君を泣かせてしまいたい

鈴屋埜猫

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 朱莉が空良にメールをして三日が経った。

『ご都合のいい時に、お食事いかがでしょうか?』

 そう送ってしまってから、いたたまれない気持ちになったものの、空良からの返信はすぐにやって来た。

『金曜日の夜でしたら空いています。朱莉さんは、いかがでしょうか』

 比較的事務的な内容だとは思ったが、空良らしいとも感じた。ちゃんとこちらのことも気遣ってくれているのだと分かる。
 朱莉も金曜日は出勤日だが、昼過ぎまでだ。そこで、最初に待ち合わせした場所に、八時頃ということにすんなりと決まった。
 お店は朱莉が予約しておく、と連絡すると、分かりましたと返ってくる。そしてその後には楽しみにしています、という文言が続き、朱莉は自然と笑みを浮かべた。

「朱莉さん、お待たせしました」

 約束の時間の五分前。朱莉が待ち合わせ場所に着いてから一分も経たない内に、空良は姿を見せた。

「いえ、私もさっき来たばかりで……」

 小走りで近付いてきた空良に、朱莉は首を振りながら、なんだか恋人同士の会話みたいだと思う。ドラマでしか見ないような台詞を自分が口にしているなんて、と我知らず顔が火照ってくる。

「えっと……お店は近くなんです。私の友人が働いているところで」

「ご友人ですか」

 並んで歩き出しながら、朱莉はすれ違う人が空良を見ていることに気付いた。さすがというべきか、身長が高く、顔も整っている空良は歩くだけで注目を集めている。そんな彼と並んで歩くことに引け目を感じ、朱莉はそぉっと距離を取ろうとした。

「朱莉さん、危ないですよ」

 離れようとした朱莉の手を、空良が掴む。歩道を歩いているし、朱莉がいるのは車道側ではない。空良の言う危ないは理解できなかったが、微笑んでいる空良に有無を言わさぬものを感じて、朱莉は勝てないな、と感じた。


 ※  ※  ※


 朱莉の働く図書館から程近いビルに入ると、エレベーターで二階に上がる。その間も、空良は朱莉の手を離してくれず、手は繋いだままだ。

「あの……手を……」

「ああ、そうだったね」

 そう言いながら、空良は手を離してくれる。ずっと繋いでいた手を離したことで、温もりが離れて少しヒヤリとする。それが少し寂しいと感じてしまった。

「いらっしゃいませ」

 エレベーターを下りて、すぐ、そこは近代的なビルの中とは思えない空間が広がっていた。そこへ、来客を出迎えに着物姿の店員が出てくる。

「お部屋へご案内いたしますね」

「お願いします」

 着物姿の店員に導かれるまま、朱莉たちは奥へと進む。空良は朱莉の後に続きながら、少し驚いている様子だった。
 中は通路の両側に個室があり、他の客と合うことはまずない。そして案内された部屋に靴を脱いで上がると、案内してきた店員は襖を閉めて出ていってしまう。

「高藤さん、こちらどうぞ」

 朱莉は自分は下座の方へ行き、空良に上座を薦める。空良は少し戸惑いながらも薦められるまま席に着いた。コートを脱ぐと、側まで来ていた朱莉が受け取り、備え付けのハンガーに自分のコートと一緒にかけた。そこへ、着物姿の別の店員が入ってくる。

「失礼致します。お食事の用意をさせていただきます」

 綺麗な所作で一礼したのは、朱莉の親友の和美だ。朱莉は席に座りながら、空良に彼女を紹介した。

「彼女がここで働いている、友人の朝井和美さんです」

「そうでしたか。初めまして、朱莉さんのお兄さんの友人で、高藤空良と申します」

「朱莉から聞いています。超絶イケメンのハイスペックな人だって」

「ちょっと、和美っ」

 にっこりと言う和美を、朱莉は慌てて制しようとする。すると、それを見た空良が笑う。

「仲が良いんだね」

「親友ですから」

 胸を張って答える和美に、朱莉は俯いてしまう。こうして和美が言ってくれることは嬉しいのだが、他人の前だと気恥ずかしさが先に立つ。

「朱莉のこと、よろしくお願いします」

「はい」

 和美の言葉に、空良は力強く頷く。それを見て、朱莉は心がじんわりと暖かくなったような気がした。

「お飲み物はどうなさいますか?」

「あ、じゃあ……ビールで」

「私も」

 二人の答えにかしこまりました、と一礼した和美は、朱莉にウィンクを飛ばし部屋を出ていく。その一連の様子を見ていた空良は、朱莉ににっこりと微笑んだ。

「いいお友達だね」

「はい。自慢の……親友です」

 口に出してみると恥ずかしくなり、朱莉は俯いてしまう。そんな彼女の姿を、空良は優しく見守っていた。
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