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 成也は非常に規則正しい生活を送っていた。朝七時に朝食を要求され、昼の正午、夜の六時にも食事の要求をされる。
 家事手伝いで雇ったはずの男は料理が下手だと言ったが、大したことないだろうとカレーを作らせてみた。

 見た目は普通。匂いも悪くない。食べてみた。
 不味い!!!くっそ不味い!!!!!何をどうしたらこうなった!?
 手順も悪くない、おかしな点はなにもなかったのに不味い。

 どうやら、遷都の言うことは嘘じゃなかったらしい。不器用、いやある意味、器用だ。まともな調理をしたのに作れないなんて…。どうやったら、この味になるのかが逆に知りたい。

「だから言ったじゃん。俺、料理音痴なんだって」

 音痴で済むレベルの破壊力じゃないけどな。漢方でも盛ったのかっていうぐらい、苦い味がするのは何でだ?隠し味にインスタント珈琲を入れたとかならわかる。でも、いれてないんだ!成也はちゃんと監視していたから知っている。

 遷都はカレーのルーの裏に書いてある作り方の通りに作っただけなのに。カレーは無駄になった。一口で吐き出したから。遷都は口にすることすら拒んだ。自分でも食べられないのがわかっているからいつも作ってとお願いする。

 貰った名刺に書かれた会社に電話をする。

「そちらから派遣された家事代行サービスの遷都さんなんですが…」
「遷都への苦情は一切受け付けておりません」
「は!?いや、でも食事作ってくれるって話」
「ああ、お客様は勘違いなさってるんですね。家事代行というのは、家事をご自身でやるように時間になったら知らせたり、代行というのは代わりに行うのではなく、代わりに知らせて行わせるという意味です」

 ぐうの音も出ない。遷都がやっているのはまさにそれ。成也は文句の一つでも言ってすっくりしようと思ったが、文句どころか、正論を言われてしまって、納得しましたと電話を切った。

「俺、ちゃんと説明したけど、成也が聞いてなかったんだよ」
「いつ?」
「最初にご飯食べてるとき」

 焼きうどんを作りながら、いいアイデアが浮かんだ成也は忘れないように繰り返し頭で記憶していた。だから会話も上の空で、遷都は聞いてない?と思いつつも会社のルールで最初に説明することになっているから、ちゃんと説明した。

「そうか。俺の落ち度なら仕方ない。で、昼飯何食べたい?」
「炒飯!」
「スープ代わりにラーメンを半分こするか。何味がいい?」
「半ラーメン!豚骨醤油!!」
「はいはい」

 遷都が来てから豚骨醤油の袋麺が常備されるようになった。成也はラーメンにこだわりがないので何味でも平気。決めてくれる方が有り難い。
 買い物は二人で行くようにしている。一人で行こうとしたら、一緒に行くと遷都が派手な身なりでついてきた。
 買い物が終わりエコバッグを出せば、上手に手早く袋へ入れていくのに感心していると自慢気に「コンビニでアルバイトしてたんだよね」と言った。

 コンビニでアルバイトが自慢になるのかはさておき、上手に袋入れが出来る技術は凄いと思い、それ以来、遷都には袋入れ担当になってもらった。
 駄菓子コーナーをいい年した大人二人が占領して、子供がドン引きしていた。
 ドン引きした子供って後退りするんだ、って初めて知った。一人の時だと気付かない世界が見えることがある。

「夕飯、何?」
「すき焼き」
「牛肉買ってないよ?」
「ふざけるな。牛肉が食える分際だと思うなよ。豚のしゃぶしゃぶ肉で充分じゃ、ボケ」
「そんなに怒らなくても…別に肉に変わりないし、豚のすき焼きもいいね」

 遷都はホストだったのだろうか。話の進め方が上手い。怒った相手にも逆ギレなどせず、のほほんと優しく肯定して、気分を害することもない。

 エコバッグを一つ多めに持ってくれる遷都の優しさに気付いて、お礼を言えない成也は前に遷都に欲しい物はないかと聞いたら「キス」と答えたのを思い出す。
 同じ背丈の遷都が赤信号で止まった。チャンスだと思って、軽くキスをする。

「え、なに?」
「エコバッグ多めに持ってくれたからご褒美」
「マジで?じゃあこれからいつも持つからさ、ご褒美よろしく」

 嬉しいじゃん、と呟いた遷都に成也はほっとする。もしかしたら、冗談だった可能性だってあるのだ。だけど、あの時の真剣な瞳が忘れられなかった。

「なる~」

 買い物に出かけてから、仕事に戻って、遷都に夕飯の催促をされる。
 もうそんな時間か。

 カセットコンロを取り出してちゃぶ台に置く。すき焼き鍋を乗せて、具材を切って甘辛いつゆを作り具材を入れていく。豚肉はよく火を通さなければいけないので、最初から入れておく。

 溶いた卵の器を手にして、いざ。割り下がよかったのか、味も良くて肉も牛肉には劣るが国産を選んだだけあって柔らかい。

「天才!なるって料理できるのに作んないなんて勿体ないよ」
「一人で作れって?面倒くさいだろ」
「じゃあ、俺がずっと居てあげる」

 お前とは一ヶ月の契約だから無理だろ。成也は思ったけど言わなかった。遷都の気持ちが嘘じゃないとわかったから。
 誰かの為ならできることも一人だとつまらないのだ。どうしても、虚しくなるから。

 一人が好きなのに、誰か居ないと食事もちゃんと取れないし、風呂にも入らない。遷都は風呂ならスイッチを押すだけだから出来るかと思ったが、栓がしてなかったり、空で追い炊きしたり、怖いのでもう頼んでいない。

 本当に使えないポンコツホストだ。

「ねえ、なるって男いけるよね?」

 朝に起こすとき楽だからと遷都も寝室でねるようになってから数日後、それは見つかった。昔の恋人が置いていったゲイ雑誌だった。
 あの男、荷物全部持って行けと言ったのに、残しやがって!!

「言ってくれれば満足させてあげたのに。とりあえず一回しよっか」

 軽いホストは成也の寝ているベッドに乗り、ベッドがぎしりと文句を言った。




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