××男と異常女共

シイタ

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Ignorance is bliss.

6-18

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 ――ガタン。

 という衝撃がアームを揺らした。
 その揺れでアームに引っ掛かっていたタグが外れスライムが下に落ちていく。
 元あった場所――ではなく、景品ゲットの落とし口に。吸い込まれるように落ちていった。
 ゲームクリアだ。姶良は見事にスライムをゲットすることに成功した。
 
「……入った」

「入ったな」

「…………やった」

 今までの淡々としたものとは違う感情の篭った声。
 ショーウィンドウに反射して見える姶良の顔を確かめてみれば、今までとは比べられない程の笑顔を浮かべていた。
 無愛想なこいつでもこんな笑顔ができるのか。
 そう思いながら物珍しさに直に眺めようとすると、姶良の顔はすでにいつも通りの無表情に戻っていた。
 さっきの笑顔は見間違いだったのではないかと思ってしまう程の豹変ぶりである。
 
「……?」

「なんでも」

 見られていることに気づいた姶良が首を傾げてこちらを見てきたので、そう応えておく。
 それにしても、やっとスライムをゲットできたというのに何故取り出し口から取りに行かないのか不思議でしょうがない。
 遠慮でもしているのだろうか。
 判らないがこのまま待っていてもしょうがないので、姶良に代わってゲットしたスライムを取り出すことにする。
 触りごごちは俺が取ったスライムと同じで、枕には丁度いいぐらいの弾力だ。夜寝よいではなく昼寝用の枕として。
 
「ほら」

「……」

 取り出したスライムを差し出すと、無言でそれを見る姶良。そして何かを理解したかのようにコクリと頷くと、スライムを受け取って何処かへ向かい始める。
 景品持ち帰り用の袋でも取りに行くのかと思い何も言わずに様子を伺っていると、姶良は袋があるところを通り過ぎゲーム機の角へ消えていく。
 どうやら袋を取りに行った訳ではないらしい。
 なら一体何処へ何しに行くのやら。
 姶良の向かった方に何があったのかを思い出してみる。
 あっちの方は確か……。

「あ」

 何があったのかを思い出して、少し小走りにそこへ向かっていく。
 着いてみれば案の定、想像通りの光景がそこにはあった。

「おい」

「……なに?」

「『なに?』じゃなくてな。せっかく取った景品をゴミに捨てようとしてんじゃねぇよ。もったいないだろうが」

 ゲーセンのゴミ箱にスライムを捨てようとしている姶良の手から、それを取り上げる。
 話の途中で隙を突いて、スライムを捨ててしまうかもしれないからだ。話が済んだら、あとでちゃんと返してやるつもりである。

「……でも、さっきこれはゴミだって」

「そう思えって言っただけだ。それがゴミだとは言ってねぇよ。――ったく、これは一応俺からお前へのプレゼントのつもりなんだが。不満か?」

「……それが、プレゼント?」

「そうだよ」

 スライムをクレーンゲームで自力で取ったのは姶良であるが、取れるまで金を出したのは俺なのだ。これがプレゼントと言っても別にいいだろう。
 ただ、不満や文句があると言われたら改めて姶良のプレゼントを選ぶしかない。無理に連れてきた分、それぐらいは仕方ない。
 姶良は俺が持っているスライムをジッと見てから、抑揚のない声で答える。

「……不満」

「……そうか」

 はぁ、とため息を吐きながら俺はそう応えた。
 仕方ない。別のものを選ぶしかないか。
 とりあえず、うさ耳リボンの付けたスライムは姶良に返すとして、これはゴミではないと言い聞かせよう。結局捨てられたら、止めた意味がないからな。
 そう考えていると、「……だって」と姶良が口にする。

「どうせゴミになるもの」

「……」

 そういことか、と今の言葉を聞いて納得した。
 姶良はスライムのぬいぐるみに不満を持っているのではなく、いずれゴミになってしまう物を貰うことに不満を持っているのだ。
 スライムのぬいぐるみ自体にも不満を持っているかもしれないが、まあそれはいいとして彼女が口にした言葉のことだ。
 『どうせゴミになるもの』。
 それはそうだ。どんなものでも、いつかはみんなゴミになる。
 だけど、彼女のその言葉に俺は物申さずにはいられない。

「だったら、お前の頭に付けてるリボンももうボロボロで買い替えどきだろ。それももうゴミなんじゃないのかよ」
 
 姶良が頭の上に付けている黒いうさ耳リボンを指差してそう言うと、彼女は両手で守るようにリボンを隠す。

「……これはダメ。……先生に貰った大事なものだから……ダメ」

「だけどそれも、『どうせゴミになる』だろ」

「……これは……ゴミじゃないもん」

 俺の言葉にカチンと来たのか、姶良の口調に怒気が混じっている。
 彼女が怒っているところなど初めて見るが、構わず俺は言葉を続ける。

「今はな。だけどいつかゴミになる」

「……ならないもん!」

 姶良は声を大きくして否定する。だけどその声の大きさは、姶良にしてはというだけでそこまでの大きさはない。周りのゲーム機の音の方がよっぽど大きい。
 すると姶良の目が潤いを帯び始め、彼女は顔を下に向けて言う。

「……これは、大事なものなんだもん。……たった一つの……一番なんだもん」

「……たった一つの一番? なんだそれ」

 いきなり出た言葉に、理解が追いつかない。
 なんでそんな言葉が今でできたのか。たった一つの一番とはどう言う意味なのか。
 一番なんて普通一つしかないだろう。
 
「……さっき、ストーカーと一緒にいた子が言ってた。……どっちも一番って。……一番を二つも持ってた」

 ストーカーって言うのはひとみのことだろう。前に姶良には、あいつのことをそう教えて置いた。
 そして、一緒にいた子って言うのはひとみの友達だろうな。多分、あのツインテールの奴だ。もう一人は、どっちも一番なんて言葉を人前で使うとは思えないし。
 ひとみがいつも教室で連んでいる二人を思い浮かべて、そう推理してみる。
 だけど、それでも姶良が言いたいことがまだよく分からない。

「一番を二つ持ってるから、何だって言うんだよ?」

「…………かった」

「は?」

「……羨ましかったの」

 ゲーム機の雑音で聞こえなかった言葉を姶良はもう一度口にする。
 羨ましかった、ね。

「なら、お前も一番を二つ持てばいいじゃねぇか」

「……私はゴミだから、そんな贅沢許されないもん」

「別に一番を二つ持つぐらいいいと思うけどな。それに、もうすぐ人間になれるんだろ」

「……そんなの、分かんないもん」

 いじけてしまった様子の姶良。
 人間になれるかもと期待にあふれた言葉を口にしていた時の彼女とは、すっかり様変わりである。
 そうさせてしまったのは、俺の所為なんだろうけど。少し言い過ぎてしまったようだ。

 俺は心の中でため息を吐きながら、その場でしゃがみ込み顔を下に向けている姶良と同じぐらいの目線になる。
 下を向く彼女の顔は、もしも次にきつい言葉を放ってしまったら、すぐにでも泣き出してしまいそうなほど脆そうだ。
 言葉は選ばないといけない。

「大丈夫だ。お前は人間になれる」

「……そんなの分かんない」

「少なくとも、俺はそう思ってる」

「…………どうして?」

「……たった一年ぐらいの短い間だが、お前の頑張りを身近で見てきて、お前が強く人間になりたいと思っていることを知った。……世の中にはゴミみたいな人間が山ほどいるのに、お前みたいな頑張り屋が人間じゃないっていうのが納得いかないんだよ。だから、俺はお前が人間になれると思ってる」

「…………なれるかな?」

「あんだけ毎日ゴミ集めしてるんだ、なれるだろ。それに、お前が人間になれると思ってるから、こうやって前祝いにプレゼントまで送ってるんだぞ。……それとも、このぬいぐるみはお気に召さないか? ゴミになるとかは関係なしで」

「……かわいいと思う」

「なら、お前の付けてるリボンと同じぐらいこれも大事にしてくれよ。自分で言ってもなんだが、俺が誰かにプレゼントを送るなんて滅多にないことなんだからな」

「……」

 スライムを姶良の前に差し出すと、彼女はおずおずと手を出してそれを受け取り、ギュッと抱きしめる。
 
「……うん」

 そう返事をした姶良の顔は、今まで一番の笑顔だった。
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