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第六章
誰も触れないもの
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音の気配も、風の中に滲むように薄れていく。
蓮が再び耳を澄ましたとき、足音は、もうそこにはなかった。
まるで最初から、存在していなかったかのように。
蓮は目を伏せた。
少女がいた場所に向かって、伸ばしかけた手をゆっくり戻す。
何も触れなかった。
けれど——確かにそこに“やりとり”は在った。
彼女の声は、まだ耳の奥に残っていた。
「あなたの声、森の音に似ているね」
不思議な言葉だった。
けれど、嘘ではない気がした。
森の音。
触れられず、けれど確かに包み込まれるもの。
それは、自分の存在のあり方と重なっていた。
「誰も、僕に触れることはできない」
蓮は小さく呟いた。
「でも……」
ことばが、口の中でとまる。
風が梢を鳴らし、かすかな木の軋む音が空に舞う。
「僕も、誰かの声に、触れたかったんだろうか」
それは、自分に対して問いかけるような声だった。
少女と過ごした、ほんの数分。
言葉を交わしただけなのに、その声の輪郭がこんなにも記憶に残っていることに、彼は戸惑っていた。
彼女の言葉は、どれも静かで、どれも確かだった。
だれかの声に、やさしいと感じたのは、いつ以来だろう。
自分が、それを「触れられるもの」と認識したのは——たぶん、生まれて初めてだった。
「僕は……」
言葉が続かない。
風に押され、木々がざわめく。
森がまるごと、大きなため息をつくような音をたてる。
その音の中で、蓮はようやく気づいた。
自分はずっと、孤独そのものではなかったのだと。
触れられない、触れられない——そう思っていた。
だが、たった一人の声が届いたことで、自分の中に「誰かを求める声」があったと知る。
それは、とても小さな音だった。
けれど、間違いなく「存在」だった。
「……ありがとう」
蓮は、誰もいない空間に向けて、そっと言った。
それは、声になった感謝ではなく、感情そのものに触れるような音だった。
そしてまた、歩き出す。
森は相変わらず、色を持たない。
掌には何の感触もない。
それでも、今は——
音だけで、世界とつながれると信じるには、十分だった。
蓮が再び耳を澄ましたとき、足音は、もうそこにはなかった。
まるで最初から、存在していなかったかのように。
蓮は目を伏せた。
少女がいた場所に向かって、伸ばしかけた手をゆっくり戻す。
何も触れなかった。
けれど——確かにそこに“やりとり”は在った。
彼女の声は、まだ耳の奥に残っていた。
「あなたの声、森の音に似ているね」
不思議な言葉だった。
けれど、嘘ではない気がした。
森の音。
触れられず、けれど確かに包み込まれるもの。
それは、自分の存在のあり方と重なっていた。
「誰も、僕に触れることはできない」
蓮は小さく呟いた。
「でも……」
ことばが、口の中でとまる。
風が梢を鳴らし、かすかな木の軋む音が空に舞う。
「僕も、誰かの声に、触れたかったんだろうか」
それは、自分に対して問いかけるような声だった。
少女と過ごした、ほんの数分。
言葉を交わしただけなのに、その声の輪郭がこんなにも記憶に残っていることに、彼は戸惑っていた。
彼女の言葉は、どれも静かで、どれも確かだった。
だれかの声に、やさしいと感じたのは、いつ以来だろう。
自分が、それを「触れられるもの」と認識したのは——たぶん、生まれて初めてだった。
「僕は……」
言葉が続かない。
風に押され、木々がざわめく。
森がまるごと、大きなため息をつくような音をたてる。
その音の中で、蓮はようやく気づいた。
自分はずっと、孤独そのものではなかったのだと。
触れられない、触れられない——そう思っていた。
だが、たった一人の声が届いたことで、自分の中に「誰かを求める声」があったと知る。
それは、とても小さな音だった。
けれど、間違いなく「存在」だった。
「……ありがとう」
蓮は、誰もいない空間に向けて、そっと言った。
それは、声になった感謝ではなく、感情そのものに触れるような音だった。
そしてまた、歩き出す。
森は相変わらず、色を持たない。
掌には何の感触もない。
それでも、今は——
音だけで、世界とつながれると信じるには、十分だった。
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