上 下
46 / 46

第46話 さっさとお家に帰りなよ

しおりを挟む
 目が覚めると木で作られた天井が見えた。

 重傷を負ったはずなのだが体は痛くない。ベッドは硬く、普段寝起きしている場所ではないようだ。

 こんな場所来たことがない。ということは、過去に戻ったわけじゃないんだろう。

「あ、目が覚めたみたいだよ」

 ここ二日で聞き慣れた声がした。目だけを横に動かす。

 プルップがいた。人の形をしているので力は取り戻したようだ。

 状況を確認するために上半身を起こしたら、急に視界が暗くなる。

「お兄様っっ!!」
「く、くるしい」

 強く抱きしめられて、鼻と口がふさがってしまった。

 息がしにくい。

 ナターシャの両肩を掴むと無理やり引き剥がす。

「はぁはぁ……落ち着け」
「無理です! もっとお兄様成分を補給させてください!」
「そんなもんない!」

 指を真っ直ぐ伸ばすとナターシャの頭を軽く叩いた。

「俺が気を失った後に何が起こったのか教えてくれ」

 最後にシルフォンが俺を認めるような発言をしたのは聞いた。だからこそ生き残っているのだが、なぜ粗末な小屋の中で寝ているかまではわからない。

 答えを知っていそうなナターシャは涙ぐんでいて、感情の整理ができていないように見える。

 冷静なプルップを見て、答えろと目で訴えた。

「マーシャルが倒れた後、お父様が傷を回復させて家に連れ込んだんだよ」
「で、ベッドで寝かせてくれたと?」
「うん」

 魔族が人間を助けたという事実に驚きが隠せない。

 それはプルップも同様のようだ。

「これって凄いことなんだからね。普段だったら見捨てられてたんだよ」
「だろうな……でも、そうしなかった。例外を作るほど、俺のことを認めたんだろ?」
「うん。お父様、すごく楽しそうだった。きっとまたケンカしたいって言うんじゃないかな」
「それは勘弁して欲しいな」

 シルフォンは一度も本気を出してないんだから、何度戦っても負けるに決まっている。

 あんな戦いを二度もしたくない。

「ふふふ。いいよ。私からお父様に言っておく」
「協力的じゃないか。どうした?」
「別にー。元気なら、さっさとお家に帰りなよ」

 布団を剥がされると、腕を引っ張られて立たされた。

「ま、まて。約束の確認をしてからじゃないと帰れない」
「それなら安心して良いよ。今、お父様が他の魔族たちと会って説明しているから」
「本当か?」
「もちろん。騙す理由ないでしょ」

 とは言っても、もしかしたら、という疑いは残る。せめてシルフォンともう一度会って話せば違うのだが。

「あ、納得してない顔してるね」
「少しだけな」
「だったらコレを上げる」

 プルップが差し出したのは黄金の指輪だ。文字が刻まれているが俺には読めない。

 落ち着きを取り戻したナターシャが覗き込むと、口を開く。

「王の……友人、手を出すことを……禁止する?」
「人間のくせによく読めたね。これは魔族の王が認めた人にだけ渡す指輪。これをみせれば、どんな魔族も手は出せない」

 全ての罪を許す免罪符みたいなものか?

 シルフォンの権威が維持できている間は、確かに効果がありそうだ。

 疑い出せば終わりはない。今回の人生では、ずっと協力してきたプルップを信じるか。

「受け取ろう」

 指輪を触ろうとしたら、手をつかまれてしまった。

 文句を言おうとして口を開きかけている間に、右の人差し指に着けられてしまう。不思議なことにサイズはピッタリだった。

「これでよし」
「着ける場所に意味があるのか?」
「ん? ないよー」

 腕を後ろに組んでプルップは俺から離れた。

 代わりにナターシャが俺に近づくと、指輪を触る。

「特殊な素材で作られているようですが、魔法はかかっていませんね。文字が刻まれた普通の指輪と言っても良さそうです」
「呪われているわけじゃないのか」
「ええ。その点は安心してください」

 魔法に詳しい彼女が言うなら間違いないだろう。

「では、この指輪を持って帰ることにする」
「よろしく! じゃ、外まで案内するね」

 プルップと一緒に家から出ると、分体のデカいスライムがいた。

「森の外まで、この子が連れて行ってあげるから、帰りの足として使って」
「助かる」

 襲われる危険はないだろうと思い、水の触手に捕まってスライムの上に乗る。やはり、ぷよぷよしてて気持ちいい。癖になりそうだ。

 少し遅れてナターシャも俺の隣に来た。

「また会おうね」
「機会があったらな」

 手を振って別れの挨拶をすると、スライムはゆっくりと動き出した。

 ある程度の安全は確保されているので、景色を楽しみながら帰ろう。

 屋敷に戻ったら当主代理の仕事を放置したと怒られるだろうから、英気を養っておきたかったのだ。

* * *

 私の分体に乗ってマーシャルが行ってしまった。

 本当はもっと側に置いて観察したかったんだけど、今は我慢しておく。

「帰して良かったのか?」

 声がしたので振り返るとお父様がいた。

 魔族たちとの話し合いは終わったみたい。顔に殴られた跡があるので、順調ではなかったみたいだけど。

「うん。もっと成長して欲しいから」

 マーシャルは強いけど成長途中だ。もっと、もっと、戦いの技術を磨いて高みを目指して欲しい。

 最上の人間になってもらい――。

「その後、お前の体に取り込むのか?」
「うん。それで私たちは、一つになるんだ」

 スライムにとって捕食じゃなく、擬態用の体にするというのは、大きな意味がある。

 人間で言えば結婚に近い……かな?

 全てが一つになって、ずっと一緒に過ごすから、間違いではないと思うんだけど。

 今の体を捨ててマーシャルの体を手に入れたとき、私たちは共に歩める。

 その日が来るの、すごく楽しみ。

「お前を娘にしてから十年以上経つが、未だに何を考えているかわからんな……」

 お父様が呆れた声を出しているけど気にはならない。

 娘の結婚相手になる男なんだから、邪魔だけはしないでね。



===============
【あとがき】
 今回が最終話となります。

 一応、続きは書けるような終わり方にはしているので、気が向いたら書くかも……しれません。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】地味令嬢の願いが叶う刻

恋愛 / 完結 24h.ポイント:10,053pt お気に入り:3,431

【完結】 嘘と後悔、そして愛

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7,959pt お気に入り:328

[完結]婚約破棄されたわたしは、新世界に出航します

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,628pt お気に入り:25

クラゲの魔女

児童書・童話 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:7

運命の番を見つけることがわかっている婚約者に尽くした結果

恋愛 / 完結 24h.ポイント:8,060pt お気に入り:303

悪役令嬢は勝利する!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,371pt お気に入り:154

初恋に身を焦がす

恋愛 / 完結 24h.ポイント:575pt お気に入り:1,005

処理中です...