逃げた先に、運命

夢鴉

文字の大きさ
49 / 63
三章 感情に蓋をして

19-2 アルファという種

しおりを挟む

 僕は思いっきり顔を顰めた。
 おもむろに腰を上げ、男を一瞥した。

「すみません。ナンパなら余所でお願いします」
「待って待って! ナンパじゃないから!」

 眉を下げ、情けない声で乞う男――雪路まひろ先生。
 先生は立ち止まった僕にホッとしたようなそぶりを見せた。その様子を白けた目で見ていれば、苦笑いを浮かべられる。

「いやぁ、視線が冷たいなぁ」
「ええ、まあ」
「ちょっとは否定してくれないかな?」

 否定も何も、本当の事だ。
 僕はついそう言いかけて、言葉を飲み込んだ。
 彼も何かを悟ったのか、「まあいいけどね」と呟き、手を組んだ。まるでどこかの銅像みたいな恰好だ。

「君、オメガでしょ? オメガの子が、アルファ棟に来ちゃダメなのはわかってるよね?」
「……勘違いじゃないですか? 僕はそんなことしてないですよ」

 にこり。
 僕は笑みを浮かべて誤魔化した。
 もしここで肯定してしまったら、僕は決まりを破ったことを認めることになる。
 アルファに弱味を握られるほど怖いものは無い。

 彼はにこやかな顔のまま、ふうんと呟いた。

「いやぁ、いいねぇ。オメガの子は、そういう強かな所があるから凄い。ああ、もちろん、褒めてるよ」

「オメガなんて、性別の一種だしね」と彼は言う。
 驚いた。そんなことを言う人は、初めてだったから。

「アルファのお医者さんがそんなこと言っていいんですか?」
「仕事と自分の意見は別でしょ? 俺は今、問診をしてるわけでも、相談に乗っているわけでもないからね」
「それは、まあ……確かに」

 彼は満足そうに微笑んだ。
 ……なんか、ちょっと変な人だな。

 僕はちょっと心配になった。
 しかし、それに気づいているのか否か、彼はそれでねと本題の口火を切る。

「君に声をかけたのは他でもない。――君が俺に聞きたいことがあるんじゃないかと思って」

 僕は一瞬動きを止めた。
 図星だった。

 彼はアルファ専門の医者だという。
 ということは、僕の聞きたい事にも答えてくれる可能性は高い。
 でもここで素直に聞くのは少し憚られる。僕は予防線を張ることにした。

「……どうしてそうだと?」
「勘、かな?」

 彼は得意げに微笑む。
 それに、僕は少し苦虫を嚙み潰した気持ちになった。僕は反撃とばかりに口を開く。

「良いんですか? 個人情報は言えないんでしょう?」
「それはもちろん。だから『質問によっては』答えられないかもね」

 つまりは、『聞き方を考えろ』ということか。
 僕は口角が上がるのを感じる。
 さっき門前払いされたからだろうか。心の奥に希望の光が灯ったようだった。

 まずは手始めに、とありきたりな質問をすることにした。

「先生は、アルファ専門の先生なんですよね?」
「うん、そうだよ」
「やっぱり、若い人とかも来るんですか?」
「もちろん。寧ろ若い子の方が多いかなぁ」
「近所じゃない人は?」
「うんうん、来るよー」

「旅行中の人とかも、たまにね」と彼は笑う。
 今の返事で彼が嘘を吐く気がないことが伝わる。

「珍しい苗字の人とかいます?」
「うん、たまにいるよ」
「どんな苗字です? 例えばでいいですよ」
「例えば? うーん、そうだなぁ。この前聞いて驚いたのは、“鯛津”さんとか、“小鳥遊”さんとかかな。あとは――“暁月”さん、とか」

 ビンゴだ。彼はにやりと笑う。
 悔しいが、今のは僕もちょっと嬉しかった。
「へぇ、それは珍しいですね」と返しながら、上がる口角を必死に抑える。
 ……ちょっと楽しくなってるなんて、バレたら面倒なことになりそうだ。

(――けど、やっぱり暁月くんはここに来てたんだ)
 そして恐らくだけど、診てくれたのは目の前にいる先生なのだろう。
 確信はない。直感だけど、たぶん合ってる。

「アルファの人も抑制剤とか使いますよね? 不調とかあるんですか?」
「人によってはあるよ」

 細い目が覗き、僕を見る。
 どうやらこれ以上はダメらしい。
(それなら――)

「そうなんですね……実は僕、オメガなんですけど、番がいて。番がアルファなんです。でも最近ちょっと悩んでるみたいで心配で」

 嘘ではない本当の話。本当の話だけど、嘘の話。
 僕は彼を見つめる。

「抑制剤が合わないと、どういう症状が出るんですか?」

 彼は「うーん、そうだねぇ」と言いながら、口元を隠した。
 先生もこの状況を楽しんでいるのだろう。緩んだ口元がそう言っている。

「一般的には、吐き気がしたり、ひどい頭痛になったりが主かな。最悪、心にも影響が出て、家出とかしたくなる子もいるね」
「家出ですか」
「うん。それに、抑制剤を飲むってことは、大切な人がいる場合が多いから、欲を抑えている分強く影響が出やすいよ」

 大切な人。
 その言葉に僕は引っ掛かりを覚える。
(そういえば、暁月くんは抑制剤の使い過ぎで頭痛がずっとあったんだっけ)

 いつだったか、僕が抑制剤を飲んでいるのを見て、そう話してくれた。
『自分には強い薬しかなくて、その分副作用が重いのだ』と。

(それじゃあ、暁月くんも単に抑制剤の話をしに来ただけ?)
 なら、なんでいなくなったんだ?

「……抑制剤の事もあるけど、相談として一番多いのは、やっぱりオメガの人との関わり方だよ」
「え?」
「ほら、抑制剤を飲むにしても、緊急の時だけにするにしても、身体や生活習慣に合うかっていうのもあるからね。もちろん、薬だけじゃなくて『どうやって話合ったらいいか』、『怖がらせないようにするにはどうすればいいか』なんてことを聞いてくる人もいるよ」

「意外とアルファの中でも、オメガやベータの人と楽しく過ごしたいって人は多いんだ」と、雪路先生は穏やかな声で言う。
(なんか、先生っぽい事言ってる)
 今まではチャラくて食えない人だと思っていたけど、この人ちゃんとお医者さんだったんだ。

 僕はそんな失礼なことを考えながら、「そうなんですか」と呟く。

 それにしても、知らなかった。
 アルファの人が、自分達とのことをそんなふうに考えていたなんて。
 てっきり僕達オメガやベータを見下している奴らばかりだと思っていたのに。

「……アルファの人でも、悩むことがあるんですね」
「ははは。アルファっていうだけで『傲慢だ』とか『自分勝手だ』とか言う人もいるけどね。根っこは君たちと変わらないよ」

「大切な人と幸せになりたいだけ」と彼は目を伏せる。
 僕は一瞬、心の奥を見透かされたような気がした。
(“アルファだから”って決めつけてたんだ、僕)

 全くそんなつもりはなかったのに。
 僕はばつが悪くなって視線を逸らす。それを彼は咎めることはなかった。

「まあでも、やっぱり相性とかもあるからね。それを調べに来る人もいるよ」
「相性?」
「君も聞いたことがあるんじゃないかな。――“運命の番”ってやつ」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

ヒメ様が賊にさらわれました!

はやしかわともえ
BL
BLです。 11月のBL大賞用の作品です。 10/31に全話公開予定です。 宜しくお願いします。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。 大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。 裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。 困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。 その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。

オメガ判定されました日記~俺を支えてくれた大切な人~

伊織
BL
「オメガ判定、された。」 それだけで、全部が変わるなんて思ってなかった。 まだ、よくわかんない。 けど……書けば、少しは整理できるかもしれないから。 **** 文武両道でアルファの「御門 蓮」と、オメガであることに戸惑う「陽」。 2人の関係は、幼なじみから恋人へ進んでいく。それは、あたたかくて、幸せな時間だった。 けれど、少しずつ──「恋人であること」は、陽の日常を脅かしていく。 大切な人を守るために、陽が選んだ道とは。 傷つきながらも、誰かを想い続けた少年の、ひとつの記録。 **** もう1つの小説「番じゃない僕らの恋」の、陽の日記です。 「章」はそちらの小説に合わせて、設定しています。

君に不幸あれ。

ぽぽ
BL
「全部、君のせいだから」 学校でも居場所がなく、家族に見捨てられた男子高校生の静。 生きる意味を失いかけた時に屋上で出会ったのは、太陽に眩しい青年、天輝玲だった。 静より一つ年上の玲の存在は、静の壊れかけていた心の唯一の救いだった。 静は玲のことを好きになり、静の告白をきっかけに二人は結ばれる。 しかしある日、玲の口から聞いた言葉が静の世界を一瞬で反転させる。 玲に対する感情は信頼から憎悪へと変わった。 それから十年。 かつて自分を救った玲に再会した静は、玲を自分に惚れさせた上でひどい別れ方をしようとするが…

幸せごはんの作り方

コッシー
BL
他界した姉の娘、雫ちゃんを引き取ることになった天野宗二朗。 しかし三十七年間独り身だった天野は、子供との接し方が分からず、料理も作れず、仕事ばかりの日々で、ずさんな育て方になっていた。 そんな天野を見かねた部下の水島彰がとった行動はーー。 仕事もプライベートも完璧優秀部下×仕事中心寡黙上司が、我が儘を知らない五歳の女の子と一緒に過ごすお話し。

僕を惑わせるのは素直な君

秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。 なんの不自由もない。 5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が 全てやって居た。 そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。 「俺、再婚しようと思うんだけど……」 この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。 だが、好きになってしまったになら仕方がない。 反対する事なく母親になる人と会う事に……。 そこには兄になる青年がついていて…。 いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。 だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。 自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて いってしまうが……。 それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。 何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。

処理中です...