2 / 19
2話 提案
しおりを挟む
煌びやかな舞踏会会場を抜け出し、誰もいない廊下の片隅でアリアはそっと背を壁に預けた。
指先が無意識にドレスの裾を握りしめる。
胸の中に渦巻く感情を抑えきれず、堰を切ったように涙が溢れた。
「……何が、いけなかったのかしら。」
小さく呟いた声は、誰にも届かない。
誇り高いシュタインベルク家の令嬢として、常に完璧であるべき自分。
だが、それがカスパー王子の目には、ただ冷たく映っていたのかもしれない。
アリアは指先で涙を拭い、息を整えた。
泣いている姿を誰かに見られるわけにはいかない。
婚約破棄の屈辱を胸に秘めたまま、再び「完璧な令嬢」の仮面を被るべきだ――そう考えたその時だった。
「シュタインベルク嬢。」
静かな声が廊下に響く。驚いて振り返ると、そこにはレオン・ヴァレンシアが立っていた。
青い瞳が、まるで全てを見透かすようにアリアを見つめている。
「……ヴァレンシア様。」
瞬時に表情を整え、アリアは気高く微笑んだ。
彼に涙の痕を悟られないよう、手元を軽く整えながら、冷静な声で問いかける。
「こんな所で私に何か御用ですの?」
レオンは一瞬だけ視線を落とした。まるで、こちらの状況を考慮するかのように。
そして、再び顔を上げ、静かに口を開いた。
「失礼を承知で申し上げますが、少しお話したいことがあります。」
「私に?」
アリアはわずかに眉を寄せた。彼の表情に悪意は見えない。
むしろ、静かな誠実さが漂っていた。
それでも、警戒心を抱くことは当然だった。
「先ほど、婚約破棄のお話を耳にしました。……貴女にとって、理不尽な状況だと感じます。」
その言葉に、アリアの胸が微かに疼いた。
だが、それを表情に出すことはしない。
冷たい微笑を浮かべたまま、問い返す。
「それが、何か?」
「状況を打破する方法を提案したいのです。」
レオンの声は穏やかだった。
だが、その言葉の中にはどこか確信めいた響きがあった。
「打破……とおっしゃいますと?」
「偽装婚約です。」
彼の口から発せられた言葉に、アリアは驚きを隠せなかった。
「偽装婚約……?」
その響きには、危うさと同時に奇妙な現実感があった。
彼の真意を測りかねるまま、アリアは慎重に言葉を紡ぐ。
「それが、どのように私の助けになるというのですか?」
レオンは一瞬の沈黙を挟み、真っ直ぐにアリアを見つめた。
「シュタインベルク家の名誉を守るためです。このままでは、貴女だけでなく家全体の立場が揺らぐ可能性がある。それを防ぐために、形式的な婚約という形で周囲を納得させるのです。」
アリアはその言葉を聞き、心の中で静かに同意した。
婚約破棄の影響が、彼女一人の問題では済まされないことは理解していた。
「そして、私にもメリットがあります。」
続けられた言葉に、アリアはわずかに眉を動かした。
「私の立場もまた、余計な婚約話や政治的な介入に悩まされているのです。貴女と形式的に婚約を結ぶことで、そうした問題を回避できます。」
その説明に、アリアは思わず視線を伏せた。
彼が自分に協力を申し出る理由が、少しずつ明確になっていく。
互いに利益がある――それは合理的であり、感情を交えない冷静な判断だ。
「……悪いお話ではないように思えますわ。」
アリアは静かにそう答えた。
だが、その胸の内ではまだ迷いが残っている。
冷静を装いながら、慎重に問いかける。
「ですが、貴方が私に協力する理由はそれだけですの?」
レオンは少しだけ目を細めた。
それは冷たさではなく、静かな決意を秘めた表情だった。
「私にとっても必要な取引です。ただ、それ以上に……貴女がこのまま理不尽な状況に埋もれるべきではないと思った。それが正直な気持ちです。」
その言葉に、アリアは息を飲んだ。
目の前の彼の言葉には、計算だけではない本音がにじんでいた。
だが、すぐにそれを振り払うように小さく息を吐く。
「少し、考えさせていただけますか。」
「もちろんです。」
レオンは深く頭を下げ、静かにその場を去った。
彼の背中を見送りながら、アリアは自らの胸の中で揺れる感情を持て余していた。
指先が無意識にドレスの裾を握りしめる。
胸の中に渦巻く感情を抑えきれず、堰を切ったように涙が溢れた。
「……何が、いけなかったのかしら。」
小さく呟いた声は、誰にも届かない。
誇り高いシュタインベルク家の令嬢として、常に完璧であるべき自分。
だが、それがカスパー王子の目には、ただ冷たく映っていたのかもしれない。
アリアは指先で涙を拭い、息を整えた。
泣いている姿を誰かに見られるわけにはいかない。
婚約破棄の屈辱を胸に秘めたまま、再び「完璧な令嬢」の仮面を被るべきだ――そう考えたその時だった。
「シュタインベルク嬢。」
静かな声が廊下に響く。驚いて振り返ると、そこにはレオン・ヴァレンシアが立っていた。
青い瞳が、まるで全てを見透かすようにアリアを見つめている。
「……ヴァレンシア様。」
瞬時に表情を整え、アリアは気高く微笑んだ。
彼に涙の痕を悟られないよう、手元を軽く整えながら、冷静な声で問いかける。
「こんな所で私に何か御用ですの?」
レオンは一瞬だけ視線を落とした。まるで、こちらの状況を考慮するかのように。
そして、再び顔を上げ、静かに口を開いた。
「失礼を承知で申し上げますが、少しお話したいことがあります。」
「私に?」
アリアはわずかに眉を寄せた。彼の表情に悪意は見えない。
むしろ、静かな誠実さが漂っていた。
それでも、警戒心を抱くことは当然だった。
「先ほど、婚約破棄のお話を耳にしました。……貴女にとって、理不尽な状況だと感じます。」
その言葉に、アリアの胸が微かに疼いた。
だが、それを表情に出すことはしない。
冷たい微笑を浮かべたまま、問い返す。
「それが、何か?」
「状況を打破する方法を提案したいのです。」
レオンの声は穏やかだった。
だが、その言葉の中にはどこか確信めいた響きがあった。
「打破……とおっしゃいますと?」
「偽装婚約です。」
彼の口から発せられた言葉に、アリアは驚きを隠せなかった。
「偽装婚約……?」
その響きには、危うさと同時に奇妙な現実感があった。
彼の真意を測りかねるまま、アリアは慎重に言葉を紡ぐ。
「それが、どのように私の助けになるというのですか?」
レオンは一瞬の沈黙を挟み、真っ直ぐにアリアを見つめた。
「シュタインベルク家の名誉を守るためです。このままでは、貴女だけでなく家全体の立場が揺らぐ可能性がある。それを防ぐために、形式的な婚約という形で周囲を納得させるのです。」
アリアはその言葉を聞き、心の中で静かに同意した。
婚約破棄の影響が、彼女一人の問題では済まされないことは理解していた。
「そして、私にもメリットがあります。」
続けられた言葉に、アリアはわずかに眉を動かした。
「私の立場もまた、余計な婚約話や政治的な介入に悩まされているのです。貴女と形式的に婚約を結ぶことで、そうした問題を回避できます。」
その説明に、アリアは思わず視線を伏せた。
彼が自分に協力を申し出る理由が、少しずつ明確になっていく。
互いに利益がある――それは合理的であり、感情を交えない冷静な判断だ。
「……悪いお話ではないように思えますわ。」
アリアは静かにそう答えた。
だが、その胸の内ではまだ迷いが残っている。
冷静を装いながら、慎重に問いかける。
「ですが、貴方が私に協力する理由はそれだけですの?」
レオンは少しだけ目を細めた。
それは冷たさではなく、静かな決意を秘めた表情だった。
「私にとっても必要な取引です。ただ、それ以上に……貴女がこのまま理不尽な状況に埋もれるべきではないと思った。それが正直な気持ちです。」
その言葉に、アリアは息を飲んだ。
目の前の彼の言葉には、計算だけではない本音がにじんでいた。
だが、すぐにそれを振り払うように小さく息を吐く。
「少し、考えさせていただけますか。」
「もちろんです。」
レオンは深く頭を下げ、静かにその場を去った。
彼の背中を見送りながら、アリアは自らの胸の中で揺れる感情を持て余していた。
0
あなたにおすすめの小説
記憶喪失の婚約者は私を侍女だと思ってる
きまま
恋愛
王家に仕える名門ラングフォード家の令嬢セレナは王太子サフィルと婚約を結んだばかりだった。
穏やかで優しい彼との未来を疑いもしなかった。
——あの日までは。
突如として王都を揺るがした
「王太子サフィル、重傷」の報せ。
駆けつけた医務室でセレナを待っていたのは、彼女を“知らない”婚約者の姿だった。
『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』
ふわふわ
恋愛
了解です。
では、アルファポリス掲載向け・最適化済みの内容紹介を書きます。
(本命タイトル①を前提にしていますが、他タイトルにも流用可能です)
---
内容紹介
婚約破棄を告げられたとき、
ノエリアは怒りもしなければ、悲しみもしなかった。
それは政略結婚。
家同士の都合で決まり、家同士の都合で終わる話。
貴族の娘として当然の義務が、一つ消えただけだった。
――だから、その後の人生は自由に生きることにした。
捨て猫を拾い、
行き倒れの孤児の少女を保護し、
「収容するだけではない」孤児院を作る。
教育を施し、働く力を与え、
やがて孤児たちは領地を支える人材へと育っていく。
しかしその制度は、
貴族社会の“当たり前”を静かに壊していった。
反発、批判、正論という名の圧力。
それでもノエリアは感情を振り回さず、
ただ淡々と線を引き、責任を果たし続ける。
ざまぁは叫ばれない。
断罪も復讐もない。
あるのは、
「選ばれなかった令嬢」が選び続けた生き方と、
彼女がいなくても回り続ける世界。
これは、
恋愛よりも生き方を選んだ一人の令嬢が、
静かに国を変えていく物語。
---
併せておすすめタグ(参考)
婚約破棄
女主人公
貴族令嬢
孤児院
内政
知的ヒロイン
スローざまぁ
日常系
猫
契約通り婚約破棄いたしましょう。
satomi
恋愛
契約を重んじるナーヴ家の長女、エレンシア。王太子妃教育を受けていましたが、ある日突然に「ちゃんとした恋愛がしたい」といいだした王太子。王太子とは契約をきちんとしておきます。内容は、
『王太子アレクシス=ダイナブの恋愛を認める。ただし、下記の事案が認められた場合には直ちに婚約破棄とする。
・恋愛相手がアレクシス王太子の子を身ごもった場合
・エレンシア=ナーヴを王太子の恋愛相手が侮辱した場合
・エレンシア=ナーヴが王太子の恋愛相手により心、若しくは体が傷つけられた場合
・アレクシス王太子が恋愛相手をエレンシア=ナーヴよりも重用した場合 』
です。王太子殿下はよりにもよってエレンシアのモノをなんでも欲しがる義妹に目をつけられたようです。ご愁傷様。
相手が身内だろうとも契約は契約です。
どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」
「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」
私は思わずそう言った。
だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。
***
私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。
お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。
だから父からも煙たがられているのは自覚があった。
しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。
「必ず仕返ししてやろう」って。
そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。
とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜
入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】
社交界を賑わせた婚約披露の茶会。
令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。
「真実の愛を見つけたんだ」
それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。
愛よりも冷たく、そして美しく。
笑顔で地獄へお送りいたします――
悪意には悪意で
12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。
私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。
ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。
『胸の大きさで婚約破棄する王太子を捨てたら、国の方が先に詰みました』
鷹 綾
恋愛
「女性の胸には愛と希望が詰まっている。大きい方がいいに決まっている」
――そう公言し、婚約者であるマルティナを堂々と切り捨てた王太子オスカー。
理由はただ一つ。「理想の女性像に合わない」から。
あまりにも愚かで、あまりにも軽薄。
マルティナは怒りも泣きもせず、静かに身を引くことを選ぶ。
「国内の人間を、これ以上巻き込むべきではありません」
それは諫言であり、同時に――予告だった。
彼女が去った王都では、次第に“判断できる人間”が消えていく。
調整役を失い、声の大きな者に振り回され、国政は静かに、しかし確実に崩壊へ向かっていった。
一方、王都を離れたマルティナは、名も肩書きも出さず、
「誰かに依存しない仕組み」を築き始める。
戻らない。
復縁しない。
選ばれなかった人生を、自分で選び直すために。
これは、
愚かな王太子が壊した国と、
“何も壊さずに離れた令嬢”の物語。
静かで冷静な、痛快ざまぁ×知性派ヒロイン譚。
聖女の身代わりとして捨てられた私は、隣国の魔王閣下に拾われて溺愛される
紅葉山参
恋愛
アステリア王国の伯爵令嬢レティシアは、生まれながらに強大な魔力を持つ双子の姉・エルヴィラの「影」として生きてきた。美しい金髪と魔力を持つ姉は「聖女」として崇められ、地味な茶髪で魔力を持たないレティシアは、家族からも使用人からも蔑まれ、姉の身代わりとして汚れ仕事を押し付けられていた。
ある日、国境付近の森に強力な魔物が出現する。国王は聖女の派遣を命じるが、死を恐れたエルヴィラは、レティシアに聖女の服を着せ、身代わりとして森へ置き去りにした。 「お前のような無能が、最後に国の役に立てるのだから光栄に思いなさい」 父の冷酷な言葉を最後に、レティシアは深い森の闇に沈む。
死を覚悟した彼女の前に現れたのは、隣国・ノクティス帝国の皇帝、ヴォルデレードだった。彼は漆黒の翼を持ち、「魔王」と恐れられる存在。しかし、彼は震えるレティシアを抱き上げ、驚くほど優しい声で囁いた。 「ようやく見つけた。私の魂を繋ぎ止める、唯一の光……。もう二度と、君を離さない」
彼はレティシアが「無能」ではなく、実は姉を上回る浄化の力を、姉に吸い取られ続けていたことに気づく。帝国へと連れ帰られた彼女は、これまで受けたことのないほどの溺愛を彼から受けることになる。一方、本物の聖女(レティシア)を失ったアステリア王国は、急速に衰退を始め……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる