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しおりを挟む会社の屋上では女子社員達が弁当を広げている。
匠は彼女らに声をかける。
「休憩中、申し訳ない。今度の飲み会で俺に、にちょっとだけ“好意ある風”に振る舞ってもらえないか?」
女子社員は、くすっと笑いながら頷く。
「奥様を嫉妬させたいんですね?」
「ああ」
「ワンチャンあるかも?」
という呟きは、匠の耳に入らなかった。
咲舞のスマホに写真が届く。
匠と女子社員が並んで笑顔で写っている。距離が近く、女子社員の手は匠の腕に軽く触れている。
咲舞は無言でグラスを握る手に、力を込める。
その後、匠が帰宅しても咲舞はいない。
GPSで捜索すると、相席ラウンジで酔っ払い、男と腕を組んで出てくる咲舞を発見。男はこっそり逃げる。
「確かに俺たちは愛し合って結婚したわけじゃない。
でも一生一緒にいるのに、虚しさを増幅し合うなんて馬鹿げてる」
「無関心で結構、放っておいて」
「愛し合う真似から始めてみないか? 形から入るんだ」
「私に必要なのは、毎日こまめに連絡くれる人。本物の愛じゃなくって、愛されてるように感じさせてくれる人」
「まだ愛してないけど守らせてくれ。結婚したんだ。夫なんだ。今は、まだ形からでも愛させてくれ」
「私はあんたみたいな完璧な男、嫌だ!
息が詰まる! 自分が惨めになる!」
咲舞は叫ぶように言い放ち、踵を返す。
そしてヒールの音を響かせながら横断歩道へ飛び出す。
匠も続く──が、目の前をタクシーが横切り立ち止まった瞬間、その先では違うタクシーが咲舞を乗せて走り去る。
「咲舞っ!」
匠が追いかけようとした瞬間、今度は道路工事の警備員が腕を広げて止める。
「すみません、今通れません!」
「……っ!」
彼女を乗せたタクシーが視界から消える。
夜風が吹き抜ける中、匠はポケットからスマホを取り出し、妻のGPSが切られていることを確認した。
匠はSNSに鍵垢でつぶやく。
**@takumi_private**
「彼女がいなくなった。
GPSも切られた。
俺は完璧じゃない。
俺のことちゃんと見てほしい。」
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(でも、誰かが見てる)
匠は咲舞が居そうな場所を巡る。
カフェ、相席ラウンジ、Uber Eatsの配達履歴、本屋。
ホストクラブにも乗り込み、情報を集める。
「ルカの居場所、知ってるだろ。最近どこに行ってるかだけでも教えてくれ」
「昼間に来なくなったっす。でも、夜に“あのバー”で見かけたって話はあります」
匠はスマホを握りしめる。
夜の街。
ネオンが滲む路地裏で、咲舞は1人、缶チューハイ片手に歩いていた。
ホストクラブも飽きて、相席ラウンジも気が乗らない。
スマホを開いては閉じ、匠の名前を検索しては履歴を消す。
ふうっとタメ息をつく。
その瞬間、背後から静かな足音。
「咲舞」
振り返ると、そこに匠が立っていた。スーツのまま息を切らしながら。
「……なんでここに?」
「君が好きだった店の近く。Uber Eatsの履歴も見た。君が選びそうな缶チューハイも、全部覚えてる」
咲舞は一歩後ずさる。
「き、気持ち悪い…」
匠は静かに歩み寄る。
「俺はハイスペエリートなんだ。記憶力いいに決まってるだろ。それとも『君のことだから全部忘れられない』って言わせたいのか」
「……やめてよ。私、今すごく惨めなんだから」
咲舞が言葉を言い終える前に、匠は彼女をそっと抱き上げる。
「ちょっ……! 降ろして!」
「嫌だ。君が“帰る場所”を失わないように、俺が運ぶ」
咲舞は抵抗しながらも、匠の胸元に顔を埋める。
「バカバカ! ほんとに、バカ」
邸宅の寝室。
咲舞はバスローブ姿でベッドに座り、匠はシャツを脱ぎながら匠はベッドに腰を下ろし、咲舞の手をそっと握る。
「目を閉じて。眩しさは、感じなくていい。俺だけに集中して」
咲舞はそっと目を閉じ、匠の唇が触れる。
その夜、二人は初めて“夫婦”として結ばれる。
完璧な男が、少しだけ不器用に。
奔放な女が、少しだけ素直に。
静かな夜に、感情の波が重なっていく。
朝。咲舞が寝ぼけ眼でリビングに入ると、匠がエプロン姿で朝食を並べている。
「おはよう。今日もいてくれてありがとう」
咲舞はソファに倒れ込みながら呟く。「……重い」
匠は微笑みながら味噌汁を差し出す。
「君は座ってて。全部やるから」
昼。匠のSNSには、毎日同じような投稿が並ぶ。
**@takumi_private**
「妻が今日も笑ってくれた。世界が回る理由は、それだけで十分」
いいね:12
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(でも、誰かが見てる)
夜。咲舞が外出すると、匠はスマホのGPSを見つめながら、独り言のように呟く。
「帰ってくるよね?」
その声は誰にも届かない。けれど、部屋の空気がその言葉を吸い込んでいく。
ある日、咲舞が帰宅すると、玄関に小さな花束が置かれていた。
「……何これ?」
匠がキッチンから顔を出す。
「君が好きそうな色だったから。今日も帰ってくれて、ありがとう」
咲舞はため息をつきながらも、花をそっと手に取る。
「……なんでこんなに、私を見てるの」
その小さな呟きは匠の耳まで届かなかった。
別の日。咲舞がホストクラブに行こうとすると、匠が静かに言う。
「行ってもいい。でも、帰ってくるって信じさせて」
咲舞は一瞬黙り、そして──スマホのGPSをオンにして、バッグにしまう。
「……仕方ないな、今日も帰ってあげるか」
匠はその言葉に、静かに微笑む。
「それだけで、俺は生きていける」
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