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狩猟大会を欠席
しおりを挟む保健室の静けさの中、湯気の立つカップをそっと差し出す。
毛布にくるまったルネの肩は、まだ小刻みに震えていた。
「す、すみません……」
「何があった?」
問いかけると、ルネは唇を噛みしめ、しばらく言葉を探して──ぽつりとこぼした。
「……クラウス様が僕のことを認めてくださらないせいで、ベレッタ様が苦しんでるのを見ていられなくて……。
『好きでもない人と結婚しなきゃいけないなんて、ベレッタ様が可哀想じゃないんですか?』って……言ったら……逆上して、突き飛ばされました」
ロナンザが拳を握りしめる。
「……あの野郎」
「で、でも僕が悪いんです。僕が余計なこと言って怒らせたから……。
僕がクラウス様の立場だったら、きっと嫌な気持ちになると思うんです。
だから……クラウス様を責めないでください」
その言葉は、震えているのに、どこまでも優しかった。
ロナンザは首を振る。
「ルネ、お前は悪くない。殿下のために言ったんだろ?
それを突き飛ばすなんて、正気じゃねぇ」
ナディアも静かに頷く。
「クラウス様の感情は理解できますが、行動は許されません。
殿下の婚約者として、あまりに未熟です」
ルネは涙をこらえるように目を伏せ、私の手をぎゅっと握り返した。
「……ベレッタ様が……僕、本当に……ベレッタ様が、苦しむのが嫌なんです」
その声は、かすれていた。
胸の奥が、痛むほど熱くなる。
「わらわもだ。
そちが傷つくのは……耐えられぬ」
ルネの目から、ぽろりと涙がこぼれた。
私はそっとその頭を撫でる。
濡れた髪が指に触れ、ひどく頼りなく感じられた。
ルネは、私のために泣いている。
その事実が、胸の奥に深く沈んでいく。
王宮へ帰る馬車の中、重い沈黙が支配する。
口を開いたナディアの言葉が、冷たい刃のように胸に刺さる。
「……口止めされてたのですが」
「何だ?」
「実は──フィリップス男爵令息の教科書やノートが、頻繁に紛失しています」
「は? どういう……」
「学園の生徒に破かれたり隠されてるそうで。
教科書など高価ですから、私が代金を立て替えてきました。かなりの額です」
胸の奥がざわつく。
「犯人はわかっているのか」
「実行犯は特定しています」
「実行犯は?」
ナディアは一瞬だけ目を伏せ、言いにくそうに口を開いた。
「……指示しているのは……ヴァレンシュタイン公爵令息だと……」
息が止まった。
あのクラウスが?
教科書みたいに真面目で、規律の塊のような男が?
そんな陰湿な真似を?
「……信じられぬ」
「信じたくないお気持ちは分かります。
ですが、証言は複数あります」
ロナンザが拳を握りしめた。
「ルネが邪魔なんだ。
殿下がルネを大事にするほど、クラウス様は追い詰められていくのです」
本当に、そうだろうか?
クラウスは誇り高く、愚かな行動を嫌う男だ。
王位継承の立場を危うくするような真似をするだろうか?
だが──
あの噴水の前での表情を思い出す。
怒りでも憎しみでもなく、もっと複雑で、壊れそうな顔。
……追い詰められているのは、確かだ。
「実行犯、証人には事実確認書に署名させておいてくれ」
「御意」
ナディアが静かに頷く。
馬車は揺れ続ける。
窓の外の景色が流れていくのに、胸の中の重さはまったく動かない。
クラウス……。
ルネを守りたい気持ちと、クラウスへの情が、胸の奥でぶつかり合っていた。
フィリップス男爵邸にあるルネの部屋は思いの外、普通だった。
使用人部屋にでも入れられてるのかと思った。
──いや、私が彼に関与してると知って、扱いを変えたのか?
「べ、ベレッタ様!」
ベッドに寝ていたルネが、飛び起きる。
噴水に落ちて、高熱を出してしまったのだ。
顔が赤い。
……可哀想に。
「起き上がらなくていい。具合は、どうだ?」
「具合は……見ての通りです。
それより今日は……狩猟大会じゃなかったんですか?」
「狩猟大会より、そちの方が大事だ」
その一言に、ピンクの目が大きく揺れた。
「でも……殿下は、クラウス様と並んで出席しないと……。
僕のせいで、殿下の立場が……」
「そちのせいではない」
即答すると、ルネは俯き、毛布をぎゅっと握りしめた。
「……僕、殿下の邪魔になってませんか?」
その言葉が胸に刺さる。
どうしてこの子は、いつも自分を責めるのだろう。
「邪魔どころか……そちは、わらわの支えだ。
狩猟大会など、どうでもよい。
そちが無事でいてくれることの方が、何より大切だ」
ルネの目に涙が滲んだ。
熱のせいで熱くなった手を握ると、少し安心したように目を閉じた。
王宮の自室に戻ると、侍女が慌てて歩み寄ってきた。
「ヴァレンシュタイン公爵令息が『獲物を殿下に』と……」
狩猟大会では、獲物を“パートナー”に渡すのが慣例。
それは、婚約者としての誇りと、絆の象徴でもある。
ルネが噴水に落ちた直後、冬休みに入ったため、私はクラウスとは話していなかった。
「捨てておけ。それから適当に褒美を贈っておけ」
「……御意」
侍女が下がると、私は自室のソファに身を沈め、深く息を吐いた。
クラウスの想いを知っても、
ルネの優しさに触れても、
どちらも簡単に切り捨てられるものではない。
だが──
ルネを傷つける者を、婚約者として受け入れることはできない。
目を閉じ、静かに息を整えた。
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