギは顔を見合わせてから、龍一郎を振り返った。
 振り返られた龍一郎は、ぶすぶすとさらに不機嫌になっている。
「お前ら、声がデカいんだよ。……おい、袁洪。お前にはまだ、やることがあるだろ?」
「なに?」
 しゅん、と音をたてて大刀を消しながら、洪は立ち上がる。
「鈴鹿さんを、家まで送ってこい」
 その鈴鹿はまだ、洪によって理性を奪われたままなのだ。夢をみているような顔つきで、ぽーっと突っ立っている。
「鈴鹿、っていうのか。この国の名の読み方は可愛らしいな」
「お前、この子の姉に百日紅を贈ったそうじゃないか。百日紅っていうのはな、猿でも滑りそうな木だからサルスベリなんだよ。これはお前一流のシャレかなんかか?」
「へぇ、そうなのかい? さすが巫祝、イロイロ知ってんな」
「知らなくてやった、お前のド天然のほうが〝さすが〟としか言えんわッ」
 怒鳴られてもめげることなく、洪はへらへらしている。
「とにかく送ってこい、タレ目。いいか、子はもう孕ませられないんだからな。妙なことをしたら、その空っカラな桃色妄想頭パックリ割ってやる」
「わかってるっつーの」
 茶色の髪をがしがしと掻きむしりながら洪は、鈴鹿の手を引いていく。
 二人の背中を見つめて、ドッと疲れた龍一郎はその場に崩れ落ちた。精も根も尽き果てた龍一郎は四つん這いになって、大きな溜め息を吐き出す。
「あいつのせいで温泉旅行がダイナシだ。しかも俺たち、今夜は宿無し。野宿だ」
 嘆く龍一郎のそばに、ひょこひょことウサギが寄ってきた。
「いいじゃない。君と野宿なんて、すっごく久しぶりだし」
 鼻をひくひくさせてウサギが言う。
 それを無言で眺めていた龍一郎は、薄く笑った。
「そうだな」
 あぐらをかいて座りなおした龍一郎は、膝にウサギを抱え上げる。温もりは、ほどなくして伝わってきた。
「なあ、ウサギよ。そろそろ引っ越そうか。今度は星空がきれいなところにでも」
「うん」
 龍一郎とウサギは黙したままで、満天の星を見上げている。

     終

 年が明けて早々。
 都心に六年ぶりの雪が降り、辺りを真っ白に染めていく。
 袁洪が損失の補填をすべく金を携えてやって来たのは、そんな日だった。
 しばらく洪はリビングでウサギとしゃべっていたが、必要最低限の事柄を確認した龍一郎は和室に引っ込んでふて寝していた。洪が携えてきたのは、凡人が一、二ヵ月で稼げるような金額ではなかったものの、まだまだ先は長いというもの。それだけ洪との付き合いも長くなるのかと思えば、うんざりとする龍一郎だった。
 どれくらい経った頃か、小さな気配が近づいてきた。そのまま、寝そべる龍一郎によじよじと這い登り、腹の上にちんまりと居座ってしまう。
「タレ目野郎は帰ったのか?」
「……ん」
 ピンク色をしたウサギが、髭をそよがせながら返事をする。
「どうした? 洪になにか言われたのか?」
「うぅん、じゃなくて。……あの子のお姉ちゃん、どうなったかな、って」
 ウサギの言う「あの子」とは、田井村鈴鹿のことだろうと龍一郎は察した。
「ぽーっとしたままだったんでしょ?」
「ああ、……だったな」
 龍一郎は嘆息した。
「夢から醒めきれなかったんだろうな」
 ウサギがきょとんとして耳を垂れる。
「〝釣った魚に餌はやらぬ〟という、たとえを知っているか?」
「知らない」
「つれそうな間柄になってしまえば、殊更相手の気を引く必要はない。ということだ。この国の男をたとえてよく使われる」
「へえぇ」
「妖猿はな、その逆なんだよ。女をひっかけたあとも、相手に尽くしまくる。言葉で、態度で、出し惜しみすることなく愛情を表現するんだ。相手の顔の美醜は関係ない。自分を受け入れてくれることが大切で、子を産めるかどうかが妖猿にとっては重要だ」
 丸い目を、いっそう丸くするウサギ。
「とくに洪は武人だからな、ほんの少しの離別が今生の別れとなるかもしれないことを、承知している。だから、自分を受け入れてくれた女を大切にして、その女の腹に子を残そうと努力する。生死の境に立つ武人にとっては子を残すことが、女への最高の愛情表現でもあるからな」
 そこで龍一郎は苦虫を噛みつぶしたあげく、飲みこんでしまったような顔をした。
「雀たちが話していたのはそこなんだ。――イマドキの男にしては珍しく、山の中でひたすら愛を育んでいる男がいるって」
 男が命を賭して、愛する女を護る時代は終わってしまった。
 それでもかわらないものはある。子を産めるのは、女だけ。
 女は弱い生き物ではない。女の強さは時の流れの中で証明された。堂々と意見を述べることができ、立派に仕事もこなせる優秀な存在だ。とはいえ、それが男の愛を減少させ、男女のバランスを崩しているのも事実。
「最近の男は愛をささやかなくなったろう?」
 ウサギには難しかったようだ。龍一郎の言葉に、耳を垂れるだけ。
「その分、愛に飢えた女が増えたんだろうな」
「そうなの?」
「恋人や伴侶に不満がある女ほど、妖猿とのめくるめく甘くて怠惰な生活を忘れられなくなる。もちろん妖猿の能力で記憶は奪われてしまうから、ほとんどの女はもといた自分の生活に戻れるんだけど。たまに、そちら側の世界に囚われてしまう女もいるんだよ」
「ふぅん」
「鈴鹿の姉もそうなんだろう。おそらく彼女は、今の生活に不満があった。自分が地味だと自覚していながらも、彼女は大学へ進学することで生き方をかえてみたかったんじゃないのかな。同年代の者たちが当たり前のように暮らしている、華やかな世界に憧れていた。当然、恋人も望んでいただろう。鬱屈していた分、そちら側の世界に連れていってくれるような存在を、待ち望む想いは強かった」
「なら、もう、彼女は戻ってこれない?」
 問われて、龍一郎は黙考する。
 夢から醒められない女は大抵、猴のようになってしまう。猿でも人でもない、化け物に。
 こうなれば周囲の目には正気ではないように映るだろう。
「……いいや、戻ってこられるよ。すべては本人次第なんだけど」
 心にもないことを言っていると、龍一郎は自覚していた。けれど、口が勝手に言葉をつむいでしまう。
「彼女には、お人好しの妹が付いているからな」
「あ、そっか」
 慈しむように、龍一郎は腹の上のウサギを撫でていた。

 少しだけ時はさかのぼり――それは冬がはじまったばかりの頃。
 田井村の村長宛に、トアル漫画の主人公の名を借りて、多額の寄付が寄せられた。
 その額、一千二百万円。
 寄付の理由は未だ不明だという。




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