【完結】初恋は檸檬の味 ―後輩と臆病な僕の、恋の記録―

夢鴉

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四章 残された時間

四十五話 秋って行事過多じゃない?

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 体育祭が終わったら、次にくるのは文化祭だ。

 うちの学校の文化祭は文化部が総力を上げて作ることもあり、かなり豪華になる。
 夏休み中から準備を進めている部やクラスもあり、俺のクラスも時々こうやってクラスで集まって準備が進められていた。
 何より、俺たち受験生にとっては最後のイベントだ。気合いの入りようは、他の学年より顕著だった。

「春、そっちの取ってー」
「はいよー」

 秋人の声に、俺は近くにあったガムテープを手に取る。

 俺たち三年二組が出すのは、『お化け×カフェ』。
 文化祭の開始日がハロウィンに近いため、コスプレしたいという意見にプラスして、人気のカフェという形態が選ばれた。

 ちなみにカフェや喫茶店は人気なので、基本的には三年のみである。また、複数のクラスで意見が出た時は、くじ引きとなる。
 今年ももちろん、仁義なき戦いが繰り広げられたらしい。俺はあんまり興味はなかったけど、イベント好きの奴らにとっては一大事なのだ。

 結果、クラス委員が無事当たりを引いたことで、カフェの開催が決まった。

「それにしても、まさか春が接客するなんてなー」
「それ言ったら秋人もだろ」
「まあ?  俺くらいのイケメンなら選ばれて当然かなーって?」
「うっわ」

 うざ。
 キランと星を飛ばしてくる秋人に、つい本音が口をついてしまった。

「なんだよ、うわって」
「悪い。つい」
「ついの火力高すぎない?」

 秋人にもう一度謝りつつ、俺は看板に使うネジを探す。
 夏休み中に女子が書いた可愛らしい店名の板を、看板にする作業だ。こういったことは全部男側に回ってくる。面倒だが、女子に頼られるのは、正直悪い気はしない。
(これで告白のひとつでもあればなー)
 まあ、そんな気配は微塵もないわけで。

「春はなんだっけ?  キョンシー?」
「そ。デコに札貼ってぴょんぴょんすんの。秋人は?」
「俺は狼男」

 るんっと音符でも出そうな口調で言う秋人。ピースをしてくるのがそこはかとなくウザさを醸し出している。
 へぇ、と適当に返せば「テキトーに返してんなよ」と言われた。バレてら。

「それにしても狼男とか吸血鬼とか、女子にすげー人気だよなー」
「そりゃあかっこいいし、メジャーだからね。まあ、俺はイケメンだし、女の子たちにも人気ですから? 仕方ないって言うか、やるのは当然っていうか?」
「みなさーん。こいつ狼男じゃなくてミイラ男やりたいってさー」
「わあああ!  違う!  違います!!」

 秋人の大声にクラス中が振り返る。抑えられた口元をもごもごと動かしていれば、秋人が「余計なこと言うなよ」と睨んでくる。
(人気キャラ守るのに必死すぎだろ)
 そこが秋人の面白いところなんだけど。

 手が離され、口が自由に動かせるようになる。
 再び看板作成に手を進める。

「そういえば、夏生のクラスは何するんだ?」
「ん?   あー、縁日とかやるらしいよ」
「とかってなんだ、とかって」
「いや、なんか縁日と劇とスポーツ体験ができるらしい」
「聞いてもわからん」

 ――が、楽しそうなのは伝わった。
 俺が再び適当な返事をすると、秋人は「聞いてないだろー」と突っ込んでくる。まあ、そこまで深刻には聞いていないかもしれない。

「それで?  そっちはどうなのー?」
「どうって、何が?」
「何がじゃないでしょ。甘利くんだよ、甘利くん!」

「今もいい感じに口説かれてる?」と秋人はニヤニヤして聞いてくる。
 いつもなら直ぐに『何馬鹿なこと言ってんだよ』と一蹴できるのに、今はそれが出来なかった。頭を過りかける記憶を咄嗟に振り払う。

「ば……っ!  別にっ、く、口説かれてねーよ!」
「ええー? 怪しいなぁ~?」
「怪しくない!」

 全然怪しくない。
 俺は念を押すように繰り返した。

「ふーん?  あんな好き好きオーラ出してんのに、まだ口説かれてないのかぁ」
「ま、まだってなんだよ」
「だってそうじゃん?  甘利くん、勢いで言ってそうなのに」

 ギクリ。
 俺は僅かに肩を揺らした。
(甘利、バレてんぞ)

 初めて会った時を思い出す。

『好きです。俺と付き合ってください』

 ……そう言った甘利は、未だに俺に同じことを伝え続けてくれている。
(今考えても、信じられねーよな)
 あんなに周りに人気で、生徒会長も一目を置くような存在が、自分を好きだと言い続けている。勘違いというには真っすぐ過ぎるし、ブームだというには長すぎる。それに。
(鬱陶しいって最近は思わなくなってきてるっつーか……)
 そりゃあ最初は『馬鹿なこと言って、俺の事を揶揄ってんだろ』と思っていたけれど、今はそれでもいいとか思っちゃってたりする。

(あーやだやだ)
 こうやって変に意識して、甘利との関係にヒビを入れるのは正直嫌だ。出来ればこの先も、甘利とは良好な関係を続けていきたいと思っているわけで。

「馬鹿なこと言ってんなよ。そもそも甘利が俺に引っ付いてくるのは、なんか中学の時に会ったことがあるらしい? からだし」
「なにそれ? 春は覚えてねーの?」
「残念ながら」

「えー! 甘利くん、かわいそー」と秋人が言う。
(思ってもないくせに声だけはでけーな)

「ふーん。じゃあ、春としては、ただの後輩ってコト?」
「それ以上も以下もないだろ」
「ふーん」
「……なんだよ」
「んやー? ただ、いい加減素直になってもいいのになーとは思ってるかな」
「素直だろ、俺は」

 看板に釘を打ち込みながら言う。「もっとちゃんと抑えて」「やってる」

「素直だけど。そうじゃなくてさー」
「もし素直に見えてないってんなら、たぶんそれはお前の勘違いだ。俺にお節介焼く前に、彼女の一人でもさっさと作れよ」
「あ! 言ったな!? その話、今禁句なんだぞ!?」
「知らねーよ」

 わーわーと騒ぎ立てる秋人に、俺はため息を吐いた。
『文化祭までには彼女を作る!』と張り切っていた秋人だが、今のところ出来た様子は微塵も見当たらない。「春だって一緒に回る奴いねーじゃん」と言われ、「仲間だな」と返した。秋人は心底嫌そうに顔を歪める。
 他愛もない話をしながら、看板は出来上がった。俺たちのくだらない会話を聞き続けていたとは思えないほど、綺麗に仕上がった看板は中々の出来で、女子たちにも好評だった。調子に乗った秋人が「フリフリとかつけた方がいい?」などと言い出した時は、女子たち全員の目が鋭くなった。
(ドンマイ)

 鳴き真似をする秋人を引き摺り、俺は次の仕事を受ける。装飾品の数を数えたり、足りない分を作ったり。

 騒がしくも、忙しい日々に、俺は没頭した。
 進んで仕事を請け負い、勉強も手を抜かない。彼女が出来ないと嘆く秋人を宥めるのは面倒くさかったが、渋々ながらも宥める日々。……まあ、勘違いが先行して三人目の玉砕を迎えた時は、「一旦落ち着けよ」と本心が口を突いてしまったが。
 少しでも気を抜けば、この前の事を思い出してしまいそうで、俺は怖かった。



 家に帰り、風呂に入った俺は何とはなしにスマートフォンを弄っていた。
 通知の溜まった、トークアプリ。緑色のアイコンの上に付いた数字は、そろそろ三十を超えそうだった。
(全部、甘利からの連絡……なんだよな……)
 あれから、甘利は毎日のように連絡をしてきている。しかし、俺はそのどれにも返事を返していなかった。それどころか、開くのが怖くて、この前遂にトークアプリ全体の通知をミュートにしてしまったくらいだ。
(だって、怖いだろ)
 何を言われるかわかったもんじゃない。
 甘利からのメッセージをスルーして、SNSを開く。短い動画が流れていくのをぼうっと見つめていても、どこか集中しきれていない自分を感じる。

 諦めて勉強をしようと机に向かっても、漫画を読んでも、頭の片隅にはあの時の事がずっと渦巻いている。

「……今更、何言うつもりだよ」

 俺は観念してベッドに突っ伏した。あの時の事が頭にフラッシュバックする。
(あれは、甘利の意志……だったんだよな……?)
 事故とか、ノリじゃなくて。俺は込み上がりそうな羞恥をどうどうと抑え、息を吐く。少しずつ、少しずつ、整理して行こう。


 甘利は俺のことが好きだ。キスをして、好きだって言って。
 でも、今思えば、俺の気持なんか置いてけぼりだった気がする。
(まあ……拒否らなかったのは俺だけど)

 あの時の自分を説明してみろ、なんて言われたら、俺はどうしたらいいかわからなくなる。
 言葉にするのは、恐ろしい。

「あいつだけが悪いわけじゃねーんだよなぁ」

 分かっている。このまま素直に全てを認めてしまえば、きっと俺は楽になれる。
(でも、それって本当に甘利と同じなのか?)
 甘利が言うような甘い気持ちは、俺にはない。
 ただ、甘利と一緒に居たい。幻滅されなくない。そう思うだけで。

(ま、まあ? 時々こう、心臓が痛むこともあるんだけど)
 ときめきと、嫉妬と、両方と。

「んぁあああ~~~!!」

 枕に顔を押し付け、叫ぶ。バタバタと足を動かし、俺は大きく息を吐いた。
(俺マジで性格悪いだろッ!?)

 甘利への気持ちは口にはしてないけど、自覚済み。
 だけど応えて変わるのはいやだから、応えたくなくて。
 でも一丁前に嫉妬とか胸きゅんとか感じで、馬鹿みたいに勝手に悩んで。
 自分の汚いところを曝け出したくないって、そんなわがままばかり。

「はー……すげぇな、あいつは」

 常日頃、俺への気持ちを口にする甘利は、こんな気持ちだったのだろうか。いや、甘利のはもっと綺麗で純粋だった気がする。
(少なくとも俺みたいにネチネチ嫉妬はしない)
 アイツが嫉妬する時は、わかりやすしてくれている。行動にも移すし、言葉にもする。時折突拍子もないところから来るけど、それも可愛いもんだろ。

 自分の感情と現実とでジレンマが出来て、何一つ上手くいかなくて。でも無意識で求めてしまう。
(あーくそ。写真なんか、撮らなきゃよかった)

 俺は体育祭の時を思い出す。
 応援合戦では一番前で、誰よりも見える位置で、甘利を見ていた。つまり、甘利も俺を一番近くで見ていたのだ。

『俺だけ見ていてください』

「っ、あんなこと言われたら、嫌でも見ちゃうだろ」

 体育祭終わり、甘利に指摘された時はドキっとした。平静を保つのに精いっぱいで、なんて返したのかほとんど覚えていない。
(バレないようにカメラを向るたび、カメラ越しに視線が合うんだよなぁ)
 自分以外絶対経験したことがないであろう状況に、俺は密かに優越感を覚えていた。キャーキャー騒ぐ女子の気持ちがわかる。

 同時に秋人の言葉が脳裏を過った。

 ――『素直になればいいのに』

「……それが出来てたら、苦労しねーっつーの」

 枕に頬を押し付け、横を向く。俺だって自分がこんなに面倒くさい人間だとは思わなかったんだ。

 視線の先には伏せられたスマートフォンと、自分の勉強机がある。そういえば、あの時見に行った映画の半券、まだ捨ててないな。すっかり忘れていた。
 ふと、当時の事を思い出して、俺は楽しかったな、と呟く。
 あの時はいろいろあったけど、結局は最後まで楽しかったのだ。

(……いや、あの時だけじゃない)
 甘利との時間はずっと楽しかったように思う。
(もしあのまま西田先生が来てなかったら)
 俺はどこまで甘利に許したんだろう。その時、俺は甘利の好きな“春先輩”でいられたのだろうか。
 呆れられたり、嫌われたりしなかっただろうか。

「はぁ……俺ってこんなに憶病者だっったっけ」

 女々しいどころか、臆病過ぎて話にならない。
 見たくもない自分が次々に出て来るのが嫌で、見たくなくて、つい視線を背けてしまう。

 俺はその日もやっぱり甘利のメッセージを見ることは出来なかった。
 スマートフォンを掲げ、ロックを解除する。トークアプリの通知が一つ、増えていた。それが堪らなく安心する。
(俺、まだあいつに飽きられてないのか)

 卑怯なのはわかっている。それでもやめられなかった。

「……よかった」

 こんな卑怯な人間に、甘利みたいなのが捕まったらダメだ。
 俺はきっと、甘利にふさわしい人間にはなれないのだ。





「なあ」
「なに」
「春さ、最近働き過ぎじゃない?」

 俺はのろりと顔を上げる。
 夢の中に旅立ちそうなのを必死に我慢して終わった授業は、頭の中に一切残っていない。そのことに危機感を募らせている中で言われた言葉。
 秋人は少し心配そうな顔で俺を見ている。

「それ、昨日夏生にも言われた」
「げっ。アイツも言ってたのかよ」

「俺が一番に気づいたもんだと思ってたのによー」と秋人が呟く。

「でも別クラスのアイツが言うなんて、よっぽどってことじゃない?」
「あ、あー……そんなにヤバイ?」
「正直、めっちゃ」
「そんなにか」

 はあ、と大きく息を吐く。
 まさかそこまでヤバイ状況になっているとは、自分自身思っていなかった。
(思ってなかったっていうか、考えないようにしてたって感じだけど)

「そんなに働いても金がもらえるわけじゃないし、ちょっとは休んだら?」
「……いや。別にそれが目的じゃないし」
「そうなの?」

 俺は何といえばいいのか、困ってしまった。
 黙り込む俺に秋人は首を傾げた後、「まあ、言いにくいんだったら言わなくてもいいけどね」と呟く。
(言いにくいわけじゃない、けど……)
 ……いや、実際言いにくいのは間違いないか。言いにくいって言うか、どう言ったら言いわからないが正解だけど。

「春はさ、いろいろ溜め込む方だろ?」
「は?」
「最近は甘利くんとも一緒に居ないみたいだし」

 突然何を、と思ったが、続けられた言葉に、俺は察する。

「何かあったなら、相談してくれてもいいんだぜ? なんたって俺は、相談すれば百パーセント解決するって言われてる男だぜ? 相談相手にはもってこいだろ?」
「ははっ、なんだそれ」
「お、疑ってんな? 夏生に聞いてみろよ、マジだから」
「いや、そこまでは」
「春はもっと俺に興味を持って?」

 秋人がエンエンと噓泣きをする。
(こういうところが、友達やっててよかったなって思うとこだな)
 相談……は出来るかわからないけど、今ので少し心が軽くなった気がする。
 俺は「ありがとな」と秋人に告げた。「なにが~?」と返す秋人は、本当に素直じゃない。

(もう少し、自分の中で整理出来たら、いつかは……)
 その時は夏生も一緒に居るといい。どちらも俺にとっては大切な友人だ。
 ああでも、本当の自分を知ったら二人はどう思うだろうか。こんなに卑怯で汚い奴が友人だなんて、二人も思いたいくないかもしれない。

「お前って本当にいいやつだよな」
「お。やっと春にも俺が全世界の人間が惚れる理由がわかったな!」
「あ、それは全然」
「ちょっとは悩めよ! あとその痛い奴見る目やめて!」

 秋人は俺の目の前で手を上下に振った。目を遮るような行動に、俺はつい笑ってしまう。

「見てろよ、文化祭で俺の魅力に圧倒されろ!」
「いうていつもと変わらないだろ。コスプレつっても、簡単なもんだろうし」
「そこはいーの!」
「いいのか」

 相変わらず雑だな。俺は呆れに小さく息を吐く。

 ――今週から、文化祭の準備は大詰めとなる。
 最終下校時間も一時間伸びた。高校生活最後のイベントはもうすぐそこだ。

「頑張ろうな、秋人」
「? おう! この秋人様にまっかせなさい! どーんと大船に乗ったつもりでいれば、イベント大成功間違いなし!」
「その船泥船じゃない? 大丈夫?」
「最近春の当たり強くない?」

「そう? 気のせいだろ」と告げて、俺は小さく笑う。
 いつもと変わらない秋人の様子に、俺はこっそりと安堵した。

 まだ、バレてない。
 よかった。

 伏せたスマートフォンの通知が一件増えたことを横目で確認した俺はほっとしつつ、次の授業の準備を始めた。
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