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リンダは困惑した目で、精霊を見つめた。

精霊は彼女の怪訝そうな顔を見て、心臓の鼓動が早くなった。

「冗談はやめてよ!」

さらなる疑いの目を向けられないように精霊は繕った。無理に笑顔を作ったが、頬の筋肉が引きつった。

リンダは動揺する”エマ”を見て、「あっ、ごめんねごめんね」とおろおろするように謝った。精霊の肩に手を当て、
「なんか初めてエマの笑顔を見るような気がして……。明るくなるのはいいことよね! ごめんね。まるで別人が入り込んでいるのかなって思っちゃったの!」
と、ジェフを見ながらクスクス笑った。

「エマはエマじゃないか! 変わらないよ! ずっと昔から知ってる俺が言うんだから間違いない!」

ジェフは自信満々な顔で、リンダをからかうように言った。彼が鋭くなくて助かったと、精霊は胸を撫で下ろした。やはり外に出ると、過去の”エマ”を知っている人たちに会う危険が高まる。

精霊のわきからつうっと冷や汗が流れた。脇腹を伝っていく水滴の振動がはっきりと感じられた。

「わたしもう行かないと! またね、ありがとう!」

精霊は別れの言葉を言って、足早に立ち去った。後方から「気をつけてね~」というジェフの声が聞こえた。振り返りもしないまま、彼女は街への道のりをずんずん歩いた。




家を出るときには晴れていた空に、薄黒い雲が流れ始めた。街に着くと、精霊はまっすぐ中央広場へ向かった。地面に細かな敷石が詰められている、五十メートル四方くらいの大広場である。街の人間や往来者が絶えず行き交い、精霊もその中に紛れた。

持参してきた変装用のフードを被り、精霊は商店の一つひとつを確かめた。しばらく歩き回っていると、ようやくアンドレの材木売り場を見つけた。活気ある中央広場の商人達のなかで、ぽつんと小さな売り場を作っており、女の人と話している。中央広場の中では、比較的人目につきにくい場所だった。

(お客さんかしら……?)

精霊は遠目にアンドレとその女を観察した。アンドレは家では見せたことのないような笑顔を見せており、ウキウキしているように見える。女のほうも、アンドレと話しながら口元に手をやるほど笑っており、満たされた表情だった。

最初は無感情で彼らの様子を見ていた精霊だったが、徐々に胸がざわめいてきた。

(まだ終わらないのかしら……)

精霊がやきもきし始めたまさにそのとき、アンドレは売り場の椅子から立ち上がり、女に近づいた。女も彼を迎えるように近づき、二人は抱きしめ合った。その動きは二人にとって当然かのごとくなめらかで、慣れているようだった。

女はアンドレの胸の中に全身を委ねるようにもたれかかり、両手をアンドレの背に回した。彼はそのあと身体の密着をやめ、彼女の顔をうっとり見つめた。互いに瞳をとろんとさせながら、くちびるを重ね合った。
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