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7.決戦は三日月の夜

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 月詞と蛙は別宅にこっそり侵入していた。事の始まりは、蛙の一言。

「敵の顔を見ておかなくても平気げこ?」
「敵?敵なの?委月のお父さんなんでしょ?」
「でも月詞の命狙ってるかもしれないんだぞ」
「命?狙われてるなら敵地へ視察にでも行く?」
「行っちゃう?げこげこ」
「レッツゴー!!!」

 と。まあ、こんな軽い具合に月詞は蛙に誘導されて、貴月を見に行くことにした。委月にはもちろん内緒。
 厳重な結界が張られている本殿からこっそり抜け出せることが出来る蛙には月詞の額に札を張り、鳴き声を伝授した。月詞が鳥に見えるという術を蛙が施したのだ。

「ねえ、蛙。昨日さ、委月に抱きたい的なことをさ、言われたんだけど」
「げこ。恋愛相談は今までの月の子もされたことあるけど、ここまでおっぴろげーな奴は初めてぴょん」
「僕ね、言いたいことははっきり言いたいんだ。その方が伝わるの早いでしょ」
「伝わるが、誤解されないか。げこ」
「誤解されたら解けばいい。それに、誤解されたままでもそれはそれでいいんじゃないの?」

 蛙は思う。月の子で最強の相手が来たと。見た目がほんわかしてるのに中身が男前じゃないか。これは落とすの大変そうだが、案外簡単にストンと落ちたりするものかもしれない。
 その証拠に抱きたいと言われたことを気にしている。

「話戻すけど、抱きたいって事は僕は誰を抱けばいいの?」
「月詞は抱きたい対象がいるげこ?」
「いない。っていうか、抱きたい、抱かれるとか考えたことなかった」
「ふーん。なら、どっちでもいいんじゃないか。深く考えなくても。月詞はそういう人間だぴょん」
「うぬ。確かに。深く考えるからスパッと決まらないのかも。委月になら抱かれてもいいと思ったら抱いてもらえばいいか」
「そうそう、それでいいげこ」

 蛙は適当に言ったのだが思いのほか、月詞には刺さったらしく深く頷いて納得してしまった。あーらら。まずかったげこ。なんて蛙が心で呟いているのを月詞は知ることもなく。

 一人と一匹は結界から出ることに成功し、無事に別宅の庭に着くことが出来た。庭からは和式の部屋が見えて中に明かりを入れるために障子が開けてあった。そこにいた貴月を見て、月詞は目を見張った。
 韓国アイドルみたいにお肌綺麗で若くて、美人で髪が肩まで伸びてて落ちてくる前髪を掻き上げる様が色っぽい。

「この人が本当に僕を殺そうとしてるの?虫も殺さなそうだよ?」
「貴月は月の子が憎い。だから月詞も危ない…ぴょん。(今はまだ本当のことは言えないげこ)」
「………本当に?(なんか嘘っぽい)」
「(意外と鋭い)おいらが信じられないか?」
「(あ、しゅんってした。仕方ないなぁ)信じるよ。あの人に気をつければいいんだね」

 月詞と蛙は来た道を戻り、蛙の何かを隠しているのに気づいた月詞だったが、隠したのかがわからないのでは話にならないので今は大人しく、ゲームの中の登場人物として役割を果たす気分で過ごすことにした。



□□□



 ゲームはいつから始まっていたのだろう。月詞は考えた。
(委月は何歳?僕が生まれる時には月の王になっていたのだから、おじいちゃん?)

「月詞、具合でも悪いのか?」
「ほえ?」
「話、聞いてたか?」
「……………うん」
「聞いてないならそう言いなさい」
「ごめんなさい」

 盛大に目線を泳がせて、おじいちゃん相手にしているのかとか考えるとどうにも心の整理がつかない。
 じっと委月を見つめる月詞の視線に気づいた委月は「どうした?」と問いかける。

「聞きたいことがあります」
「何だ?答えられるなら答えるぞ」
「委月は何歳?」
「年齢か。そうだな……人間で言うなら二十五歳ぐらいだろうか」
「若い!!」

 拳を握りしめて喜んだ月詞に委月は首を傾げる。

「年齢が何か関係あるのか?」
「おじいちゃんだったら、どうしようって思って」
「月では年齢は数えないが、月の子が聞きたがることもあると言われて大体は数えていた」
「そっか、ありがとう。僕、さすがにおじいちゃんに抱かれる趣味はない」
「ははっ!心配はそこか」

 委月が悩んでいたらしい月詞の本音に笑う。実に正直な子だ。そこが愛おしいのだと、委月は思った。
 しかし、委月は咳払いをして、険しい顔になると今度こそちゃんと月詞に言い聞かせた。

「次の三日月の日。月詞のお披露目パーティーがある」
「そうなの?」
「さっきも言ったんだが。それで、貴月も参加するからくれぐれも注意するように」

 本当なら前の月の子、月斗も参加するはずなのだが、日本に送り返してしまった貴月により、不在となる。

「あのさー」
「なんだ?」
「貴月さんは月斗さんのこと好きなのに離ればなれなの?」
「先立たれるのが怖かったんだ」
「んー、でもいつかは死ぬよね。それまでの時間を大事に二人で生きようとは思わなかったのかな」

 月詞の言葉に委月は目を見張り、自分が子供の頃、蛙に同じ質問をしたことを思い出す。
 なぜ、貴月はあんなにも愛していた月斗を手放してしまったのだと。
 日本に返してしまったら、そこで知らない誰かと付き合い、番になってしまうではないか。

 蛙は答えた。
 貴月はそれが月斗の幸せになるのならそれでいいと思っていたんじゃないか?げこ。

 委月には未だにその気持ちがわからない。
 大事な月詞は傍にいて欲しいし、返したくない。他の人間と幸せにしている姿を眺めるなんて出来ない。

「愛情は時にこじれると、自分より相手の幸せを考えるあまり、繋いでいた手を振り払ってしまうことがあるんだよ」

 月斗を日本に送り返した時、つかみかかった委月を止めた祖父に当たる前の前の王が言った。
 許せない、そう思っていた委月だったが、貴月が密かに球体で日本を、月斗の様子を眺めて寂しそうに笑っているのを見て、祖父の言っていたことが少しだけわかり、可哀想な人だと思った。

「月詞は私と生涯を共にしてくれるか」
「んー、今のところはその方向性だけど、先の事なんてわかんないし、約束はできないかな」
「わかった。月詞が私以外に惚れないように私は精一杯努力する」

 啄むように、ちゅ、ちゅ。と唇が合わさり、色香を漂わせた吐息を月詞が漏らすと委月は喉を鳴らす。

「狼にならないでよ」
「嫌われたくないからならない。けど、なりたい」
「どっちなの。でもさ、僕も焦らすの良くないと思うから、触り合いっこでもする?」
「する!」
「そうこなくっちゃ」

 くふふ、と月詞が笑うと緩んだ頬を直すことなく委月は頷いた。

 二人は初めて他人の身体に触れて、触ったことのない男のものを扱くという経験をした。
 ちなみに二人の感想は(最高に気持ちよかった~)と一致していたとか。



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