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三章 感情に蓋をして
18-2 孤独の牢獄
しおりを挟む課題に取り組むこと、約一週間。
「終わってしまった……」
大量にあったはずの課題は、思った以上に早く終わってしまった。
(欲しい資料は覚に言えば持ってきてくれるし、飯も風呂も入りたい時にすぐに入れる)
覚の人を支える能力の高さを見せつけられたみたいだ。問題があると言えば、外出が自由にできないことくらいで。
「大男二人連れて歩くとか、出かける気にもならないもんな……」
監視役は部屋の前に二人。常時入れ替え制で、そのタイミングは日によってまちまちだ。
万一にも俺に悟られて突破されないようにしているのだろう。用意周到というか、なんというか。
監視役は皆黒い服を着ており、 存在感が強い。それはもう、コンビニに行くだけで『えっ? なんかの撮影??』と噂が立つくらい。
そんな奴らと一緒にお出かけなんて、御免被る。
俺はごろりと床に寝転んで、茫然と天井を見上げる。
課題に没頭していた分の思考が戻ってきたからか、考えないようにしていた蜜希さんのことが一気に押し寄せてきた。
「……蜜希さん達は今、何してるんだろう」
女将さんは大丈夫だろうか。
言葉の通じないお客さんに手を焼いてるんじゃないか。……いや、あの人ならどうにかしそうだな。
朝陽はどうだろうか。
口が悪くて態度もあまり良くない彼だが、兄思いで優しい人なのを知っている。
「蜜希さんは……」
まだ、俺のことを覚えててくれているだろうか。忘れてしまってはいないだろうか。
何だかんだ茶化しつつも、ちゃんと俺を見てくれる人。
(一言も挨拶出来なかったから、怒っているかもしれないな)
俺を礼儀のなっていない、無礼者だと思ったかもしれない。恩知らずだと、言われても仕方ないと思う。
それでも、せめて少しでも彼の中にいられたら――そう思ってしまう自分がいる。
高い天井に、静かに手を伸ばしてみる。
蜜希さんの家の離れの天井は掴めそうだったのに、この家の天井は掴めないのが目に見えてわかる。
狭い空間に慣れきった自分の体は、この広さに未だに対応しきれていない。年数でいえば、こっちの家の方が長くいたはずなのに。
「凛様」
ふと、聞こえた声に起き上がる。覚が眉間に皺を寄せ、俺を見下ろしていた。
俺から蜜希さんを奪った張本人でもある。
「なに」
「また貴方は……床に寝転がらないでくださいと、何度も申し上げているでしょう」
「うるさいなぁ。別にいいだろ」
「よくないです。資本の体を痛めつけてどうするんですか」
うるさい、うるさい。
俺は眉をぐっと寄せる。こいつのこういう所はお節介で、腹が立つ。
(俺の心配なんてしてないくせに)
「んで? 用件は? ないなら帰ってくれない?」
苛立ちを隠さず、言い放つ。
覚は何かを言いたげにしていたが、「はぁ……まあいいです」と小さくため息を吐くだけだった。
大人の対応をされた気がして――実際そうだったのだろう――余計に腹が立つ。
「総一郎様から伝言です。明日から大学に顔を出すようにと」
「は? 明日から? ……随分急だな」
「課題は既に提出済みでしょう? 暇を持て余すと人は何をするか分かりませんから」
つまりは『暇を持て余した俺が逃げ出さないようにする為の措置』ということらしい。
……つくづく嫌な奴だ。こっちの思考が全てバレているんじゃないかと思ってしまう。
「ふーん。でもいいのかよ? 大学に行ってるって嘘ついて、またどっかに行くかもしれないだろ?」
「貴方はやらないでしょう」
「どうして?」
「そんなことをすれば、あの家族がどうなるか、貴方は想像出来るはずです」
鷹のような鋭い目が俺を見つめる。
睨んでいるんじゃない。試すような視線は、居心地が悪い。
「……ムカつく」
「褒め言葉として受け取らせて頂きます」
覚は言うことは全部言ったとばかりに頭を下げ、部屋を出ていった。
再び一人になる世界で、俺は大きく息を吐き出した。
……相変わらず、この家の威圧感は強すぎる。
まるで猛吹雪の中、丸裸のままで放り投げられている気分だ。
(向こうは温かかったな……)
この約二ヶ月、温かい場所にいたからか、ここの寒さがよりキツく感じる。
人の温かさは家にも伝染するのだと、俺は初めて知った。
朝起きて、朝ごはんを届けに来る人もいなければ、外を歩いていて笑顔で声をかけて来る人間もいない。
帰って来て明るい目と声で出迎えてくれる人もいなければ、仕事を教えてくれる頼れる先輩もいない。
「暁月くんって、綺麗な姿勢してるよね」と褒められることも無ければ、「おばあちゃんに大人気だね、暁月くん」と揶揄ってくる、悪い大人の笑顔を見ることもない。
(……そういえば、蜜希さんに会うまではこんなに世界にいろんな色があるとは、思ってなかったな)
鮮やかで美しかった日々。
同じ世界なのに、今はフィルター越しに見ているみたいだ。
ふと、病院に行った日のことを思い出す。
俺は休みだったが、蜜希さんは仕事だったので、朝ごはんは別々だった。
それからすぐにこっちに来てしまったから……最後に会ったのは、前夜の仕事上がりの短い時間ということになる。
「もっと話しておけばよかったな」
そう思っても、もう会うことはないのだろう。
少なくとも年単位は会えない気がする。
「告白してきた翌日に、普通に何でもない顔で来るんだもんなぁ」
懐かしい思い出に、俺は吹き出す。
あれは夏祭りの翌日だったっけ。
『ひ弱で守られないと生きていけない』という、世間のオメガのイメージは明らかに違う彼。
その行動力や思考に、いつだって驚かされっぱなしだった。
「そんな所が好きだったんだよなぁ……」
否、好きなのだ。今でも。
こうしてらしくもなく、ぐだを巻いてしまうくらいには。
俺は机の端に寄せられた紙を見た。
病院に行ったのは、この書類を受け取りに行くためだった。
手に取り、用紙を広げる。そこには、俺のアルファフェロモンの詳しい数値が並べられられていた。
ずっと気になっていたのだ。
蜜希さんのフェロモンが自分にはわかる理由を。
番のフェロモンは番にしかわからないのに、自分だけが感じ取れる理由を。
そして、無理を通して頼み込んだ結果が、二枚目の用紙に書かれている。
『暁月凛(α)・宵月蜜希(Ω) 相性率98%』
――俺と蜜希さんは、運命の番だったのだ。
その結果を見て、俺は泣きそうになった。
運命なのに、想いが叶わないことに……ではない。
蜜希さんの運命が自分である事実が、嬉しかったのだ。
彼の人生に、自分という存在が遺伝子レベルで関わっている。その事に、胸が張り裂けるほどの喜びを抱いた。
「蜜希さんに言ったら、怖がられるだろうな」
そう考えると、離れたのは正解だったのかもしれない。
俺は足を引き寄せ、ソファに頭を預ける。
顔を抱え込むように腕を回して――嘲笑した。
知れば知るほど、自分が嫌いになっていくようで、ますます蜜希さんに会いたくなった。
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