82 / 111
幽霊女と駄菓子屋ばあちゃん
5-11
しおりを挟む
『――いちゃん』
懐かしい声が頭の中で思い出された。
「……さぁな。……婆さんはいたの? そういうの?」
俺は適当に答えて、逆に婆さんに聞いてみた。
「いたよぉ。私にとっての支えは、『両親』だったねぇ」
「……ふーん」
まぁ子供の頃の支えなんて、大抵がそんなものだろう。
「老いた今も、支えってあんの?」
「あるよぉ。私の今の支えは、マーブルさ」
「……ユウノが迎えに行ったやつ?」
「そう。マーブルは私が拾った犬でね。もう一二年も一緒に暮らしてきたよ。自由気ままで、頭が良くて、子供好きででねぇ。昔からお昼ぐらいになると、近くの公園に行って子供と遊んで帰ってくるんだよ」
「それが今も続いてるのか」
「そうなんだよ。もう私と同じでかなりの歳なんだけどねぇ」
「……なんで名前がマーブルなの?」
「ふっふっ、ただのお菓子の名前さ。私の好きなお菓子でね、子供の頃はよく食べた。ほれ、あそこにあるカラフルなやつさ」
婆さんが指差したところには、赤、青、緑、黄など、様々な色をした粒が円状にPTP包装されているお菓子がある。カラフルなお菓子なために、他のものと比べても見栄えはいい方だ。
「うまいの?」
「私は好きだったよ」
「……いくら?」
「四〇円」
俺は財布から一〇円玉を四枚取り出して婆さんに渡すと、立ち上がってそのお菓子を取った。
「まいど」と婆さんが言うと、俺は早速と粒を一つ取り出して口に運んだ。
ちなみに、選んだ色は赤である。
「……チョコか」
「美味しいかい?」
「……まあまあ」
「それは良かった」
俺はもう一度婆さんの隣に座って、そのチョコを食べ始めた。
色によって味が変わるのかなと思っていたが、どうやら味は全部同じらしい。なら何故色違いなどにしたんだろうか。そこまで知りたいとは思わないが、気になるところではある。
「それにしても遅いねぇ、ユウノちゃん。そろそろ戻ってきてもおかしくないと思うんだけど」
俺がカラフルなチョコを眺めていると、婆さんが心配そうな声でそう言う。
店の中の針時計を見ると、ユウノが店を出てからすでに三〇分が経っている。ユウノが向かった公園が何処にあるか知らない俺は、その時間が遅いかどうか分からない。
すると「ばあちゃん!」という声が、店の外から聞こえてきた。その声で、ユウノが帰ってきたということが分かる。気になるのは、その声にいつもとは違う切迫した感じがあることだけだ。
店の中に入ってきたユウノの顔は、明らかに様子がおかしかった。
「お帰り、ユウノちゃん。マーブルは連れ帰ってきてくれたかい?」
「それが、マーブルが! マーブルが公園で倒れてて! 全然動かないの!!」
「えっ……!」
ユウノの言葉に、驚きの顔を見せる婆さん。
店を放っぽり出し、俺と婆さんはユウノに連れられて、マーブルが倒れているという場所に向かった。
着いた場所は、子供の遊び場として定番である公園。中にはよくあるブランコにすべり台、ジャングルジムに砂場といった遊び場が置かれている。
ブランコとすべり台、ジャングルジムは、揺れることなく、回ることなく、動くことなく、何事もなかったかのようにそこにある。しかし、砂場だけは違った。砂場だけに誰かが遊んでいたであろう跡や足跡が、いくつか残っている。
その砂場の傍にポツンと、一匹の犬が倒れていた。
「マーブル!?」
婆さんが膝をついてマーブルを抱き寄せた。
グッタリと力なく、微動だにしないマーブル。その身体はボロボロで、誰かに暴行を加えらたということが明白だった。
「マーブル! マーブル!!」
婆さんは何度も名前を呼ぶが、マーブルが反応を見せる様子はない。それはそうだ。息をしてないところを見るに、マーブルは――
――死んでいるのだから。
「……どうして、どうしてマーブルが……うっ……う……っ」
婆さんの涙が、もう動かないマーブルの額に落ちる。しかし、マーブルが目を開けることはない。
俺はそれを後ろで何も言わずに眺めていると、ユウノに目を向けた。ユウノの顔はよく見えないが、その肩は、その腕は、握っている拳は、震えていた。
俺が名前を呼ぶと、ユウノはマーブルと違って反応を見せる。しかし、握った拳を戻しはしない。
すると、「おにいさん」とユウノが俺を呼んだ。
「ん?」
「……私、幽霊になって、こんなに怒ったの……初めてだよ」
ユウノの震える声からは、確かな怒りが伝わってくる。そんなユウノの声を聞いたのは、これが初めてだ。
夕焼けに染まった空が、婆さんの悲しみを、ユウノの怒りを、代弁するかのように、赤く儚い色をなしていた。
懐かしい声が頭の中で思い出された。
「……さぁな。……婆さんはいたの? そういうの?」
俺は適当に答えて、逆に婆さんに聞いてみた。
「いたよぉ。私にとっての支えは、『両親』だったねぇ」
「……ふーん」
まぁ子供の頃の支えなんて、大抵がそんなものだろう。
「老いた今も、支えってあんの?」
「あるよぉ。私の今の支えは、マーブルさ」
「……ユウノが迎えに行ったやつ?」
「そう。マーブルは私が拾った犬でね。もう一二年も一緒に暮らしてきたよ。自由気ままで、頭が良くて、子供好きででねぇ。昔からお昼ぐらいになると、近くの公園に行って子供と遊んで帰ってくるんだよ」
「それが今も続いてるのか」
「そうなんだよ。もう私と同じでかなりの歳なんだけどねぇ」
「……なんで名前がマーブルなの?」
「ふっふっ、ただのお菓子の名前さ。私の好きなお菓子でね、子供の頃はよく食べた。ほれ、あそこにあるカラフルなやつさ」
婆さんが指差したところには、赤、青、緑、黄など、様々な色をした粒が円状にPTP包装されているお菓子がある。カラフルなお菓子なために、他のものと比べても見栄えはいい方だ。
「うまいの?」
「私は好きだったよ」
「……いくら?」
「四〇円」
俺は財布から一〇円玉を四枚取り出して婆さんに渡すと、立ち上がってそのお菓子を取った。
「まいど」と婆さんが言うと、俺は早速と粒を一つ取り出して口に運んだ。
ちなみに、選んだ色は赤である。
「……チョコか」
「美味しいかい?」
「……まあまあ」
「それは良かった」
俺はもう一度婆さんの隣に座って、そのチョコを食べ始めた。
色によって味が変わるのかなと思っていたが、どうやら味は全部同じらしい。なら何故色違いなどにしたんだろうか。そこまで知りたいとは思わないが、気になるところではある。
「それにしても遅いねぇ、ユウノちゃん。そろそろ戻ってきてもおかしくないと思うんだけど」
俺がカラフルなチョコを眺めていると、婆さんが心配そうな声でそう言う。
店の中の針時計を見ると、ユウノが店を出てからすでに三〇分が経っている。ユウノが向かった公園が何処にあるか知らない俺は、その時間が遅いかどうか分からない。
すると「ばあちゃん!」という声が、店の外から聞こえてきた。その声で、ユウノが帰ってきたということが分かる。気になるのは、その声にいつもとは違う切迫した感じがあることだけだ。
店の中に入ってきたユウノの顔は、明らかに様子がおかしかった。
「お帰り、ユウノちゃん。マーブルは連れ帰ってきてくれたかい?」
「それが、マーブルが! マーブルが公園で倒れてて! 全然動かないの!!」
「えっ……!」
ユウノの言葉に、驚きの顔を見せる婆さん。
店を放っぽり出し、俺と婆さんはユウノに連れられて、マーブルが倒れているという場所に向かった。
着いた場所は、子供の遊び場として定番である公園。中にはよくあるブランコにすべり台、ジャングルジムに砂場といった遊び場が置かれている。
ブランコとすべり台、ジャングルジムは、揺れることなく、回ることなく、動くことなく、何事もなかったかのようにそこにある。しかし、砂場だけは違った。砂場だけに誰かが遊んでいたであろう跡や足跡が、いくつか残っている。
その砂場の傍にポツンと、一匹の犬が倒れていた。
「マーブル!?」
婆さんが膝をついてマーブルを抱き寄せた。
グッタリと力なく、微動だにしないマーブル。その身体はボロボロで、誰かに暴行を加えらたということが明白だった。
「マーブル! マーブル!!」
婆さんは何度も名前を呼ぶが、マーブルが反応を見せる様子はない。それはそうだ。息をしてないところを見るに、マーブルは――
――死んでいるのだから。
「……どうして、どうしてマーブルが……うっ……う……っ」
婆さんの涙が、もう動かないマーブルの額に落ちる。しかし、マーブルが目を開けることはない。
俺はそれを後ろで何も言わずに眺めていると、ユウノに目を向けた。ユウノの顔はよく見えないが、その肩は、その腕は、握っている拳は、震えていた。
俺が名前を呼ぶと、ユウノはマーブルと違って反応を見せる。しかし、握った拳を戻しはしない。
すると、「おにいさん」とユウノが俺を呼んだ。
「ん?」
「……私、幽霊になって、こんなに怒ったの……初めてだよ」
ユウノの震える声からは、確かな怒りが伝わってくる。そんなユウノの声を聞いたのは、これが初めてだ。
夕焼けに染まった空が、婆さんの悲しみを、ユウノの怒りを、代弁するかのように、赤く儚い色をなしていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
12
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる