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三章 少年共、夏を謳歌せよ
三十話 密会
しおりを挟む無心でパンを齧り終わった俺は、特にすることもなくぼうっと甘利が飯を食う姿を見ていた。
よく食べる甘利は、その食べ方も豪快で見ていて飽きない。秋人や百瀬も同じことを思っているようで、初めて見た際に「気持ちいい食い方するよね、甘利くん」「でしょ?」と話しているのを聞いたことがある。
なんで百瀬が自信ありげだったのかは、わからないけど。
手のひらサイズのおにぎりを三口で食べた甘利は「そうだ」と小さく呟いた。
「春先輩」
「ん?」
「夏祭り、一緒に行きませんか?」
予想外の言葉に、俺は目を瞬かせる。
「は? え、祭り?」
「はい」
甘利は淡々と頷く。
「今週の土曜日にこの近くで祭りがあるじゃないですか。もし先輩の予定が空いていたら、一緒に行きませんか?」
おにぎりに噛み付きながら甘利が言う。
俺は数秒間困惑した後、「あ、ああ」と小さく声を零した。混乱していた頭がようやく追いついたのだ。
「別に、いいけど……」
「本当ですか!? あ、浴衣持ってます?」
「ゆ、浴衣?」
「もし良ければ、俺の貸すので着ませんか?」
甘利の喜びの声も束の間。
すぐに言われた言葉に、俺は再び困惑する羽目になった。
(な、なんだ突然)
浴衣? 貸す? なんで。
つーか浴衣とか子供の頃以来、着たことねーんだけど。
「えっ、いや、別にい――」
「着ましょう」
「いや、いいって言って」
「着てください。お願いします」
(ついに懇願し始めたぞ)
土下座でもしそうな勢いで頭を下げる甘利に、俺はひくりと頬が引き攣るのを感じる。
「なに、お前ら。祭り行くの?」
不意に話しかけてきたのは秋人だった。
「え、ああ……たぶん?」
「マジかよ! 俺も連れてってくれ!」
がしっと肩を掴まれる。血走った目に、俺は全力で狼狽えた。
「俺は良いけど……」と夏生を見れば、夏生は何か言いたげな顔をしたまま秋人を見ている。秋人の出方を待っているみたいだ。
「えーっと……塾とかは大丈夫なのか?」
「もう塾とか知らん! お、俺っ、もう夏休みに入ってから1日も休んでねーんだよ……! なんでだよ……! 夏休みって言ってんじゃん!! そりゃあテスト真面目にやらなかったのは悪いけどさぁ……もう三週間だよ!? 少しくらい息抜きしてもいーと思わねぇ!?」
秋人の悲痛な声が響く。今にも泣きそうな声で言う秋人に、俺は頬が引き攣るのを感じた。
「わ、わかった。わかったから一旦離れてくれっ」
「っ、まじで!?」
秋人の顔が煌めく。さっきまで死人のような顔をしていたくせに、もう元気だ。
(それにしても、思った以上に根詰めてたんだな)
俺は肩を落とす。勝手に決めてしまったが大丈夫だっただろうか。
(ああでも、あとで怒られるのは秋人だし、いいか)
「夏生はどうする?」
「俺も行く」
「はーい。春ちゃんせんぱーい、俺も行っていいー?」
「ハイハイ。好きにしろ」
はあ、とため息を吐いて頷く。手を上げた百瀬は「やった」と笑みを浮かべると、秋人に浴衣を着るのか問いかけている。「俺たちは毎年着ている」「雲井先輩には聞いてないんですけどー。でもそっかぁ。俺も用意しようかなぁ」と会話が聞こえてくる。
(男子高校生が祭り行くだけで浴衣か……)
彼女がいるならまだしも、友人同士だとイタい奴な気がするのは気のせいだろうか。
そんなことをぼうっと見ていれば、甘利が不服そうな顔をしているのが見える。
「甘利? どうしたよ、そんな顔して」
「……いえ。何でもないです」
「?」
ふるりと首を振った甘利。しかし、口を尖らせている様はどう見ても“何でもない”様子ではない。
(言いたいことがあるならはっきり言やぁいいのに)
そう思ったが、言わないのも何か理由があるのかもしれない。俺は特に追及することなく、秋人たちと集合場所について話した。
「そんじゃ、今週の土曜の十七時に駅前集合で」
「「りょうかーい」」
「ああ、わかった」
「わかりました」
俺はスマートフォンのカレンダーに予定を記入すると、空になったパンのごみを捨てるために立ち上がった。
その日の夜のことだった。
ピコンと聞こえる通知音に、俺はノートから目を上げる。触らないようにと遠ざけていたスマートフォンを、充電器を伝って手繰り寄せる。
「甘利?」
画面を開けば、通知を寄越したのは甘利だった。
何かあっただろうか、と思いつつ、俺はメッセージアプリのアイコンをタップし、トーク画面を表示させる。
『先輩。夏祭りの日なんですけど、浴衣着ませんか?』
「浴衣ぁ?」
(そういえばそんな話もしていた気がする)
秋人の懇願に話を持って行かれてしまい、ちゃんとした返事が出来ていなかった。
「浴衣……浴衣かぁ……」
腕を組み、うーんと唸る。正直なところ、着るのが面倒くさいが一番に出てくる。しかし、秋人も夏生も毎年着ているそうだし、今回は百瀬も着てくるみたいな話をしている。
(やっぱりみんなに合わせるべきか?)
浴衣集団の中に一人、私服でいるのはちょっと……否、だいぶ目立つ気がする。
「つっても、そのためにわざわざ買いに行くのもなぁ……」
小さい頃に着ていた記憶はあるものの、それが今入るかと言われれば確実にNOだ。
(着付けも出来ないから、母さんに頼まないといけないし……)
そう考えるといろいろと面倒な気がしてきた。俺はうぅん、と唸った。中々返信しない俺に焦れたのか、シュポンと甘利から追加のメッセージが届いた。
『もしよければ着てくれませんか』
『浴衣、残ってるんで』
「残ってる?」
――って、どういうことだ?
俺は首を傾げつつ、疑問に思ったことをそのまま打ち込んだ。
『残ってるってどういうことだよ』
『随分前に兄が置いていったんです』
『俺には小さくて入らなかったんですけど、先輩なら入るかなって』
『もしかして俺、喧嘩売られてる?』
『売ってません』
『俺が先輩の浴衣姿を見たいだけです』
「こいつ……」
贈られてきた文面に、俺は何とも言えない気持ちになる。
(嬉しくないのに、嬉しくないと言い切れないこの気持ち……)
――何なんだろうな?
『着ない』
『着てください』
『いやだ』
『着てください』
『お願いします』
引く気配が一切ない甘利の文面に、昼間のことを思い出す。
(昼間も似たようなこと言ってたな)
あの時も今みたいに必死だった。
「そんなに浴衣姿見たいのかよ」
ふはっと、小さく声を零す。
(着付けも出来るとか、アピール必死過ぎだろ)
ああもう。仕方ねぇなぁ。
『先輩?』
『怒りましたか?』
『すみません。無理強いするつもりはなくて』
『いーよ。着てやっても』
『え』
『ほん、』
『ほ』
『本島』
『本当ですか?』
「慌てすぎだろ」
笑いが込み上げてくる。誘いを受けてここまで慌てられたのは初めてだ。
(本当、こいつといると飽きねーな)
『落ち着けよ』とメッセージを打てば、『すみません。びっくりしてしまって』と返ってくる。誘ったのはそっちのくせに。
ポチポチとメッセージのやり取りをし、俺は秋人たちの集合時間の一時間前に甘利のいるスポーツ寮に行くことになった。
盆も近いため、スポーツ寮の生徒はほとんどが帰省しており、今はほとんど人がいないらしい。『相部屋じゃねーの?』と聞けば、推薦で入った生徒は一人一部屋が割り当てられるらしい。甘利曰く、かなり狭いそうだが、寮生活で一人部屋なんて贅沢は、普通できないだろう。
『それじゃあ、待ってますね』
『おう』
甘利のおやすみスタンプに、同じくスタンプを返して、メッセージのやり取りは終わりを告げる。
俺はスマートフォンを放り投げて、大きく息を吐き出した。
「あー……」
甘利との時間で集中力が完全に切れてしまった。
時間を見れば、そろそろ夜の十時になる。
(明日は……別に何もないのか)
とはいえ、今日はもう勉強をする気がなくなってしまった。気晴らしにゲームでもやろうかと思ったが、どうにも気が進まない。
俺は再び充電器伝いにスマートフォンを手にとり、カレンダーを開いた。
土曜日の時間を変えつつ、なんとなく近くの夏祭りを検索した。街の広報にしか載っていない、小さな祭りだ。だが、最後には花火も上がるみたいだし、屋台もかなりの数が毎年出ているらしい。
「へぇ、舞台とかもあるのか」
俺は画面をスライドしていく。
何やら有名人が来るとか、地域のブラスバントが何かするとか、そんなことが書いてあるが俺の頭には入っていかなかった。
(みんなで祭りに行くとか、久ぶりだな)
そわそわする気持ちを抑えながら、俺はスマートフォンを弄り続ける。特に調べることがあるわけじゃないけど、なんだか落ち着かないのだ。
結局、そのまま画面と睨めっこし続けた俺は、スマートフォンからの奇襲に浅い夢の縁から叩き起こされることになった。
勉強に集中できないまま、気が付けば約束の日はやって来た。
俺は甘利との約束を守るため、スポーツ寮の前で甘利を待っていた。服はもちろん、ラフなものだ。浴衣は甘利の部屋にあるというし、別にここでお洒落していく必要もないだろう。
最初こそ僅かに緊張していた俺だが、時間が経つごとにその緊張も薄れていく。スマートフォンで時間を見て、俺は眉を下げた。
「アイツ、遅いな……」
約束の時間から五分とちょっとが過ぎた。
『寮の前に着いたら連絡してくださいね』と言っていた甘利の言葉通りに連絡したのが十分前。それから既読が付いて、すぐに出てくるかと思えば、随分待っている気がする。
(何かあったのか?)
寮の管理人に捕まったとか、帰省せずに残っていた先輩に捕まったとか。
(……あり得る)
運動部の上下関係は俺はよくわからないけど、見ている限りかなり大変そうだ。夏生も一年の頃は大変そうだった。
「……もうちょっと待っててやるか」
そう呟き、空を見上げる。
どこまでも青い空は、もう夕方の時間になるのにも関わらずまだまだ明るい。じりじりと焼き付けてくる太陽が、肌を焦がして痛い。
(毎年暑くなってる気がするよな)
汗を拭い、そう考えていればガチャリとどこかの扉が開く音がした。振り返れば、スポーツ寮の正面玄関が開いている。
「甘利か?」
「せん、ぱい……」
「えっ」
中から出てきたのは、顔を真っ赤にした甘利だった。
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