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37.現実逃避

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犬飼のキスに桐原は口を開いて応えた。
即座に舌が滑り込んできて、口の中を舐める。
快感を引き出そうと露骨に蠢く犬飼の舌を桐原は軽く噛んでやった。

寝起きの気だるさとシャワーを浴びて温まってからのまったり感がないまぜになり自分でもしたいのかしたくないのか曖昧な気分になっていた。
犬飼がひるんだらやめる。あるいは烈情をかきたてられたらその先までしてもよいと思っていたが、顔色を見るに後者であるようだった。

「いつも思うんですが、はじめからディープなやつが前提ってエロいですよね」

「うるせえ」
 
「悪い口」

帰国子女のせいか犬飼はあまり言葉を乱さないので、桐原の口の悪さが往々にして気になるらしい。
文句を言おうとしたところに再び犬飼が唇をあわせて塞いでくる。キスが上手い。     
 
「……なに?」

「最近眼鏡はかけないんだな」

じっと見ていたせいか犬飼に聞かれたので、桐原は思わず言った。

「・・・意味がないので。つけていたほうがよいですか?」

「どっちでもいい。ただ、ないほうがキスはしやすいかな」

一瞬、可哀想なくらい犬飼はうろたえたのを桐原は見てとった。
グレアとコマンドが使えないことに関して普段犬飼は感情を表すことがないのでどう思っているのわからないでいたのだが、やはり複雑な心境を抱いているのだと感じた。


医師のアドバイスをきくなら少しずつ離れるべきだろう。
離れるべきかさんざん考え、紆余曲折の末につきあうことにしたのになんたる皮肉というべきか。
だが、職業的にその気になれば転職、海外転勤など自然な形での解消にもっていくことは可能だろう。

もしそうでなければ何がしかの話し合いをする必要があるだろうが、デリケートな話だけに切り出しづらい。
自分と犬飼にとってベストな選択なのか桐原も判断しかねていた。
今までの自分なら考える余地もなくバッサリ切りすてていただろう。
だが躊躇ってしまう。
そんなとき、多分自分と犬飼が思っている以上に犬飼の事が好きであることに気づくのだった。

(まあ、今すぐどうにかなるわけでもないし)

ソファーに押し倒され。Tシャツをめくりあげながら首を吸われると、今だけはどうでもよくなってくる。
これもある意味現実逃避なのだろうかと桐原は思う。
間違った発散の仕方だが、爛れた時間の間は何も考えなくてすむからだ。

暖まったばかりなのに外気にさらされた肌は過敏になっている。
そこを犬飼が首からじっとりと舐めてくるので、桐原は息を詰めた。
昨日の情交の名残を肌の奥にまだ残しているから、ざわめくような快感が肌の上にすぐに戻ってくる。舌で性感帯を愛撫しながら犬飼はローションを纏わせた指を尻のくぼみにあてた。

「まだ柔らかい」

「・・・お前かしつこくするか、ら、・・・っ…!」
 
圧迫感は一瞬で、ローションのぬめりをかりた指が体内に入るのは思いの外スムーズだった。

「すごい…吸い込まれるみたいだ」

擦られ腫れぼったくなった柔らかい壁は指だけでもすでに叫び出したくなるような灼熱感があった。
男根で貫かれたらどうにかなってしいそうな不安じみた快感が潜んでいる。
口淫はするのもされるの好きではないが桐原は仕方なく言った。

「犬飼。口でするから・・・」

「それよりこっちがいいです」 

犬飼は太股を掴むと足を両側に倒させると性急に挑んできた。
一気に奥まで突き刺されて桐原は呻いた。

一瞬置いて、体内から火を吹くような快感とも苦痛ともいえない感覚がに意識を持っていかれそうになる。

だが、その感覚も、強引なほどの性急さは嫌ではなく、思いのほか感じてしまうというのも事実であった。

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