××男と異常女共

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幽霊女と駄菓子屋ばあちゃん

5-11

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『――いちゃん』

 懐かしい声が頭の中で思い出された。


「……さぁな。……婆さんはいたの? そういうの?」

 俺は適当に答えて、逆に婆さんに聞いてみた。
 
「いたよぉ。私にとっての支えは、『両親』だったねぇ」

「……ふーん」

 まぁ子供の頃の支えなんて、大抵がそんなものだろう。

「老いた今も、支えってあんの?」

「あるよぉ。私の今の支えは、マーブルさ」

「……ユウノが迎えに行ったやつ?」

「そう。マーブルは私が拾った犬でね。もう一二年も一緒に暮らしてきたよ。自由気ままで、頭が良くて、子供好きででねぇ。昔からお昼ぐらいになると、近くの公園に行って子供と遊んで帰ってくるんだよ」

「それが今も続いてるのか」

「そうなんだよ。もう私と同じでかなりの歳なんだけどねぇ」

「……なんで名前がマーブルなの?」

「ふっふっ、ただのお菓子の名前さ。私の好きなお菓子でね、子供の頃はよく食べた。ほれ、あそこにあるカラフルなやつさ」

 婆さんが指差したところには、赤、青、緑、黄など、様々な色をした粒が円状にPTP包装されているお菓子がある。カラフルなお菓子なために、他のものと比べても見栄えはいい方だ。
 
「うまいの?」

「私は好きだったよ」

「……いくら?」

「四〇円」

 俺は財布から一〇円玉を四枚取り出して婆さんに渡すと、立ち上がってそのお菓子を取った。
 「まいど」と婆さんが言うと、俺は早速と粒を一つ取り出して口に運んだ。
 ちなみに、選んだ色は赤である。

「……チョコか」

「美味しいかい?」

「……まあまあ」

「それは良かった」

 俺はもう一度婆さんの隣に座って、そのチョコを食べ始めた。
 色によって味が変わるのかなと思っていたが、どうやら味は全部同じらしい。なら何故色違いなどにしたんだろうか。そこまで知りたいとは思わないが、気になるところではある。

「それにしても遅いねぇ、ユウノちゃん。そろそろ戻ってきてもおかしくないと思うんだけど」

 俺がカラフルなチョコを眺めていると、婆さんが心配そうな声でそう言う。
 店の中の針時計を見ると、ユウノが店を出てからすでに三〇分が経っている。ユウノが向かった公園が何処にあるか知らない俺は、その時間が遅いかどうか分からない。
 すると「ばあちゃん!」という声が、店の外から聞こえてきた。その声で、ユウノが帰ってきたということが分かる。気になるのは、その声にいつもとは違う切迫した感じがあることだけだ。
 店の中に入ってきたユウノの顔は、明らかに様子がおかしかった。

「お帰り、ユウノちゃん。マーブルは連れ帰ってきてくれたかい?」

「それが、マーブルが! マーブルが公園で倒れてて! 全然動かないの!!」

「えっ……!」

 ユウノの言葉に、驚きの顔を見せる婆さん。
 店を放っぽり出し、俺と婆さんはユウノに連れられて、マーブルが倒れているという場所に向かった。
 着いた場所は、子供の遊び場として定番である公園。中にはよくあるブランコにすべり台、ジャングルジムに砂場といった遊び場が置かれている。
 ブランコとすべり台、ジャングルジムは、揺れることなく、回ることなく、動くことなく、何事もなかったかのようにそこにある。しかし、砂場だけは違った。砂場だけに誰かが遊んでいたであろう跡や足跡が、いくつか残っている。
 その砂場の傍にポツンと、一匹の犬が倒れていた。

「マーブル!?」

 婆さんが膝をついてマーブルを抱き寄せた。
 グッタリと力なく、微動だにしないマーブル。その身体はボロボロで、誰かに暴行を加えらたということが明白だった。
 
「マーブル! マーブル!!」

 婆さんは何度も名前を呼ぶが、マーブルが反応を見せる様子はない。それはそうだ。息をしてないところを見るに、マーブルは――

 ――死んでいるのだから。

「……どうして、どうしてマーブルが……うっ……う……っ」

 婆さんの涙が、もう動かないマーブルの額に落ちる。しかし、マーブルが目を開けることはない。
 俺はそれを後ろで何も言わずに眺めていると、ユウノに目を向けた。ユウノの顔はよく見えないが、その肩は、その腕は、握っている拳は、震えていた。
 俺が名前を呼ぶと、ユウノはマーブルと違って反応を見せる。しかし、握った拳を戻しはしない。
 すると、「おにいさん」とユウノが俺を呼んだ。

「ん?」

「……私、幽霊になって、こんなにの……初めてだよ」

 ユウノの震える声からは、確かな怒りが伝わってくる。そんなユウノの声を聞いたのは、これが初めてだ。
 夕焼けに染まった空が、婆さんの悲しみを、ユウノの怒りを、代弁するかのように、赤く儚い色をなしていた。
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