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第1章――7 【 センリVS魔剣/吸血鬼と共に 】
第65話 決着
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「――フッ!」
「ヴオオオオ!」
当たれば致命傷の一撃をリリスは真向から受け止め、鍔迫り合いすら押してみせる。
「センリ!」
「分かってる!」
リリスとの鍔迫り合いで動けなくなっている魔人の横腹に、僕が斬撃を与える。やはり致命の一撃とはいかないが、一瞬痛みで怯めば十分だ。
切りつけた箇所に魔人の重心がわずかに傾き、そしてリリスはその隙を決して見逃さない。
リリスは鍔迫り合いに持ち込んでいた剣を横へ薙ぐと、髪を靡かせるように回転、そのまま流れるように魔人の外殻に斜め斬りを浴びせた。
「からの、もう一発!」
間隙などなく、リリスの踵蹴りが魔人の肩を歪ませるほどの威力を持って放たれる。剣撃と足蹴り。そのどちらも致命には至らずとも、しかし魔人を地に伏せるほどの威力だ。
「リリスやりすぎ⁉」
「戦闘に情けは無用よ。一瞬でも油断すればこっちが死ぬ。それに私は前回、コイツに逃げられた。よって確実にボコす!」
「グギャァァァ!」
ドン引きする僕にリリスはそう説き伏せると、宣言通り倒れている魔人の背中に更なる打撃を加えた。
「……ころ、ス……オマエ、だけは……絶対」
「(並々ならぬ憎悪と執着……あの時と同じ)」
「グギャ、ァァァァ……」
「さてと、どうするか」
凄まじい力で魔人を圧倒したリリス。彼女はゆらりと態勢を戻すと、たった二度の跳躍で僕の元まで下がってきた。
「もしかしてやったの?」
「あの程度で殺れるほど軟な外殻ではないわ。しばらく動けない程度に痛めつけただけよ」
「手加減はしちゃダメなんじゃないの?」
「あれにトドメを差すのは私じゃなくて貴方でしょ。それとも救うことを諦めたの?」
「……いいや。可能性があるなら、僕はまだ諦めるつもりはないよ」
口ではどうとでも言えるけれど、
「でも実際の所、どうすれば魔剣とベルクトさんの意識を分離できるのが分からない。リリスなら分かる?」
「魔剣と使用者の意識の分離そのものなら、時間経過の度合いで可能よ。魔剣から使用者を遠ざける、或いは壊す。魔剣を使うには契約という儀式が必要なんだけど、その二つの方法で契約を破棄した状態にできる」
「……それなら」
遠ざけるのはおそらく不可能。とるなともう一つの破壊という方法なら、と僕の思考を読んだかのようにリリスが言った。
「ただしあれはもう手遅れだわ。魔剣と使用者の意識が混ざって融合してしまっている。肉体の支配権を奪われて暴走しているのがその証拠。彼を止めたいなら、もう殺す以外の方法はない」
「――っ!」
残酷に現実を突き付けてくるリリスに、僕はギュッと剣を更に強く握りしめた。
「殺す以外の方法で、意識の分離はできないの?」
「センリは年齢のわりにお利口だと思っていたけれど、どうやら違っていたみたいね」
呆れたような、失望したような嘆息。
今また、ゆっくりと起き上がる魔人に指をさして、リリスが告げる。
「あれは魔剣を手にしたその代償。本人も人間でなくなることを覚悟の上で魔剣を手にした。つまり、彼は魔剣に己の魂を捧げたの」
「…………」
「今の彼を見なさい。貴方の声なんて届いてない。ただ目の前の敵を殲滅せんと動く傀儡のような動きを。あれを人間は、人間だと呼ぶの?」
「……っ」
言葉が喉に詰まる。リリスの言葉を否定しようとしても、視界の端でソレを見てしまえば反射的に悍ましいと拒絶反応が出てリリスの言葉を肯定しまう。
戦って、傷ついて、それでも尚起き上がる彼の姿は勇者ではなく、彼女の言葉通り傀儡のように見えた。
どうすれば、どうすればベルクトさんを救えるんだよ……っ!
「コロ、ス……フクシュウ……コロス……ミナ、ゴロス……」
「――くっ!」
一瞬見えた微かな希望も今はもう見えない。兜の奥から覗く赤い目は、ただ破壊を望む虚ろのように見えた。
「そろそろ決断しなさい。貴方が彼を魔剣の呪縛から解くか、それともその役を誰かに委ねるか」
「…………」
「貴方は優しいから、きっと人を殺すという重荷には耐えられない。私からすれば。あれはもう人間じゃない。けど貴方は繊細な子だからきっと苦しむことになると思う。だからここは私に……」
「――僕がやるよ」
「……できるの?」
リリスの言葉を遮るようにそう言えば、彼女は俯く僕に試すように問いかけた。
僕は優しいとリリスは言った。けれど、それは僕の代わりに重荷を背負おうとするリリスだって同じだ。
だからこそ、いや違う。この役はきっと、僕じゃなきゃいけない。他の誰にも、委ねてはいけない。
僕は俯いていた顔を上げると、リリスの赤い双眸を見つめて、
「覚悟は、もう決まったよ。僕が、ベルクトさんを倒す」
「分かった。これ以上は何も言わない。貴方がそうしたいと決めたなら、それをやりなさい」
「うん」
お互いに覚悟は決まり、正面へ向き直る。
赤と黒の双眸に映るのは、無数の傷を負って、身体の動きすらもはや人間とは言えないほどまで歪み切り、そしてこの世に憎悪と怨念を巻き散らすような声にもならない声と殺戮を望む赤い目。
さっきまであれほど恐怖と戦慄が勝っていたのに、今は何故だろうか。彼の姿が痛ましく思えて。
それはまるで、僕たちに助けを求めているかのように見えた。
「……今、楽にします。ベルクトさん」
「行くわよ」
リリスと僕。互いに剣を握り締め、最後の攻撃へと望む。
互いに足に力を込め、芝生を抉るほどの踏切で一気に駆け出した。
「ヴオオオオオオオオオ!」
対する魔人は僕たちの闘気と殺意を察知したかのように咆哮を上げると、突如生えたそれに思わず僕は凝然とした。
「なにあれ⁉」
「……やっぱり出して来たわね。クソキモ触手!」
リリスの言葉がまさにそれを表現していた。魔人は全身から無数の触手のようなものを放出し、まるでレーザービームのように突貫する僕たちに向かって撃ってきた。
「センリ私の後ろに!」
「でもっ、それじゃあリリスが……っ!」
「私がアレを斬る! 距離を縮めるから魔人は貴方が斬りなさい!」
「――っ。分かった!」
リリスの指示に従い、僕はわずかに減速してリリスの背後へ隠れるように回った。
そして触手のようなものが一斉にリリスへと襲い掛かる。
「ハ――――っ!」
弾丸の如く降り注がれる触手のようなものを、リリスが咆哮を上げながら次々と斬り落としていく。が、あまりの物量に迎撃が間に合わず、一本また一本と触手のようなものがリリスの肉体を抉っていく。
「コイツっ! 私の魔力を吸収してる……っ⁉」
「リリス!」
「平気よ! それよりもセンリは早く本体を!」
「くっ! ……すぐ終わらせる!」
「行きなさい!」
リリスの足が止まる。胴、足、腕、と身体を抉る触手に、リリスは激痛を堪えながらも負けじと彼女は斬り続けた。リリスは全ての触手と対峙するその最中で、僕に全てを託すように激励をくれた。
僕はその想いに応えるように、リリスの背後から出て一気に駆け出して、
「――《身体強化》!」
全ての一撃を込めて魔人を討つべく、右腕だけを強化する魔法を掛けた。
リリスの捨て身の突貫のおかげで距離は十分に詰まった。あとは、
「うおおおおおおおお!」
「ヴアアアアアアアアッッッ‼」
互いに相手を認識し、剣を構える。そして、雄叫びを上げながら剣を振った。
――これで全て終わらせる!
――オマエヲコロス!
魔剣と剣が激突し、激しい火花が散る。推し負けぬようにと、全身にありったけの力を込めて魔剣と競り合う。
これが今持てる僕の全身全霊の渾身の一振り。気合いも、力も、魔法も、勇気も覚悟も全てこの一撃に注ぐ。
果たしてこの鍔迫り合いの勝者は――
「づあぁぁ‼」
「センリ⁉」
徐々に拮抗が崩れていき、魔剣に圧し負けていく。必死に抗うもしかし、魔剣の一撃は僕を身体ごと吹っ飛ばした。
身体はそのまま芝生に叩きつけられるように落ちて、重力に流されるように転がる。何度か景色が回った所で気力で踏み止まり、軋む身体を無理矢理起こす。
「……だい、じょぶ。吹っ飛ばされただけ……」
口の中に入った草を吐き出したあと、ギリッと奥歯を噛みしめた。
「やっぱり僕の力じゃまだ、あの魔人は倒せないっ」
やはり、あれを倒せるのはリリスだけなのか。しかしリリスは僕を行かせるべく触手のようなものの相手をして、今もまだ戦っている。
左手の短剣もさっきの吹っ飛ばされた衝撃で落としてしまった。あれを拾う暇を魔人がくれるかも怪しい。
身体強化のタイムリミットも迫っている――あともう一度同じことをしても、結果は変わらない――
「ヴ、オォォォ……グルァ」
「なん、だ?」
苦悩する最中、不意に聞こえたのは魔人の呻き声だった。そして次の瞬間、魔人が動きを止めた。
「グル、ガッ……ァァァアアア!」
唖然とその光景を見ていた僕は、まるで魔人が苦しんでいるように見えた。
「……まさか。ベルクトさん?」
一瞬、魔人の苦しむ様が、その中に囚われている青年が必死になって抵抗している姿と似重なった。
もしや、と僕は彼の名前を叫ばずにはいられなかった。
「まだそこにいるんでしょ! ベルクトさん!」
「グッ……アァ……うああああああああああ!」
「魔剣なんかに、自分を支配されるな!」
その声に、僕の想いに、まるで応えたように。
「ヴルゥアアアアアアアア!」
――魔人は、己の肉体に魔剣を突き刺した。
******
……ここは、どこだ。
意識が朦朧としている。手や足の感覚がなく、身体も動かない。
ゆっくりと身体が、いや意識が沈んでいくような感覚だ。どこまでもどこまでも落ち続けて、光すら見えない深海の奥底へと意識が沈んでいく。
――俺は、何をしたかったんだ。
たぶんもう這い上がれないだろうと、沈んでいく身体に全くと言っていいほど力が入らないことでそれを悟り、せめてこの意識が完全に消える前に自分自身に問いかけた。
無力な自分が憎かった。故郷を目の前で焼かれたのにただ茫然とその光景を眺めることしかできなくて、目の前で死んだ両親の仇すら取れずその場で泣くだけしかできなかった無力の自分に、とにかく腹が立った。
弱いのが嫌だった。復讐を遂げようと決めたその日から剣を振り続けた。雨の日も風の日も、肌を焼くような灼熱の日も降り積もる雪の日も。熱が出ようがなんだろうが、一日も休むことなく剣を振り続けた。全ては強くなって復讐を遂げるために。けれど、人間の力はあまりにか弱くて。
強くなりたかった。このままでは復讐など遂げられないと悟ったのは、ある魔族が村を襲っているという情報を聞きつけ、討伐しに出た時だ。そのあまりの強さに為す術もなく敗北し、無残に負けて帰って来た。
俺はこれまで何のために剣を振るってきた。何のために生きてきた。俺は何のために生きてるんだ。俺は何で生きてるんだ。俺は何であの時もあの時も殺されなかったんだ――弱いのは、嫌だ。
そして俺は、あの日、惹かれるようにその剣を手にした。
それを手にした瞬間。自分の中の常識がひっくり返るような気がした。まるでこの世が全て自分のものにでもなったかのような錯覚と、事実一度は敗北を期した魔族を容易く屠ることができた。
これがあれば、これさえあれば。人間を超越できる。あの吸血鬼だって殺せる――けれど、人間を辞めた代償は重くて。
日を重ねるごとに、頭の中で響く声が大きくなっていった。最初は微かに、けれど徐々に精神を蝕んでいくほどに。
それは昼夜問わず続いた。『自分に身を委ねろ』という声が絶えず頭の中で響き渡り、そして身体の自由すらも利かなくなり始めた。
それでも必死に内なる声に抵抗し続け、ようやく復讐の相手を見つけた。しかしあと一歩という所で逃げられ、俺はまた途方に暮れた。
そして、微かに残る自我で辿り着いた町で、彼と出会った。
――センリ。
彼は不思議だった。純粋に強くなる為にと彼が振るう剣は楽しさに満ちているようだった。呆れるほど真向から、けれど時々いい動きを見せる。
そんな彼と剣を交わす時間は、俺の復讐の人生にささやかな安寧をくれた。
俺に兄弟はいなかったけれど、きっと弟がいたらこんな感じなのだろうと思った。兄に剣術を教えてくれとせがむ弟に、呆れながらも結局は応じてしまう、いつまでも弟想いの兄になれていたかもしれない。……いい兄には、なれないかもしれないが。
とにかく、彼と過ごす時間だけは内なる声が邪魔をせず、身体も自由が利いた――その、はずだった。
――あぁ。そうだ。俺は、もう……。
記憶を辿ろうとする。記憶が途切れる前の、自分が最後に見た記憶。
たしか、俺はいつもの広場で彼と話して、それから……それから……あぁ、ダメだ。彼の顔が見れない。激しい怒りに呑まれて、視界が真っ赤に染まって、それからのことはもう覚えていない。
俺にはまだ、やり遂げなければならないことがあったはずなのに。それなのに、ここで終わるのか――、
『――ん。――るくとさん』
暗く。光りすらも届かない闇の中に意識が完全に消えてなくなる刹那。どこからか声が聞こえたような気がした。
何度も、聞いた声だ。無邪気で、明るくて、そして温かい、日向のような声。
『――べる――さん! べるく――べるくとさん!』
何度も何度も俺を呼ぶ。必死になって。懸命に、まるで俺の意識を呼び戻そうとでもしているかのように。
――行かなきゃ。
――イクナ。
――俺はまだ、あの子と。
――オレガ……カワリニヤッテヤル。
――黙れ。
――オレハ、オマエ、ダ。
違う。
俺は、ベルクト。
あの日、故郷と同胞を奪われ、そして復讐を誓った。復讐者・ベルクトだ。
この身体は――お前のものじゃない! 俺の身体だ!
『まだそこにいるんでしょ! ベルクトさん!』
あぁ。いるぞ。
俺はまだ、ここに――。
*****
何が、起きた。
片膝を着いて起き上がろうとしていた僕と、触手のようなものを斬り続けていたリリスがその光景を前に啞然として固まる。
突如、苦しみ始めた魔人が、己の身体に魔剣を突き刺したのだ。
突き刺した傷口からは決壊したダムのように黒紫色の血が噴出し、足元を血の海で埋めていく。
ぐらりと、よろめいた魔人は倒れることはなくまだ立っていて、
「……セン、リ」
「ベルクトさん!」
兜が罅割れ、そこから見えたのは赤い目――ではなく、人の目だった。
そして今はっきりと、魔人は僕の名前を呼んだ。
「まさか意識が? ありえない……意識は完全に魔剣に乗っ取られてたはず」
リリスが凝然とその光景を見てそう呟くのを横目に、僕は魔人――否、ベルクトさんに笑みを向ける。
「よかった。意識が戻ったんですね!」
「…………」
「ベルクトさん?」
僕の言葉に応じることはなく、ベルクトさんは握りしめたままの魔剣を今度は引き抜いた。
「――な」
まるで栓を抜いた瓶のように、開いた傷口から大量の血が零れ落ちていく。それは一目見ればもう助からないと理解できてしまうほどの出血だった。
その光景をただ茫然と眺めていた僕に、ベルクトさんは無言のまま魔剣を突きつけた。
「……センリ。最期に、もう一度だけ……」
「――――っ」
あぁ。
もう分かってしまった。
ベルクトさんが何を望んでいるのか。
彼が、僕に何を望んでいるのか。
僕は胸に押し寄せる激情を、今にも零れ落ちそうな涙を必死に堪えながら、立ち上がる。
「はい。最期にもう一度、やりましょう」
「……ふっ」
此処で僕と貴方は出会って。そして会うたびに剣を交えた。
それを最期にもう一度だけ。
「……行くぞ、センリ」
「はい」
互いに剣を構える。息を深く吸い。集中力を高めていく。
「(僕はずっと貴方に勝てなかった。けど……)」
静寂が降りる。吹く風が木々を揺らし、噴水の音がやけに鮮明に聞こえる。
やがて、その時は訪れて。
「――フッ!」
「――ハッ!」
一層強く吹いた風を合図に、僕とベルクトさんは一気に芝生を蹴り上げた。
互いに握る剣を更に強く握りしめ、最後の一撃に全てを懸ける。
距離が縮まる。それは同時にこの戦いの終わりを意味していて。
魔剣を掲げる。
剣を構える。
そして――、
「うおおおおおおおお!」
「はああああああああ!」
魔剣を振り下ろした。
剣を振り切った。
刹那の交差。互いの全身全霊を乗せた一閃。その斬撃が相手に届いたのは、
「……ふっ。本当に、強くなったなぁ。センリ」
「――――」
背中越しに笑った声がして、その後に倒れる音がした。
先に剣が届いたのは、僕の方だった。
「――っ! ベルクトさん!」
勝敗は決し、僕は振り向くとそのまま倒れたベルクトさんの元へすぐに駆け寄った。滑るように芝生に膝を着き、そして彼を抱えた。
「かふっ……最期に、お前とこうして剣を交えられて、よかった」
「何言ってるんですか! もっと、やりましょうよ。また前みたいに、僕に稽古つけてください。怪我をすぐに治せば、きっとまだ……」
ベルクトさんは僕の言葉にふるふると首を横に振った。
「俺は、この剣で自分の心臓を貫いた……もう、手遅れだ」
「……っ! なんで、なんでそんなことしたんですか!」
「はは。なんでだろうな。俺にも、よく分からないんだ……このまま怒りに身を投じれば、楽になれると思った。でも……」
「でも?」
「深い、暗闇の中で、必死に俺のことを呼ぶ声がしたんだ……諦めるなと、まるでそう言ってるような気がした……」
「…………」
「だから、だろうか……最期に、自分の運命を変えてみたくなったのは」
「……っ」
段々とベルクトさんの瞳から光が失われていく。それはまるで蝋燭の火が消えるように。
どう足搔こうと避けられない瞬間が迫る。それをただ見届けることしかできない無力さに奥歯を噛みしめていた時だった。
「つまり貴方は、最後の最後に己の力で魔剣の支配から打ち勝ったということね。自分を誇りなさい」
「お前は……」
「久しぶりね。貴方がずっと探していた、復讐者かもしれない魔族よ」
「……赤目、赤髪の、吸血鬼」
僕らの元へやって来たリリスは、ベルクトさんを見下ろすように見つめた。そして、リリスを見たベルクトさんは、確かめるように問いかけた。
「お前が……俺の故郷を、家族を……殺した、魔族、なのか?」
「――――」
リリスは一瞬、どう答えるべきか逡巡するような表情を見せたあと、
「いいえ。残念だけど、貴方の故郷と家族を全て奪ったのは私じゃないわ。私は人間を殺したことはあるけれど、過去一度たりともそんな残虐非道を行ったことはない」
「…………」
「魔族の言葉を信じるか信じないかは貴方次第だけど」
「そう、か」
リリスが出した答えは、嘘偽りなく誠実に事実を告げることだった。それがリリスなりの、復讐に生きた彼に対する敬意の表しだったのだろう。
そして、リリスの言葉を聞いたベルクトさんは、自嘲するような笑みを浮かべて、
「結局、俺は復讐はおろか……何も為せないまま死ぬのか」
「……ベルクトさん」
「そんな顔をするな、センリ……後悔は、ない。お前の、おかげで……」
「え?」
もう、命の灯が消える。そのわずかに残った時間の中で、ベルクトさんは僕を見ながら微笑みを浮かべて、
「センリ……俺を救ってくれて……ありがとう」
「ベルクトさん? ベルクトさん。ベルクトさん!」
彼の瞳から光が消えていく。握る手に力が感じられない。最期、微かに震えていた唇は、感謝を伝えてそれきり動かなくなった。
「……くっ。うっ、うう……」
こうして、魔剣に魅せられた復讐者は、最後に希望を見つけて復讐の檻から脱し。シエルレントを脅かし続けた連続殺人事件は少年の活躍によって幕を閉じる。
けれど勝利を手にしたはずのその少年は、笑みではなく涙をこぼしていて。
赤髪の吸血鬼はただ、涙を溢す少年を励ますことも慰めることもなく、彼が泣き止むまでずっと見守り続けていた――。
「ヴオオオオ!」
当たれば致命傷の一撃をリリスは真向から受け止め、鍔迫り合いすら押してみせる。
「センリ!」
「分かってる!」
リリスとの鍔迫り合いで動けなくなっている魔人の横腹に、僕が斬撃を与える。やはり致命の一撃とはいかないが、一瞬痛みで怯めば十分だ。
切りつけた箇所に魔人の重心がわずかに傾き、そしてリリスはその隙を決して見逃さない。
リリスは鍔迫り合いに持ち込んでいた剣を横へ薙ぐと、髪を靡かせるように回転、そのまま流れるように魔人の外殻に斜め斬りを浴びせた。
「からの、もう一発!」
間隙などなく、リリスの踵蹴りが魔人の肩を歪ませるほどの威力を持って放たれる。剣撃と足蹴り。そのどちらも致命には至らずとも、しかし魔人を地に伏せるほどの威力だ。
「リリスやりすぎ⁉」
「戦闘に情けは無用よ。一瞬でも油断すればこっちが死ぬ。それに私は前回、コイツに逃げられた。よって確実にボコす!」
「グギャァァァ!」
ドン引きする僕にリリスはそう説き伏せると、宣言通り倒れている魔人の背中に更なる打撃を加えた。
「……ころ、ス……オマエ、だけは……絶対」
「(並々ならぬ憎悪と執着……あの時と同じ)」
「グギャ、ァァァァ……」
「さてと、どうするか」
凄まじい力で魔人を圧倒したリリス。彼女はゆらりと態勢を戻すと、たった二度の跳躍で僕の元まで下がってきた。
「もしかしてやったの?」
「あの程度で殺れるほど軟な外殻ではないわ。しばらく動けない程度に痛めつけただけよ」
「手加減はしちゃダメなんじゃないの?」
「あれにトドメを差すのは私じゃなくて貴方でしょ。それとも救うことを諦めたの?」
「……いいや。可能性があるなら、僕はまだ諦めるつもりはないよ」
口ではどうとでも言えるけれど、
「でも実際の所、どうすれば魔剣とベルクトさんの意識を分離できるのが分からない。リリスなら分かる?」
「魔剣と使用者の意識の分離そのものなら、時間経過の度合いで可能よ。魔剣から使用者を遠ざける、或いは壊す。魔剣を使うには契約という儀式が必要なんだけど、その二つの方法で契約を破棄した状態にできる」
「……それなら」
遠ざけるのはおそらく不可能。とるなともう一つの破壊という方法なら、と僕の思考を読んだかのようにリリスが言った。
「ただしあれはもう手遅れだわ。魔剣と使用者の意識が混ざって融合してしまっている。肉体の支配権を奪われて暴走しているのがその証拠。彼を止めたいなら、もう殺す以外の方法はない」
「――っ!」
残酷に現実を突き付けてくるリリスに、僕はギュッと剣を更に強く握りしめた。
「殺す以外の方法で、意識の分離はできないの?」
「センリは年齢のわりにお利口だと思っていたけれど、どうやら違っていたみたいね」
呆れたような、失望したような嘆息。
今また、ゆっくりと起き上がる魔人に指をさして、リリスが告げる。
「あれは魔剣を手にしたその代償。本人も人間でなくなることを覚悟の上で魔剣を手にした。つまり、彼は魔剣に己の魂を捧げたの」
「…………」
「今の彼を見なさい。貴方の声なんて届いてない。ただ目の前の敵を殲滅せんと動く傀儡のような動きを。あれを人間は、人間だと呼ぶの?」
「……っ」
言葉が喉に詰まる。リリスの言葉を否定しようとしても、視界の端でソレを見てしまえば反射的に悍ましいと拒絶反応が出てリリスの言葉を肯定しまう。
戦って、傷ついて、それでも尚起き上がる彼の姿は勇者ではなく、彼女の言葉通り傀儡のように見えた。
どうすれば、どうすればベルクトさんを救えるんだよ……っ!
「コロ、ス……フクシュウ……コロス……ミナ、ゴロス……」
「――くっ!」
一瞬見えた微かな希望も今はもう見えない。兜の奥から覗く赤い目は、ただ破壊を望む虚ろのように見えた。
「そろそろ決断しなさい。貴方が彼を魔剣の呪縛から解くか、それともその役を誰かに委ねるか」
「…………」
「貴方は優しいから、きっと人を殺すという重荷には耐えられない。私からすれば。あれはもう人間じゃない。けど貴方は繊細な子だからきっと苦しむことになると思う。だからここは私に……」
「――僕がやるよ」
「……できるの?」
リリスの言葉を遮るようにそう言えば、彼女は俯く僕に試すように問いかけた。
僕は優しいとリリスは言った。けれど、それは僕の代わりに重荷を背負おうとするリリスだって同じだ。
だからこそ、いや違う。この役はきっと、僕じゃなきゃいけない。他の誰にも、委ねてはいけない。
僕は俯いていた顔を上げると、リリスの赤い双眸を見つめて、
「覚悟は、もう決まったよ。僕が、ベルクトさんを倒す」
「分かった。これ以上は何も言わない。貴方がそうしたいと決めたなら、それをやりなさい」
「うん」
お互いに覚悟は決まり、正面へ向き直る。
赤と黒の双眸に映るのは、無数の傷を負って、身体の動きすらもはや人間とは言えないほどまで歪み切り、そしてこの世に憎悪と怨念を巻き散らすような声にもならない声と殺戮を望む赤い目。
さっきまであれほど恐怖と戦慄が勝っていたのに、今は何故だろうか。彼の姿が痛ましく思えて。
それはまるで、僕たちに助けを求めているかのように見えた。
「……今、楽にします。ベルクトさん」
「行くわよ」
リリスと僕。互いに剣を握り締め、最後の攻撃へと望む。
互いに足に力を込め、芝生を抉るほどの踏切で一気に駆け出した。
「ヴオオオオオオオオオ!」
対する魔人は僕たちの闘気と殺意を察知したかのように咆哮を上げると、突如生えたそれに思わず僕は凝然とした。
「なにあれ⁉」
「……やっぱり出して来たわね。クソキモ触手!」
リリスの言葉がまさにそれを表現していた。魔人は全身から無数の触手のようなものを放出し、まるでレーザービームのように突貫する僕たちに向かって撃ってきた。
「センリ私の後ろに!」
「でもっ、それじゃあリリスが……っ!」
「私がアレを斬る! 距離を縮めるから魔人は貴方が斬りなさい!」
「――っ。分かった!」
リリスの指示に従い、僕はわずかに減速してリリスの背後へ隠れるように回った。
そして触手のようなものが一斉にリリスへと襲い掛かる。
「ハ――――っ!」
弾丸の如く降り注がれる触手のようなものを、リリスが咆哮を上げながら次々と斬り落としていく。が、あまりの物量に迎撃が間に合わず、一本また一本と触手のようなものがリリスの肉体を抉っていく。
「コイツっ! 私の魔力を吸収してる……っ⁉」
「リリス!」
「平気よ! それよりもセンリは早く本体を!」
「くっ! ……すぐ終わらせる!」
「行きなさい!」
リリスの足が止まる。胴、足、腕、と身体を抉る触手に、リリスは激痛を堪えながらも負けじと彼女は斬り続けた。リリスは全ての触手と対峙するその最中で、僕に全てを託すように激励をくれた。
僕はその想いに応えるように、リリスの背後から出て一気に駆け出して、
「――《身体強化》!」
全ての一撃を込めて魔人を討つべく、右腕だけを強化する魔法を掛けた。
リリスの捨て身の突貫のおかげで距離は十分に詰まった。あとは、
「うおおおおおおおお!」
「ヴアアアアアアアアッッッ‼」
互いに相手を認識し、剣を構える。そして、雄叫びを上げながら剣を振った。
――これで全て終わらせる!
――オマエヲコロス!
魔剣と剣が激突し、激しい火花が散る。推し負けぬようにと、全身にありったけの力を込めて魔剣と競り合う。
これが今持てる僕の全身全霊の渾身の一振り。気合いも、力も、魔法も、勇気も覚悟も全てこの一撃に注ぐ。
果たしてこの鍔迫り合いの勝者は――
「づあぁぁ‼」
「センリ⁉」
徐々に拮抗が崩れていき、魔剣に圧し負けていく。必死に抗うもしかし、魔剣の一撃は僕を身体ごと吹っ飛ばした。
身体はそのまま芝生に叩きつけられるように落ちて、重力に流されるように転がる。何度か景色が回った所で気力で踏み止まり、軋む身体を無理矢理起こす。
「……だい、じょぶ。吹っ飛ばされただけ……」
口の中に入った草を吐き出したあと、ギリッと奥歯を噛みしめた。
「やっぱり僕の力じゃまだ、あの魔人は倒せないっ」
やはり、あれを倒せるのはリリスだけなのか。しかしリリスは僕を行かせるべく触手のようなものの相手をして、今もまだ戦っている。
左手の短剣もさっきの吹っ飛ばされた衝撃で落としてしまった。あれを拾う暇を魔人がくれるかも怪しい。
身体強化のタイムリミットも迫っている――あともう一度同じことをしても、結果は変わらない――
「ヴ、オォォォ……グルァ」
「なん、だ?」
苦悩する最中、不意に聞こえたのは魔人の呻き声だった。そして次の瞬間、魔人が動きを止めた。
「グル、ガッ……ァァァアアア!」
唖然とその光景を見ていた僕は、まるで魔人が苦しんでいるように見えた。
「……まさか。ベルクトさん?」
一瞬、魔人の苦しむ様が、その中に囚われている青年が必死になって抵抗している姿と似重なった。
もしや、と僕は彼の名前を叫ばずにはいられなかった。
「まだそこにいるんでしょ! ベルクトさん!」
「グッ……アァ……うああああああああああ!」
「魔剣なんかに、自分を支配されるな!」
その声に、僕の想いに、まるで応えたように。
「ヴルゥアアアアアアアア!」
――魔人は、己の肉体に魔剣を突き刺した。
******
……ここは、どこだ。
意識が朦朧としている。手や足の感覚がなく、身体も動かない。
ゆっくりと身体が、いや意識が沈んでいくような感覚だ。どこまでもどこまでも落ち続けて、光すら見えない深海の奥底へと意識が沈んでいく。
――俺は、何をしたかったんだ。
たぶんもう這い上がれないだろうと、沈んでいく身体に全くと言っていいほど力が入らないことでそれを悟り、せめてこの意識が完全に消える前に自分自身に問いかけた。
無力な自分が憎かった。故郷を目の前で焼かれたのにただ茫然とその光景を眺めることしかできなくて、目の前で死んだ両親の仇すら取れずその場で泣くだけしかできなかった無力の自分に、とにかく腹が立った。
弱いのが嫌だった。復讐を遂げようと決めたその日から剣を振り続けた。雨の日も風の日も、肌を焼くような灼熱の日も降り積もる雪の日も。熱が出ようがなんだろうが、一日も休むことなく剣を振り続けた。全ては強くなって復讐を遂げるために。けれど、人間の力はあまりにか弱くて。
強くなりたかった。このままでは復讐など遂げられないと悟ったのは、ある魔族が村を襲っているという情報を聞きつけ、討伐しに出た時だ。そのあまりの強さに為す術もなく敗北し、無残に負けて帰って来た。
俺はこれまで何のために剣を振るってきた。何のために生きてきた。俺は何のために生きてるんだ。俺は何で生きてるんだ。俺は何であの時もあの時も殺されなかったんだ――弱いのは、嫌だ。
そして俺は、あの日、惹かれるようにその剣を手にした。
それを手にした瞬間。自分の中の常識がひっくり返るような気がした。まるでこの世が全て自分のものにでもなったかのような錯覚と、事実一度は敗北を期した魔族を容易く屠ることができた。
これがあれば、これさえあれば。人間を超越できる。あの吸血鬼だって殺せる――けれど、人間を辞めた代償は重くて。
日を重ねるごとに、頭の中で響く声が大きくなっていった。最初は微かに、けれど徐々に精神を蝕んでいくほどに。
それは昼夜問わず続いた。『自分に身を委ねろ』という声が絶えず頭の中で響き渡り、そして身体の自由すらも利かなくなり始めた。
それでも必死に内なる声に抵抗し続け、ようやく復讐の相手を見つけた。しかしあと一歩という所で逃げられ、俺はまた途方に暮れた。
そして、微かに残る自我で辿り着いた町で、彼と出会った。
――センリ。
彼は不思議だった。純粋に強くなる為にと彼が振るう剣は楽しさに満ちているようだった。呆れるほど真向から、けれど時々いい動きを見せる。
そんな彼と剣を交わす時間は、俺の復讐の人生にささやかな安寧をくれた。
俺に兄弟はいなかったけれど、きっと弟がいたらこんな感じなのだろうと思った。兄に剣術を教えてくれとせがむ弟に、呆れながらも結局は応じてしまう、いつまでも弟想いの兄になれていたかもしれない。……いい兄には、なれないかもしれないが。
とにかく、彼と過ごす時間だけは内なる声が邪魔をせず、身体も自由が利いた――その、はずだった。
――あぁ。そうだ。俺は、もう……。
記憶を辿ろうとする。記憶が途切れる前の、自分が最後に見た記憶。
たしか、俺はいつもの広場で彼と話して、それから……それから……あぁ、ダメだ。彼の顔が見れない。激しい怒りに呑まれて、視界が真っ赤に染まって、それからのことはもう覚えていない。
俺にはまだ、やり遂げなければならないことがあったはずなのに。それなのに、ここで終わるのか――、
『――ん。――るくとさん』
暗く。光りすらも届かない闇の中に意識が完全に消えてなくなる刹那。どこからか声が聞こえたような気がした。
何度も、聞いた声だ。無邪気で、明るくて、そして温かい、日向のような声。
『――べる――さん! べるく――べるくとさん!』
何度も何度も俺を呼ぶ。必死になって。懸命に、まるで俺の意識を呼び戻そうとでもしているかのように。
――行かなきゃ。
――イクナ。
――俺はまだ、あの子と。
――オレガ……カワリニヤッテヤル。
――黙れ。
――オレハ、オマエ、ダ。
違う。
俺は、ベルクト。
あの日、故郷と同胞を奪われ、そして復讐を誓った。復讐者・ベルクトだ。
この身体は――お前のものじゃない! 俺の身体だ!
『まだそこにいるんでしょ! ベルクトさん!』
あぁ。いるぞ。
俺はまだ、ここに――。
*****
何が、起きた。
片膝を着いて起き上がろうとしていた僕と、触手のようなものを斬り続けていたリリスがその光景を前に啞然として固まる。
突如、苦しみ始めた魔人が、己の身体に魔剣を突き刺したのだ。
突き刺した傷口からは決壊したダムのように黒紫色の血が噴出し、足元を血の海で埋めていく。
ぐらりと、よろめいた魔人は倒れることはなくまだ立っていて、
「……セン、リ」
「ベルクトさん!」
兜が罅割れ、そこから見えたのは赤い目――ではなく、人の目だった。
そして今はっきりと、魔人は僕の名前を呼んだ。
「まさか意識が? ありえない……意識は完全に魔剣に乗っ取られてたはず」
リリスが凝然とその光景を見てそう呟くのを横目に、僕は魔人――否、ベルクトさんに笑みを向ける。
「よかった。意識が戻ったんですね!」
「…………」
「ベルクトさん?」
僕の言葉に応じることはなく、ベルクトさんは握りしめたままの魔剣を今度は引き抜いた。
「――な」
まるで栓を抜いた瓶のように、開いた傷口から大量の血が零れ落ちていく。それは一目見ればもう助からないと理解できてしまうほどの出血だった。
その光景をただ茫然と眺めていた僕に、ベルクトさんは無言のまま魔剣を突きつけた。
「……センリ。最期に、もう一度だけ……」
「――――っ」
あぁ。
もう分かってしまった。
ベルクトさんが何を望んでいるのか。
彼が、僕に何を望んでいるのか。
僕は胸に押し寄せる激情を、今にも零れ落ちそうな涙を必死に堪えながら、立ち上がる。
「はい。最期にもう一度、やりましょう」
「……ふっ」
此処で僕と貴方は出会って。そして会うたびに剣を交えた。
それを最期にもう一度だけ。
「……行くぞ、センリ」
「はい」
互いに剣を構える。息を深く吸い。集中力を高めていく。
「(僕はずっと貴方に勝てなかった。けど……)」
静寂が降りる。吹く風が木々を揺らし、噴水の音がやけに鮮明に聞こえる。
やがて、その時は訪れて。
「――フッ!」
「――ハッ!」
一層強く吹いた風を合図に、僕とベルクトさんは一気に芝生を蹴り上げた。
互いに握る剣を更に強く握りしめ、最後の一撃に全てを懸ける。
距離が縮まる。それは同時にこの戦いの終わりを意味していて。
魔剣を掲げる。
剣を構える。
そして――、
「うおおおおおおおお!」
「はああああああああ!」
魔剣を振り下ろした。
剣を振り切った。
刹那の交差。互いの全身全霊を乗せた一閃。その斬撃が相手に届いたのは、
「……ふっ。本当に、強くなったなぁ。センリ」
「――――」
背中越しに笑った声がして、その後に倒れる音がした。
先に剣が届いたのは、僕の方だった。
「――っ! ベルクトさん!」
勝敗は決し、僕は振り向くとそのまま倒れたベルクトさんの元へすぐに駆け寄った。滑るように芝生に膝を着き、そして彼を抱えた。
「かふっ……最期に、お前とこうして剣を交えられて、よかった」
「何言ってるんですか! もっと、やりましょうよ。また前みたいに、僕に稽古つけてください。怪我をすぐに治せば、きっとまだ……」
ベルクトさんは僕の言葉にふるふると首を横に振った。
「俺は、この剣で自分の心臓を貫いた……もう、手遅れだ」
「……っ! なんで、なんでそんなことしたんですか!」
「はは。なんでだろうな。俺にも、よく分からないんだ……このまま怒りに身を投じれば、楽になれると思った。でも……」
「でも?」
「深い、暗闇の中で、必死に俺のことを呼ぶ声がしたんだ……諦めるなと、まるでそう言ってるような気がした……」
「…………」
「だから、だろうか……最期に、自分の運命を変えてみたくなったのは」
「……っ」
段々とベルクトさんの瞳から光が失われていく。それはまるで蝋燭の火が消えるように。
どう足搔こうと避けられない瞬間が迫る。それをただ見届けることしかできない無力さに奥歯を噛みしめていた時だった。
「つまり貴方は、最後の最後に己の力で魔剣の支配から打ち勝ったということね。自分を誇りなさい」
「お前は……」
「久しぶりね。貴方がずっと探していた、復讐者かもしれない魔族よ」
「……赤目、赤髪の、吸血鬼」
僕らの元へやって来たリリスは、ベルクトさんを見下ろすように見つめた。そして、リリスを見たベルクトさんは、確かめるように問いかけた。
「お前が……俺の故郷を、家族を……殺した、魔族、なのか?」
「――――」
リリスは一瞬、どう答えるべきか逡巡するような表情を見せたあと、
「いいえ。残念だけど、貴方の故郷と家族を全て奪ったのは私じゃないわ。私は人間を殺したことはあるけれど、過去一度たりともそんな残虐非道を行ったことはない」
「…………」
「魔族の言葉を信じるか信じないかは貴方次第だけど」
「そう、か」
リリスが出した答えは、嘘偽りなく誠実に事実を告げることだった。それがリリスなりの、復讐に生きた彼に対する敬意の表しだったのだろう。
そして、リリスの言葉を聞いたベルクトさんは、自嘲するような笑みを浮かべて、
「結局、俺は復讐はおろか……何も為せないまま死ぬのか」
「……ベルクトさん」
「そんな顔をするな、センリ……後悔は、ない。お前の、おかげで……」
「え?」
もう、命の灯が消える。そのわずかに残った時間の中で、ベルクトさんは僕を見ながら微笑みを浮かべて、
「センリ……俺を救ってくれて……ありがとう」
「ベルクトさん? ベルクトさん。ベルクトさん!」
彼の瞳から光が消えていく。握る手に力が感じられない。最期、微かに震えていた唇は、感謝を伝えてそれきり動かなくなった。
「……くっ。うっ、うう……」
こうして、魔剣に魅せられた復讐者は、最後に希望を見つけて復讐の檻から脱し。シエルレントを脅かし続けた連続殺人事件は少年の活躍によって幕を閉じる。
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