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二章 二人の距離感
十五.五話 写真撮影の裏側
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「やっぱり、送った方がいいのか……?」
俺はスマートフォンと睨めっこしつつ、一人小さく呟いた。
――西田先生と先に博物館を出た俺は、とりあえず時間になるまで外で待っていることにした。
各班にいる写真担当の一人ではあるけど、あのまま注目の的で居続けるのは大分恥ずかしい。
(館内は少しだけ撮ったし、枚数は他の場所で調節すれば大丈夫だろ)
使い捨てカメラは枚数が決まっている。上手く計算して撮れば、誤魔化せるはずだ。
(写真……)
俺はスマートフォンを取り出す。画面を見つめ、俺はどうしたらいいかと唸っていた。約束した以上、何か送った方がいいのだろうか。でも怒ってる相手に楽しそうな写真を送るのは、いろいろ、憚られる。
むむむ……と悩み続けて、俺は風景写真だけでも送ろうと考えた。
被写体になりそうなものはないかと周囲を見回して、博物館の名前が書かれた壁を見つける。
(別に、俺が入ってなくてもいいだろ)
約束は『写真、送ってください』だった。なら俺が入っていなくてもいいはずだ。写真は写真だもの。博物館の名前にピントを合わせて、俺はシャッターを切った。
何の変哲もない面白くもない写真が撮れた。俺はそれをじっと見つめ、僅かに罪悪感に駆られる。……これを送って、果たして甘利は本当に喜ぶのだろうか。
(……いや、欲しいって言ったのはあっちだし)
写真は写真だ。うん。……大丈夫。
「……」
(……他にも何枚か撮っておこう)
俺は適当に周囲の景色にカメラを向けた。壁の根元に咲いている花や、入り口の階段で寝転ぶ猫。空に浮かぶ白い雲すらとりあえず撮っておく。
「よっし、これくらいでいいだろ」
これが本当に甘利の欲しい“写真”なのかはわからないけど、俺が撮ったってことでどうにかいい方向に受け取って欲しい。そもそも俺は写真を撮るのは好きだけど、誰かに撮られるのも自撮りするのも苦手なのだ。
そんな俺に『写真お願いします』なんて言った方が悪い。
「まあ、俺が映ったところで甘利は別に興味ないだろうけど――」
「それでしたら、僕が撮ってあげましょうか?」
「ヒッ!?」
突然カメラ越しに現れた至近距離の眼鏡と眼球に、俺はスマートフォンを落としそうになった。バクバクと心臓が音を立てている。
「あれ、驚かせてしまいましたか?」と笑う西田先生に、俺は「心臓が口から飛び出るかと思いました」と応える。実際、二割くらいは飛び出した気がする。
「すみません。まさかあんなに驚くとは思わなくて」
「い、いえ。別に……え、えっと、なんでしたっけ? 何の話でした?」
「ああ、はい。写真、僕が撮ってあげましょうかってお聞きしたんです」
「しゃ、写真?」
「ええ。甘利くんに送るんですよね?」
――何故バレている。
俺は驚きに声も出なかった。じっと目で訴えれば「そんな勘繰らないでください。ただ何となくそう思っただけですから」と笑われた。むしろそっちの方が怖いのだが、西田先生は気にしないでくれと重ねて言う。
俺は「は、はぁ……」と呟いて、スマートフォンを胸に抱えた。
「えっと、だ、大丈夫です……」
「そうですか? でも、ずっと見てましたが、蒼井くんが入っている写真は一枚もないですよね?」
「それはそうですけど、でも別に入ってなくてもいいかなっていうか、俺必要ですか?」
「わかりませんが、甘利くんは蒼井くんを見たいと思っていると思いますよ」
にこやかに、しかしとんでもないことを言い出す先生に、俺は全力で咽た。
(何言い出すんだ、この人!)
ゴホゴホと大きく咳き込む。あんまりにも普通のことのように言うから、つい咽こんでしまった。
「大丈夫ですか?」と西田先生が顔を覗き込んでくる。大丈夫かと言われれば大丈夫だけど、何故だろうか。頷きたくない気持ちが出てくる。
喉が落ち着いてくるのを感じ、「気にしないでください」と告げれば「そうですか?」と眉を下げた。いい人なんだよな。いい人なんだけど、なんでわざわざあんなことを言ってしまうのか。
「べ、別に甘利は俺の写真なんて興味ないですよっ」
「そうですかね」
「そうです。絶対に」
絶対に興味ないはずだ。そう、絶対。
俺は自分に言い聞かせるように何度も“絶対”を口にした。
「でも、喧嘩している中で送る写真に、風景だけというのは味気ないですよね?」
「うぐっ。そ、それは……」
「ちょうどよくここに手が空いている人間もいますし、一枚くらい撮ってみませんか?」
「送る、送らないはともかくとして」と言われ、俺は唸る。
(そんなの、必要ない気もするけど)
でも、先生の言う通り風景写真だけじゃ味気ないと思っていたのも確かだ。
(一枚……)
一枚、だけなら……。
「そ、それじゃあ……その、オネガイ、シマス?」
「はい。任せてください」
おずおずとスマートフォンを差し出せば、西田先生は丁寧に受け取ってくれた。
「どんな写真を撮りますか?」と聞かれ、俺は「普通で」と答える。そもそも自分が映ったものを撮ろうと思っていなかったから、無計画なのだ。
特にロケーションも決まっていない。どうしようときょろきょろと周囲を見回していれば、博物館の外観が目に入った。一番最初に撮った壁だ。差分みたいなものだと自分に言い聞かせ「ここでお願いします」と声を上げる。
「いいんですか? こんなところで」
「こんなところって……別にいいですよ、どこでも」
「そんなこと言わずに。もう少し場所探してみませんか?」
先生の言葉に、俺は一瞬考えこんだが、首を横に振った。特別な記念写真でもないのだ。
(それに変に力入ってるって思われたくねーし)
わざわざ撮る場所を選んで、気合を入れた写真なんてダサくて甘利に見せられない。普通でいいのだ、普通で。
「それじゃあ撮りますね」
「は、はい」
先生がカメラを構える。……この何とも言えない虚無の時間が、俺は苦手だ。シャッター音が響く間、俺は虚無の時間を耐える。
「うーん」
「え。ど、どうしたんですか」
画面をのぞき込んでいた先生が、突然唸り声を上げる。
ドキドキしながら問いかければ、「……蒼井くん、もうちょっと楽しんでる感じ出せる?」と返された。
「え?」
「いや、良い写真なんだけどね。もうちょっと笑顔の方がいいんじゃないかなって思って」
「えっ」
(俺、ずっと笑顔のつもりだったんだけど)
ひくりと頬を引き攣らせる。俺の思いを察したのか、西田先生は「一足す一とかやった方がいい……?」と伺い立ててくる。
「そ、そんなことしなくて大丈夫です! 写真も、それで大丈夫なので!」
「えー、そう?」
「ハイ!」
俺は奪うように西田先生の手元からスマートフォンを取った。
背中に変な汗を掻いている。なんだかだんだん撮ったのが恥ずかしくなってきた。写真を見れば、ぎこちなく笑みを浮かべ、ピースをしている自分がいる。
(こんなの送られて嬉しいのか、甘利は?)
わからん。俺なら絶対にいらない。
「やっぱりまだ時間もありますし、せっかくなのでもうちょっと良い所を探して――」
「だ、大丈夫です、大丈夫! これくらいが丁度いいんで!」
「そうですか? 僕としてはもうちょっとこう……もっといい感じに撮りたかったんですけど」
人差し指と親指を重ね、中を覗き見る西田先生。
「本当に大丈夫ですから!」と再三伝えれば、先生はようやく納得してくれた。
(なんでこんなにノリノリなんだ、この人は)
がっくりと肩を落とす。
写真が絡むと面倒くさくなるのは知っていたのに、油断していた。
俺は大きくため息を吐いた。……まだ到着して博物館しか見ていないのに、どっと疲れた気がする。俺はスマートフォンをポケットにしまうと、足元の階段に腰掛けた。
しばらくすれば、同じ班の秋人と夏生が博物館から出てくる。
きょろきょろとしていた秋人が「あ! 春いた!」と声を上げる。軽く手を振れば、二人は駆け寄って来た。
「急にいなくなって探したぞ」
「ごめんごめん。ちょっと先生と話してたら、そのまま流れで外に出ちゃってさ」
「そうだったのか」
「なーんだ。言ってくれればよかったのにー」
「ごめんって」
口を尖らせる秋人。「昼二人が決めていいからさ」と告げれば、秋人は目をきらりと光らせた。
「言ったなー? 現地取ったからな? 何が出てきても文句言わないでよ?」
「え。いや、文句は言わねーと思うけど……え、何。何食べさせる気?」
「それはもう、着いたらのお楽しみでしょー」
急激に機嫌がよくなった秋人は、くるりとその場で踵を返す。少し先で俺たちの乗って来たバスが止まっているのが見えた。その前でいつの間にか西田先生が車に乗るように指示をしている。
ルンルンでバスに乗り込む秋人を見ながら、俺もバスに乗り込む。内心不安でいっぱいだが、夏生はいつも通りだし、特に何も言ってこないので大丈夫なのだろう。
(虫とかだったら全力で逃げよう)
俺は心の中でそう決意をした。
――その後、有名なラーメン店に連れていかれた俺は、全力で安堵した。
店内に入り、濃厚な豚骨と魚介の香りに全身が喜ぶ。腹がぐうっと音を立て、俺たちは夢中でメニューを広げた。注文を終え、運ばれてきたラーメンは、今までで食べた中で一番おいしかった。
(魚介だからさっぱりしてるけど、味が濃くてすごく、満足感が高い……!)
ラーメンに夢中になっていれば、俺は秋人にスマートフォンを掠め取られたことに気付かなかった。カシャ、と響くシャッター音に顔を上げれば、掲げられている自分のスマートフォン。遅れて写真を撮られたことに気が付いた。
「おいっ、何して――!」
「よし。送信っと」
「ちょっ!?」
(何勝手なことしてくれてんの――!?)
がたッと席を立ち、俺はスマートフォンを取り上げる。画面を見れば甘利とのトーク画面が開かれていた。
(写真、さっきのも一緒に送られてるし!)
送るつもりもなかったのに! 本当に何してくれてるんだ!
「お前なあ! 人の携帯で変なことすんなよ!」
「いやぁ、なんか送るか迷ってたみたいだから? ていうかお前、甘利くんに素っ気なさすぎじゃなーい? あの会話の量でスタンプだけってどうなのさ」
「か、勝手に見んなよ、馬鹿!」
ざっくりとトーク画面を見られたのだろう。俺は顔が熱くなるのを感じる。もう二度と秋人にスマートフォンは貸さない。いや、そもそも貸した覚えないんだけど。勝手に持ってかれただけなんだけど。
「そんなに怒るなよ~。見られる前に削除すればいいじゃん」と秋人が悪びれもない声で言う。俺はその言い方に腹を立てたものの、先に写真を消すことにした。
「あっ!」
「お。既読ついちゃったね」
「これも送っちゃえ」と今度はさっきの写真をタップする。慌てて操作する手を払ったが、器用な秋人は俺の妨害を受けているくせに構わず写真を送り付けてしまった。
「あ゛っ!」
「ふっふっふ。どーだ! 俺の方が上手だなー?」
上機嫌に笑う秋人。人の携帯を勝手に弄って何どや顔してやがる。
(一発殴ってやろうかな)
拳を握りしめれば、ピコンと聞こえる通知音。タイミング的に甘利からだろう。
(み、見たくねー!!)
どんな顔で見ればいいんだ! 俺たち今喧嘩中なのに!
そんな中でこんな写真を送ったら、何を思われるか分かったものじゃない。きっと送られてきたのも苦情だ。絶対にそうだ!
(ハッ! 俺が送ったんじゃないって言えばいいんじゃないか!?)
そうだ。そうしよう。
恐る恐るスマートフォンの画面を見る。「なんて来た?」と覗き込んでくる秋人の顔を押し退け、俺はトーク画面を開いた。
『かわいいです』
「ッーー!!」
ブワッと体の熱が上がる。
(な、な……!)
何言ってんだこいつ――!?
「なんだよー。なんて来たんだよー教えろよー」
「な、なんも来てねーよ!」
「ええー? そんなわけないでしょ。あの“春大好きっ子甘利くん”だよ? 『春先輩かっこいい!』『先輩の写真でご飯三杯食えます!』とか言ってきてるんじゃないの?」
「はあ? なんだそれ。そんなこと言われたこともねーよ」
「うっそだあ!」
「マジだっつーの。つか、甘利にどんなイメージ持ってんだよ、お前」
呆れた顔で秋人を見る。「いいじゃん、少しくらいさぁ」と呟く秋人に、夏生がツンツンと肘を突っついた。
「? なに、夏生」
「麺。伸びるぞ」
「「あ」」
俺たちは一時休戦し、ラーメンを啜ることに集中した。
魚介のラーメンをたらふく食べた俺たちは、そのまま繁華街を散策することにした。その間、定期的に届く甘利からのメッセージに、俺は適当に返答を返していた。
『先輩の写真、見れて嬉しいです』
『そうかよ』
『でも、先輩が撮った写真も見たいです』
「……欲張りかよ」
俺は込み上げる笑いを堪えつつ、先ほど撮った写真をいくつか送り付けた。
道端の花から、青空まで。送った後は追加で繁華街の街並みも撮っていく。バスの中も撮って送っていれば、甘利からの返答は止まっていた。どうやら授業はちゃんと受けているらしい。
『頑張れよ』のスタンプを送った俺は、スマートフォンをポケットにしまうと、今度は使い捨てカメラを手に取った。押し付けられた撮影係の写真も、そろそろ撮らないと怒られてしまいそうだ。
俺は来る時とは真逆の心境で、カメラを覗きこんだ。
俺はスマートフォンと睨めっこしつつ、一人小さく呟いた。
――西田先生と先に博物館を出た俺は、とりあえず時間になるまで外で待っていることにした。
各班にいる写真担当の一人ではあるけど、あのまま注目の的で居続けるのは大分恥ずかしい。
(館内は少しだけ撮ったし、枚数は他の場所で調節すれば大丈夫だろ)
使い捨てカメラは枚数が決まっている。上手く計算して撮れば、誤魔化せるはずだ。
(写真……)
俺はスマートフォンを取り出す。画面を見つめ、俺はどうしたらいいかと唸っていた。約束した以上、何か送った方がいいのだろうか。でも怒ってる相手に楽しそうな写真を送るのは、いろいろ、憚られる。
むむむ……と悩み続けて、俺は風景写真だけでも送ろうと考えた。
被写体になりそうなものはないかと周囲を見回して、博物館の名前が書かれた壁を見つける。
(別に、俺が入ってなくてもいいだろ)
約束は『写真、送ってください』だった。なら俺が入っていなくてもいいはずだ。写真は写真だもの。博物館の名前にピントを合わせて、俺はシャッターを切った。
何の変哲もない面白くもない写真が撮れた。俺はそれをじっと見つめ、僅かに罪悪感に駆られる。……これを送って、果たして甘利は本当に喜ぶのだろうか。
(……いや、欲しいって言ったのはあっちだし)
写真は写真だ。うん。……大丈夫。
「……」
(……他にも何枚か撮っておこう)
俺は適当に周囲の景色にカメラを向けた。壁の根元に咲いている花や、入り口の階段で寝転ぶ猫。空に浮かぶ白い雲すらとりあえず撮っておく。
「よっし、これくらいでいいだろ」
これが本当に甘利の欲しい“写真”なのかはわからないけど、俺が撮ったってことでどうにかいい方向に受け取って欲しい。そもそも俺は写真を撮るのは好きだけど、誰かに撮られるのも自撮りするのも苦手なのだ。
そんな俺に『写真お願いします』なんて言った方が悪い。
「まあ、俺が映ったところで甘利は別に興味ないだろうけど――」
「それでしたら、僕が撮ってあげましょうか?」
「ヒッ!?」
突然カメラ越しに現れた至近距離の眼鏡と眼球に、俺はスマートフォンを落としそうになった。バクバクと心臓が音を立てている。
「あれ、驚かせてしまいましたか?」と笑う西田先生に、俺は「心臓が口から飛び出るかと思いました」と応える。実際、二割くらいは飛び出した気がする。
「すみません。まさかあんなに驚くとは思わなくて」
「い、いえ。別に……え、えっと、なんでしたっけ? 何の話でした?」
「ああ、はい。写真、僕が撮ってあげましょうかってお聞きしたんです」
「しゃ、写真?」
「ええ。甘利くんに送るんですよね?」
――何故バレている。
俺は驚きに声も出なかった。じっと目で訴えれば「そんな勘繰らないでください。ただ何となくそう思っただけですから」と笑われた。むしろそっちの方が怖いのだが、西田先生は気にしないでくれと重ねて言う。
俺は「は、はぁ……」と呟いて、スマートフォンを胸に抱えた。
「えっと、だ、大丈夫です……」
「そうですか? でも、ずっと見てましたが、蒼井くんが入っている写真は一枚もないですよね?」
「それはそうですけど、でも別に入ってなくてもいいかなっていうか、俺必要ですか?」
「わかりませんが、甘利くんは蒼井くんを見たいと思っていると思いますよ」
にこやかに、しかしとんでもないことを言い出す先生に、俺は全力で咽た。
(何言い出すんだ、この人!)
ゴホゴホと大きく咳き込む。あんまりにも普通のことのように言うから、つい咽こんでしまった。
「大丈夫ですか?」と西田先生が顔を覗き込んでくる。大丈夫かと言われれば大丈夫だけど、何故だろうか。頷きたくない気持ちが出てくる。
喉が落ち着いてくるのを感じ、「気にしないでください」と告げれば「そうですか?」と眉を下げた。いい人なんだよな。いい人なんだけど、なんでわざわざあんなことを言ってしまうのか。
「べ、別に甘利は俺の写真なんて興味ないですよっ」
「そうですかね」
「そうです。絶対に」
絶対に興味ないはずだ。そう、絶対。
俺は自分に言い聞かせるように何度も“絶対”を口にした。
「でも、喧嘩している中で送る写真に、風景だけというのは味気ないですよね?」
「うぐっ。そ、それは……」
「ちょうどよくここに手が空いている人間もいますし、一枚くらい撮ってみませんか?」
「送る、送らないはともかくとして」と言われ、俺は唸る。
(そんなの、必要ない気もするけど)
でも、先生の言う通り風景写真だけじゃ味気ないと思っていたのも確かだ。
(一枚……)
一枚、だけなら……。
「そ、それじゃあ……その、オネガイ、シマス?」
「はい。任せてください」
おずおずとスマートフォンを差し出せば、西田先生は丁寧に受け取ってくれた。
「どんな写真を撮りますか?」と聞かれ、俺は「普通で」と答える。そもそも自分が映ったものを撮ろうと思っていなかったから、無計画なのだ。
特にロケーションも決まっていない。どうしようときょろきょろと周囲を見回していれば、博物館の外観が目に入った。一番最初に撮った壁だ。差分みたいなものだと自分に言い聞かせ「ここでお願いします」と声を上げる。
「いいんですか? こんなところで」
「こんなところって……別にいいですよ、どこでも」
「そんなこと言わずに。もう少し場所探してみませんか?」
先生の言葉に、俺は一瞬考えこんだが、首を横に振った。特別な記念写真でもないのだ。
(それに変に力入ってるって思われたくねーし)
わざわざ撮る場所を選んで、気合を入れた写真なんてダサくて甘利に見せられない。普通でいいのだ、普通で。
「それじゃあ撮りますね」
「は、はい」
先生がカメラを構える。……この何とも言えない虚無の時間が、俺は苦手だ。シャッター音が響く間、俺は虚無の時間を耐える。
「うーん」
「え。ど、どうしたんですか」
画面をのぞき込んでいた先生が、突然唸り声を上げる。
ドキドキしながら問いかければ、「……蒼井くん、もうちょっと楽しんでる感じ出せる?」と返された。
「え?」
「いや、良い写真なんだけどね。もうちょっと笑顔の方がいいんじゃないかなって思って」
「えっ」
(俺、ずっと笑顔のつもりだったんだけど)
ひくりと頬を引き攣らせる。俺の思いを察したのか、西田先生は「一足す一とかやった方がいい……?」と伺い立ててくる。
「そ、そんなことしなくて大丈夫です! 写真も、それで大丈夫なので!」
「えー、そう?」
「ハイ!」
俺は奪うように西田先生の手元からスマートフォンを取った。
背中に変な汗を掻いている。なんだかだんだん撮ったのが恥ずかしくなってきた。写真を見れば、ぎこちなく笑みを浮かべ、ピースをしている自分がいる。
(こんなの送られて嬉しいのか、甘利は?)
わからん。俺なら絶対にいらない。
「やっぱりまだ時間もありますし、せっかくなのでもうちょっと良い所を探して――」
「だ、大丈夫です、大丈夫! これくらいが丁度いいんで!」
「そうですか? 僕としてはもうちょっとこう……もっといい感じに撮りたかったんですけど」
人差し指と親指を重ね、中を覗き見る西田先生。
「本当に大丈夫ですから!」と再三伝えれば、先生はようやく納得してくれた。
(なんでこんなにノリノリなんだ、この人は)
がっくりと肩を落とす。
写真が絡むと面倒くさくなるのは知っていたのに、油断していた。
俺は大きくため息を吐いた。……まだ到着して博物館しか見ていないのに、どっと疲れた気がする。俺はスマートフォンをポケットにしまうと、足元の階段に腰掛けた。
しばらくすれば、同じ班の秋人と夏生が博物館から出てくる。
きょろきょろとしていた秋人が「あ! 春いた!」と声を上げる。軽く手を振れば、二人は駆け寄って来た。
「急にいなくなって探したぞ」
「ごめんごめん。ちょっと先生と話してたら、そのまま流れで外に出ちゃってさ」
「そうだったのか」
「なーんだ。言ってくれればよかったのにー」
「ごめんって」
口を尖らせる秋人。「昼二人が決めていいからさ」と告げれば、秋人は目をきらりと光らせた。
「言ったなー? 現地取ったからな? 何が出てきても文句言わないでよ?」
「え。いや、文句は言わねーと思うけど……え、何。何食べさせる気?」
「それはもう、着いたらのお楽しみでしょー」
急激に機嫌がよくなった秋人は、くるりとその場で踵を返す。少し先で俺たちの乗って来たバスが止まっているのが見えた。その前でいつの間にか西田先生が車に乗るように指示をしている。
ルンルンでバスに乗り込む秋人を見ながら、俺もバスに乗り込む。内心不安でいっぱいだが、夏生はいつも通りだし、特に何も言ってこないので大丈夫なのだろう。
(虫とかだったら全力で逃げよう)
俺は心の中でそう決意をした。
――その後、有名なラーメン店に連れていかれた俺は、全力で安堵した。
店内に入り、濃厚な豚骨と魚介の香りに全身が喜ぶ。腹がぐうっと音を立て、俺たちは夢中でメニューを広げた。注文を終え、運ばれてきたラーメンは、今までで食べた中で一番おいしかった。
(魚介だからさっぱりしてるけど、味が濃くてすごく、満足感が高い……!)
ラーメンに夢中になっていれば、俺は秋人にスマートフォンを掠め取られたことに気付かなかった。カシャ、と響くシャッター音に顔を上げれば、掲げられている自分のスマートフォン。遅れて写真を撮られたことに気が付いた。
「おいっ、何して――!」
「よし。送信っと」
「ちょっ!?」
(何勝手なことしてくれてんの――!?)
がたッと席を立ち、俺はスマートフォンを取り上げる。画面を見れば甘利とのトーク画面が開かれていた。
(写真、さっきのも一緒に送られてるし!)
送るつもりもなかったのに! 本当に何してくれてるんだ!
「お前なあ! 人の携帯で変なことすんなよ!」
「いやぁ、なんか送るか迷ってたみたいだから? ていうかお前、甘利くんに素っ気なさすぎじゃなーい? あの会話の量でスタンプだけってどうなのさ」
「か、勝手に見んなよ、馬鹿!」
ざっくりとトーク画面を見られたのだろう。俺は顔が熱くなるのを感じる。もう二度と秋人にスマートフォンは貸さない。いや、そもそも貸した覚えないんだけど。勝手に持ってかれただけなんだけど。
「そんなに怒るなよ~。見られる前に削除すればいいじゃん」と秋人が悪びれもない声で言う。俺はその言い方に腹を立てたものの、先に写真を消すことにした。
「あっ!」
「お。既読ついちゃったね」
「これも送っちゃえ」と今度はさっきの写真をタップする。慌てて操作する手を払ったが、器用な秋人は俺の妨害を受けているくせに構わず写真を送り付けてしまった。
「あ゛っ!」
「ふっふっふ。どーだ! 俺の方が上手だなー?」
上機嫌に笑う秋人。人の携帯を勝手に弄って何どや顔してやがる。
(一発殴ってやろうかな)
拳を握りしめれば、ピコンと聞こえる通知音。タイミング的に甘利からだろう。
(み、見たくねー!!)
どんな顔で見ればいいんだ! 俺たち今喧嘩中なのに!
そんな中でこんな写真を送ったら、何を思われるか分かったものじゃない。きっと送られてきたのも苦情だ。絶対にそうだ!
(ハッ! 俺が送ったんじゃないって言えばいいんじゃないか!?)
そうだ。そうしよう。
恐る恐るスマートフォンの画面を見る。「なんて来た?」と覗き込んでくる秋人の顔を押し退け、俺はトーク画面を開いた。
『かわいいです』
「ッーー!!」
ブワッと体の熱が上がる。
(な、な……!)
何言ってんだこいつ――!?
「なんだよー。なんて来たんだよー教えろよー」
「な、なんも来てねーよ!」
「ええー? そんなわけないでしょ。あの“春大好きっ子甘利くん”だよ? 『春先輩かっこいい!』『先輩の写真でご飯三杯食えます!』とか言ってきてるんじゃないの?」
「はあ? なんだそれ。そんなこと言われたこともねーよ」
「うっそだあ!」
「マジだっつーの。つか、甘利にどんなイメージ持ってんだよ、お前」
呆れた顔で秋人を見る。「いいじゃん、少しくらいさぁ」と呟く秋人に、夏生がツンツンと肘を突っついた。
「? なに、夏生」
「麺。伸びるぞ」
「「あ」」
俺たちは一時休戦し、ラーメンを啜ることに集中した。
魚介のラーメンをたらふく食べた俺たちは、そのまま繁華街を散策することにした。その間、定期的に届く甘利からのメッセージに、俺は適当に返答を返していた。
『先輩の写真、見れて嬉しいです』
『そうかよ』
『でも、先輩が撮った写真も見たいです』
「……欲張りかよ」
俺は込み上げる笑いを堪えつつ、先ほど撮った写真をいくつか送り付けた。
道端の花から、青空まで。送った後は追加で繁華街の街並みも撮っていく。バスの中も撮って送っていれば、甘利からの返答は止まっていた。どうやら授業はちゃんと受けているらしい。
『頑張れよ』のスタンプを送った俺は、スマートフォンをポケットにしまうと、今度は使い捨てカメラを手に取った。押し付けられた撮影係の写真も、そろそろ撮らないと怒られてしまいそうだ。
俺は来る時とは真逆の心境で、カメラを覗きこんだ。
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けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。
けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど――
このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。
絶対的センターだった俺を匿ったのは、実は俺の熱烈なファンだったクールな俳優様でした。秘密の同居から始まる再生ラブ
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BL
捏造スキャンダルで全てを失った元トップアイドル・朝比奈湊。絶望の淵で彼に手を差し伸べたのは、フードで顔を隠した謎の男だった。連れてこられたのは、豪華なタワーマンションの一室。「君に再起してほしい」とだけ告げ、献身的に世話を焼く『管理人さん』に、湊は少しずつ心を開いていく。しかし、その男の正体は、今をときめく若手No.1俳優・一ノ瀬海翔だった――。
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陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
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閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
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