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三章 感情に蓋をして
19-1 門前払い
しおりを挟む19-1
「……僕は何をしてるんだろう」
目の前に聳え立つ白い棟を見上げ、僕は一人ごちる。
目の前に佇むのは、第二次性専門の病院。朝陽が暁月くんに教えたという病院だ。
左にはアルファ専門、右にはオメガ専門があり、真ん中にはベータやまだ第二性が確定していない人たちが来れるような作りになっている。
中央の棟からは渡り廊下が伸びており、それぞれの棟に行けるようになっている。
防犯対策はばっちり。入院も出来るという。
――僕はそこに、わざわざ休みをもぎ取ってまで来ていた。
夏の残暑を残す世界は、未だに暑い。
汗を拭いながらアルファ棟の前に、僕は仁王立つ。
オメガ棟とは違い、言葉にできない高潔さみたいなものが滲み出ている。圧力……と言ってもいいかもしれない。
(魔王城に向かう勇者は、もしかしたらこんな気持ちだっのかも……)
苦笑いを零す。そうでもしていないと、恐怖で足が震えてしまいそうだった。
引き返したい気持ちに蓋をして、僕はアルファ棟の中へと入った。
――原則、アルファ棟へのオメガの侵入は禁止されている。
もちろん、僕も知っていることだ。張り紙も沢山されているし、『知りませんでした』は通用しない。
見つかったら大目玉どころじゃない。
それを覚悟してでも、僕は中に入らなければならない。
「うわ……」
入ってすぐ。僕は声をこぼした。
慌てて口元を抑えたが、一度出てしまった声は帰ってこない。
周囲の視線を受け、僕はキツく唇を一文字に結ぶ。……もし、ここで自分がオメガだと知られたら、どうなるんだろう。
ゴクリ。
僕は生唾を飲み込んだ。
第二性が確定してからというもの、幾度となく晒された恐怖。それが一気に脳裏を巡っていく。
フェロモンが効かないとわかっていても、どうしてもアルファへの恐怖は無くならない。
(大丈夫……大丈夫……)
何度も自分に言い聞かせる。
もはや今の僕を動かしているのは、使命感みたいなものだった。
暁月くんのことを知るべきだと、叫ぶ本能からの指令。それに逆らうには、僕は暁月くんの事を知り過ぎていた。
震える足で、エントランスを抜ける。
入ってすぐ正面。そこに受付はあった。
そそくさと近づき、一番近くにいた人に声をかける。
「すみません、ちょっとお尋ねしたいことがありまして」
「はい。どういたしましたか?」
「その……暁月凛って子が、少し前に来ませんでしたか? えっと、一週間くらい前なんですけど」
何を言えばいいのか一瞬戸惑い、震える声で問いかける。
受付の女性はベータだろう。髪を後ろに一つでまとめている彼女は、かけているメガネを指先で押し上げると「申し訳ございません」と頭を下げた。
「患者様の個人情報はお伝え出来ないんです」
「知り合いで、帰ってこないのを探してるんです。それでもダメですか?」
「はい。お客様のプライバシーに関わりますので。警察の方、ご家族の方ではないですよね?」
「え、ええ、まあ……はい」
「だとすると、お答えが難しいです。申し訳ございません」
しっかりした声で、キッパリと断られた。
予想はしていたけど……やっぱり突撃したのは無謀だったらしい。
「どうしても無理ですか」と食い下がるが、彼女の答えは変わらない。
「わかりました……無理を言ってすみません」
僕は笑顔で告げ、病院を出た。
病棟を出るなり、どっと吹き出す汗。緊張が一気に解けたみたいだった。
(もう二度と入りたくない……)
僕はぐったりとしたまま、とぼとぼと歩き出す。
勇気を持って入ったのに、結果は芳しくない。それが思った以上にショックだった。
「……ちょっと休んでから帰りたいな」
僕は周囲を見渡す。
どこか落ち着けるところがないかと視線を巡らせれば、中庭に繋がる道が見えた。
渡り廊下を横切れば、広い中庭が目の前に広がる。
そこには散歩を楽しむ患者と看護師、そしてはしゃぐ子供たちの姿が見える。
ベンチも豊富に設置されており、僕は一番近くのベンチに腰かけた。
「すごい広いな」
中庭があることは知っていたけど、まさかこんなに広かったとは。
いつもはオメガ棟に寄って薬をもらって帰るだけだったから、想像もしてなかった。
番が出来てからは来ることも稀だったし。
空を見上げれば、青空が広がっている。
雲が多いので、数日以内に雨でも降りそうだ。海が近い此処は、天気が変わりやすいので、気を付けなければ。
「今のところ、雨の匂いはしないけど」
ポツリと呟いた言葉。それに懐かしさを感じて、僕は首を傾げる。
どこで聞いたんだっけ、と記憶を巡り――僕は「ああ」と思い出す。
(暁月くんと買い物に行った時だ)
唐突に任された買い出しに出た時、ふと雨の匂いがして暁月くんを急かしたことがある。
広がる青空に暁月くんは終始困惑気味だったが、僕が「雨の匂いがする」と告げると驚きながらも急いでくれた。
慌てて帰ると同時に、降り出した雨。
間一髪だった僕達は顔を見合わせ、笑う。
「本当だ。蜜希さんの言った通りでしたね」
そう言って笑った暁月くんに、僕は「でしょう?」とわざとらしく得意げに答えたのだ。
「……懐かしいなぁ」
僕は目を細める。
懐かしさに浸っていれば、いつの間にか身体の強張りが少し取れた気がする。
そろそろ帰ろうかと腰を上げ――僕は目の前に立っている人物に気がついた。
ぎょっとして仰け反れば、「どうも」と笑顔で声をかけられる。
「こ、こんにちは……? えっと、なんですか?」
「ああ、ごめんね。ぼうっとしてるのが気になってさ」
「は、はあ……」
「あ。信じてないでしょ、その顔」
「確かに、今の俺不審者だもんなぁ」と自分で言い、笑う男。
白衣を羽織っているところから、この病院の関係者なのだろう。
(こんな医者、見たことないけど)
狐みたいに細い目。七三に分けられ、整えられた黒い髪。
高い身長にほっそりとした四肢も組み合わさって、細い木にも見える。
何より、彼には独特な雰囲気が漂っていた。
こういう、得体の知れない人間の相場は、基本“アルファ”だと決まっている。
(もしかしてさっきの見られてたのか?)
僕はそう推察する。
僕を見てオメガだって気づいたこの人が、アルファ棟に入ったことを注意しに来たのかもしれない。
……あり得る。寧ろ、それ以外に理由がない。
僕は身構え、彼を見上げる。
彼は少し首を傾げた後、「あ!」と声を上げた。びっくりして、つい肩が跳ねる。
「俺、雪路まひろって言います。アルファ棟専門の医者だよ。だからそんなに睨まないでくれると嬉しいかなぁ。怪しい奴じゃないからさ」
「いや、現時点滅茶苦茶怪しいんですけど?」
「え? マジ?」
僕は頷く。
詐欺師と言われた方がまだ納得できると言ったら、彼はどんな反応をするだろうか。
「えぇ、マジかぁ。これでもまともになったって言われてたんだけどなぁ」と呟く彼は、後頭部を掻きながら口を尖らせた。
動きの一つ一つが、何だか子供みたいだ。
「とりあえず、座ってもいいかな?」
「えっと、どうぞ?」
「ありがとー。それで、よかったら俺とちょーっとお話しない?」
彼は狐のように細い目をカーブさせ、にこやかに告げた。
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