6 / 18
6
しおりを挟む
「エマ」
ジェフは落ちた洗濯物を指して言った。そして彼はそれに近づき、拾い上げて精霊に渡し、「どうかした?」と、首をかしげた。
精霊はジェフの顔を見てはっと我に返った。
「何でもないよ! ほんと、アンドレは浮気さえしなければ完璧なのにね!」
彼女の声は震えていた。
土埃のついた洗濯物を握りしめながら、精霊はアンドレのことを考えた。アンドレは優しく笑顔を見せてくれるけれど、どこかよそよそしい部分があると思っていた。その理由がわかった気がした。きっとアンドレは、エマに浮気がバレていたのだ。
ジェフはまた切り株に腰を下ろし、両手を後ろについて、ぼうっと空を眺めていた。「なんかすっきりしない天気だよな」とつぶやくと、庭の植え込みのほうへ目をやった。そこには、紫がかった薄ピンク色のダリアと、赤葉のカンナが立ち上がっている。これらは精霊が“エマ”となってから、街で手に入れ、世話をしている植物だった。そのどれもが精霊の手塩にかけられていて、自身の美しさを存分に発揮している。
精霊はこの際だから、ジェフに聞けることを聞いておきたい気持ちになった。
「アンドレと結婚したのは正解だったのかな……ジェフ、あなたはどう思う?」
ジェフは植栽に放っていた視線を精霊に戻し、少しうつむき加減になった。
「アンドレは……ずっと結婚しなかったもんな。結局、この村では一番結婚が遅くなってしまったし。でも、もうシェリーのことは忘れていると思うよ。街に行っても、会っていないと思う……少なくとも俺はそう信じたいかな」
二人の間に沈黙が流れた。
「……シェリーのこと、未練があるんじゃないかしら」
精霊は初めてシェリーという女性の名前を聞いた。しかし、ジェフの口ぶりからすると、かつてのエマはシェリーを知っていたのだろうと思われた。現在の“エマ”は、ジェフからもっと情報を聞き出すために話を合わせていた。
”エマ”の肉体を持つ精霊は一方で、このショッキングな事実に必死に耐えていた。シェリーという女性の名は、彼女の中で眠っている嫉妬心を揺り起こそうと、彼女の心臓をノックしている。今まで心の奥底に眠っていた、ある意味消えかけていた彼女のドロドロした感情が、再び人間という肉体を通して復活してしまいそうだった。しかもその感情は、恋愛を実らせる人間への漠然とした嫉妬ではなく、アンドレとシェリーという、特定の人間を思い浮かべた嫉妬だった。対象を持つという体験のために、彼女の嫉妬心はより大きく成長しようとしていた。
「この村では、近隣の村との間で結婚することが掟だからな。昔からそうしているし、アンドレだって逆らえなかったんだろう。せいぜい、引き延ばすのが精一杯。うちの村からだって、エマしか嫁いでいける女性がいなかったわけだし……」
と、ここまで言ったところで、ジェフは「あっ!」という顔をして「いや、アンドレがエマと結婚したくなかったっていう意味じゃないよ!」と付け加えた。
精霊はわずかではあるけれど、事情を把握した。そこから想像を膨らませた。エマはジェフが住む村の出身で、アンドレに嫁ぐために村を出た。しかしエマとアンドレは、望んだ結婚をしたわけではなく、村どうしが決めた結婚だった。これは、アンドレとの熱い恋愛をまだ諦めきれない精霊にとって、残念な事実だった。
(やっぱり……私たちは互いに愛し合って結婚したわけではなかったのね……。エマも、きっと嫁ぐ前に辛い思いをしたか、複雑な思いを抱えていたんだろうな……)
精霊は息苦しさを感じながら、どんよりした曇り空の下で、じっと足元を見つめた。視線の先には、しなびたタンポポが一輪、儚げに咲いていた。
ジェフは落ちた洗濯物を指して言った。そして彼はそれに近づき、拾い上げて精霊に渡し、「どうかした?」と、首をかしげた。
精霊はジェフの顔を見てはっと我に返った。
「何でもないよ! ほんと、アンドレは浮気さえしなければ完璧なのにね!」
彼女の声は震えていた。
土埃のついた洗濯物を握りしめながら、精霊はアンドレのことを考えた。アンドレは優しく笑顔を見せてくれるけれど、どこかよそよそしい部分があると思っていた。その理由がわかった気がした。きっとアンドレは、エマに浮気がバレていたのだ。
ジェフはまた切り株に腰を下ろし、両手を後ろについて、ぼうっと空を眺めていた。「なんかすっきりしない天気だよな」とつぶやくと、庭の植え込みのほうへ目をやった。そこには、紫がかった薄ピンク色のダリアと、赤葉のカンナが立ち上がっている。これらは精霊が“エマ”となってから、街で手に入れ、世話をしている植物だった。そのどれもが精霊の手塩にかけられていて、自身の美しさを存分に発揮している。
精霊はこの際だから、ジェフに聞けることを聞いておきたい気持ちになった。
「アンドレと結婚したのは正解だったのかな……ジェフ、あなたはどう思う?」
ジェフは植栽に放っていた視線を精霊に戻し、少しうつむき加減になった。
「アンドレは……ずっと結婚しなかったもんな。結局、この村では一番結婚が遅くなってしまったし。でも、もうシェリーのことは忘れていると思うよ。街に行っても、会っていないと思う……少なくとも俺はそう信じたいかな」
二人の間に沈黙が流れた。
「……シェリーのこと、未練があるんじゃないかしら」
精霊は初めてシェリーという女性の名前を聞いた。しかし、ジェフの口ぶりからすると、かつてのエマはシェリーを知っていたのだろうと思われた。現在の“エマ”は、ジェフからもっと情報を聞き出すために話を合わせていた。
”エマ”の肉体を持つ精霊は一方で、このショッキングな事実に必死に耐えていた。シェリーという女性の名は、彼女の中で眠っている嫉妬心を揺り起こそうと、彼女の心臓をノックしている。今まで心の奥底に眠っていた、ある意味消えかけていた彼女のドロドロした感情が、再び人間という肉体を通して復活してしまいそうだった。しかもその感情は、恋愛を実らせる人間への漠然とした嫉妬ではなく、アンドレとシェリーという、特定の人間を思い浮かべた嫉妬だった。対象を持つという体験のために、彼女の嫉妬心はより大きく成長しようとしていた。
「この村では、近隣の村との間で結婚することが掟だからな。昔からそうしているし、アンドレだって逆らえなかったんだろう。せいぜい、引き延ばすのが精一杯。うちの村からだって、エマしか嫁いでいける女性がいなかったわけだし……」
と、ここまで言ったところで、ジェフは「あっ!」という顔をして「いや、アンドレがエマと結婚したくなかったっていう意味じゃないよ!」と付け加えた。
精霊はわずかではあるけれど、事情を把握した。そこから想像を膨らませた。エマはジェフが住む村の出身で、アンドレに嫁ぐために村を出た。しかしエマとアンドレは、望んだ結婚をしたわけではなく、村どうしが決めた結婚だった。これは、アンドレとの熱い恋愛をまだ諦めきれない精霊にとって、残念な事実だった。
(やっぱり……私たちは互いに愛し合って結婚したわけではなかったのね……。エマも、きっと嫁ぐ前に辛い思いをしたか、複雑な思いを抱えていたんだろうな……)
精霊は息苦しさを感じながら、どんよりした曇り空の下で、じっと足元を見つめた。視線の先には、しなびたタンポポが一輪、儚げに咲いていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
20
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる