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狩りに失敗したのか
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ハラディンとメーデゥが出会ってから二ヶ月が経過した。
剣術の訓練をしながら平原や山を越えて南に向かっているが、街道を使えないので順調とはいえない。予定よりも大幅に遅れている。馬車を使えば大陸の最南端に着いててもおかしくはないのだが、まだ中心部にいた。
とはいえ困っているわけではない。人間と遭遇しなければ平穏は続く。
二人は魔物が住むと言われている森に入ると、草を切り、土を踏み固めながら南を目指す。
食事は自給自足だが、狩りや採取の知識を持つメーデゥの活躍もあって食事には困っていない。
快適な暮らしさえ求めなければ十分に生活できるレベルであった。
「師匠は邪魔。離れてて」
霊力の扱いを教えるようになってから、メーデゥはハラディンを師匠と呼ぶようになっていた。
少女は殺気が抑えられない足手まといから離れると、静かに移動して草を食べている鹿の背後に回る。ときおり顔を上げて警戒しているが、腹が減っているため食事を続けていた。
距離は十メートルほど離れている。間には枝がいくつもあって邪魔だ。霊力を覚える前ならもっと近づかなければ行けなかったのだが今は違う。メーデゥの間合いだ。
大人用の片手剣を両手で握り、刀身を後ろに向けて腰を落とす。
気づかれないようにゆっくりと霊力を使って身体能力を高めていると、別の方向からガサッと草の動く音が聞こえた。
子鹿だ。
軽快な足取りで歩くと狙っている鹿と合流する。
親子のようで、お互いに顔を体にこすりつけながら愛情を伝え合っていた。
狩人としては手に入る肉の量が増えたと喜ぶべきなのだが、メーデゥの体は動かない。動かせないのだ。
理由がわからず戸惑っていると、鹿の親子は去ってしまう。
跡を追って狩ることも出来たのだが、そのまま見送ってしまった。
姿が見えなくなったので、高めていた霊力を戻してから構えを解く。
ハラディンは約束通り戦いの基礎を教えてくれているのに、狩りの技術を使って食事を提供すると言った自分は意図的に獲物を逃してしまった。見捨てられても仕方がない失態だと感じており、尻尾が力なく垂れ下がっている。
逃げるわけにもいかず下を向きながら言い訳を考えていると、足音が聞こえた。
いつもよりも時間がかかっているのを心配してハラディンが様子を見に来たのだ。
獲物がないことから上手くいかなかったとすぐにわかる。
「珍しいな。狩りに失敗したのか」
落胆した様子はなく、慰めるようにメーデゥの頭を撫でた。
「ごめんなさい」
「失敗するからこそ人は成長できる。謝ることじゃない」
「でも、あれは狩れた」
「そうなのか? だったら、どうして失敗したんだ?」
「小さい子供がいた。親子だった」
魔物付きは親に殺されることが多い。またそこまでいかなくても、虐待などは日常的に行われていただろう。
無意識のうちに仲の良い親子を見て羨ましくなり、また自らの手で幸せな光景を破壊することにメーデゥは強い抵抗感を覚えて、狩ることをためらってしまったのだ。
「獲物の数を減らしすぎないようにするため、狩人には子連れに手を出さないルールがある。守れて偉かったな」
「でもご飯が……」
「保存食はたっぷり残ってるんだ。気にするな。先に行くぞ」
背中を叩いてハラディンは歩き出した。
立ち止まっていたメーデゥだが、置いて行かれたくない一心で追いかけることにした。
* * *
狩りに失敗してしまったので、途中で見かけた果実をかじりながら歩いている。
道なき道を進んでいるが動物の姿は見えない。
ピリピリとしていて空気が張り詰めている。
「いつの間にか魔物の生息域に入ったようだ」
稀に動物の中から霊力の高い個体が生まれるのだが、人のようにコントロールする術を知らないため霊力に飲み込まれて別の生き物に変質することがあり、それが魔物の始祖と呼ばれている。
それらは非常に強力で都市を落とせるほど強いのだが、世代を重ねるごとに脅威度は低くなる。特に五世代以降になるとちょっと強い動物ぐらいの力しかなく、肉食動物に狩られることも多い。
「周囲にまき散らされた霊力からして四世代目か? メーデゥの実戦訓練にちょうどいい相手かもしれんぞ」
「戦いたい!」
期待に胸を膨らませ、目をキラキラさせながらハラディンを見ていた。
初めての実践に緊張していない。純粋に楽しみにしている。
「いいだろう。だがその前に、霊力で武器強化する方法を教える」
楽しみにしている少女には悪いが、ハラディンはすぐに戦わせるつもりはなかった。死なれたら寝覚めが悪い。鍛えることに手を抜くことはなかった。
「先ずは剣を持て」
背中に担いでいた剣を抜くと、メーデゥは中段で構えた。
刀身はピタリと止まっていてブレていない。旅を始めてから筋肉を鍛えており、また霊力によって能力が底上げされているので、武器を自由に振るう力を手に入れたのだ。
「武器や防具、服を体の一部だと思って動け」
「やってみる」
ただ立っているだけでは体の一部とはいえない。腕の延長線上だと感じるためには動かす必要があるのだ。
腕を上げて上段から振り下ろす。ピタリと腹の辺りで止めると、刃を水平にして横になぐ。続いて中段に構えてから、目の前に敵がいるとイメージして喉元に向けて突きを放った。
構えを戻すと、頭、手、膝を狙って小さく素振りをする。フェインを織りまぜた動きは、対人戦を想定したものだ。
どれもハラディンが教えた通りに剣を振るっており、初心者だとは思えないほどの動きだった。
剣術の訓練をしながら平原や山を越えて南に向かっているが、街道を使えないので順調とはいえない。予定よりも大幅に遅れている。馬車を使えば大陸の最南端に着いててもおかしくはないのだが、まだ中心部にいた。
とはいえ困っているわけではない。人間と遭遇しなければ平穏は続く。
二人は魔物が住むと言われている森に入ると、草を切り、土を踏み固めながら南を目指す。
食事は自給自足だが、狩りや採取の知識を持つメーデゥの活躍もあって食事には困っていない。
快適な暮らしさえ求めなければ十分に生活できるレベルであった。
「師匠は邪魔。離れてて」
霊力の扱いを教えるようになってから、メーデゥはハラディンを師匠と呼ぶようになっていた。
少女は殺気が抑えられない足手まといから離れると、静かに移動して草を食べている鹿の背後に回る。ときおり顔を上げて警戒しているが、腹が減っているため食事を続けていた。
距離は十メートルほど離れている。間には枝がいくつもあって邪魔だ。霊力を覚える前ならもっと近づかなければ行けなかったのだが今は違う。メーデゥの間合いだ。
大人用の片手剣を両手で握り、刀身を後ろに向けて腰を落とす。
気づかれないようにゆっくりと霊力を使って身体能力を高めていると、別の方向からガサッと草の動く音が聞こえた。
子鹿だ。
軽快な足取りで歩くと狙っている鹿と合流する。
親子のようで、お互いに顔を体にこすりつけながら愛情を伝え合っていた。
狩人としては手に入る肉の量が増えたと喜ぶべきなのだが、メーデゥの体は動かない。動かせないのだ。
理由がわからず戸惑っていると、鹿の親子は去ってしまう。
跡を追って狩ることも出来たのだが、そのまま見送ってしまった。
姿が見えなくなったので、高めていた霊力を戻してから構えを解く。
ハラディンは約束通り戦いの基礎を教えてくれているのに、狩りの技術を使って食事を提供すると言った自分は意図的に獲物を逃してしまった。見捨てられても仕方がない失態だと感じており、尻尾が力なく垂れ下がっている。
逃げるわけにもいかず下を向きながら言い訳を考えていると、足音が聞こえた。
いつもよりも時間がかかっているのを心配してハラディンが様子を見に来たのだ。
獲物がないことから上手くいかなかったとすぐにわかる。
「珍しいな。狩りに失敗したのか」
落胆した様子はなく、慰めるようにメーデゥの頭を撫でた。
「ごめんなさい」
「失敗するからこそ人は成長できる。謝ることじゃない」
「でも、あれは狩れた」
「そうなのか? だったら、どうして失敗したんだ?」
「小さい子供がいた。親子だった」
魔物付きは親に殺されることが多い。またそこまでいかなくても、虐待などは日常的に行われていただろう。
無意識のうちに仲の良い親子を見て羨ましくなり、また自らの手で幸せな光景を破壊することにメーデゥは強い抵抗感を覚えて、狩ることをためらってしまったのだ。
「獲物の数を減らしすぎないようにするため、狩人には子連れに手を出さないルールがある。守れて偉かったな」
「でもご飯が……」
「保存食はたっぷり残ってるんだ。気にするな。先に行くぞ」
背中を叩いてハラディンは歩き出した。
立ち止まっていたメーデゥだが、置いて行かれたくない一心で追いかけることにした。
* * *
狩りに失敗してしまったので、途中で見かけた果実をかじりながら歩いている。
道なき道を進んでいるが動物の姿は見えない。
ピリピリとしていて空気が張り詰めている。
「いつの間にか魔物の生息域に入ったようだ」
稀に動物の中から霊力の高い個体が生まれるのだが、人のようにコントロールする術を知らないため霊力に飲み込まれて別の生き物に変質することがあり、それが魔物の始祖と呼ばれている。
それらは非常に強力で都市を落とせるほど強いのだが、世代を重ねるごとに脅威度は低くなる。特に五世代以降になるとちょっと強い動物ぐらいの力しかなく、肉食動物に狩られることも多い。
「周囲にまき散らされた霊力からして四世代目か? メーデゥの実戦訓練にちょうどいい相手かもしれんぞ」
「戦いたい!」
期待に胸を膨らませ、目をキラキラさせながらハラディンを見ていた。
初めての実践に緊張していない。純粋に楽しみにしている。
「いいだろう。だがその前に、霊力で武器強化する方法を教える」
楽しみにしている少女には悪いが、ハラディンはすぐに戦わせるつもりはなかった。死なれたら寝覚めが悪い。鍛えることに手を抜くことはなかった。
「先ずは剣を持て」
背中に担いでいた剣を抜くと、メーデゥは中段で構えた。
刀身はピタリと止まっていてブレていない。旅を始めてから筋肉を鍛えており、また霊力によって能力が底上げされているので、武器を自由に振るう力を手に入れたのだ。
「武器や防具、服を体の一部だと思って動け」
「やってみる」
ただ立っているだけでは体の一部とはいえない。腕の延長線上だと感じるためには動かす必要があるのだ。
腕を上げて上段から振り下ろす。ピタリと腹の辺りで止めると、刃を水平にして横になぐ。続いて中段に構えてから、目の前に敵がいるとイメージして喉元に向けて突きを放った。
構えを戻すと、頭、手、膝を狙って小さく素振りをする。フェインを織りまぜた動きは、対人戦を想定したものだ。
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