逃げた先に、運命

夢鴉

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四章 散らばった真実をかき集めて

24-1 さりげなく特別な幕間

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 完璧な接客。完璧な指示。完璧な応対。
 それらを見せつけるようにして、俺は仕事に打ち込んだ。

 兄に投げられた管理職の仕事も全て熟し、スケジュール外の仕事も完璧に終わらせた。
 お陰で明日は休んでもいいと、マネージャーから言われたくらいだ。計画通りである。

 就業終了の鐘の音を聞き、俺は立ち上がる。
 タイミング良し。仕事良し。残業無し。――良し!

「お疲れ様です!」
「はーい、お疲れね~」

 マネージャーの声を背に、俺はバタバタと職場を出て行く。
 早く。早く蜜希さんのいる家へと帰りたかった。

 外に出て――俺は真っ白になった世界に目を瞠った。

「すごいな……」

 あの後、とめどなく降り続けた雪は積もったらしい。
 空は晴れているので、明日には溶けてしまいそうだが、滅多に見られない光景につい感嘆の息を吐いてしまう。

(蜜希さん、部屋で暖かくしてるかな)
 暖房をつけた部屋で、モコモコの部屋着を着ている蜜希さん……うわ、見たい。買って行こうかな。
 もちろん、そんな部屋着なんてないので、着ていてもスウェットだろうが、それはそれで見てみたい。

「……いや待て。それって今頃蜜希さんは俺の部屋着を着てるってことか……?」

 あの、蜜希さんが?
 俺の半分くらいしかない(半分は言い過ぎかもしれないが)蜜希さんが、俺の服を着て、ココアを啜って……。

「……俺、今日死ぬ?」

 幸せ過ぎると、人は生命の危機を感じるらしい。

 俺は足早に帰路を歩きながら、真面目に蜜希さんの妄想を展開する。
 そういえば家にココアがなかったな、と思い出しては、使えない自分を殴りたい衝動にまで駆られた。
 つまりは情緒不安定である。

(いやだって、蜜希さんが俺に会いに来てくれたなんて……)
 今思えば、凄い殺し文句だと思う。
 暴走しなかった俺を誰か褒めて欲しい。

 通常、種としては追いかけることが多いアルファは、こうして誰かに追われることはない。
 だから、というよりは相手が『蜜希さんだから』なのが一番だが、とりあえず嬉しいものは嬉しいわけで。

「どうしよう。俺の心臓爆発したら」

 そんな馬鹿なことを考えてしまうくらいには、浮足立ってしまっている。

 俺は空を見上げる。
 真っ暗な夜空に、月だけが浮かんでいる。三日月……いや、二日月だろうか。
 綺麗な星が幾千も浮かんでおり、小さな雲がゆっくりと流れている。

「……綺麗だな」

 ことりと、心の奥で音がする。
 久々に自覚した感情は、すとんと俺の中に落ちて来る。
 ……こんな何気ない景色を誰かと共有したいと思うのは、蜜希さんだけだ。

 ブブ。

「あっ」

 震えるスマートフォンを手にして、画面を見つめる。
 そこには『蜜希さん』と書かれた名前が、メッセージを送ってくれたことを報せていた。
 慌ててタップして表示すれば、短い文と一枚の写真。

『見て、作った』

「えっ」

 写っていたのは、白い歪な雪だるまと、ピースを象った人の手。
 場所は俺の家のベランダの手すりで、その上にちょこんと雪だるまが乗っている。
 手は蜜希さんのだろう。指先がちょっと赤くなっている。

「う、わ……」

 俺はついスマートフォンを取り落としそうになって、慌ててキャッチする。
 危ない。
 スマートフォンが泥だらけの雪だらけになるところだった。

 恐る恐るもう一度写真を見て、俺は天を仰ぐ。

「いや、かわいすぎないか……?」

 俺の語彙力はどこかにすっ飛んでしまったらしい。
 ――だが、考えても欲しい。

 二十後半の、成人男性が、雪だるま。
 しかも小さくて歪で、慣れていないのが伺えるような。

(誰が何と言おうと、世界で一番かわいい)
 寧ろ可愛いを通り越してずるい。クリーンヒットだ。

 俺は写真を保存した上で、メッセージのスクリーンショットを撮った。幸せの証拠写真である。
 俺は震える手で『すごいですね』とメッセージを送った。

 すると、返って来るメッセージ。

『でしょ。初めて作った』
『本当ですか? プロ並みですね』
『それは言い過ぎ、笑』

「蜜希さんが『笑』って……!」

 俺は悶えに悶えた。意外にも若い言葉選びに、きゅんとしてしまう。
(朝陽くんの影響かな)
 それはそれで、いい。弟に感化されちゃうところが、蜜希さんらしいし。

 俺はむずっとする。
 何か、そう、もうちょっと、刺激が欲しい。

 ふと、目が通話ボタンに向かう。
 蜜希さんとメッセージのやり取りをしているだけで嬉しいのに、つい、欲が出てしまう。
(電話、かけてもいいかな)

 いいよな、うん、大丈夫だろう。
 意味があるのかないのかわからない自問自答をして、俺は通話ボタンをタップした。

 独特なコール音が数回。
 果たして蜜希さんは、電話に出た。

『はい』
「あ、蜜希さん。すみません、急に」
『ううん、それは良いけど。どうしたの?』

『帰れなくなっちゃった?』と聞いて来る蜜希さんに、俺は首を振る。

「いえ、その……蜜希さんと、通話、したくなりまして」
『えぇ~? なにそれ。僕、別に特別なこととか出来ないよ?』
「大丈夫です。もう今特別なので」
『どういうこと?』

 蜜希さんは不可解そうな声を出したが、俺は答えなかった。
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