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「俺は日本生まれ、日本育ちですけどね」
「お名前を見て、ちょっとびっくりしました」
顔を見た後に名札を見て驚いたことを思い出す。思わず笑ってしまうと、つられたのか侑李も笑い出す。
「俺も驚きました。小鳥遊って、すぐに読める方少ないので」
「知り合いに四月一日って書いて『わたぬき』さんがいるんです」
「え?」
驚く侑李に奈月は笑いながら、その知り合いを脳裏に描く。
「取引先の会社の方なんですけど、私が読めたことにすごく喜んで下さって。実は、たまたま読んでた漫画で同じ苗字のキャラクターがいたからなんですけど」
「じゃあ、俺の名前も?」
「あー……小鳥遊さんはどうだったかな……たぶん、難読漢字の苗字を調べた時に、見かけたんだったかと」
「わざわざ調べたんですか?」
「興味本位で。他にどんな苗字があるのかなって。気になったら調べたくなるものですから」
調べると言ってもネットですけど、と笑うと、それでもすごい、と侑李は感心してくれた。
「なんで四月一日でわたぬきなんでしょう?」
「諸説ありますけど、旧暦の四月一日に着物の綿を抜くから、らしいです」
「香山さんは博識ですね」
「いえいえ、あくまでネット情報ですから」
簡単に調べることができるのがネットだが、その中には間違った情報が紛れていることもある。奈月が調べる時は、いくつかの情報を鑑みて信憑性を確かめはするが、その全てが間違っていることもないとは言い切れない。やっぱり一番は紙媒体の辞書を引くことだろうが、それもまた出典時期によっては誤りになる可能性がある。と、これは大学の恩師から口酸っぱく言われ続けたことだ。
それから奈月の家までの道のりは、苗字の話題から漢字、国語と話が尽きず、もう少しで家へと続く道を通り過ぎる所だった。仕事以外の話題で、初対面の男性とこんなに話が弾むとは思いもよらず、楽しい時間だった。
「この辺りで大丈夫です」
さすがに家の前までは、と当たり障りのない位置で声を掛けた。だが、車が停り、シートベルトを外そうとした奈月の手を侑李が掴む。
「ここからだいぶ歩きます?」
「いえ……すぐそこです」
奈月の住むマンションは少し歩いた先にある角を曲がればすぐだ。侑李のマンションからするとだいぶこじんまりしているけど、入口はオートロック。さすがにコンシェルジュはいないけど、まぁまぁの設備だと思う。
駅から十五分とまぁまぁの距離のため、家賃が比較的安かったのが決め手だ。
「ここは暗いです」
言われてみれば確かに、と思う。街灯はありはするのだが、数が少なめ。おまけに途中の一つが最近切れかかっていて、チカチカしている。
「でも、すぐですから」
一人暮らしを始めてから、ずっとここに住んでいる。治安はいい方だし、スーパーが近いのが何より良いところだ。
侑李が心配してくれていることは分かるし、良くしてもらったが、初対面で家の場所を教えていいものか、迷う気持ちがないわけでない。
「送らせて下さい」
「でも……」
「こんな夜道を女性が一人で歩くのは危険です」
そう言った彼の瞳が真剣で、奈月は戸惑う。でも、侑李が心配するのも無理はないかもしれない。奈月だって慣れているとはいえ、暗いなとは常々思っているのだ。切れかかった街灯は今度交換すると回覧板で回ってきたが、増やすとは書かれていなかった。
「じゃあ……お願いします」
車がギリギリ一台入れるか、という道幅なので車を残して歩き出す。侑李は奈月の斜め後ろを付かず離れずついて来た。その存在を背後に感じるだけで、いつもの帰り道が全く違うものに見えて来る。誰かに守られているというのは安心するものなのだな、と奈月はこの日初めて知った。
「お名前を見て、ちょっとびっくりしました」
顔を見た後に名札を見て驚いたことを思い出す。思わず笑ってしまうと、つられたのか侑李も笑い出す。
「俺も驚きました。小鳥遊って、すぐに読める方少ないので」
「知り合いに四月一日って書いて『わたぬき』さんがいるんです」
「え?」
驚く侑李に奈月は笑いながら、その知り合いを脳裏に描く。
「取引先の会社の方なんですけど、私が読めたことにすごく喜んで下さって。実は、たまたま読んでた漫画で同じ苗字のキャラクターがいたからなんですけど」
「じゃあ、俺の名前も?」
「あー……小鳥遊さんはどうだったかな……たぶん、難読漢字の苗字を調べた時に、見かけたんだったかと」
「わざわざ調べたんですか?」
「興味本位で。他にどんな苗字があるのかなって。気になったら調べたくなるものですから」
調べると言ってもネットですけど、と笑うと、それでもすごい、と侑李は感心してくれた。
「なんで四月一日でわたぬきなんでしょう?」
「諸説ありますけど、旧暦の四月一日に着物の綿を抜くから、らしいです」
「香山さんは博識ですね」
「いえいえ、あくまでネット情報ですから」
簡単に調べることができるのがネットだが、その中には間違った情報が紛れていることもある。奈月が調べる時は、いくつかの情報を鑑みて信憑性を確かめはするが、その全てが間違っていることもないとは言い切れない。やっぱり一番は紙媒体の辞書を引くことだろうが、それもまた出典時期によっては誤りになる可能性がある。と、これは大学の恩師から口酸っぱく言われ続けたことだ。
それから奈月の家までの道のりは、苗字の話題から漢字、国語と話が尽きず、もう少しで家へと続く道を通り過ぎる所だった。仕事以外の話題で、初対面の男性とこんなに話が弾むとは思いもよらず、楽しい時間だった。
「この辺りで大丈夫です」
さすがに家の前までは、と当たり障りのない位置で声を掛けた。だが、車が停り、シートベルトを外そうとした奈月の手を侑李が掴む。
「ここからだいぶ歩きます?」
「いえ……すぐそこです」
奈月の住むマンションは少し歩いた先にある角を曲がればすぐだ。侑李のマンションからするとだいぶこじんまりしているけど、入口はオートロック。さすがにコンシェルジュはいないけど、まぁまぁの設備だと思う。
駅から十五分とまぁまぁの距離のため、家賃が比較的安かったのが決め手だ。
「ここは暗いです」
言われてみれば確かに、と思う。街灯はありはするのだが、数が少なめ。おまけに途中の一つが最近切れかかっていて、チカチカしている。
「でも、すぐですから」
一人暮らしを始めてから、ずっとここに住んでいる。治安はいい方だし、スーパーが近いのが何より良いところだ。
侑李が心配してくれていることは分かるし、良くしてもらったが、初対面で家の場所を教えていいものか、迷う気持ちがないわけでない。
「送らせて下さい」
「でも……」
「こんな夜道を女性が一人で歩くのは危険です」
そう言った彼の瞳が真剣で、奈月は戸惑う。でも、侑李が心配するのも無理はないかもしれない。奈月だって慣れているとはいえ、暗いなとは常々思っているのだ。切れかかった街灯は今度交換すると回覧板で回ってきたが、増やすとは書かれていなかった。
「じゃあ……お願いします」
車がギリギリ一台入れるか、という道幅なので車を残して歩き出す。侑李は奈月の斜め後ろを付かず離れずついて来た。その存在を背後に感じるだけで、いつもの帰り道が全く違うものに見えて来る。誰かに守られているというのは安心するものなのだな、と奈月はこの日初めて知った。
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