【完結】クズ夫を嫉妬させる役のモブ王子が激甘でした ※ただし彼には本命の愛人がいます

星森 永羽(ほしもりとわ)

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本命の愛人キタ━(゚∀゚)━!

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 鏡の中に映る自分を、私はしばらく見つめていた。  
 ホワイトブロンドの髪は茶色のウィッグで隠され、ルビーピンクの瞳も、分厚い眼鏡の奥で鈍く光っている。  
 メイド服は質素で、襟元のレースもどこかくたびれていた。

 ──これが、今の私。

 ヴァネッサ妃の部屋に入ると、彼女はソファに腰かけたまま、私を一瞥した。

「ふん、似合っている。いかにも下働きの女じゃ」

 その言葉に、胸の奥がちくりと痛んだ。  
 けれど、私は何も言わずに頭を下げる。

「これが、そちの戸籍の写しだ。アルセイン国へようこそ」

 差し出された書類を受け取った瞬間、喉の奥が詰まった。  
 これで、私は正式に“この国の人間”になった。平民として。

「……ありが──」

「早速、働いてもらう。これを届けて欲しい」

 封蝋のついた手紙を渡される。  
 紙は上質で、香水の香りが微かに漂っていた。

「御者に“別邸アルヴァリエに届け物”と言えばわかる」

「承りました」

 私は深く一礼し、部屋を後にした。

 

 馬車留めに行くと、御者が眉をひそめて言った。

「悪いが、全部予約が入ってる。すぐ近くだから歩いて行きな」

「せ、せめて……地図をください」

「地図も何も、門を出て200メートルほどだ。馬車を出す距離じゃない」

「えっ……そうですか」

 言い返す余地もなく、私は手紙を抱えて門へ向かった。


 私を見るなり、門番の目がわずかに見開かれる。

「あ、あんた……その顔は……メイドになったのか」

 私は黙って頷いた。

「……恨むなよ。俺は、言われた通りやっただけだ」

「恨んでないわ。じゃあね」

 背を向けようとしたとき、彼が声をかけてきた。

「どこ行くんだ?」

 私は手紙を見せた。  
 門番はそれを見て、わずかに顔をしかめる。

「あそこに……?」

 首を傾げると、彼はすぐに表情を戻して言った。

「いや……気をつけて」

 その言葉が、妙に引っかかった。  
 けれど、私は何も聞き返せず、門を出た。  



 別邸アルヴァリエは、王宮から歩いてすぐの距離にあった。 

 門番が私を見るなり、あからさまに面倒そうな顔をした。

「あんた、新人メイド? どうせ王太子妃の使いだろう」

「ええ……どうして、わかるの?」

「はあ……またか。いいよ、通りな」

 “また”って何よ。  
 胸の奥に嫌な予感が広がる。

 

 玄関で手紙を渡そうとしたら、使用人に制され、部屋まで案内されることになった。  
 直接渡せということだ。

 案内された部屋の扉が開き、メイドが声をかける。

「セフィナ様、王太子妃殿下よりお手紙です」

 その瞬間、ガンッという音とともに、花瓶が飛んできた。  
 壁にぶつかって砕け散り、水と花びらが床に飛び散る。

「……え?」

 私は呆然と立ち尽くした。  
 案内してきたメイドを見ると、慣れた手つきで黙々と破片を片付けている。

 ……え、これ、日常なの?
 さっさと辞そう。

「ああ……手紙は受け取り拒否ですね。承りました。失礼します」

 踵を返そうとした、そのとき。

「待ちなさい!」

 鋭い声が背中を刺す。

「手紙を開けて、中を読みなさい」

 私は息を吐き、封を破った。  
 王家の封蝋がある手紙を、受取人以外が開けるのは本来タブーだ。  
 でも、命令なら仕方ない。

 中身を開くと、目に飛び込んできたのは、毒のような言葉だった。

「『名前も呼ぶのも汚らわしい盗人女へ。
 今日はプレゼントがある。そこにいる使者は、夫が隣国の建国祭で側室にすると宣言した新しい盗人だ。お前も、これで用済みだな。お前を処刑してやる日が待ち遠しい。お前を──』」

「やめて!」

 セフィナが叫び、私に詰め寄ってきた。

「あんたが新しい浮気相手なの?! この阿婆擦れめ!」

 肩を押され、私は床に倒れ込んだ。  
 そのまま馬乗りになられ、頬に拳が飛んでくる。

「許せない! 体で既成事実作ったんだろう! 汚い女め! ティエル様が愛してるのは、私だけだ!」

 痛みよりも、怒りで頭が真っ白になった。  
 私は殴ってくる腕を掴み、殴り返した。

 セフィナの動きが止まる。  
 その隙に体勢を反転させ、今度は私が馬乗りになって拳を振り下ろした。

「お前の事情なんか知らねーよ、バカ!」

 使用人たちが慌てて駆け寄り、私たちを引き離す。

「わた、私に、こんなことして……ただで済むと思ってるの? メイドの分際で!」

「お前に雇われてんじゃねーよ、バカ! どうせ平民だろ。お前こそ覚えとけよ」

 手紙には王家の封蝋まで押されてるのに、敬称が一切ない。  
 “○爵夫人”なら、そう書くはず。  
 いくら王子の庇護を受けてても、妃のメイドを傷つければ問題になる。

「そ、その女を早く外に出しなさい!」

 怯み、そして怒鳴るセフィナの声を背に、私は使用人たちに引きずられるようにして屋敷を放り出された。

 門の外で、さっきの門番が私を助け起こしてくれた。

「大丈……夫じゃないな」

 私は俯いたまま、何も言えなかった。

「あっち」

「え?」

「商店街は、あっち」

「どういう意味?」

「逃げるんだろ?」

「まさか。逃げないよ」

 門番はしばらく私を見つめ、それから小さく息を吐いた。

「……もっと酷いことになるぞ」

「それでも、逃げない」

「……そうか……」

 彼の声は、どこか寂しげだった。  
 でも、私はもう決めていた。  
 逃げるのは、私じゃない。  



 ヴァネッサの部屋に戻ると、彼女は窓辺の椅子に腰かけたまま、私を見てにやりと笑った。

「逃げずに戻ったな」

 その顔は、まるで試験に合格した生徒を褒める教師のようだった。  
 私は呆れた顔を隠す気にもなれず、ため息をついた。

「……あれが、もう1匹の鼠だ。どうだ? 会った感想は」

「話になりません。相手にする価値はないです」

 妃は、腹を抱えて笑い出した。  
 その笑い方すら、どこか優雅で、底意地の悪さが滲んでいた。

「わらわも、あれの何がいいのかわからん。そちにわかるか?」

「そんなもの、興味ありません。いつ出会ったのか知りませんが、今より若い頃なら──単純に、見た目が好みだったんでしょう」

 ティエルは24歳。  
 あの愛人がいつから傍にいたのかは知らないけれど、同じくらいだろう。どう見ても育ちは良くない。  
 ヴァネッサに反発したいタイミングで、見た目が好みの女性に出会った──その程度の理由で囲ったのだろう。くだらない。

 ティエルは「後宮に4人の女性がいる」と言った。  
 全員“白い関係”で、妻にするのは私"だけ"だと。  
 でも、それ以外に「本命の愛人がいる」とは言わなかった。
 本命だろう。やましいから、私に打ち明けなかったのだ。彼女のために他と"白い関係"を貫いたなら辻褄が合う。

 ティエルは、嘘をついていない。  
 ただし──誠実でもない。

 彼は「後宮に女性がいることを予め話して(私に)誠意を示した」と言った。肝心の相手を隠したまま。
 後々、後宮から逃げるつもりだった私を「不誠実だ」とも。
 それを巧妙なミスリードと言うなら、そうかもしれない。
 ただし、心は冷えた。置いて行かれた時みたいに。

 私は、ヴァネッサの前で静かに背筋を伸ばした。 

「妃殿下。この後、ご予定がなければ商業ギルドに行ってもよろしいでしょうか? 針を献上いたします」

 そう申し出ると、ヴァネッサは青い眉をひそめた。

「針? 毒でも塗ってくるか」

「亡命した身で、そんなことしません。お疑いなら……一緒に行きましょう」

「は?」

 青い目が一瞬だけ見開かれた。  

 

 商業ギルドの応接室に入ると、空気が一気に張り詰めた。  
 私は地味なグレーのワンピースに身を包み、ヴァネッサもお忍び用の黒いドレスを着ていた。  
 護衛が2人、部屋の隅に控えている。

 応対に出てきたギルドの男が、私たちを見るなり顔を青くした。

「ひ、妃殿下にお、おかれましては──」

「よい。見てわかるだろう、忍びで来ている。堅苦しい挨拶などするな」

「は、はい。失礼します。本日は……?」

 男が恐る恐る尋ねる。

「私の考案した細い針を、妃殿下に献上したいのです」

 私がそう言うと、男は慌てて資料をめくり始めた。

「ええっと? ……フリージア様は、ホワイトブロンドのはず……」

「カツラだ。この者の身元は、わらわが保証する。さっさと本題に入れ」

 ヴァネッサの一喝に、男は背筋を伸ばして頷いた。

「はい、ええ……針はですね、こちらでも工場を建てまして、在庫が──」

 補助員が、丁寧に包まれた針の束を持ってきた。  
 私はそれを受け取り、ヴァネッサの前に差し出す。

「これが、針?」

 彼女は眉をひそめ、細い金属の一本を摘んだ。

「……こんなに細いものを……」

 その声には、驚きと、ほんの少しの感嘆が混じっていた。  
 私は静かに微笑んだ。

「縫製だけでなく、医療や細工にも応用できます。  
 アルセインの産業に、きっと役立てていただけるはずです」

 ヴァネッサは針を光にかざし、しばらく無言で見つめていた。  
 その横顔は、まるで王妃ではなく、ひとりの経営者のようだった。

「妃殿下も刺繍は嗜まれるでしょうから、これでより繊細な作品をと思いまして」

 私は針の束を差し出しながら言った。  
 刺繍は、令嬢や夫人の嗜み。妃教育でも習ってるはず。

「わらわは刺繍はせんが、これは使える。医療用にも普及しよう」

 即答だった。  
 さすが、実用主義が徹底している。

「医療用ですか……私も、注射針にどうかと思いましたが、現在の技術では難しいようです」

「注射針?」

「はい。輸血ができれば、多くの命が助かります」

 青い目が細くなる。  
 その視線は、私の中身を測るように鋭かった。

「夫が“抗生物質”というものを研究させている。そちの案だと聞いた。医療に明るいのか?」

「いいえ、あの……発想が豊かだとは言われますが、専門知識はありません。どちらかというと、服の方が得意です」

「ふうむ……」

 彼女はしばらく考え込むように沈黙し、それから口を開いた。

「それでは1ヶ月半後、年末年始の大舞踏会がある。そこで着る、わらわの衣装を作れ。予算は白金貨10枚」

「今までに無い革新的な物を、お求めですか? それとも、既存のデザインに工夫を?」

「誰もが、わらわを“王太子妃”と認めざるを得ないものだ」

「……承りました」

 ──それはつまり今、認められてないと言っているようなものだ。

 私が頭を下げると、ヴァネッサは満足げに頷いた。

「成功すれば、そちの願いを何でも1つ叶える。失敗すれば、下働きにして洗濯婦だ」

「わかりました」

 彼女が立ち上がった。私は思い出したように声をかけた。

「あ、そうだ。これ」

 懐から、彼女に渡された新しい戸籍の写しを取り出し、ギルドの男に手渡す。

「妃殿下が、身元引受人になってくださいました。フローディアのギルドの方々にも、よろしくお伝えください」

「え、ああ……わかりました。必ず」

 男が戸惑いながらも頷く。  
 その様子を見て、ヴァネッサが目を細めた。

「小賢しい女だ。最初からギルドを通じて、仲間に無事を知らせたかったんだろう。わざわざ、わらわを連れ出すなど」

 私は、ぺっと舌を出して笑った。

「バレましたね。良ければ、わたあめの機械も献上いたします」

「なに?」

「あー、わたあめの機械は売り切れです。できたら、城に持っていきます」

 ギルドの男が慌てて口を挟む。

「……他に、ここで得られるものは?」

 ヴァネッサが、興味深そうに尋ねる。

「あとは……トレーナーくらいしかありませんよ。それもメンズの在庫しかないです」

「見せてみろ」

 ヴァネッサはふうっと息を吐き、再び椅子に座り直した。  
 その姿は、どこか楽しげで──まるで、女学生のようだった。


 ギルドの補助員が、メンズ用のトレーナーを数着持ってきた。  
 厚手の生地に、ゆったりとしたシルエット。  
 この世界ではまだ珍しい、実用性重視の服だ。

「この素材、通気性と吸水性に優れていて、伸縮性もあります。保温性も高いので、騎士の練習着に最適です。あと、部屋着としても楽です。
 ……妃殿下が着る機会はないでしょうが」

 私がそう言うと、ヴァネッサはトレーナーの袖をつまみ、ふっと笑った。

「いいや、わらわは狩猟が趣味だ。これなら動きやすく暖かい」

 妃ともなれば、狩猟でも格式ある服を着なければならないのでは……?

 ヴァネッサは私の心を読んだように、くすりと笑った。

「身内だけで行くときだ。大会では準正装にする」

 ……読まれた。  


 
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